肺がんのために亡くなった久米宏さん(時事通信フォト)
司会やニュースキャスターとして一時代を築いた久米宏さん(享年81)。訃報から1週間経っても、その死を悼む声は各方面から聞こえてくる。放送作家でコラムニストの山田美保子さんが珠玉のエピソードを振り返る。
* * *
1日、肺がんのために亡くなった久米宏さんの訃報がマスコミに伝わったのは13日。リリースには、所属事務所の『オフィス・トゥー・ワン』を始め、『ニュースステーション』(テレビ朝日系)のスタッフや出演者らが関わったと聞く。
久米さんが後輩に託した“金言”
同日の『報道ステーション』は、オープニング曲やタイトルバックを『ニュースステーション』のそれに替え、約40分にわたり、久米さんを偲んだ。
現『報ステ』キャスターの大越健介氏はNHKの新人記者時代、久米さんの『ニュースステーション』を見て、「横っ面を張り飛ばされた想いがした」と振り返り、ゲストとしてMC席に座ったテレ朝の元アナウンサー、渡辺宣嗣氏は、「『宣嗣、アナウンサーという肩書を外してきてね』ということを言われたんです。つまり、アナウンサーとしてニュースを見るのではなく、ひとりの人間としてニュースをどう見るか」と最初に久米さんに言われた“金言”を明かした。テーブルをペンでつつく仕草まで久米さんに似せるほどリスペクトしていた渡辺氏は、「正直に言うと、本当にまた…会いたいですね。すぐにでも会いたいです」と言葉を詰まらせた。
以来、多くの放送関係者やアナウンサーらが久米さんとの思い出や、“革命児”たる久米さんの数々の言動を語りつくした1週間だったが、その中の一人に「爆笑問題」の田中裕二もいる。
18日放送の『サンデージャポン』(TBS系)で「久米宏さんになりたかった」「TBSのアナウンサーになりたかった」と明かした田中。実は筆者は、そんな熱い想いをもっていた学生時代の田中をTBSラジオで見かけている。
テレビ各局に就職した“久米門下生”たち
筆者が新卒で就いたTBS954キャスタードライバー時代のことだ。
当時、ラジオマスター室の中にあった、通称「無線室」は、ラジオカーの「954」を始め、中継車とスタジオとを繋ぐオペレーションを担っており、現役の男子大学生がアルバイトでオペレーターを務めていた。
室内で働くTBSラジオの社員は技術部所属だったが、オペレーターの男子学生が目指していたのはアナウンサー。
実際、「無線室」卒業生の中には、NHKの元エグゼクティブアナウンサーの渡辺英美氏や、日本テレビの元アナウンサーで、現在も『小倉淳の47フォーカス』(BSよしもと)のキャスターを担当している小倉淳氏、テレビ朝日の元アナウンサーで、『欽ちゃんのどこまでやるの!?』やスポーツ中継などで人気を博した藤井暁氏ら、在京局にアナウンサーとして合格し、人気を博した者が複数いる。
特に、久米さんがTBSに在籍していた時代のアルバイトだった小倉氏や藤井氏は、『ぴったし カンカン』の参加者オーディションの司会を務めたり、毒蝮三太夫や吉川美代子アナが中継に出ていた『土曜ワイドラジオTOKYO』の「無線室」を担当したりしていた関係で、プライベートでも久米さんとも交流があった。
