次期衆院選への不出馬を表明する自民党の菅義偉元首相(時事通信フォト)
菅義偉元首相(77)が衆院選に出馬せず、政界を引退する意向を表明した。菅氏は17日、横浜市内で記者団の取材に応じ、「喜寿を迎え、後進に道を譲ることを真剣に考えた」と語った。政治家として最も印象に残っていることは新型コロナウイルス対応。菅氏は「首相として、ワクチンの1日100万回接種を国民に約束して実行に移した」と強調した。
秋田県出身の菅氏は横浜市議を経て1996年の衆院選で初当選し、2006年の第1次安倍晋三内閣で総務相として初入閣した。安倍氏が返り咲いた2012年9月の自民党総裁選では、出馬を逡巡する安倍氏を説得し、第2次安倍政権誕生の立役者となった。
菅氏は第2次安倍政権で、歴代最長となる約7年8か月の間、官房長官を務めたが、菅氏が発揮した手腕について自民党関係者はこう話す。
「菅氏は2019年4月に新元号の『令和』を発表したことから『令和おじさん』とも呼ばれていますが、菅氏の印象として強く残っているのは強烈な『霞が関支配』です。菅氏は2014年に設置した内閣人事局を使い、霞が関の人事を掌握しました。
実際、菅氏は自身の意に沿わない官僚を容赦なく飛ばし、霞が関を震え上がらせていました。安倍政権には強権なイメージがありますが、安倍さんは政界のサラブレッドで育ちも良く、最後は現実的に妥協することもありました。
本当に手厳しかったのは菅氏で、役所の人事にそこまで官邸が手を突っ込むかというほど、徹底的でした」
第2次安倍政権の連続在任日数は2822日を数え、歴代最長記録となったが、安倍政権が「一強」ともいわれた強固な政権基盤を築く上で、菅氏の存在は不可欠だったといえる。
一方、安倍氏の電撃的な辞任を受けて「安倍路線」を継承した自身の政権は在職日数384日と短命に終わった。菅政権は新型コロナウイルス対応に追われ、感染者数が急増すると内閣支持率が下がるという不運なタイミングでの登板だった。
ただ、菅政権が短命に終わったのは、新型コロナの感染拡大という不運が重なったからだけではない。大手紙政治部記者は「菅政権で官房長官に就任した加藤勝信氏に菅氏ほどにらみを効かせる力はなく、菅政権は統率力を失って崩壊していきました。自民党内には、『安倍氏には菅氏がいたが、菅氏には菅義偉がいなかった』とささやく声もありました」と振り返る。
