桂歌丸一覧/2ページ

【桂歌丸】に関するニュースを集めたページです。

桂歌丸「延命装置をつけるのは絶対やめようと妻と話した」
桂歌丸「延命装置をつけるのは絶対やめようと妻と話した」
 落語歴65年、御年80歳。桂歌丸の鼻から伸びたチューブはステージ後方にある酸素吸入器へと繋がれている。声にハリはあるがこの機材を用意しなければ、高座に上がれないこともまた事実だ。 2006年に五代目三遊亭円楽の後を継いで『笑点』の司会に就任したが、その後の歌丸の体調は芳しくなかった。2009年には慢性閉塞性肺疾患で入院。翌2010年には肺炎、その後も帯状疱疹や背部褥瘡(じょくそう)などで、毎年のように入退院を繰り返した。病と向き合う中で、“最期”についても考えるようになったという。 * * * 最近は、どうすれば楽に往生できるかを考えてしまいます。だから、妻(冨士子さん)とは「意識がないまま病院に担ぎ込まれたら、呼吸器だとか、そういった延命装置をつけるのは絶対にやめよう」と話し合っているんです。意識がなくて何もわからないんじゃあ、つまらないもん。延命装置をつけても治らない人を何人も見てきましたしね。 なるべく安らかに死にたいから、医者のいうことを素直に聞くようにしていますよ。けどね、これがなかなか難しいんです。 一昨年、肺炎になったと思ってかかりつけの病院にいったときに、腸閉塞が見つかったんですよ。そうしたら、長年肺炎を診てくれている医者から「これはウチの専門じゃない」といわれて、病院から病院に救急車で“緊急引っ越し”させられちゃいました。あれはさすがに驚いた(笑い)。 転院先でいわれたのは、アタシは痩せてて胃下垂だから、胃に腸が押されて腸閉塞になってしまったと。だから医者には「太ってください」っていわれたけど、「無理です」って答えました。だって若い頃から太ったことないんだもん。人生で体重が50キロを超えたことなんてないから、80歳を超えた今から急にブクブク太れるわけがない。 それと、医者からは腸閉塞の予防のために「とにかく食べ物は、よく噛んで食べてください」といわれるんですが、それも無理。我々、噺家はご飯を食べるのがみんな早いんですよ。昔はのんびり飯なんか食ってた日にゃ、「いつまで食ってんだ!」って、師匠や先輩にどやされましたからね。その習慣が染みついてるから、早食いの癖が抜けない。 でも、肺炎にならないように、誤嚥には気をつけています。歳をとると、色んなものが気管に入りやすくてしょうがない。特に薬を飲むときに誤嚥を起こして肺炎になったらシャレにならないから、最近はゼリーに包んで飲んでいます(笑い)。※週刊ポスト2017年2月27日号
2017.02.18 07:00
週刊ポスト
桂歌丸 落語界の未来を託したい3人の名前を明かす
桂歌丸 落語界の未来を託したい3人の名前を明かす
 落語歴65年、御年80歳。桂歌丸の鼻から伸びたチューブはステージ後方にある酸素吸入器へと繋がれている。声にハリはあるがこの機材を用意しなければ、高座に上がれないこともまた事実だ。この復帰の直前、歌丸は本誌・週刊ポストに「引退も考えている」と打ち明けた。まだまだ元気なようだが、確実に迫る「死」について考えてしまう日もあるという。おそるおそる「準備はしているのか?」と尋ねると、笑みを浮かべながら、こう続けた──。 * * * ウチに先祖代々残っているのはお墓だけ。横浜の市営墓地にあります。 いまではボタンひとつで簡単に操作できる、納骨堂ってェのがあるらしいじゃないですか。それに入るのも悪い話じゃないなァとは思ったんですが、運営会社が潰れたらアタシたちのお骨はどうなっちゃうんだろうって不安もある。だからアタシも、先祖と同じ墓に入ろうかな、と。 お墓以外に、家族には特に残すものはない。遺言もありません。もしアタシが先に目を瞑ったら、カミさんや子供たちには「後は勝手にやってくれ」となりますね。いちいちアタシが口を出す必要はないもん。そのかわり、カミさんが先に逝ってしまったら、こっちも勝手にやります。たぶんカミさんはヘソクリをたんまり持ってるだろうから、それを拝めるのが楽しみですよ(笑い)。〈一方、65年という長い歳月を捧げてきた落語界に対しては、伝えたいことがあるようだ。かつて、先代の司会・三遊亭円楽から「後は頼んだよ」と『笑点』(日本テレビ系)と落語界の未来を託された歌丸は、誰にバトンを渡すのか〉 まだ本人たちにもいっていないんですが、(三遊亭)小遊三さん、(春風亭)昇太さん、(桂)米助さん。同じ落語芸術協会の3人に後を託したいですね。時が来たら彼らに言葉をかけようと思っています。『笑点』には、特別言葉はありません。今のアタシはいち視聴者として楽しく観てるだけ。今の『笑点』は昇太さんの司会でうまく回ってる。だからアタシはとやかくいいません。いう立場でもないですからね。 ただし、若い噺家たちには、いっておきたいことがある。それは「落語を壊さないでくれ」ということです。 落語という文化、そして落語を聞きにくるお客様を残さなきゃならない。最近の若い落語家は、古典落語のなかに「くすぐり(本筋とは関係のないギャグ)」を入れる人がいます。でも、くすぐりは、入れていいものと悪いものがある。その分別がつかない人が多い。 本来なら1時間かかる噺を20分で終わらせて、「オレは器用だ」なんていってる馬鹿もいるけど、古典落語は完成されたもの。むやみやたらに手を加えてはいけないんですよ。そういう連中に限って、人のことは批評できても、自分を見ることができない。「自分を知れ」といいたいですね。 最近はマクラがウケて得意になってる落語家もいるけど、本題のほうがウケなきゃ意味がない。先代の古今亭今輔師匠(歌丸が最初に師事した落語家。1976年、78歳で没)は「噺家は出てきた時の拍手よりも終わって袖に下がる時の拍手のほうが大きくなければダメだ」と仰っていたけど、その通りです。 今は若い噺家がずいぶん活躍して、客層も若返っている。それはいいことだなと思いますけど、若い噺家連中には、勘違いしてほしくないですね。 落語家になって今年で66年目。苦しいことばかりで、楽しいことなんてほとんどなかった。それでも、生まれ変わったらまた、落語家になりたいですね。(生まれ変わったらまた妻・冨士子さんと一緒になりたいか、との問いに)それは……どうだろうね(笑い)。 * * * 約1時間のインタビューを終え、高座に上がっていった歌丸。落語を終えて楽屋に戻ってくると、鼻につけたチューブを指さしながら記者に「何か違和感ありました?」と尋ねた。「大丈夫でしたよ」と答えると、「そうですか、ウェッヘッヘ!」と、またいつもの笑みを浮かべた。※週刊ポスト2017年2月27日号
2017.02.14 07:00
週刊ポスト
酸素吸入器つけ高座に上がる桂歌丸から飛び出した引退宣言
酸素吸入器つけ高座に上がる桂歌丸から飛び出した引退宣言
「舞台袖から高座に上がるまで、歩こうものなら40分もかかっちまいますよ」──落語家・桂歌丸(80)は開口一番、会場の爆笑をさらった。背筋は伸び、声は前座の若手よりもハリがある。つい最近まで肺炎で入院していたとは微塵も感じさせない。しかし、鼻から延びたチューブはステージ後方にある酸素吸入器へと繋がれている。このものものしい機材を用意しなければ、高座に上がれないこともまた事実なのだ。この復帰の直前、歌丸は記者に「引退も考えている」と打ち明けた。「正直、体調はあまりよくないですね。肺炎は治っているんですが、酸素(吸入器)がないと声が震えて落語にならない。静かにじっとしているぶんにはいいんですが、ちょっとでも体を動かすと苦しいんです。楽屋で着物に着替える時も、この酸素チューブをつけてないと無理なんですよ。 チューブをつけたまま高座に上がっちゃ、みっともない。でも、取ると『アゥアゥ』ってなっちゃう。声を取るか、見た目を取るか葛藤しましたが、最後はお客さんのためにチューブをつけることにしました」 再び高座に上がる心境を歌丸はそう語った。 昨年、『笑点』(日本テレビ系)を卒業してからも、体調不良と戦いながら落語を続けた。1月2日に肺炎で緊急入院すると、ファンからは体調を心配する声が次々と上がった。約2週間の療養生活を経て、再び帰ってきた歌丸。 これまで歌丸は「高座で死ねれば本望」と“生涯現役”を宣言してきた。しかし、度重なる入退院を繰り返すうち、少しずつ気持ちに変化があったという。本誌だけに明かしたその内容とは──。 * * * お正月に入院したとき、医者から「これからは酸素を吸いながら落語をしたほうがいい」と提案されました。そのときは「それはちょっと……」と、躊躇しましたが、復帰後、最初の高座で酸素なしで喋ったら、途中で震え声になっちゃって。 今回は酸素吸入器をつけて高座に上がりますが、それでも上手く喋れないようなら……引退するしかない、と考えています。〈突如飛び出した“引退宣言”。記者の動揺を察したのか、歌丸は笑いながら続けた〉 酸素を吸いながらの噺ってのは今回が初めてじゃないんです。昨年、一度だけやりました(11月30日の高座65周年記念落語会)。鼻からチューブが出てると、照明で光っちゃいましてね。大きな会場だったから後ろのお客さんには見えなかっただろうけど、前のほうのお客さんの視線が気になって仕方なかった。照れ隠しで、「『今日は歌丸、水っ鼻たらしてるんじゃねーか』と前のほうのお客さんがいってますけども、実は事情がございまして~~」 とマクラで話したら大ウケでね。噺家は陰気な話をしちゃいけない。自分の病気ですら、笑いに変えるべきだと改めて感じました。「引退」なんていいだしたのはね、何も病気のせいだけじゃないんです。この状況をネタにして、「終活」がテーマの新作落語を作れればなんて思うけれども、もう新作をやるのは無理ですね。80歳にもなると物覚えも悪くなってきて。昔だったら一発で覚えられたものが、今は5倍くらい時間がかかってしまう。自分にイライラします。 覚えた噺を部分的に忘れちゃうことも増えました。たとえば、登場人物がお勘定するくだりで「何両渡したか」を話しているうちに忘れちゃう。でも、そういうときは、「俺、さっき“ウゥ両”渡したよな!」って、大きい声出して勢いで誤魔化すの。だから高座の途中でアタシの声が大きくなったら、噺をド忘れしたときですよ。ウェッヘッヘ!※週刊ポスト2017年2月24日号
2017.02.12 16:00
週刊ポスト
転換期迎えた『笑点』 ブームの中で醜聞狙われた円楽
転換期迎えた『笑点』 ブームの中で醜聞狙われた円楽
「芸能スキャンダルに携わる仕事を始めて25年。正直、2016年ほど忙しい年はありませんでした」と語るのは18年連続女性週刊誌No.1を守り続ける『女性セブン』の川島雅史・編集長だ。 SMAP解散、ゲス不倫をはじめとする数々の不貞、など、この1年は芸能ニュースが世間を騒がせ続けた。だが、日頃あまり女性誌やワイドショーを見る機会のない週刊ポスト読者は、意外とその詳細を知らなかったりするのではないか……。今回、そんな読者のために『週刊ポスト増刊2017新春スペシャル』では「女性セブン・週刊ポスト出張所」を開設した。 ベッキーに匹敵するインパクトを世に与えたのは、乙武洋匡氏の不倫スキャンダルだ。妻と幼い子供3人がいながら、女優の黒木華似の20代後半の美女と海外旅行に赴き、他にも複数の女性と「不適切な関係」があったと『週刊新潮』に報じられた。『女性セブン』(4月14日号)は騒動直後に妻・仁美さんの告白を報じた。〈私は日常生活に困難を抱える彼と生活する大変さをわかって結婚したつもりでしたが、子供を育てる中で、手足のない体をぞんざいに扱ってしまったことで、彼がとても屈辱的な思いをしたこともあったと思います〉「先天性四肢切断」という障害を抱えて、着替えやトイレ、風呂、そして“性の処理”も一人ではできない夫を24時間フルサポートしながら、3人の子育てまでこなす仁美さんの日常を女性目線で報じた。川島編集長が振り返る。「取材して分かったのは、乙武さんのようなハンディキャップを持つ夫の生活をサポートする妻の大変さです。我々の想像をはるかに超えた過酷さであり、単なる不倫報道というより障害を持つパートナーを支える難しさを考えさせられた」 その後、『女性セブン』(7月7日号)は乙武夫婦の別居と離婚をスクープ(正式な離婚成立は9月)。11月下旬、『ワイドナショー』(フジテレビ系)に出演した乙武氏は、「不倫は暗黙の了解だったが、子供に影響が出るのが耐えられなかった」と離婚理由を述べた。芸能リポーターの井上公造氏が語る。「ハンデがあってもパワフルにチャレンジするのが乙武さんの魅力でしたが、不倫騒動後はすっかり元気がなくなった。だけど、『ワイドナショー』に出演して以来ツイッターを再開。本音で語るようになり徐々に番組からも声がかかるようになった」 神妙な不倫謝罪会見が続く中、異彩を放ったのが三遊亭円楽だ。2016年6月、40代美女と連れ添って、錦糸町にある「サービスタイム4500円」のラブホに入る姿をキャッチされたが、謝罪会見では、「『円楽改め老いらくです』って名前変えようかと思った」と“円楽節”が炸裂。“不倫なぞかけ”まで披露する爆笑会見となった。「2016年は桂歌丸師匠が『笑点』(日本テレビ系)の司会を卒業するなど、番組の転換期を迎えて、例年以上に笑点メンバーに注目が集まった。そのため、円楽師匠がマスコミに狙われたのでしょう(笑い)」(井上氏) 女遊びが“芸の肥やし”といわれるのは、歌舞伎役者も同様だ。10月に歌舞伎界の大名跡を襲名した中村芝翫(当時は橋之助)は、京都の花街・先斗(ぽんと)町の30代人気芸妓との逢瀬が報じられた。報道後、夫の不貞を謝罪した妻・三田寛子(50)の姿が〝神対応〟と絶賛された。「報道後、三田さんはバラエティ番組から引っ張りだこに。悲壮感などおくびにも出さずに“女の強さ”を見せる姿が女性から好感を得ました」(ワイドショー芸能デスク) 井上氏が不倫に沸いたこの2016年を総括する。「不倫不倫不倫……。魔女狩りのように不倫が見つかった1年でした。猛烈な逆風を目の当たりにして芸能人が縮こまってしまって、夜の街に出ていない気がする。このままでは芸能人の色気みたいなものが消えてしまいかねない。その意味で残念な1年でした」※週刊ポスト増刊2017新春スペシャル
2017.01.03 07:00
週刊ポスト
笑点絶好調 タブーネタを解禁して若い世代にアピール
笑点絶好調 タブーネタを解禁して若い世代にアピール
 5月から桂歌丸(80)に代わり『笑点』(日本テレビ系)の新司会に就任した春風亭昇太(56)。だが海千山千のベテラン回答者たちは昇太の言うことを全然聞かない。三遊亭小遊三(69)いわく「学級崩壊」の状態なのである。この状況について昇太は「そうなんですよ~。歌丸師匠の時は皆さん、けっこう司会の言うことを聞いてたのに、僕になったら聞かなくなったんです」と語り、こうした変化については昇太自身も楽しんでいると、本誌の直撃に答えている。 歌丸時代とはまるで変わってしまった『笑点』。しかし意外なことに、視聴者には歓迎されているようだ。直近の放送(11月6日)は、21.6%と絶好調だ。落語評論家の広瀬和生氏はこう評する。「『笑点』を立ち上げた立川談志師匠は当時30歳。今よりもっとハジけた内容でしたし、黄金期と言われる70年代の司会・三波伸介さんも40代でみんなのびのびやっていた。歌丸司会時代にはなかったこの“何でもあり”のノリこそ、『笑点』の姿なんです」 1980年から8年間、『笑点』メンバーとして活躍した桂才賀(66)も頷く。「司会者が若返って、メンバーはやりやすくなってると思いますよ。何しろ上から目線で突っ込める。昇太さんと円楽さんの掛け合いは笑いが取れる芸ですね。かつて歌さん(歌丸)が回答者だった頃、三遊亭小圓遊師匠と“ハゲタカ”“バケモノ”とやり合っていたのを思い出します」 こうした空気の変化もあってか、タブーネタにもどんどん踏み込んでいく。 7月3日には、ラブホテルでの不倫報道をフライデーされた円楽がイジられた。昇太が「メンバー紹介の前に山田さん、円楽さんの座布団全部もってっちゃって!」と始める。その後、好楽が、挨拶で小学生に円楽と間違われたというエピソードを披露。「どこに住んでるの?」と聞かれ「ホテルと答えた」というと客席はドッカーン! 話題のゲス不倫で、爽やかにお茶の間を爆笑に導いたのだから流石である。「歌さん時代だったらなかった展開。以前の『笑点』では“下ネタは避ける”という暗黙のルールがあったから。昇太さんに変わってその辺が増えてきたね」 と前出・桂才賀はいう。このあたりのマイナーチェンジは、制作サイドの意向も大きいという。日テレ関係者がいう。「『笑点』のスポンサーは当然ながら高齢者をターゲットにする企業が多い。一方で、局の上層部はもっと先のある若い世代に視聴者を増やして新たなスポンサー獲得につなげたい思惑もあるんです。だから司会交代を機に徐々に若者向けのネタを増やしている。その辺をやってのける昇太さんは大したもんです」※週刊ポスト2016年11月25日号
2016.11.20 07:00
週刊ポスト
笑点が「学級崩壊」 昇太「師匠らが言うこと聞かない」
笑点が「学級崩壊」 昇太「師匠らが言うこと聞かない」
 国民的長寿番組『笑点』(日本テレビ系)。「マンネリの極致」と揶揄されながらも常に高視聴率を叩きだしてきた同番組が、51年目にして異常事態に直面している。それは、テレビで見てもハッキリわかる。海千山千のベテラン回答者たちが、5月から桂歌丸(80)に代わり新司会に就任した春風亭昇太(56)の言うことをゼンゼン聞いていないのである──。 7月31日放送の「大喜利」コーナーで、その事件は起こった。三遊亭円楽(66)と、林家木久扇(79)が、それまでの番組進行を無視して勝手に漫談のようなやりとりを始めたのだ。「やめなさい! 歌丸師匠が司会を辞めてから、無駄話が多すぎるよ!」 そうストップをかけようとする司会の昇太。しかし2人の暴走は止まる気配もない。そんな様子を見て、三遊亭小遊三(69)が漏らした一言が振るっていた。「コレを学級崩壊という!」 会場は大爆笑。コントロールが利かなくなった場を制しようと、昇太が一喝。「全員の(座布団を)1枚ずつ持ってって!」 しかしこれが“問題児”たちのイタズラ心に火を付けた。円楽以下、全員が「ほーらよ!」と昇太に向かって座布団を投げつけたのだ。観客の爆笑はさらに大きくなったが、当の昇太は放心状態だった。 最近も“学級崩壊”は繰り返された。11月6日の放送では、「100円ショップで売っている変なもの」というお題に対し、円楽が「三遊亭好楽(70)の独演会チケット」とぶちあげた。会場は大ウケだが、昇太から座布団は出ず。好楽に気を遣ってのことだったが、円楽は口をとがらせて昇太に「バ~カ」と大暴言。また会場は沸きに沸いた。 回答者だけじゃない。7月17日の放送では、林家たい平(51)にイジられた山田(隆夫・60)くんが司会の昇太そっちのけでたい平を突き飛ばし、座布団を取り上げる暴走に出た。もはや司会の威厳も何もあったもんじゃない状態なのだ。 当事者の昇太は何を思うのか。“学級崩壊”に歯ぎしりしているのか、それとも巧みな計算か。 本誌の直撃に対し昇太は「ポストさん、またアポなしですか~、あなた方だけですよ、そんな人たちは、モウッ!」と言いながらも答えてくれた。「そうなんですよ~。歌丸師匠の時は皆さん、けっこう司会の言うことを聞いてたのに、僕になったら聞かなくなったんです。 でも、そういう変化って、僕自身も楽しんでいるんです。皆さんが投げかけてくる言葉に、その都度対応しているだけなんです。僕に代わってメンバーのイジリ方が過激になってる? やっぱり笑いって、チビとか仕事がないとか親の七光りとか、そういうマイナス要素がないと笑えないんですよ。(林家)三平君は、美人と結婚してお子さんもできたし、幸せだけど、それが笑いに繋がるかというとそういうわけじゃないからね。彼には“親の七光り”のほうがいいわけですよ。やっぱり彼、オイシイなァ!」 学級崩壊は、キャラ立ちした演者がいてこその“芸”ということらしい。日曜の夕方が、また楽しみになってきた。※週刊ポスト2016年11月25日号
2016.11.13 16:00
週刊ポスト
桂歌丸から「チー坊」と可愛がられるイケメン噺家
桂歌丸から「チー坊」と可愛がられるイケメン噺家
 27才ながら、芸歴11年の柳亭小痴楽。あの桂歌丸から「チー坊」の愛称で呼ばれるなど、大師匠たちからの期待も大きい。 しかし、「イケメン噺家」と評されることに「あまり興味はない」と冷静に答える。「顔の良し悪しはあくまでお客さんの趣味の世界。ぼくが気にしているのは、落語をいかにおもしろく伝えるかだけですから」。【Profile】りゅうてい・こちらく/1988年12月13日生まれ、東京都出身。2005年に桂平治(現・桂文治)に入門。2008年に父の故五代目柳亭痴楽門下に移籍し、2009年に二ツ目昇進と同時に、柳亭楽輔門下となった。昨年11月にはテレビ番組『笑点』に若手落語家のひとりとして出演を果たす。※女性セブン2016年11月24日号
2016.11.13 07:00
女性セブン
佐藤愛子著『九十歳。何がめでたい』 歌丸、吉右衛門の感想
佐藤愛子著『九十歳。何がめでたい』 歌丸、吉右衛門の感想
 御年92歳の作家・佐藤愛子氏が上梓したエッセイ『九十歳。何がめでたい』が20万部を超えるベストセラーになっている。 同書は、佐藤氏が90歳、卒寿を迎えた際、「まあ!おめでとうございます」と祝福され、表向きは「ありがとうございます」と返事しながらも内心は〈卒寿? ナニがめでてえ!〉(以下〈 〉は同書より引用)。と思っていたエピソードを皮切りに、世の森羅万象を女性目線でぶったぎる痛快なエッセイ集である。 例えば、元大阪府知事が出演する“日本の未来を真剣に考えるトーク番組”で「バスタオルを毎日洗濯する必要があるかないか」を討論していることに対しては〈町内会の寄り合いの茶飲み話じゃないんだよ!〉とバッサリ。 東海道新幹線の「のぞみ」の時速が15キロアップし、東京新大阪間が3分短くなったことについては、〈何がめでたい。何でそう急ぐ〉〈「もっと便利に」「もっと快適に」もっともっとと欲望は膨張していく〉と釘を刺す。 最近、町が静かになり、犬が吠えることすら騒音として許さなくなった社会にも噛みつく。〈町の音はいろいろ入り混ってる方がいい。うるさいくらいの方がいい。それは我々の生活に活気がある証據(しょうこ)だからだ。それに文句をいう人が増えてきているというのは、この国が衰弱に向う前兆のような気がする〉 こんな鋭いツッコミが読者の共感を呼んでいるのだ。佐藤氏が投げかけた「長生きは本当にめでたいことなのか?」というテーマは、すべての中高年が自問自答すべき問題である。世の男性たちはこの本をどう読み、どう感じたのか──。 5月に『笑点』(日本テレビ系)を卒業したばかりの落語家の桂歌丸(80)は「この本は年寄りの教科書ですね」と語る。「女性目線で書かれている部分もありましたから、共感するところも、そうじゃないところもあるけれど、92歳の佐藤さんの“角張った生き様”は老い先短い自分がどこに向かうか考える上で、とても参考になりました。歳をとってくると、“丸くなる人”と“角張る人”に分かれる。もちろん私は後者(笑い)。見るもの聞くもの、腹が立つことばかりですよ。 例えば若い人は、屋内なのに“これはオシャレです”と帽子をかぶったり、訳のわからない言葉を使ったり。そういうことがいちいち腹が立つんです。言葉にしろ、礼儀にしろ、日本は今すごく危険な状態にある。私にいわせれば、これらは絶対に許すべきことではないと思う。だからいわなきゃならない。“丸くなった年寄り”ばかりになると日本の伝統が崩れてしまう。『笑点』の司会は体の都合で卒業させてもらいましたけど、今後は高座のマクラで、そういった“当たり前”のことを毒づいていかなきゃならない」 歌舞伎役者で人間国宝の二代目・中村吉右衛門(72)は「人間として守るべきものを教えてくれる本」と評した。「昔の人の言葉、教えを守り、その上でようやく自分を出すというのが歌舞伎の世界。文明や文化が新しくなっていくなかでも、人間が守っていかなければならないものがある。この本はそのことを教えてくれた気がします。佐藤先生が色々なことに物申しているのは『文明よりもまず人間じゃないか』ということだと思う」※週刊ポスト2016年10月28日号
2016.10.17 16:00
週刊ポスト
春風亭昇太を占う 笑点は上り調子、結婚はすべきでない?
春風亭昇太を占う 笑点は上り調子、結婚はすべきでない?
 西洋占星術とタロットカードを使った独自の占いで人気の占い師・キャメレオン竹田が、旬な有名人の未来を予測するシリーズ「“きゃって”に占い」。今回は『笑点』の新司会となった春風亭昇太さんを占っていただきました。【プロフィール】春風亭昇太しゅんぷうていしょうた生年月日:1959年12月9日 56歳出身地:静岡県静岡市1982年に春風亭柳昇に弟子入り。1992年に真打ち昇進。2000年には文化庁芸術祭大賞を受賞している。2006年5月に『笑点』の大喜利メンバーに加入。2016年5月に、桂歌丸の後を継いで、6代目司会者に就任した。独身。 * * *──今回は、最近何かと話題も多く視聴率も絶好調な『笑点』の新司会者となった春風亭昇太さんを占っていただきたいと思います。ホロスコープ的にはどんな人物なのでしょうか?竹田:直感型で、考える前に行動するタイプだと思います。そして、向上心がすごい。特にライバルがいると、より一層努力をして、どんどん上がっていくタイプですね。──なるほど。ちなみに、昇太さんは独身でそこをよくネタにされているんですが、恋愛面ではどんなタイプでしょうか。竹田:セクシーで優しく夢をみさせてくれるような雰囲気で、さらに、しっかりしていて、自己管理力もある女性が好きですね。最初はラブラブな状態を堪能できますが、長くつきあうと、彼女には厳しく、自分は自由に動き回りたいところがあり…、つまり自分には優しい面が出てくるかもしれません。──亭主関白というか、そういう雰囲気ですかね。竹田:その傾向はあるかもしれないです。──ところで『笑点』では、年齢的には下から3番目で、大物先輩落語家を仕切るという形です。いままでの『笑点』とはかなり違った雰囲気だとは思うのですが、このままうまくいくのでしょうか?竹田:大丈夫だと思います。星回り的には全体像を見るのが得意なパーソナリティーなのと、昇太さんの太陽は射手座なのですが、射手座の中でも集団を興奮させていくことで自分の勢いも強くなっていくという位置にあるので、笑点のような番組の司会には大変向いてますね。先輩であっても、上手に操ることができます。人選は正解だったと思いますよ。──昇太さんが司会になったことで『笑点』はどうなっていきそうですか?竹田:どんどん良くなっていくと思いますね。昇太さんの仕事運を表す太陽に、今年の後半から「拡大発展」を表す木星が良い角度で入ってくるんですよ。これによって、周囲からの協力を得て、人気も高まっていくはず。昇太さんの仕事運を『笑点』の運勢としてとらえるならば、これから1年くらいは、ずっと好調が続いていくと思いますし、ここで頑張ると、そのあとも追い風が吹いていきます。──そして、もうひとつ気になるのが、昇太さんが結婚できるのか、ということです。竹田:もともとの恋愛運は悪くないんですけど、いざ結婚となると、いろいろな邪魔が入ったり、時間がかかったりしやすいんですよ。だから、無理に焦って結婚しようとすると、よくない方向に進んでしまいがちですね。むしろ、結婚を意識しないで、いまのまま、たまに恋愛を楽しみつつ独身生活を謳歌していくと、気がついたら伴侶的な存在が隣にいたってことになるかもしれません。 * * * 仕事運は問題なさそうな春風亭昇太だが、結婚のほうはどうも微妙な様子。ここはひとつ、好調な『笑点』の司会に力を注ぎ、恋愛のほうはお休みのほうがいいかも?【プロフィール】キャメレオン竹田/占術は西洋占星術とタロットカードで現在の鑑定予約は困難。テレビ・ラジオ出演、雑誌など複数のメディアで活躍する傍ら、インターネットでは、占星術・タロットや開運法を教える「キャメサロン」を運営しているが、現在満員である。公式のLINEでは、毎日の占いや、読んでいる人の気持ちが明るくなるつぶやきをしている。
2016.08.28 16:00
NEWSポストセブン
桂歌丸が円楽に苦言「もっとちゃんとしたホテルに行け」
桂歌丸が円楽に苦言「もっとちゃんとしたホテルに行け」
 腸閉塞のため入院し容態が心配されていた落語家・桂歌丸(80)が、東京・国立演芸場での『噺家生活65周年記念公演』で、無事に高座復帰を果たした。 公演後の歌丸を直撃すると、「まだ50~60%くらいしか治ってませんし、長い高座の後はくたびれます」と疲れた様子を見せながら、「ゆっくりゆっくり、落語道という道をまっすぐ進むだけ。今回の高座が終われば、来年の4月と8月にやるネタを決めて、それまでに新しい落語も3つほど覚えます」と意欲は全く衰えていない。 気になるのは、自身が降板した後の『笑点』(日本テレビ系)をどう評価しているかだ。「私はもう全部任せて身を引いた人間ですから、いち視聴者として番組を見ているだけ。名誉司会といっても名前が残っているだけで、『あれが面白くない、これが面白い』というようなことは一切言いません。 私は楽屋でも仕事のマジメな話は一切しないんです。楽屋で“他愛のある”話をする落語家はダメですよ。落語自体が陰気臭いし、客だってウケない。カネが儲かるとか、仕事が山ほど来てるとか、自慢話をする奴はすぐに売れなくなる。『笑点』メンバーは楽屋では失敗談しか話しません。でも実際は儲かってるんですよ、ウェッヘッヘッ」 こう言いながら、現役メンバーの批評を避けた歌丸だったが“永遠のライバル”三遊亭円楽(66)の話題ばかりは饒舌になった。 円楽は今年6月、20歳年下の美女と東京・錦糸町のラブホテルに入る様子が写真付きで報じられた。「まぁ、羨ましいよねぇ。私はそう思ったもんね。謝罪会見もああいう風に笑いに持ってっちゃえば、それで済んじゃうじゃないですか。あそこでプツっと(批判は)途切れちゃったじゃない。たいしたもんですよ。ただ、私は円楽さんに一言だけ言いました。『もっとちゃんとしたホテルに行け!』とね(笑い)。 今年は不倫で芸能人も政治家も叩かれてるけど、『火山』と同じようなもんだよ。あちこちで火山が爆発した。それを『不倫火山(風林火山)』って言うんです、ウェッヘッヘッ」 山田く~ん、座布団一枚持ってきて!※週刊ポスト2016年9月2日号
2016.08.21 16:00
週刊ポスト
『笑点』の裏側 台本は? リハーサルは?に木久扇が回答
『笑点』の裏側 台本は? リハーサルは?に木久扇が回答
 放送50周年を迎えた『笑点』(日本テレビ系)は、桂歌丸から春風亭昇太へ司会者交代、林家たい平が『24時間テレビ』マラソンランナーに決定など話題が尽きず、視聴率20%超えが続いている。そんな人気番組の裏話を、最古参で最年長となった林家木久扇(78才)に、たっぷりと聞いた。――メンバー仲良さそうですが、楽屋はどんな様子ですか? 木久扇:みんなで世間話していますよ。そこから面白い話題を拾っている感じですね。学校の休み時間みたいに雑談していて、本番ですよと呼ばれるとぞろぞろ出ていく感じです。後楽園ホールのボクサーの控室を使っているので、壁に血のりがついて黒ずんでいる部屋なんですよ(笑い)。『本日の楽屋』ってコーナーのために楽屋を撮影しているので、気が気じゃないんです。仲間内のこととか、テレビ局の悪口は言えません(笑い)。――リハーサルは念入りにしているんですか?木久扇:ほとんどないですよ。司会者に「どうなんだい?」と聞いても教えてくれないし。ま、でも、長年やっているので回答が浮かぶんですよね。出題が面白くないと答えも面白くならないのですが、質の高い問題を考えるのは難しいですよね。――ぶっちゃけ、台本はありますか?木久扇:台本はありますけど、何も書いてないんですよ。矢印が引いてあって、「ここで1問」って書いてあるくらい。空白ばかりで意味がないのですが、一応作らなきゃいけないのかもしれませんね。大喜利以外のゲストもいますからね。司会者の挨拶の言葉は刷ってありますが、歌丸さんは台本通りに言っていませんでした。――面白い回答のコツを教えてください。木久扇:ぼくはもともと漫画家だったので、漫画の主人公のような決め言葉を作るんです。「いやん、ばかん」もそう。「杉作! 日本の夜明けは近い!」っていうのは、『鞍馬天狗』を下地にしているんですけど、原作にはないぼくが作った造語なんです。なにかいい答えが言えた時なんかに使えるんです。 そういう便利な言葉を7つくらい持っていて、代わる代わる使っています。わからなくなると「いやん、ばかん」と歌ってごまかしたりして(笑い)。 歌うのも理由があって、ただ答えるより、カメラに映っている時間が長くなるんです。あとでメンバーにずるいと言われます(笑い)。たい平さんが「ふなっしー」って飛んでるのも同じですね。自分が長く映るし、周囲も巻き込むから、「痛えな、なにすんだよ」って言いつつ、円楽さんたちも得してるんです。――木久扇さんの着物は、昔は赤だったそうですね。木久扇:正式に黄色くなったのは、カラーテレビになったときです。テレビ局の人に「好きな色を選んで」と言われたので、ぼくは黄色を取り、歌丸さんは緑を取りました。――黄色を選んだのは、なぜ?木久扇:人の目に一番に入る色は黄色なんです。ランドセルのカバーとか、子供の交通安全の帽子とかは黄色でしょ。みんなは好きな色を選ぼうとしていたけど、ぼくは絵を描くから、一番目立つ色が黄色だと知っていて、真っ先に選んだんです。青などの寒色は縮んでいく色なので、小遊三さんの色は損だなと思って見ているんですけどね(笑い)。――『笑点』以外でも、黄色を着る?木久扇:着ません、普段は地味な色ですよ。でも印象は「黄色い人」ですよね(笑い)。上野の呉服屋さんが、成人の日の注文に色紋付が多くなったと言っていました。「木久扇さんの色にしてください」とか、「こん平さんのオレンジにしてください」とか。『笑点』効果なんでしょうね、呉服屋さんはびっくりしていましたよ。【林家木久扇(はやしや・きくおう)】1937年10月19日生まれ。東京出身。高校卒業後、森永乳業に入社。のちに漫画家を目指し清水崑を師事した後、三代目桂三木助に入門。1961年に八代目林家正蔵(のちの彦六)門下へ移る。1969年より、林家木久蔵として『笑点』(日本テレビ系)レギュラー。2007年、木久扇を襲名。今年6月22日、親子3代(林家木久扇、林家木久蔵、木久蔵の子のクミ・コタ)と元オフコース・鈴木康博が歌う『空とぶプリンプリン』リリースした。撮影■浅野剛
2016.08.16 07:00
NEWSポストセブン
木久扇 笑点新メンバーに「せがれが選ばれたら嬉しかった」
木久扇 笑点新メンバーに「せがれが選ばれたら嬉しかった」
 50周年を迎えた『笑点』(日本テレビ系)に第1回目から出演していた桂歌丸が勇退し、新司会者には春風亭昇太が決まった。ネットなどの予想では、司会者候補として、外部ならタモリやビートたけし、出演者なら6代目・三遊亭円楽や林家木久扇の名が挙がっていた。そこで、実際の交代劇はどうだったのか、林家木久扇(78才)に直撃した。――歌丸さんから、引退の相談はあった?木久扇:ご自分できっぱりお考えになったんです。今年の春ごろ、『笑点』が始まる前に、ぼくたちメンバーが別室に呼ばれたんです。そこで、「司会を退きます」という話があったんです。 ぼくはそのとき、「そうですか、淋しくなりますね」と言いました。お体のことだから、ぼくが「まだできるでしょう、頑張ってください」とは言えません。本番は車椅子外していますけど、いつも裏に置いてあったんですから。みんな黙って聞いていました。引き止めることはできませんよね。――初めて報告を聞いた時は、意外だった?木久扇:意外ではなかったです。歌丸師匠はお体の調子があまりよくなかったので、司会者交代は感じていました。昇太さんは『BS笑点』『笑点Jr.』で若手大喜利の司会をずっとやっていまして、テンポがいいなと思っていました。――正直、木久扇さんが司会をしたいという気持ちはあった?木久扇: 47年やっているぼくが一番古くなるんですけど、ぼくが司会になると、答える側に面白い人がいなくなっちゃうんですよね(笑い)。回答側にいなくちゃいけないと思っていましたから、もし頼まれても、受けるつもりはありませんでした。――円楽さんが司会者になるのでは、という予想も多かったのですが。木久扇:円楽さんも回答者側のままで、という考えでしたね。世情を辛い味で言う人は、他にいませんからね。みんな役を演じているわけで、ただ面白おかしいことを言っているだけではないんです。ぼくは与太郎の役、円楽さんは腹黒の役とかね。『笑点』がスタートした時は、落語長屋だったんです。大家さんが司会者。三遊亭小圓遊さんが若旦那のキザなやつ、歌丸さんは小言幸兵衛というか口うるさいじいさんをやっていて、林家こん平さんは田舎出身の権助、そんな落語長屋だったんです。 だからぼくも役を演じているのであって、本当はメンバーで一番しっかりしていると思いますよ。他の商売も成功させているし、漫画も描いていますし、実は6月に歌をリリースして『みんなのうた』(NHK)で放送されたりしていますから。――円楽さんは腹黒、友達がいないキャラですが、普段は?木久扇:あの人はいろんな奉仕活動をしているんです。ゲートボールの団体を作っておじいちゃんおばあちゃんを励ましたり、プロレスが好きで、プロレス団体を応援して資金を出しています。だから友達もいないと言っているのは役作りじゃないでしょうか。――新メンバーに林家三平さんが選ばれた理由は?木久扇:プロデューサーは会見で、「笑顔が健康そうで、奥様が女優さんだから選びました」って言っていましたけどね。意外と言えば、意外だったかもしれません。――木久扇さんが新しい回答者を選ぶなら、誰だった?木久扇:うちのせがれ(2代目・林家木久蔵)が選ばれたら嬉しいけど、ぼくの居場所がなくなっちゃう(笑い)。――親子出演を期待していました。木久扇:ぼくが司会で、回答が息子というのはいろんな人から言われていましたけど、せっかく築き上げたぼくのスタイルを、せがれに伝えようがないと思っていました。せがれかなと思っていた時期もありましたよ、随分と取材が来ましたからね(笑い)。――三平さんの回答ぶりはどうですか?木久扇:自分の中の気構えか、「どうもすみません」を使わないようにしていました。そこはプロだなと思いました。【林家木久扇(はやしや・きくおう)】1937年10月19日生まれ。東京出身。高校卒業後、森永乳業に入社。のちに漫画家を目指し清水崑を師事した後、三代目桂三木助に入門。1961年に八代目林家正蔵(のちの彦六)門下へ移る。1969年より、林家木久蔵として『笑点』(日本テレビ系)レギュラー。2007年、木久扇を襲名。今年6月22日、親子3代(林家木久扇、林家木久蔵、クミ、コタ)と元オフコース・鈴木康博が歌う『空とぶプリンプリン』リリース。撮影■浅野剛
2016.08.11 07:00
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木久蔵ラーメン 「まずい」の宣伝効果を木久扇が明かす
木久蔵ラーメン 「まずい」の宣伝効果を木久扇が明かす
 桂歌丸から春風亭昇太への司会者交代、林家たい平が『24時間テレビ』のマラソンランナーに決定と、50年周年を迎えた『笑点』(日本テレビ系)の出演者はなにかと話題になっている。林家木久扇(78才)は、最年長メンバーに。「黄色い人」でおなじみ、林家木久扇の素顔に迫った。――木久扇さんは食にこだわりがあるそうですね。木久扇:そうなんです。口の商売ですから、おいしいものを知らないのはだめ。おにぎり2個で満腹になっている人が、金持ちの話をしたって、それは現実味がないでしょ? おいしいものを知っているから、話ができるんです。――木久蔵ラーメンは相変わらず人気ですか?木久扇:ラーメンは商売になって34年目。まずいまずいと言われていますけど、しゃれでね。1銭も宣伝にお金をかけていないのに、木久蔵ラーメンは今、東京駅、羽田空港などで売られています。――ズバリ、売り上げ金額を教えてください。木久扇:メーカーさんがやっているので、細かいことはわからないのですが、よく売れていますよ。――笑点メンバーが店舗に食べに来たことはある?木久扇:歌丸さんや円楽さん(5代目)たちが、『笑点』のロケで店舗に来たんです。番組を盛り上げようと、普段のメニューにはない、アイスクリームラーメンとか氷イチゴラーメンを作ったんです。円楽さんは「このアイスクリームラーメンはとても食べにくい」と言っていました。さすがに司会者だから、まずいとは言わなかった(笑い)。――木久蔵ラーメンは、木久扇さんが考案した?木久扇:レシピはぼくが考えました。工業高校の食品科で学びましたから、食品に関しては詳しいんですよ。初めに就職したのも森永乳業ですから、食品業界に友達いっぱいいるんです。 年齢によって好みの味が違うでしょ? だから50才以上の人に心地いい味に絞って、おしょうゆとかつぶしと昆布のブレンドにこだわりました。昔食べていた、下町の支那そばの味を守っています。――落語界史上初となる親子W襲名も話題になりました。木久扇:実は、原案は春風亭小朝くんなんです。小朝くんにせがれ(2代目・林家木久蔵)を預けた関係で、随分、稽古をしてもらいました。せがれは一時期、ぼくより小朝くんに会っていて、ごちそうになったり、旅のお土産をもらったりしていました。 せがれが「師匠、ぼく売れたいんですけど、どうすればいいでしょうか」と相談したら、小朝くんが「面白い売り方をしようじゃないの」と考えてくれて、「お父さんが改名して、君が木久蔵を継ぐと注目されと思うけどどう?」って。ぼくがそれに乗ったんです。2人の合作なんです。 そうしたら大きなニュースになって、新幹線の電光掲示板のニュースにものったんですよ。襲名披露では大きい会場ばかり、全国88か所まわりました。――木久扇さんはがんでの闘病を2度も経験しています。喉頭がんでの1か月半の療養中、『笑点』のことも気になったのでは?木久扇:『笑点』を9週間も休みましたから、代わりに桂文枝さんや小朝くんがくるんじゃないかと、気が気じゃありませんでした。でも『笑点』のスタッフが、席を空けて待っていてくれたんですね。メンバーも支えてくれて、番組の中でも「帰って来てください」と言ってくれて。家で番組を見ていて、とても嬉しかった。 意外だったのは、300通くらい手紙や折鶴が届いたんですけど、ほとんどお子さんからだったんです。こういう人たちが見てくれているんだって、ビックリしましたし、励まされました。すべてファイルして保管してあります。ぼくは、お子さんにもわかりやすい回答しているからですかね(笑い)。――喉頭がんでは、しばらく声が出なかったんですか?木久扇:聞き取れないほどかすれた声になっていました。このまま声が出なかったらと思うと、つらかったですね。だけどある朝、ベッドから起きて「おはよう」と言ったら、おかみさん(妻のこと)が絶句して、「お父さん、声でたわ」って。 ぼくはいつものかすれた声を出したつもりだったんだけど、先に周りがびっくりして、ぼくはだんだん実感してきて、後からびっくりしたんです(笑い)。ああ、治してもらったんだ、と思いました。――最後に下半期の目標を教えてください。木久扇:6月にCDをリリースしたんです。せがれとぼくと孫たち、3代で歌っているんです。『空とぶプリンプリン』というタイトルの曲で、作詞はぼく、作曲は元オフコースの鈴木康博さんです。『みんなのうた』(NHK)で放送されているんですけど、親子3代で歌うのも咄家が歌うのも初めて。ぼくが描いた絵がアニメーションになっているのですが、絵を描いた本人が歌うのも初めての、初めてづくしです。 ロック調の曲でかっこいいんです。だから『およげ!たいやきくん』『だんご3兄弟』くらいヒットするんじゃないかと思っていて(笑い)。年末は孫たちと紅白に出るのが目標です。【林家木久扇(はやしや・きくおう)】1937年10月19日生まれ。東京出身。高校卒業後、森永乳業に入社。のちに漫画家を目指し清水崑を師事した後、三代目桂三木助に入門。1961年に八代目林家正蔵(のちの彦六)門下へ移る。1969年より、林家木久蔵として『笑点』(日本テレビ系)レギュラー。2007年、木久扇を襲名。今年6月22日、親子3代(林家木久扇、林家木久蔵、クミ、コタ)と元オフコース・鈴木康博が歌う『空とぶプリンプリン』リリース。撮影■浅野剛
2016.08.06 07:00
NEWSポストセブン
三遊亭円楽「放任主義の母ちゃんが持ってきた真打のご祝儀」
三遊亭円楽「放任主義の母ちゃんが持ってきた真打のご祝儀」
 いくつになっても男にとって母親の思い出は甘美なもの。落語家の三遊亭円楽(66)が現在95歳となった母との思い出を語る。 * * * 二ツ目の頃までは母ちゃんも高座を見に来てくれた。でも「ひやひやするよぉ。子供がしゃべっているとトチるんじゃないかと、まわりばっかり見ちゃった。だからもう行かない」って(笑い)。放任主義だから、師匠の弟子になるよと言った時も「そうかい」で終わり。 その後も「頑張れ」とか言わない。六代目の襲名についても別に話をしないね。だけど真打披露の時に誰よりもご祝儀を持ってきてくれたのが、母ちゃんだったんだ。 昔の人はそういう時のために、金を貯めていたんだね。それでも何もいわねぇんだよ。「受付に預けてきたよ」ってだけ。精算をすると、「ん!?」ってね。キザなんだよねぇ。贈与税がかかるくらい、黙って置いていった(笑い)。 俺の名前が「やすみち」で、子供の頃は「ちーくん」。噺家になってからは、「楽太郎」にちなんで「楽ちゃん」になって、それは今も変わらない。 母ちゃんは今千葉で兄貴と暮らしているんだけど、95になっても酒好きでね。一升のパック酒があると、10日くらいでなくなっちゃうんだよ。朝晩なめながら飲んでるって。 先代の師匠と、『笑点』の終身名誉司会に落ち着いた桂歌丸師匠を、実の父とは違う“ふたりの父”と言うんだけど、母はひとりだな、やっぱり。父親は引っ張ってくれるけど、母親はサポーター。身二つになるのは、母親しかいないよね。産みの親が母ちゃんなら、育ての親が先代や歌丸師匠なんだね。 母ちゃんにはもう感謝しかない。だから菩提を弔う準備はできているんだ。お経のひとつでもあげられないと、と思って坊さんの資格を取ったんだよ。●さんゆうてい・えんらく/東京都生まれ。1970年、青山学院大学在学中、五代目三遊亭圓楽に入門。1977年、27歳で『笑点』大喜利メンバーに。1981年、真打昇進。2010年、三遊亭楽太郎改め、六代目三遊亭円楽を襲名。※週刊ポスト2016年7月22・29日号
2016.07.15 16:00
週刊ポスト
笑点・山田隆夫 「自分は動きで笑い取るチャップリンの芸」
笑点・山田隆夫 「自分は動きで笑い取るチャップリンの芸」
 山田隆夫(59)が、舞台袖から大喜利メンバーの背中を真剣な表情で見つめている。袖に一番近い位置に座る林家たい平が、得意の「山田いじりネタ」で笑いを取る。その瞬間、山田が勢いよく飛び出し、たい平を後ろから突き倒して、怒ったように座布団を引っぺがす。その鉄板ギャグに会場がドッと沸く。「噺家さんの話芸に対し、自分はチャップリンの芸、つまり動きで笑いを取る芸です。出て行くタイミングが大事なので、特にたい平くんが喋っているときは、いつ出てもいいように準備しています。タイミングの取り方は、昔、『ずうとるび』でバンドとコントをやっていたことが役立っているんです」 先の5月、『笑点』(日本テレビ系、毎週日曜17時30分~)が50周年を迎え、桂歌丸の勇退、春風亭昇太の司会就任、林家三平のメンバー入りなどが大きな話題になった。山田がその国民的演芸番組の6代目座布団運びとなって今年で32年目だ。 1984年、それまでの体の大きい松崎真に代わり、「小さい男に座布団を運ばせたら面白い」と、身長155cmの山田に声が掛かった。「それ以来、会社員のように規則正しく2週に1回、2本分の収録を繰り返していたら、あっという間に30年以上経ちました。毎年春に1年先までの収録スケジュールが渡されるのですが、それをもらうと『ああ、来年までは仕事があるな』と(笑い)。その繰り返し」 山田が“新人時代”を振り返る。「当初は冒頭の挨拶にも困りました。師匠方のあとに挨拶するので、用意していたネタが使われてしまうんですよ。それで、喋りを勉強しようと、鈴々舎馬風師匠の一門に弟子入りし、落語の勉強をしました。着物を着たときの所作を身につけるため、日本舞踊の師匠にも1年間習いました」 座布団運びは誰にでもできる──と思われがちだが、そこには計算された芸があり、そのうえに「山田くん」キャラがあって笑いが成り立つ。 座布団運びを始めて数年後、当時の司会者・先代三遊亭圓楽がメンバーの林家こん平に、「山田くんを目立たせるために山田くんの悪口をいってよ。山田くんは袖から出てきて、こんちゃんをドツいて、座布団を取っちゃっていいから」 と提案し、「山田いじり」が始まった。 次の司会者・桂歌丸はさらに「頭にカビの生えた人」などと紹介し、山田をさらに目立たせた。そうして与えられたチャンスを生かし、山田以外では成り立たない「山田くん」キャラを確立した。撮影■橋本雅司 文■鈴木洋史※週刊ポスト2016年7月15日号
2016.07.04 07:00
週刊ポスト

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