桂歌丸一覧

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林家木久扇(撮影・小倉雄一郎)
林家木久扇が見た「日曜夕方の伝説司会者たち」、その意外な素顔
 国民的長寿番組「笑点」(日本テレビ系)で、おバカキャラの“黄色い人”として大人気の林家木久扇さん。今日も日本じゅうに、バカの素晴らしさと底力を見せつけている。最新刊『バカのすすめ』(ダイヤモンド社)が話題の木久扇さんに、座布団の上から見た歴代司会者の知られざる素顔を語ってもらった。(構成・石原壮一郎) * * * おバカのスーパースター林家木久扇です。おかげさまで、街を歩くと小さな子どもからも「あ、おバカの人だ」と指をさしてもらえます。こんなありがたいことはありません。 ぼくが「バカ」を看板にできているのは、ひとえに「笑点」のおかげです。大喜利メンバーになって今年で足かけ54年目。番組や寄席でよくネタにしていますが、その間に5人の司会者を送りました。そのたびに香典代が3万円ずつ……。感謝の気持ちを込めて、偉大な5人の歴代司会者と今の司会者の春風亭昇太さんについてお話しましょう。●初代司会者・立川談志さん(1966年5月~1966年11月) 初代司会者は、番組の生みの親でもある七代目立川談志さん。当時、落語が何となく敷居が高い芸になりかけていました。談志さんには「どうにかしないと、このままじゃ落語が滅びてしまう」という思いがあったんですね。それで「笑点」を立ち上げたんです。 談志さんが心配したように、もし「笑点」がなかったら、今ごろ落語はどうなっていたことか。先見の明がある人でしたね。まさに天才だったし、努力家でもありました。「笑点」の大喜利は、牢名主のイメージなんです。時代劇を見てると、牢名主は新人の畳を取り上げて、それを重ねて高いところで威張ってる。そこからの発想です。談志さんはさらに、大喜利という場を落語の世界の長屋に見立てた。司会者は大家さんで、メンバーが店子。歌丸さんが小言幸兵衛、小園遊さんはキザな若旦那、こん平さんは田舎から出てきた権助と、それぞれ役を割り振りました。 ぼくが大喜利メンバーになったのは、談志さんが衆議院選挙に立候補するからと司会を降りた次の週からです。ただ、その前から若手大喜利に出してもらったり、同じプロダクションでアドバイスを受けたりしていました。「笑点」のスタッフにぼくを推薦してくれたのも談志さんです。レギュラーメンバーになってから、談志さんに「木久蔵は与太郎だよね。その線で行ってみな」と言われました。そこでぼくの進む道が決まったんです。 味方も敵も多い人でしたが、すごい人であるのは間違いありません。ぼくや「笑点」にとってはもちろん、落語界にとっても大恩人です。●二代目司会者・前田武彦さん(1969年11月~1970年12月) 立川談志さんのあとを受けて二代目司会者になったのが、放送作家から売れっ子タレントになった前田武彦さん。談志さんの推薦だったそうです。同じ時期に「巨泉×前竹のゲバゲバ90分!」や「夜のヒットスタジオ」にも出てらっしゃいました。 司会がマエタケさんになったのと同時に、ぼくも大喜利のレギュラーになったんですけど、最初は右も左もわからず、あんまりおもしろい答も言えませんでした。「木久蔵は降ろしたほうがいい」という声もあったようです。「自分が好きなものをネタにするといいんじゃないか」という先代の円楽さんの助言もあって、半ば破れかぶれで、鞍馬天狗の声色で「杉作、ニホンの夜明けは近い!」と言い始めました。それが大ウケしたんです。 マエタケさんは器用で頭の回転も速い方でしたが、発想やリズムがバラエティ番組っぽくて、落語の世界のそれとはどうしても違いがある。メンバーにはちょっと不満があったようです。お互いにやりづらかったんじゃないでしょうか。でも、鞍馬天狗のネタを拾って伸ばしてくれたのは、マエタケさんです。とっても感謝してます。 マエタケさん時代に生まれたのが、大喜利メンバーのカラフルな着物と、今も流れているオープニングテーマです。オープニングテーマは中村八大さんの作曲で、今はメロディしか流れていませんが、歌詞もあるんです。「ゲラゲラ笑って見るテレビ」で始まるんですけど、作詞したのはマエタケさんで、ご自分で歌っていました。●三代目司会者・三波伸介さん(1970年12月~1982年12月) 50代以上の方にとっての「笑点」は、三波さんが司会のときのイメージが強いかもしれませんね。歴代最高視聴率の40.5%(ニールセン調べ、関東地区)を記録したのも、三波さんが司会をなさっていた1973年のことです。 あの方は、ぼくたち大喜利メンバーの個性を引き出しつつ、全体を楽しく盛り上げる手綱さばきが見事でした。大衆演劇の出身でコメディアンですから、いろんな笑いの寸法が頭に入ってるんですね。歌丸さんと小園遊さんの罵り合いや、ぼくの「いやんばか~ん」が番組の名物になったのも、三波さんが上手にリードしてくださったおかげです。 若い頃に浅香光代さんの一座にいたこともあって、演劇にはめっぽう詳しかったですね。番組の特番で歌舞伎の『勧進帳』をやったときに、ひとりずつ細かい動きを振りつけてくれたのはビックリしました。セリフから見得の切り方から、全部頭に入っているんです。三波さんのお得意のフレーズじゃないけど、「ビックリしたなあ、もう」でしたね。 映画のこともよくご存じで、モノマネも得意でした。ぼくが大喜利で昔の映画スターのモノマネをやると、掛け合いでモノマネをかぶせてくれるんです。「丹下左膳」の大河内傅次郎さんの口調で「シェイはタンゲ、ナはシャゼン」なんて言ったりして。「笑点」が人気番組としてお茶の間に定着したのは、三波さんのおかげです。もっとたくさん、古い映画の話とかしたかったですね。●四代目司会者・三遊亭圓楽さん(1983年1月~2006年5月) 三波さんの次が、先代の五代目三遊亭圓楽さんです。番組が始まったときからの大喜利メンバーでしたが、「落語に専念したい」と言って、1977年に番組を一回「卒業」しました。三波さんが急死して、司会者として戻ってきてくれたんです。 本人は「最初は2回だけのピンチヒッターって約束だったんだ」と言ってましたが、それから23年にわたって司会を務めました。今のところの最長記録です。圓楽さんに戻ってきてもらうのは、大喜利メンバーの願いでもありました。 圓楽さんは「落語界をどうにかしなければいけない」と、いつも考え続けていました。幕末の志士みたいに熱い想いを持った人でしたね。「笑点」を降りたちょっとあとに、師匠である六代目三遊亭圓生師匠とともに落語協会を飛び出したんですけど、それから1年ちょっとで圓生師匠が亡くなりました。 今さら協会に戻れないから自分の一派を作って、弟子たちに修行させる場が必要だからと、大きな借金を背負って「若竹」という寄席も建てたんです。結局「若竹」は4年半で閉めることになりましたが、番組の中では長くネタになっていましたね。 司会を長く続けたのも立派ですけど、「笑点」におけるあの方の最大の功績は、六代目三遊亭円楽さんと三遊亭好楽さんをメンバーに入れたことですね。ふたりが長くメンバーを続けているってことは、圓楽さんの見る目が確かだったってことです。それにしても、いくら番組の最初から関わっているとはいえ、出演者が人事をいじれたというのがすごいですよね。●五代目司会者・桂歌丸さん(2006年5月~2016年5月) 桂歌丸さんも、番組が始まったときからの大喜利メンバーです。2018年にお亡くなりになりましたが、その後も「永世名誉司会」の肩書を背負ってらっしゃいます。 あの方は「横浜バカ」でしたね。玉置宏さんから引き継いで「横浜にぎわい座」の館長をやったりとか、生まれ育った横浜をとても大事にしていました。にぎわい座でぼくと木久蔵の親子会をやったときは、とても喜んでくれましたね。会話に「横浜」って単語を入れるだけで、ニコッと笑うんです。「横浜のシウマイ弁当おいしいですよね」なんて言ったら、「そうそうそうそう!」ってすごく嬉しそうな顔をして。 あまり表に出していませんでしたけど、ぼくと同じ「チャンバラバカ」でもあったんです。このあいだ歌丸さんのご長女が、ぼくのところにチャンバラ映画のVHSのビデオを段ボールに3箱くださったんです。なかには封を切っていないのもありました。いつか見ようと思って買ってたんですね。 落語に対する情熱は言わずもがなで、古典落語を一生懸命に勉強して、自分だけの「歌丸節」を確立したのはすごいことです。ただ、若い時分から病気をたくさん抱えていて、お酒は飲まなかったんですけど、薬をたくさん飲んでいました。 以前は番組収録後にお蕎麦屋さんで打ち上げをやっていたんですが、そこには参加しませんでしたね。付き合いが悪いわけではなく、身体をかばっていたんだと思います。●六代目司会者・春風亭昇太さん(2016年5月~現在) 歌丸さんに代わって春風亭昇太さんが司会者になって、もう6年近くになるんですね。早いもんです。次は誰を司会にするのがいいかって話のときに、歌丸さんが「番組を若返らせるには昇太さんがいいよ」と推薦したらしいです。 昇太さんの司会は、とってもやりやすいですね。手を挙げて目が合うと、「はい、木久扇さん」ってパッと指される。歌丸さんは「木久ちゃん3回」「好楽さん2回」とかって、きちっと計算しながら指してました。でも昇太さんは、自然な流れでどんどん指しちゃう。いっぱい答えさせて、あとは編集に任せるんですね。答えるこっちは伸び伸びとやれます。 今年の初めから、新メンバーの桂宮治さんが入りました。彼のおかげで「笑点」に新しい笑いの波がやってきて、また次の時代がスタートしたと感じています。ぼくもまだまだ負けてはいられません。おバカパワーを炸裂させて、これからもがんばります!【プロフィール】林家木久扇(はやしや・きくおう)/1937(昭和12)年、東京日本橋生まれ。落語家、漫画家、実業家。1956年、都立中野工業高等学校(食品化学科)卒業後、食品会社を経て、漫画家・清水崑の書生となる。1960年、三代目桂三木助に入門。翌年、三木助没後に八代目林家正蔵門下へ移り、林家木久蔵の名を授かる。1969年、日本テレビ「笑点」のレギュラーメンバーに。1973年、林家木久蔵のまま真打ち昇進。1982年、横山やすしらと「全国ラーメン党」を結成。「おバカキャラ」で老若男女に愛され、落語、漫画、イラスト、作詞、ラーメンの販売など、常識の枠を超えて幅広く活躍。『昭和下町人情ばなし』『イライラしたら豆を買いなさい』『木久扇のチャンバラ大好き人生』など著書多数。最新刊は『バカのすすめ』(ダイヤモンド社)。波瀾万丈なバカ色の人生を振り返りつつ、バカであることの大切さ、バカの強さ、愛されるバカになる方法を伝授する。「生きづらさ」を吹き飛ばしてくれる一冊!
2022.03.20 16:00
NEWSポストセブン
「死ぬよりつらい」肺炎は若くてもかかる、その恐怖と対策
「死ぬよりつらい」肺炎は若くてもかかる、その恐怖と対策
 どんな病気にも、苦痛はつきものだ。虫歯や片頭痛、花粉症のように、直接命にかかわらなくても、「死ぬほどつらい」思いをしたことはだれにでもあるだろう。しかし、本当に命にかかわる重要な器官が異常を起こしたとき、その苦痛は「死ぬよりつらい」という。 肺が機能しなければ、体に酸素を供給することができなくなり、多臓器不全となり、死に至る。多くの病気では、最後は肺炎になって亡くなるとも言われるのだ。 肺は、気管から気管支へとつながった末端にある臓器で、3億個ほどある風船状の「肺胞」で成り立っている。肺胞の隙間には血管やリンパ管があり、それらを支える組織を「間質」という。それぞれについて、「肺胞性肺炎」と「間質性肺炎」がある。単に「肺炎」と呼ぶときは前者を指すことが多い。また、新型コロナウイルスによる肺炎は「間質性肺炎」であることが多い。 ではどのような人が肺の病気になりやすいといえるのだろうか。東邦大学医療センター大橋病院教授で呼吸器内科医の松瀬厚人さんはこう話す。「やはり高齢者はリスクが高い。老化によって体力も免疫機能も低下するので、菌やウイルスを排除したり、抵抗する力が弱くなるからです。また、基礎疾患としていろいろな持病を持つ人が多いことや、若い頃から喫煙習慣を続けている人も少なくないことが挙げられます」(松瀬さん) では「まだ若いから安心」かといえば、そういうわけでもない。たとえ若年層であっても過度の疲労やストレスなど、条件が重なると肺炎になることがあるのだ。松瀬さんが続ける。「実は私自身、20代の頃に肺炎になったことがあるんです。当直明けの睡眠不足の状態で露天風呂で騒いだ結果です。疲労と冷えが重なったからだと思いますが、呼吸困難になったうえ、咳が1週間ほど続いてとても苦しい思いをしました」 専門家の実体験だけに傾聴に値する。 若くして肺炎に斃れた角界からの悲しい知らせは、まだ記憶に新しい。高田川部屋所属の三段目力士だった勝武士(本名・末武清孝さん、享年28、5月13日逝去)は糖尿病の持病があったと指摘されている。やはり若くとも基礎疾患があると高リスクとなるようだ。 さらに、生まれつき肺が弱い人もいる。「遺伝的に細菌感染に弱い免疫不全の人や、日本ではまれですが『嚢胞性線維症』といって、小さいときから肺炎を繰り返し、肺が壊れていく病気もあります」(松瀬さん)「職業病」としての肺疾患もある。断熱材などの建築資材として高度経済成長期に特に多用されたが、のちに肺の病気を引き起こすことが判明したアスベストだ。非常に微細なその繊維が肺に入ると、肺がんや中皮腫という病気の原因となる。 医療ガバナンス研究所理事長で内科医の上昌広さんが解説する。「基本的に、肺に入ったものは外に出せるのですが、アスベストの粉塵は小さすぎるため、肺の“換気機能”で排出できず、肺胞や間質を傷めるのです」(上さん・以下同) 同じように、PM2.5など細かい粒子によって起きる大気汚染にも要注意だ。このように生活環境が肺の病気を招くことも少なくないのだ。 適度な飲酒は基本的に問題ないが、アルコール依存症レベルの大量の飲酒も危険大。飲酒を続けると、「クレブシエラ」という細菌で肺炎を引き起こしやすくなったり、糖尿病などの生活習慣病を引き起こして免疫不全になり、結果的に肺感染症に弱くなったりする。 また、意外なことに薬の副作用による肺炎は多い。「2009年に出た1382件の間質性肺炎のうち、700件は抗がん剤が原因だといいます。薬剤にはあらゆる副作用があるため一概にはいえませんが、免疫暴走が理由だろうといわれています。そのほか、リウマチの薬も間質性肺炎を引き起こすことがあるとわかっています」 1990年代には、漢方薬「小柴胡湯」の副作用で間質性肺炎になったという報告が相次ぎ、10人が死亡したことで世間を騒がせた。 間質性肺炎の原因である免疫機能の過剰反応については、まだわからないことが多い。放射線治療、ペットの毛や健康食品、サプリメントによるアレルギーなど、人によっては思いがけないものから影響を受ける。 今年5月に入院したお笑いコンビ「メッセンジャー」のあいはら(50才)も間質性肺炎から生還した1人。病院で肺炎と診断され、一時は意識がないまま集中治療室に7日間も入るほど容体は悪化。妻は医師から「覚悟してほしい」と告げられたという。5月末に奇跡的に退院を果たしたが、その病名は「過敏性肺炎」という間質性肺炎の一種だった。 振り返れば、1989年に惜しまれながら逝去した美空ひばりさん(享年52)の命を奪ったのも肺炎。なかでも原因を特定できない「特発性間質性肺炎」だった。しかし、彼女がたばこを嗜んでいたことは広く知られている。長年の喫煙によって肺胞が壊れるCOPD(慢性閉塞性肺疾患)という病気に侵され、2018年7月に亡くなった落語家の桂歌丸さん(享年81)と通じるが、たばこが“肺の敵”であることは間違いない。たばこで肺に“ゴミ”がたまる「何よりも肺を傷める原因として挙げられるのはたばこです。『COPD』は喫煙習慣を最大のリスクとしている“肺の生活習慣病”です。喫煙は、肺胞も気管も間質も、すべてを傷つけます」(上さん) みえ呼吸嚥下リハビリクリニック院長の井上登太さんは歴史をひもといてこう話す。「たばこが体に悪いことは、健康について書かれた江戸時代の書籍『養生訓』ですでに述べられているのです。いま喫煙習慣をどうしてもやめられない人は、“1本減らすごとに健康寿命が5分間延びる”と考えて節煙から始めてみてください」 本人がたばこを吸わなくても、周囲に広がる副流煙で50~100人に1人がCOPDになってしまうというデータもある。さらに、煙を浴びなくてもCOPDになる危険があるという。「賃貸の部屋の前入居者が喫煙者だった場合、人によっては、壁紙に吸着されたたばこの成分によって呼吸器症状を誘発することがあります」(井上さん) たばこの影響は目に見える範囲だけではない。だからこそ恐れるべきなのだ。COPDはなぜ呼吸が苦しくなるのだろうか。「肺の中の空気を吐き出すことができなくなり、二酸化炭素がたまってしまう。つまり、低酸素の“ゴミ”を出せなくなる状態です。その結果、『CO2ナルコーシス』という意識障害になり、頭がぼんやりし始める」(上さん) 一度壊れた肺は元に戻らない。過去の喫煙歴も含め、心当たりのある人は要注意だ。※女性セブン2020年6月25日号
2020.06.16 16:00
女性セブン
(写真/GettyImages、時事通信社)
苦しくてたまらない…ほとんどの病気が「最後は肺炎で死ぬ」
「まさに“陸で溺れる”という感じで、いくら息を吸っても肺に空気が入ってきた感じがせず、苦しくてたまらない状態がずっと続くんです」(50代・女性)「深呼吸しても酸素が体内に入ってこない。まるで首を絞められているようでした。胸が痛くて、這わないと動けず、このまま気を失って死んでしまうのではと強い恐怖に襲われました」(30代・女性) これらは、肺炎を経験した人たちの体験談だ。異口同音にそのつらさを訴えることから、いかに“しんどい”病気であるかがわかる。 日本語には「息を引き取る」「息がない」といった表現があるように、呼吸はまさに生命活動の象徴。外部から新鮮な空気を取り込み、古くなったものを吐き出す。私たちはこの呼吸を1日に3万回ほど行っている。 無意識に行われている呼吸。いま、それを司る臓器である「肺」の重要性が見直されている。重篤な肺炎を引き起こし、これまで全世界で40万人もの命を奪った新型コロナウイルス感染症の拡大がその理由だ。 国内でも、3月29日に新型コロナ肺炎で亡くなった志村けんさん(享年70)の最期の様子は、詳しく報じられた。微熱からたった3日で呼吸困難になって意識不明となり、そのままこの世を去った。重症化すると自分の力では呼吸ができなくなり、人工呼吸器や人工肺(エクモ)などの医療機器による治療が必要になるといったことが私たちの知るところとなり、「肺の強さ」が死亡率を左右すると痛感させられた。 当然ながら、肺炎の原因は新型コロナだけではない。厚生労働省の最新データ(平成30年人口動態統計)によれば、国内の肺炎による死者数は9万4661人。がん、心疾患、老衰、脳血管疾患に続く死因の第5位。過去20年以上にわたって日本人の死因ワースト5に入り続ける“常連”でもある。◆ほとんどの場合、最後は肺炎になって死ぬ そう聞くと、すぐにでも恐ろしい肺炎の予防法を知りたくなるところだが、深い理解のために、肺を中心とした呼吸器の構造を知っておきたい。 まず肺とは、気管から気管支へとつながった末端にある臓器で、3億個ほどある風船状の「肺胞」で成り立っている。肺胞の隙間には血管やリンパ管があり、それらを支える組織を「間質」という。 医療ガバナンス研究所理事長で内科医の上昌広さんが解説する。「肺の役割は大きく2つあります。1つは空気を『吸って、吐く』こと。気管を広げて空気を取り入れると肺は膨らみ、吐くときは肺の周りの筋肉が収縮し、肺から押し出された空気が外に出る。 2つ目は間質で行われる酸素と二酸化炭素のガス交換です。血液中に酸素を取り込んで、不要になった二酸化炭素を体外に出す。この2つの機能によって、体の中を『換気』するのです」 その肺に問題が起これば、生命にかかわると上さんは続ける。「人間が死ぬときは、呼吸ができないか、心臓が止まったときです。人間の臓器の中でも、『肺』は最も重要な組織なのです。がんと比べると、世間的には『肺炎』のイメージはそれほど深刻ではありませんが、医師の間では、肺炎とわかれば非常事態です」 たしかに、腸に異変があったとしても、すぐには死なないが、肺はそうはいかない。長く息を止めていられないからだ。すなわち、肺は命に直結する臓器なのである。 それほど大事な肺だが、ガス交換を担う部分の肺胞が壊れてしまうと、もう二度と元には戻らない。 人気番組『笑点』(日本テレビ系)の司会を務めていた落語家の桂歌丸さん(享年81)も、長年の喫煙によって肺胞が壊れるCOPD(慢性閉塞性肺疾患)という病気に侵され、2018年7月にこの世を去った。最期まで酸素吸入をしながら高座に上がる姿が記憶に残っている人も少なくないはずだ。 このような肺そのものの疾患だけでなく、ほかの病気から肺炎になることも少なからずある。東邦大学医療センター大橋病院教授で呼吸器内科医の松瀬厚人さんが話す。「ほとんどの病気で、最後は肺炎になって亡くなります。たとえば、死因が『老衰』となっている場合も、実はうまくたんが出せないことで起きた『誤嚥性肺炎』だったりするケースがかなりあるのです。肺炎で亡くなるときは、体中の酸素が不足し、全身の臓器に異常が出ることによって『多機能不全』となり、死に至ります」 肺炎はいきなり症状が表れ、あっという間に重症化することも多い。神奈川県に住む清水昌代さん(81才・仮名)が言う。「数日前まで元気に日課の散歩をしていた夫が、ある日から微熱が続くようになり、たんがからんだ咳をするようになりました。風邪だと思い市販薬をのんでいたのですが、2週間たってもよくならず、病院へ行ったら重度の肺炎と診断されました。入院後みるみるうちに悪化し、そのまま亡くなりました」 高齢になると、若い世代と比べて、発熱や咳などの症状があまり出ず、重症化するまで気づかないことも珍しくない。なんの自覚症状もない人が健康診断で肺のCTを撮って「肺炎です」と診断されることもあるのだ。 このように、自覚症状が出ずに急速に肺炎が進むことを、最近では「サイレント肺炎」と表現することもある。医学用語ではないが、新型コロナの流行とともにメディアを中心に広まった。「通常、肺に関する病気は自覚症状がすぐに出ます。ところが、新型コロナ感染による肺炎は、自覚症状がないままどんどん悪化するケースも多いことがわかってきています」(上さん) とはいえ、ほとんどの場合、肺炎になれば想像を絶する苦痛が押し寄せる。冒頭の経験者の「苦しくてたまらない」という言葉は、多くの肺炎患者に共通する感想だ。※女性セブン2020年6月25日号
2020.06.13 07:00
女性セブン
高田文夫が見た「三遊亭小遊三と春風亭昇太」
高田文夫が見た「三遊亭小遊三と春風亭昇太」
 放送作家、タレント、演芸評論家で立川流の「立川藤志楼」として高座にもあがる高田文夫が『週刊ポスト』で連載するエッセイ「笑刊ポスト」。今回は、落語芸術協会の会長代行だった三遊亭小遊三と、新会長となった春風亭昇太についてお届けする。 * * * マスコミは“闇営業”一色。雨上がり決死隊が“闇あがり決死隊”になった。 大阪の暗黒ニュースばかりで、東京では明るいニュースのはずが記事もこぢんまり。東京の落語界にはふたつの反社ではない団体がある。落語協会と落語芸術協会。いってみればセとパのようなものだ。そこから枝分かれして(喧嘩別れ)圓楽党と立川流の弱小軍団。落語芸術協会の会長を務めた桂歌丸師が亡くなって一年、副会長の三遊亭小遊三が代行を務めていたが、そろそろ会長を決めなくてはいけない時期になって「オレ、や~らない。楽になりたい」と言い出す72歳。 私の古くからの友人だが、この男ぐらい面倒くさいことが嫌いな男はいない。笑芸界では“最も軽い重鎮”と尊敬される。小遊三曰く「ハードルは上げるだけ上げて高くした方が、下をくぐり抜けやすい」そんなことを真顔で言う。最近落ち込んだことはときけば「湯あがりに鏡を見るとおっぱいに張りがなくなった」だとさ。誰か処刑してくれ。色紙を頼まれると「寝てて転んだためしなし」。アハハまったくだ。ずっとゴロゴロしていたいのだ。 そのくせ若き日は卓球青年で、前の東京五輪では、山梨を聖火ランナーとして走った。今でも林家こん平監督の「らくご卓球クラブ」では頭がでかいのでヘッドコーチ。 先日理事会が開かれ、噂通り春風亭昇太・59歳が新会長に就任。昇太の推しにより、副会長には頼りになる春風亭柳橋が決定。あの軽い芸風からまだまだ若手なんて思っていたら、すぐに還暦。 30年前若手ナンバーワンとして私のラジオ番組『ラジオビバリー昼ズ』のレポーターを直でやってもらっていたらその間に『笑点』の司会となり、気がつけばあの背丈でも大きく見える会長である。“肩書きが人間を作る”というが本当だな。私もこれからは「師匠!会長!」など卑屈にこびながら、おこづかいのひとつももらいたいものだ(アッ先日、一対一で呑みに行っておごってもらった。これからは現金でください)。 なんといっても会長職というのは世間に対する知名度が大事。これは申し分なし。小遊三の言う通り「発信力がある」ということも大切。記者の質問に昇太「我々は公益法人です。5千円の花束よりも3千円のご祝儀を」。ちなみに小遊三は参事となった。「参事のおやつ」だとさ。 ここまで書いたらテレビで「昇太結婚」。アーッ、以下次号。■イラスト/佐野文二郎※週刊ポスト2019年7月19・26日号
2019.07.10 16:00
週刊ポスト
ケーシー高峰さん 桂歌丸師匠に発奮しボンベ姿で舞台に立った
ケーシー高峰さん 桂歌丸師匠に発奮しボンベ姿で舞台に立った
「乳房と股間の間には女性特有の性感帯がある。医学的にはこれを“青函連絡船”という」「女性の乳房は揉んでから吸わないといけない。逆だと“すったもんだ”する」 こんなエロ医学漫談で一斉を風靡したケーシー高峰さんが肺気腫のため85歳で亡くなった。 白衣姿で「医療」をテーマにテレビ番組や演芸場を沸かせたケーシーさんは、私生活では病魔との付き合いが長かった。 2003年には腰部脊柱管狭窄症を発症、2005年には舌がんの手術を受けた。昨年4月頃には、肺気腫と診断され、酸素ボンベが欠かせない生活になったという。所属事務所社長で、40年以上の付き合いがあった西村秀樹氏がいう。「それでも本人は“オファーがあればボンベを付けてどこでも行く”と言っていた。ちょうどその頃、桂歌丸師匠(昨年7月死去)がボンベを付けて高座に上がっていたので“俺もできる”とその気になっていたんです。実際、9月の茨城県結城市の舞台では、15分の予定なのに35分も喋り続けました。ただ、一方で体重は20キロ以上落ちていた。秋以降は、仕事をキャンセルするしかありませんでした。しかし、こんなに急に亡くなってしまうとは……」 晩年は正月の演芸特番などで見かけるくらいになってしまっていたが、その洒脱な芸風は、故・立川談志やビートたけしなど、超一流の芸人たちからも高く評価されていた。 ひっそり旅立ってしまうなんて、“そりゃあないぜセニョリータ”。※週刊ポスト2019年4月26日号
2019.04.16 16:00
週刊ポスト
三遊亭白馬がトリを務めた寄席の魅力を語る
古今亭寿輔 妖気とも言うべき空気感が支配する寄席の秘境
 音楽誌『BURRN!』編集長の広瀬和生氏は、1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。広瀬氏の週刊ポスト連載「落語の目利き」より、現代落語の最前線を追いかけるだけでは辿り着けない「寄席の秘境」古今亭寿輔についてお届けする。 * * * キントトレコードという落語専門レーベルがある。こだわりのレーベルで、リリース数は少ない。立川談志の「家元の軌跡」シリーズの他、2001年に52歳の若さで亡くなった古今亭右朝(この逸材の早逝はあまりにも残念だ)の発掘音源CD2枚組3作品や四代目春風亭柳好「落語B級グルメ」、現役では五街道雲助や瀧川鯉昇のCD等を出している。 そのキントトレコードから、意表を突くマニアックな商品が発売された。古今亭寿輔「トロピカル・ドリーム」(CD2枚組)だ。 古今亭寿輔と聞いて「あの熱帯魚みたいに派手な着物のチョビ髭の噺家ね」と即答できる人は、かなりディープな寄席マニアである。 今年で芸歴51年。出囃子の『シャボン玉』に乗って寿輔が高座に上がると、妖気とも言うべき空気感が寄席を支配する。自虐的な物言いは脱力系とも思えるが、これでもかと客をイジり続ける高座姿勢は極めてアグレッシヴ。寿輔がどんな落語を演ったのかは忘れても、その風体と異様なムードは鮮明に記憶に残る。 そんな落語家の「音源」を商品化するキントトレコードは凄い。 今回の商品に収められているのは寿輔がトリを取った2018年2月下席の浅草演芸ホールでの音源。寿輔の所属する芸協では10日間の興行を前半と後半の5日ずつに分けるが、2月下席は8日間なので分けない。この8高座から『死神』『英会話』『地獄巡り』『龍宮』『文七元結』『代書屋』の6席が収録された。 英会話に凝った家族がデタラメ英語で会話する『英会話』は柳家金語楼作。昭和の漫才にも通じるフレーズの数々が、なんとも懐かしい。 この世の遊びをやり尽くした若旦那があの世に遊びに行く『地獄巡り』は桂米朝が掘り起こした『地獄八景亡者戯』の東京版。寿輔十八番と言っていい演目だ。物故名人が目白押しの寄席で某噺家が「近日来演」とある、でサゲるパターンで、いつもは「古今亭寿輔」だが、ここでは「桂歌丸」と予言している。 海中に落とした財布を捜そうとガラス瓶に入って潜っていく『龍宮』は、上方では『小倉船』。竜宮城で歓待される場面でこれでもかとダジャレが繰り出されて終わりという、寄席のユルさを楽しむ一席。『文七元結』は先代正蔵の「前半を地で手短に語り、吾妻橋から演る」型。飄々とした『死神』、客と代書屋との掛け合いが絶妙な『代書屋』も寿輔ならではの魅力がある。 現代落語の最前線を追いかけるだけでは辿り着けない「寄席の秘境」寿輔の世界を堪能できる商品だ。●ひろせ・かずお/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。『現代落語の基礎知識』『噺家のはなし』『噺は生きている』など著書多数。※週刊ポスト2019年4月12日号
2019.04.06 16:00
週刊ポスト
桂歌丸さんの相続 一番弟子が語る“師匠にもらった遺産”
桂歌丸さんの相続 一番弟子が語る“師匠にもらった遺産”
 半世紀にわたって『笑点』(日本テレビ系)に出演し、昭和から平成のお茶の間に笑いをもたらした桂歌丸さんは昨年7月、惜しまれながら亡くなった。享年81。愛妻家で、独自の美学と趣味に生きた人生だった。 若い頃からたばこを1日50本以上吸うヘビースモーカーで、2009年に肺気腫を患ってからは肺の疾患に苦しみ、2018年7月に慢性閉塞性肺疾患で往生を遂げた。一番弟子の桂歌春(69才)が語る。「長く肺を患って、亡くなる前は苦しそうに肩で息をしていましたが、遺言めいた話は聞いたことがない。最後の最後まで、高座に復帰することを意識していました」「桂歌丸」の名を誰に継がせるかについても、固く口を閉ざしたままだった。 歌丸さんは21才の時に家族の反対を押し切って4才年上の妻の冨士子さんと結婚してから、長女と長男を育て、晩年はひ孫にも恵まれた。『笑点』では「文句を言うと、女房に出刃包丁で追いかけられた」などの「鬼嫁ネタ」が鉄板だったが、実は仕事が終わると一刻も早く妻の待つ家に帰りたがった。そんな歌丸さんは、多趣味の人でもあった。「モノを集めるのが大好きで、カメラや釣り道具、化石まで収集して、山ほど持っていました。手塚治虫さんの大ファンで、『手塚先生の作品は全部持っている』が自慢のタネでしたね。あまりにコレクションの数が多いので、自宅とは別に収納用のマンションを持っていたほどです。息子さんは遺品をすべて処分すると言っていましたが、残していても、『歌丸ミュージアム』を作るほかに用途がないですからね(笑い)」(歌春) 相続の争い事は耳にしたことがないというので、神奈川県横浜市に構える戸建てとマンションの相続は、家族で円満に解決したのだろう。相続コーディネーターの曽根恵子さんが語る。「不動産の相続で、最ももめやすいのは『共有名義』。いったん共有名義にすると、リフォームや改装をするだけでも当事者双方の合意が必要となり、きょうだい同士でもトラブルとなるケースが多いんです。さらに、名義人が生きているうちに共有名義を解消しておかないと、亡くなってから相続されると、配偶者、子や孫など、相続人が芋づる式に増えて、遺産分割協議の際に収拾がつかなくなることもある。 住み手が亡くなったマンションは、ひとまず奥様の名義にして、奥様の老後資金に役立てるのがいいでしょう」(曽根さん) 歌丸さん亡き後、弟子たちは師匠の教えを思い起こした。「たくさんコレクションがありましたが、弟子たちで、『指導された言葉を大事にしていこう』と話し合ったこともあり、特別な形見分けはいただきませんでした。私にとっては師匠から生前に“贈与”された『紋付き袴』と『ネタ』が、最も大切な遺産です」(歌春)※女性セブン2019年3月28日・4月4日号
2019.03.26 07:00
マネーポストWEB
『笑点』の高視聴率が暗示する「高齢者の消費マインド低迷」
『笑点』の高視聴率が暗示する「高齢者の消費マインド低迷」
 国民的人気を誇る長寿演芸番組『笑点』(日本テレビ系)の視聴率が好調だ。12月2日放送分の平均視聴率は20.0%、9日放送分は19.2%、16日放送分は20.0%と、年末にきて高い数字を叩き出している。 2018年7月に亡くなった前司会者の桂歌丸さんも草葉の陰で喜んでいることだろうが、その一方で『笑点』の人気の高さは必ずしも経済にはプラスに働かないという指摘がある。景気とジンクスの関係に詳しい三井住友アセットマネジメントのチーフエコノミスト、宅森昭吉氏は「『笑点』の視聴率」と「景気」の関係をこう指摘する。「過去のデータを見る限り、『笑点』の視聴率が相対的に好調だと個人消費が弱くなり、景気にマイナスの影響を与える傾向がみてとれます」 具体的にはビデオリサーチ社の視聴率週間調査で、『笑点』が「その他の娯楽番組」部門で1位を取る回数が少ないと、四半期ごとに発表される実質個人消費が高く出る傾向にあるのだという。要するに笑点の視聴率が低迷すると消費にはプラスだが、部門1位を連発していると景気にマイナスになる可能性があるというのだ。『笑点』の視聴率と個人消費が逆相関する理由について、宅森氏はこう分析する。「日曜の夕方に外出せず家でテレビを見る人が増えるのは、消費の悪化を示すサインとなりえます。景気に陰りが見えてくると、『笑点』の明るい笑いで暗くなりがちな気持ちを吹き飛ばしたいという人々の心をつかむのではないでしょうか」  前述の通り、2018年12月の笑点の視聴率は3週連続で部門1位を記録するなど好発進しており、これは年末にかけての個人消費には良くないサインだという。10月から12月16日放送分までの2か月半だけでも1位を獲得した回数は8回で、それまで1~9月までの合計が8回しかなかったことを考えると、明らかに10~12月期は1位の回数が増えている。 この分析を裏付けるデータもある。『笑点』の視聴率1位が増えてきた10月からの消費者態度指数(消費者マインドを指数化した指標)を見ると、10月と11月は2か月連続で前月を下回っている。年齢階級別でみると、70歳以上の階級は29歳以下に次いで2番目に下落率が大きく、若い世代と高齢者が消費を控えている構図が浮かび上がる。 若い世代の買い控えも気になるが、高齢者は人口が多いだけに消費が落ち込んだときの景気への打撃はより大きいかもしれない。『笑点』は特に高齢者からの人気が高い番組だけに、こうした消費マインドの減退を示すサインになっているといえそうだ。 内閣府は、2012年12月起点とする景気回復の長さが高度経済成長期の「いざなぎ景気」を超え、戦後2番目に長い景気回復となったと発表した。これが2019年1月まで継続すれば戦後最長となるのだが、そのまえに高齢者の消費が腰折れしないことを願うばかりだ。文■森田悦子(ファイナンシャルプランナー/ライター)
2018.12.23 07:00
マネーポストWEB
時事通信フォト
「昏睡状態の歌丸師匠が起こした奇跡」を山田たかおが明かす
“テレビ離れ”と言われるいま、それでも視聴率20%をたびたび叩き出す『笑点』(日本テレビ系)の司会者としても知られた落語家の桂歌丸さん。闘病しながらの高座復帰も伝えられていたが、平成最後の年の7月2日、慢性閉塞性肺疾患のため死去した。享年81。 1951年に五代目古今亭今輔に入門。その後、四代目桂米丸門下へ移り、1964年に桂歌丸に改名、1968年に真打ちに昇進。1966年の放送開始時から演芸番組『笑点』の大喜利レギュラーとして出演、2006年には司会者に就任。 落語家としては、当初は新作を中心にしていたが、後年は埋もれた古典落語の発掘に尽力。2016年に『笑点』を卒業。晩年は入退院を繰り返しながらも高座に上がり続けた。『笑点』の座布団運びとして、長年、歌丸さんと苦楽をともにしたタレントの山田たかおが、思い出を語った。「今年に入って容体が危うくなった時、病院に駆けつけました。昏睡状態で酸素マスクをしている歌丸師匠に『ありがとうございます』と声を掛けたら、急に目を開けて『山田君ありがとう。山田君ありがとう』と大きな声で言ってくれて……。看護師さんも『奇跡です』と喜び、また状態が良くなったのですが……。『笑点』で僕のキャラクターを立たせてくれて、感謝しかありません」※週刊ポスト2018年12月21日号
2018.12.17 07:00
週刊ポスト
桂歌丸さん逝去で春風亭昇太に「俺がやらなきゃ」の覚悟
桂歌丸さん逝去で春風亭昇太に「俺がやらなきゃ」の覚悟
 桂歌丸(享年81)の逝去後初の放送となった7月8日の『笑点』では、大喜利コーナーの現メンバー7人が時にしんみりと、時に笑いを交えて故人を偲び、視聴者の涙を誘った。誰よりも『笑点』を大切にしてきた歌丸だけに、メンバーはみな語り尽くせぬ想いがあったのだろう。「収録の合間もメンバーはずっと思い出話に花を咲かせていた。メンバー一同、番組を大事にしていた歌丸師匠の遺志を継いでいこうと誓い合ったようです」(テレビ関係者) なかでも2016年に『笑点』の司会を受け継いだ春風亭昇太にとって、所属する落語芸術協会の会長でもあった歌丸はまさに恩人というべき存在。しかし昇太はその“重荷”に苦しんでもいたようだ。歌丸が亡くなる前に、こんな姿が目撃されていた。「都心のうどん店で昇太が落語家仲間と飯を食べていた際、『俺さぁ、笑点に出始めてからずっと、先輩たちにイヤミ言われるんだよ。なんであんな番組出てるんだ、って。もうイヤんなってくるよぉ』などと、仲間たちに愚痴りまくっていたようで、その後、楽屋などで『もしかして降板するんじゃないか』と話題になっていました。 本格派の落語家の間では『笑点』を“テレビ向きのバラエティショー”として下に見ている嫌いがあって、ただでさえ落語界で異端児扱いの昇太はそのことを気にしていたようです」(落語関係者) だが、歌丸の死によって、昇太の心境に変化があったようだ。「“俺がやらなきゃ”という覚悟ができたようで、収録でも積極的に現場を仕切っています」(同前) 昇太は逝去後初となる番組収録で、こうコメントを寄せた。「最初は本当に(司会は)嫌だったんです。だけど『好きにやりなさいよ』と言っていただいたことで、本当に気持ちが楽になりました。楽屋でも、ひょこっと顔を出すような気がしている」 いつ化けて出るか分からないから、気が抜けない?※週刊ポスト2018年8月3日号
2018.07.24 16:00
週刊ポスト
桂歌丸さんが記者に託した「夜8時のお小言」と「妻への思い」
桂歌丸さんが記者に託した「夜8時のお小言」と「妻への思い」
「またあなたですか。あなたが電話をかけてくるってカミさんから聞くたび、あたしゃ眠たい目を擦りながら待ってなきゃいけないから大変ですよ」 7月2日、慢性閉塞性肺疾患で世を去った桂歌丸師匠(享年81)は、いつもそんな憎まれ口を叩きつつも本誌若手記者の取材に応じてくれた。取材は、記者がまず日中に手土産を持って横浜市内の自宅を訪れ、妻の冨士子さんに「夜8時に電話させてください」と約束を取りつけるのが“作法”だった。2016年5月に『笑点』(日本テレビ系)を勇退してからは日中は横になって体を休めている歌丸師匠の事情を考慮して、冨士子さんと相談して決めた時間が「夜8時」。そして電話するとまず“お小言”から始まるのだった。 昨年2月、歌丸師匠が横浜で開かれた落語会にゲスト参加したときには、高座に上がる前に楽屋でロングインタビューを行なった。 歌丸師匠はこのとき、酸素呼吸器から延びたチューブを鼻に繋いでおり、見るからにやつれた姿だった。年初に肺炎を悪化させ前月まで入院していたためだ。 しかしそれを感じさせない小気味良い口調で、自らの病気や65年間の落語家人生、これからの落語界について真摯に話してくれた。 印象的だったのは、恐妻家で知られた歌丸師匠が“妻への感謝”を明かした言葉だった。「まぁ一番迷惑をかけてきたのはカミさんですよねぇ。2人で話し合って決めていることがひとつあります。それは『アタシの意識が戻らないままだったら延命装置をつけるのをやめよう』ということ。できる限り、迷惑をかけないように逝きたいなと願っているんです」 歌丸師匠が4歳年上の冨士子さんと結婚したのは21歳の時。駆け出しの落語家で、結婚後は苦しい生活が長かったという。いつも「勝手にヘソクリを貯めて」「あんなオソロシイ妻はいない」などと大喜利でネタにしていたが、本心は妻を想う気持ちであふれていた。 インタビューで口にした“落語家としての矜持”がある。「若い頃に(5代目古今亭)今輔師匠から『舞台に出てきた時の拍手よりも、終わって下がる時の拍手の方が大きくなければダメだ』と教えられたことが、ずっと胸に刻まれています」 歌丸師匠は恩師の教えを守り、日本中のファンから喝采を受け、落語家人生の緞帳を降ろした。※週刊ポスト2018年7月20・27日号
2018.07.08 07:00
週刊ポスト
『笑点』元ディレクターの美人女将がいる台東区の小料理店
『笑点』元ディレクターの美人女将がいる台東区の小料理店
 美味と美酒にはやっぱり美女がよく似合う──。東京・台東区にある落語・小料理店「やきもち」では、女将歴1年8か月の美人女将、中田志保さんが出迎えてくれる。 * * * 落語とお酒の“色気”を楽しめる場を作りたくて、日本テレビを辞めてお店を開きました。『笑点』のディレクターでした。 お弟子さんによると、当時司会の桂歌丸師匠が私の退職に責任を感じていたそうです。 店名は、本妻の嫉妬を題材にした落語の演目『悋気の独楽』をヒントに、色っぽく「やきもち」に。 料理は独学で、常連さんから“最近は成長したね”って言われます(笑い)。閉店後は大好きなウイスキーをストレートで楽しんでいます。【落語・小料理 やきもち】住所/東京都台東区台東1-12-11 青木ビル1階B号室(予約・問い合わせはHPへ)、営業時間/火~金:18時~23時半、土(予約のみ):18時~22時、日(演芸開催日のみ・開催時間に準ずる)、休み/月・祝 ※チャージ540円(お通し付き)。看板料理は、林家の煮込み789円。初来店の場合、事前に連絡を。4人以上の場合は前日までに要予約。火曜の演芸は完全予約制。※週刊ポスト2018年5月18日号
2018.05.10 07:00
週刊ポスト
三遊亭白馬がトリを務めた寄席の魅力を語る
柳亭こみち 「不自然さ」を感じさせないさわやかな人情喜劇
 音楽誌『BURRN!』編集長の広瀬和生氏は、1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。広瀬氏の週刊ポスト連載「落語の目利き」より、2017年9月に真打ちに昇進した女性落語家、柳亭こみちの、古典落語の切れ味のよさについてお届けする。 * * * 昨年11月にフジテレビ系で放映されたドキュメンタリー「オンナたちの分岐点」で、柳亭こみちの「真打昇進への戦い」が取り上げられていた。ストーリーの軸となったのは「師匠(柳亭燕路)から教わった『紺屋高尾』を昇進披露興行で演る許可を得る」こと。その『紺屋高尾』を僕は3月13日の独演会「落語坐こみち堂VI」(国立演芸場)で観た。 紺屋の職人久蔵が吉原随一の花魁高尾太夫に恋をして3年間働いた金で会いに行き、その純情にほだされた高尾が久蔵の女房になる『紺屋高尾』。講釈にも浪曲にもあるこの物語を落語として有名にしたのは六代目三遊亭圓生。立川談志は講釈師の五代目一龍斎貞丈から教わった『紺屋高尾』に浪曲のテイストを盛り込んで十八番とした。今演じられている『紺屋高尾』は大まかに言って圓生系と談志系に分かれる。 こみちが演じたのは圓生系。ただし圓生が高尾の年季が明けるのを「来年2月15日」としていたのと異なり、談志系と同じく「3月15日」としている。五代目圓楽や桂歌丸などは圓生の型を「2月」のまま継承したが、燕路がこみちに教えたように、今では圓生系でも「3月」で演るのが主流となっている。「流山のお大尽」と偽って高尾に会った久蔵が本当は紺屋の職人だと打ち明ける場面、こみちは「その証拠に藍で染まったこの手を見てください」と演った。これはもともと談志系の演出で、圓生は「手の藍を落として行く」ことにしていたが、今では圓生系でもたいてい「この手を見てください」と演る(ただし、それ以前に久蔵が先生の助言で手を見せないよう頑張って懐手をしている描写があるのは談志系だけ)。 めでたく夫婦になって店を構えた二人。久蔵考案の早染めが当たり、高尾に会いに江戸っ子が連日通ったというエピソードで大団円。程よく笑いも交えつつ、キレの良い語り口で観客を物語に引き込んだ。女性が古典落語を演じていることに「不自然さ」をまったく感じさせないこみちの面目躍如たる、爽やかな人情噺に仕上がっていた。 こみちは「まっすぐな古典」「女性にしかできない噺」「珍品」が自分の落語の3つの柱だと言い、この日の独演会でも『紺屋高尾』の他に女性ならではの新作(『うわさ小町』)と音曲噺の珍品(『虱茶屋』)を演じて大いに沸かせた。女性落語家にも色々なタイプがいるが、こみちの場合「まっすぐな古典」の切れ味があればこそ他の2つも一層生きてくる。この日の3席のバランスの良さにこみちの飛躍を確信した。●ひろせ・かずお/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。『現代落語の基礎知識』『噺家のはなし』『噺は生きている』など著書多数。※週刊ポスト2018年5月4・11日号
2018.04.26 16:00
週刊ポスト
桂歌丸が語る裸芸批判の真意「起用する側にも責任ある」
桂歌丸が語る裸芸批判の真意「起用する側にも責任ある」
「入退院を繰り返して、“肺炎”な騒ぎになっておりました」「入院中も欠かさず『笑点』は見ていました。必ず私の悪口が出る。油断できない」「声が出なけりゃミイラと同じですから」──。 左肺炎慢性呼吸不全の急性増悪で休養していた落語家・桂歌丸(80)は高座に復帰するや、相変わらずの“歌丸節”で人々に笑いを届けている。そんな歌丸が、入院中、現在の芸能界にどうしても見過ごせない違和感を覚えたという。本誌の独占インタビューに語った。「まだ元通りとはいきません。長く喋ってますとね、息苦しいんですよ。だから酸素吸入器を手放せない。今もずっと(酸素吸入器を)入れっぱなしです」(歌丸・以下「」内同) 6月14日に退院してから、酸素吸入器を付けて高座や『もう笑点』(日本テレビ系)への復帰を果たすなど、精力的に活動を続ける歌丸。本誌の取材中も時折咳き込み、苦しそうだった。それでも歌丸が表舞台に立ち続けるのは、落語の素晴らしさ、そして日本の伝統芸能を後世に残したいという思いがあるからだ。そんな歌丸だからこそ、若手芸人の“芸”に苦言を呈さずにはいられなかった。「言っちゃ失礼ですけど、裸でお盆を持って出て何が芸なんですかね。あれを日本の文化だと思われたら困るんですよ。あんなのは酔っ払いがお座敷でやるようなもんですよ。落語家も、漫才師も、あるいは歌舞伎、お能、狂言の方も、皆さん日本語を駆使して芸を披露しています。言葉ってのは“その国の文化”なんです。 私たちは落語を通してお客様に笑っていただくわけです。ただ、ああいう方は、言葉を生かさずに、裸で踊っているだけじゃないですか。『笑われている』だけなんですよ。なんでそのことに気が付かないんだろうと思いますよ」“お説教”されているのは、ピン芸人No.1を決める『R-1ぐらんぷり2017』で優勝したアキラ100%(42)だ。全裸に蝶ネクタイ姿で、お盆を巧みに操って、“股間”を隠す裸芸で大ブレイク中だ。ダウンタウン・松本人志、笑福亭鶴瓶、ヒロミといった大物芸人も絶賛する期待のホープでも歌丸はお構いなしに切って捨てた。◆テレビ局にも責任がある「もっと憎まれ口を叩かせてもらいますとね、ああいう方をテレビに出す方が間違えてるんですよ。テレビ局がああいう方にどれぐらいのギャラを払っているかは知りませんけど、ただ安いからという理由だけで使っている気がしてならない。 起用する側にも責任はあるんです。視聴率が取れたとしても、それは一瞬のものです。だからいらなくなったらポイっと捨てられる。使い捨てのライターと同じですよ。いや、使い捨てライターの方が長持ちするわね。重要なのは『後に何を残すか』です。みんな、それを考えていないから『一発屋』だらけになっちゃうんですよ。 それにああいう方がテレビに出れば、子供も観るじゃないですか。子供に『おもしろい』と思われたら大変な間違いですよ。親も一緒になって笑っているようじゃ、しょうがない。昔の親だったら『観ちゃいけない!』って叱っていたはずです」 歌丸は芸能界のみならず一般家庭にも「節度の欠如」が及んでいると感じているのだ。その根底には落語への深い愛情がある。「落語には色んな芸がある。与太郎噺もあれば、人情噺も怪談噺もあります。一生懸命覚えていけば、生涯、噺家として生きていける。古典はいくらでもあるし、自分で新作を生み出すこともできます。 20年ほど前、海外で落語を披露するのが流行ったことがあって、私も何度か行きました。英語で落語をする方もいましたが、私は舞台の後ろに英訳の字幕を出してもらって、全部日本語でやりました。 リズムや間合い、言い回し……日本語で話をするからこそ、きちんと日本の文化が伝わるんです。この国の文化を守ろうと思ったら、日本語をきっちりと伝えていかなきゃならないと思います」◆死ぬまで落語をやる 今年2月の本誌インタビューでは、「引退」も考えていると明かした歌丸だったが、今回は力強くこう宣言した。「私はこれから息がある限り、日本語でしっかりお喋りさせてもらいたいと思っています。誰かが守らなければ滅びてしまいますよ。噺家はみんなそういう思いを共有していると思います。噺家ばかりでなく、歌舞伎でも、お能でも、狂言でも『日本人の誇り』を持って、『芸』を後世に伝えていってほしい」 取材の最後にアキラ100%へのエールを聞くと、歌丸節で締めてくれた。「度胸は認めますよ。よくあんなことやったなと(笑い)。でも、私は認めるわけにはいかない。私は『裸になれ』と言われても絶対無理だもん。私が裸になったら、学校の理科室みたいになっちゃうよ、ウェッヘッヘ!」※週刊ポスト2017年7月7日号
2017.06.25 16:00
週刊ポスト
落語芸術協会会長のポスト歌丸問題と円楽の壮大な夢
落語芸術協会会長のポスト歌丸問題と円楽の壮大な夢
 古典落語の人気演目「片棒」は、引退を前にした江戸商人・赤螺屋(あかにしや)が3人の息子の誰を店の跡継ぎにするか悩むところから物語が始まる。「片棒」の舞台から300年たった今、落語界でも“後継問題”が思わぬ展開を迎えていた──。 肺炎で入院していた落語家・桂歌丸(80)が5月13日に退院した。35キロまで落ちていた体重も徐々に戻り、現在は食事も取れるほどに回復。しばらくは自宅で静養しながら高座復帰を目指すという。だが落語関係者は「完全な復帰は困難では」と声を潜める。「必ずや高座に戻っていただきたいと思いますが、ここ数年は入退院を繰り返しているだけに、会長職を続けるのは難しいかもしれない」 この「会長職」とは、東京落語界の二大協会のひとつである落語芸術協会(以下、芸協)の会長のことである。漫画家で落語評論家の高信太郎氏が解説する。「芸協は合議制で、協会の方針や新しい試み、誰を真打ちに昇進させるかなどはすべて理事会で取り決めます。会長は、これら理事や協会員をまとめる役割を担います」 2004年から歌丸が務めるこの職は、これまで六代目春風亭柳橋、五代目古今亭今輔、四代目桂米丸、十代目桂文治ら大師匠たちが務めてきた。 名誉ある大役だけに、当然、『笑点』の司会者同様にその座をめぐって手を挙げる者が続々……と思いきや、どうもそうではないらしい。芸協関係者がいう。「6月には芸協の役員改選が行なわれます。歌丸師匠の体調のことを考えれば、5月下旬の理事会で後継者問題について話し合われるのは間違いない。だが、この状況下でも、誰も手を挙げようとしないんです」◆昇太でいいんじゃない!? 最有力と目されるのは、現在、副会長を務める三遊亭小遊三(70)。歌丸も周囲に「小遊三に頼みたい」と語っていると伝えられているが……。「小遊三師匠は『落語に専念したいんだけどねぇ~』とこぼしていて、名誉や権威に関心がない。昨年4月に不整脈の手術をしてからは、健康面にも不安があるようで、消極的です」(同前) 本心を知るべく、小遊三を直撃したところ、「後継者の話もないし、やりたい気持ちもない。昇太でいいんじゃない!?」と『笑点』でお馴染みの“無責任キャラ”全開だ。 では、小遊三に“指名”された『笑点』司会者・春風亭昇太(57)はどうか。「ライバルの落語協会では、3年前に当時52歳の柳亭市馬が史上最年少で会長職に就いた。副会長にも当時54歳の林家正蔵が就任し、幹部の若返りに成功している。芸協でも、全国区の知名度を誇る昇太さんが会長職につくことにより協会に新風が吹くのでは。何よりも老若男女に愛されるあのキャラクターは団体の“顔”として最適です」(前出・高氏) と、待望論も巻き起こっているようだ。だが、『笑点』の司会に抜擢されたことでお茶の間の人気者となった昇太は、NHK大河『おんな城主 直虎』や『小さな巨人』(TBS系)などで俳優としても活躍。バラエティに独演会にと引っ張りだこで、現在は芸協が主催する寄席やイベントへの出演も困難なほど過密スケジュールなのだ。「会長となれば、今以上に負担がかかる。本人としてはなんとか固辞したいところでしょう」(前出・芸協関係者) 昇太にも話を聞いた。「僕が会長に!? えっ!? そんなまさか!(オファーがあったとしても)それは理事会が決めること。僕が決めることではありません」◆雇われ社長だよ! 権威あるポストがなぜ“火中の栗”となるのか。落語評論家の広瀬和生氏が解説する。「芸協は公益社団法人であり会社とは違う。会長になったところで、収入が増えるわけではありません。『芸協らくごまつり』など協会主催のイベントには代表として必ず出席しなければならない上に、役員会や理事会など芸協のスケジュールに無償で縛られる。正直、割の良い仕事ではない」 売れっ子落語家は「名誉」より「実」ということなのか。そんな中、仰天プランが浮上している。三遊亭円楽(67)率いる「円楽一門」の芸協入りと円楽の会長就任だ。 先代・円楽の盟友だった歌丸は、先代が残した弟子たちに目をかけてきた。2011年に円楽一門が芸協入りを申し入れた際に歌丸は尽力するも、芸協内の猛反対で頓挫した経緯もある。「芸協が苦境を迎えた今なら、実現しうる話ではないでしょうか。ライバル・落語協会には真打ちが200人いるが、芸協はその半分と大きく水を空けられている。円楽一門が合流することで、『層の薄さ』という弱点とともに、円楽を会長という大看板に据えることも可能となる」(前出・芸協関係者) このプランについて、円楽に意見を聞くと、「そんなの雇われ社長と一緒だよ! 頼まれても絶対にない! 順当に副会長の小遊三さんがなるべきだと思う。そもそも僕は“協会”とか言ってないで、東京落語界をひとつにすればいいと思う。そうすればもっと落語は魅力的になるはず」 という壮大な夢でトリを締めた。※週刊ポスト2017年6月2日号
2017.05.24 07:00
週刊ポスト

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