石田純一一覧

【石田純一】に関するニュースを集めたページです。

いしだ壱成が心情を告白する
いしだ壱成、躁うつ病再発を告白「芸能界に戻りたいから入院することにしました」
「精神的な浮き沈みが激しくて、もう、これ以上まわりに迷惑をかけたくないんです。ちゃんと入院して、心の病と向き合っていくことに決めました」『女性セブン』の取材にぽつりぽつりと明かしたのはいしだ壱成(47才)だ。昨年12月に3度目の離婚を発表。その後、さまざまなメディアに登場し、休止状態だった芸能活動の再開を目指していた。しかし、5月中旬、突然ツイッターで《あのビルから飛んでやるわ!》と自殺をほのめかす投稿をし、精神状態が心配されていた。その壱成が、騒動の経緯と再起について語った。「離婚後は、やる気に満ちていました。今後のことを考えたときに、“やっぱり自分には俳優しかない”“芸能界に戻りたい”と思って、SNSで発信したり、昔お世話になった人に連絡を取ったりして、企画書を作って自分で営業しました。ありがたいことに、イベント出演や、映画、テレビドラマへのオファーと、いろんなかたが声をかけてくれたんです。トルコに行って植毛したのも、そのうちの1つです」 多くのテレビやネット配信の番組に出演したことで、父・石田純一(68才)からも連絡がきたという。「ぼくから連絡するばかりでしたからね。珍しく純一さんから電話があったんです。テレビを見てくれたのか、“うれしいね”って。純一さんとは、ぼくが幼い頃に離ればなれになりましたけど、やっぱり親子だし、少しは気にかけてくれているのかなと思いました」 周囲の期待に応えたい一心で、仕事をどんどん引き受けた。かつて、不祥事で仕事が激減した苦い経験があったことも理由の1つだろう。しかし、はやる気持ちに落とし穴があった。「仕事を入れすぎてスケジュールがめちゃくちゃになってしまったんです。意気込んだはいいものの、事務所に所属せずにひとりで全部やっていたのが裏目に出てしまって……。オーバーワークや不眠で体調がますます不安定になり、躁うつ病が再発したんです。それを自覚できていても、仕事の声がかかるとどうしてもセーブできないんです」 現在は、トークイベントで知り合った女性とそのパートナーの男性が、スケジュール管理やマネジャー業務をサポートしてくれているという。一方、離婚後に住む場所も仕事もなかった壱成を支援してくれた複数の人物とは、新たに金銭トラブルが起きているようだ。「不安はいつもつきまとっています。ぼくと躁うつ病は、10代の頃からのつきあい。薬をのみながらだましだましやってきましたけど、症状がひどいとベッドから起き上がれず、何をやってもダメ。ひどいときには“死にたい”“あそこで首吊って死のう”と考え始めてしまうほどでした。娘の顔を見ると“ダメだ”と思いとどまれるんですけど、いまは離れていますし、会えるのは月1、2回ほどです。 薬の効果が切れると手が震えるようになり、知人の紹介で病院に行ったら、ドクターストップを宣告されました。すぐ入院した方がいい、って。入院期間は、短くて2週間、長ければ2か月ぐらいだそうです。これまで心の病で入院したことはないし、正直怖い。 ですが、マネジャーや周囲に報告すると“よかった、そうして”と安心してくれています。これまで迷惑をかけただろうし、どれだけ心配させていたのかを痛感しました。すぐにでも入院するつもりです。 かつてドラマなどで一緒に仕事をしていた人たちは“また一緒に仕事したい”“待っています”と言ってくれています。本当にうれしいし、無理はしないようにがんばりたい。3才の娘に、俳優としての姿を見せたいですしね」 俳優・いしだ壱成の再起は成るか。※女性セブン2022年6月16日号
2022.06.02 06:00
女性セブン
石田純一がノーマスクでお出かけ
石田純一の3億円豪邸を買ったカリスマ実業家「彼は読書家。人徳もある」
 玄関から開放的な中庭を抜け階段を上がると、暖かな日差しが入るガラス張りのリビングが広がる。大型のキッチンにワインセラー、広々としたベランダには200万円の檜風呂が鎮座する──都内の一等地に建つ、家主のこだわりが詰まった豪邸を、ひっそりと売却していたのは、石田純一(68才)である。 石田にとってこの家は特別だった。彼が東尾理子(46才)と再々婚したのは2009年。ふたりはすぐに妊活に励み、体外受精によって2012年11月に待望の長男が誕生した。「その翌年に完成した約3億円ともいわれる豪邸は、2度の離婚を経た石田さんにとって、“新たな人生”のスタート地点。その後も2人の女児に恵まれ、あの家で幸せな家族の思い出が紡がれていったのです」(石田家の知人) しかし、昨年のクリスマスイブに石田は思い出の詰まったわが家を手放し、新たに賃貸物件へと引っ越している。その理由を「経済的なもの」と指摘する声は少なくない。 2020年4月、緊急事態宣言中に沖縄でゴルフに興じていたことや、その後もノーマスク会食などで批判が集中した石田。レギュラー番組の終了やスポンサー契約打ち切りなどで仕事を失い、「6000万円の損失」と本人も嘆いていた。さらに夫婦関係にもすきま風が吹いているという報道まで飛び出したのだ。そんな窮地の石田に手を差し伸べた人物がいる。「芸能人御用達の焼き肉店を複数経営する、実業家の辛永虎氏です。石田さんの自宅を購入したのは辛氏なんです」(芸能関係者) 辛氏は、数十年前に世間に「ハラミ」という部位を広めたパイオニアで、カリスマ経営者として知られている。石田とは大学時代からの仲だという。その辛氏が金欠の石田を救ったとみられているが、事実は異なるという。当の辛氏が明かす。「いまから8年前、石田さんの自宅を訪問したときに素晴らしい家だと思い、売却するときは声を掛けてほしいと伝えていました。ちょうど石田さんの娘さんが今年の春に進学するそうなのですが、その学校には居住地域の条件があるようで、昨年、引っ越すことを決断したそうなんです」 つまり、石田は「経済的な事情」で家を売却したわけではないというのだ。しかも、昨今の不動産価格高騰により、石田の豪邸の価値は上がっていたという。辛氏が続ける。「相場から言えば4億円以上でしたが、私がお支払いしたのは3億円台後半。ほかに高額での購入希望者もいましたから、私が彼に頼み込んで買わせていただいた、というのが真相です」 辛氏は石田と約40年来の友人関係で、石田が世間からのバッシングに晒されても変わらずに応援し続けてきた。その理由についてこう語る。「世間の人が石田さんに対して勘違いしている部分も多いですよ。彼のことを愚か者と思っている人もいるでしょうが、かなりの読書家で、自宅の書斎は文人でも驚くほどの書物が揃っています。政治経済の知識が豊富で、歴史認識についても時系列、人名がとても正確です。 そして、人徳があることも世間の印象とは違うかもしれません。いま、彼が監督、脚本が私というタッグで映画製作に取り組んでいます。まだ明かせませんが、主演に大物俳優が内定し、スポンサーも集まっています。これは石田さんの人徳がなせる業です。ただ、女性関係については世間の認識が合っています。あれは直りませんね(笑い)」 辛氏のようなよき理解者がいる限り、今後も芸能界に石田が座る席はあり続ける。※女性セブン2022年3月17日号
2022.03.04 11:00
女性セブン
石田純一がノーマスクでお出かけ
石田純一「騒動続き、仕事激減」でも芸能界で生き続ける“稀有な存在”
 一昨年に新型コロナウイルスに感染した一件以来、何かと騒動続きの石田純一(67才)。今度はレギュラー番組が消滅し、タレント活動の危機だとも囁かれ始めている。 石田純一の公式サイトには、レギュラー番組としてテレビ東京『石田純一のサンデーゴルフ』、朝日放送『石田純一のシネマに乾杯』、JFNラジオ『石田純一のNo Socks J Life』、文化放送『斉藤一美ニュースワイドSAKIDORI!』の4番組が記載されているが、このうち前3本はすでに終了。『斉藤一美ニュースワイドSAKIDORI!』も今年3月に終了することとなり、石田のレギュラー番組がゼロになるのだ。 石田は2020年4月に、沖縄でゴルフのプレー中に体調を崩し、検査を受けた結果、コロナ感染が発覚。当時、沖縄県では感染防止のため県外からの来訪自粛を呼びかけていた時期だったこともあり、石田は批判を受けることとなった。その後も飲み会に参加したり、ノーマスクで外出したりする様子が報じられている。 さらに東尾理子との離婚が囁かれるなど、話題に事欠かない石田。仕事は激減しているが、パチンコ店などを運営する「株式式会社ベガスベガス」のイメージキャラクターの契約は継続中だという。 そんな石田に対し、ネット上では〈石田さんの今の行動をみるかぎりでは、需要はなくなると思います〉など、先行きを不安視する声がある一方で、〈あんだけ過去何度もやらかしてるのに見捨てる人がいないってのはある意味凄い〉、〈基本人当たりがよく、憎めない感じの人なのかなぁと思う〉と、何があっても芸能界から見放されないことに対する意見も多かった。 これまで石田は、つねにスキャンダルの中心に居続ける芸能人生を歩んでいる。なかでも、特に大きかったのが、1996年の「不倫は文化」騒動だろう。当時松原千明と結婚していた石田だったが、別のモデルの女性とも長年にわたって交際していた。不倫が広く報じられるなか、石田はマスコミに対し「文化や芸術といったものが不倫から生まれることもある」とコメント。それが「不倫は文化」発言として、後世に語り継がれることとなったのだ。 その後、松原と離婚し、2009年にはプロゴルファーの東尾理子と再婚。さらに、2016年には都知事選出馬の意向を表明するも、後に出馬を断念するという騒動もあった。 これまで、さまざまな騒動でワイドショーの主役であり続けた石田。レギュラー番組がなくなっても、芸能界から消えることはなさそうだという。「石田さんの言動が物議を醸すことが多いのも事実ですが、それもやはり人生そのものが注目される人物だからこそです。そして、何か騒動があったとしても、マスコミから雲隠れするようなことはなく、基本的に自分の言葉で何もかもを説明しているんですよね。こんなにマスコミ対応がいい芸能人はいないと思います。だから結果的にワイドショーも石田さんの話題を積極的に扱うし、世間からの注目度も下がらないままなのでしょう。完全にテレビ業界には欠かせない存在なんです。実際、レギュラー番組がなくなっても、それ自体がネタになっていますし、そう簡単には消えないでしょう」(テレビ局関係者・以下同) 最近では、石田だけでなく、息子であるいしだ壱成の動向にも注目が集まっている。「壱成さんは体調不良なども影響し、収入が激減。それを理由に離婚し、大きな話題となりました。つまり、純一さんだけでなく、石田ファミリー全体への注目度が高いんです。しかも、こんなに次から次へとニュースが出てくるファミリーはほかにはいません。壱成さんも、父親譲りといいますか、マスコミ対応がとてもよく、取材にも前向きに答えることで知られていますし、コロナが落ち着けば、親子ともどもバラエティー番組などからのオファーも増えるはずです。本当に稀有な存在ですね」 トレンディードラマでブレイクしてから35年近くワイドショーの主役であり続ける石田純一。その存在感が薄まることはなさそうだ。
2022.01.17 16:00
NEWSポストセブン
いしだ壱成 “純一超え”3度目離婚「ぼくと父は何か欠落している」【NEWSポストセブン2021年ベストスクープ】
いしだ壱成 “純一超え”3度目離婚「ぼくと父は何か欠落している」【NEWSポストセブン2021年ベストスクープ】
 NEWSポストセブンで2021年(1月1日~12月31日)に公開した記事の中から、大きな反響を呼んだ記事を紹介します。2021年末、3度目の離婚をしていたことが明らかになった、いしだ壱成。その衝撃的なビジュアルも話題に。2018年に“おめでた再々婚”をしていたお相手、24才年下の飯村貴子とのあいだに一体何があったのだろうか。本人が語った──。(以下、年齢などは掲載当時ママ)* * * いしだ壱成(47才)が、女優・飯村貴子(23才)と離婚していたことが明らかになった。「離婚届はぼくの誕生日の12月7日に書きました。『これ、取ってきたから書いて』と妻に言われて。奥の部屋で子供が遊んでいる間にサッと書いちゃおう、みたいな感じでした。提出は妻が翌日に。これでぼくは3度目の離婚です」 壱成は、そうため息まじりに離婚を明かした。2003年に最初の結婚をし、1児をもうけたが2006年に離婚。2014年に再婚するも2017年に離婚。そして2018年に“おめでた再々婚”した相手が、当時19才で24才年下の飯村貴子だった。生まれた娘は現在3才になる。 今回、壱成は“元妻”同席のもと、取材に応じた。1990年代には数々の人気ドラマに出演していた壱成だが、さまざまなトラブルが続き、仕事は激減。2011年に東京を離れて石川県に移住し、現在は妻子と築30年の一戸建てで幸せな生活を送っていた、はずだった。「離婚理由は経済的なものです。食費も足りず、ずっとつらい状態にさせてしまっていた。実は結婚して1年も経たない頃に『この先もこのまま、生活がまともにならなかったら別れるからね』と言われたことがあったんです。でも、移住してから落ち着いていたうつ病が再発してしまい、定職に就こうとハローワークにも通いましたが、採用してもらえませんでした。 不安定な仕事ではありますが、パワーストーンの販売やインターネットのライブ配信で収入を得ていた時期もあったのですが……。 改めて定職を見つけようと思い、この秋口には工場のライン作業や介護士、車の内装クリーニングとか、全部で20社ほど受けましたが、ぼくの“悪評”をメディアで知っていたのか、全部面接でダメ。 生活のために軽自動車を手放し、母や父にお金の無心をし、友達に借金もしました。ぼくなりにもがき続けた一方で、そこまでしないと生きていけない自分に、『死んでしまえ』と思ったことも。妻と娘と幸せになりたかったけど、実際は貧困でつらい生活から抜け出せなかったんです」(壱成。以下同) 壱成の収入だけでは生活がままならず、飯村は育児の傍ら飲食店やスーパーなどでアルバイトをして家計を助けた。食費を切り詰め、爪に火をともすような暮らしを続けてきたが、明るい未来は見えなかった。 離婚の際の取り決めは、慰謝料はなし、月4万円の養育費、娘との面会は月2回。現在は同居中だが、クリスマス頃には家を引き払う。再び人生の岐路に立たされた壱成は、父・石田純一(67才)に連絡を入れた。「純一さんには、離婚届を書いた日に電話で伝えました。『あぁ……』っていう、反応はため息のような、声にならない声のような。まあ、いまは本人も大変そうだから(苦笑)。また別の電話で(東尾)理子ちゃんにも伝えました。『はいはい、わかりました、OK~』みたいな感じで。 純一さんとは2才までしか暮らしていないので、記憶はないですが、やはり親子ですよね。スピリチュアリストの江原啓之さん(56才)には、世間を騒がせてきた家族だから“業”があると言われたけど、納得してしまうくらい、ぼくと父は何か欠落している。やっぱり“同じ生き物”な気がします。ダメなところが似ている。 自分が結婚したときは、絶対に離婚しないと思っていました。子供にとって両親がいるという形にとらわれていたところがすごくあって。でも結局、自分が追い求めていたものは、自分が子供の頃に得られなかったもので、単なるエゴだったのかもしれない。3度目の離婚で、2度離婚した純一さんを超えてしまったことは、恥ずかしいです……まあ、向こうも3回目になりそうだという話を聞いていますけど(苦笑)」 だが、離婚が飯村と壱成の経済状況を回復させるわけではない。少なくとも壱成は養育費を稼がなければならない。頼れる先は石田家になるのだろうか。「年末年始は、向こう(石田家)でお世話になろうかと思っています。年末には来いと言ってくれていますし。今後はアルバイトでも何でもして養育費を稼がないと。まずは栃木の知人のもとに身を寄せるつもりです。 落ち着いたら東京に戻ろうと思っています。運がよければ芸能界に戻れるかもしれないですが……こちらで孤軍奮闘しているよりは、東京の方がお金は稼げるかな」 石田ファミリーにとって2021年は、節目の年と言えるのかもしれない。※女性セブン2022年1月6・13日号
2022.01.13 21:00
NEWSポストセブン
スマホを握って電話
石田純一、レギュラー番組“消滅”もスポンサー企業は契約継続へ
 タレント・石田純一(67)のレギュラー番組がついにゼロになる──。石田の公式プロフィールには、『石田純一のサンデーゴルフ』(テレビ東京)、『石田純一のシネマに乾杯』(ABCテレビ)、『石田純一のNo Socks J Life』(JFNラジオ)、『斉藤一美 ニュースワイドSAKIDORI!』(文化放送)とレギュラー番組4本が記載されているが、実は前3本はすでに終了している。 隔週で木曜コメンテーターを務める『斉藤一美 ニュースワイドSAKIDORI!』も3月で番組自体の終了が決定した。同番組の1月6日放送回に出演した石田は、「すごく愛着があるんで、個人的にはちょっと寂しい。ちょっとじゃないな。大変寂しい」と素直に胸の内を明かした。 このまま新番組が決まらないと、4月以降、石田のタレント生命はいよいよ危ういことになる。「やはり昨年4月に新型コロナウィルス感染を公表してから、石田さんを見る世間の目が大きく変わったのを感じます。沖縄県知事が来県自粛を呼びかけた直後、石田さんは沖縄県を訪れました。仕事のためだと言いますが、沖縄入りの翌日はゴルフを楽しんでいました。そのときすでに体調の異変を感じていたそうです。しかも沖縄訪問の少し前、3月末にはハワイ渡航し、緊急事態宣言直前の4月5日には茨城県でゴルフに興じただけでなく、夜には会食を楽しみました。 コロナに感染した後もバーなどに出入りし、ノーマスクで外出する姿を何度もキャッチされています。もし番組でクラスターを発生させられたら……と各局が起用に及び腰になるのは当然でしょう。コロナ禍で石田さんは“愛すべきダメおじさん”から“本当に困ったおじさん”になってしまった」(テレビ局関係者) コロナ感染の経緯にゴルフが関わっていることも、ゴルフタレントとしては痛手だったことだろう。しかし、石田にはもうひとつ仕事において重要なジャンルがある。それは“パチンコ”だ。石田はパチンコ店などを運営する「株式式会社ベガスベガス」のイメージキャラクターとして、CM出演やイベント営業なども行っている。現在も同社との契約は続いているのだろうか? 同社に問い合わせたところ、「今日現在、石田純一さんとのスポンサー契約は続行しています」との回答だった。「ベガスベガスは以前は清原和博氏を起用していましたが、薬物騒動があり、2015年から石田さんがイメージキャラクターを務めています。2016年には、石田さんが東京都知事選への出馬を表明したことで、出演番組やCMが差し替えになる騒ぎが起きました(後に出馬を断念)。ベガスベガスも難しい判断を迫られたと思いますが、それでも契約を続けているのだから、なんとも太っ腹なスポンサーです。 同社はパチンコ事業に加えて、ゲームセンター、日焼けサロン、飲食店など幅広く展開し、なんとベトナムにカジノ施設まで持っている大企業です。企業としての地力があるからこそ、石田さんにも寛容に接することできるのかもしれません」(広告業界関係者) タレントとして崖っぷちにある石田だが、長年懇意にするスポンサー企業に支えられて復活を遂げることができるか。
2022.01.07 18:20
NEWSポストセブン
いしだ壱成と妻・
3度目離婚いしだ壱成の妻「預金残高ゼロを見ると胸がギュッとなった」
 いしだ壱成(47才)が女優・飯村貴子(23才)と12月8日に離婚していたことを女性セブンに告白した。世間を賑わせた24才年の差婚から3年8か月。別れを告げたのは妻・貴子さんだった。その貴子さんが初めて離婚について答えた。「なんか溜まっていたものが……色々頑張ってきたんですけど、もう限界で……この3年、幸せではあったけど、それ以上に辛いことが多くて……」 これまで抑えこんでいた思いを吐露すると、貴子さんの目から涙があふれ落ちた。二人は2018年4月に結婚。壱成は再々婚で、当時19才の貴子さんはもちろん初婚。壱成が2011年から移住していた石川県のアパートで結婚生活がスタートし、2018年9月に娘が生まれた。「娘を妊娠して自然な流れで結婚して、そこまではすごく幸せだったんです。でも金銭的にきつくなると、気持ちの余裕が全然なくなってしまって。今思えば、結婚の大変さとか子育ての大変さの心構えができていないままでした」 1990年代には数々の人気ドラマに出演していた壱成だが、さまざまなトラブルが続き、仕事は激減。結婚後も収入は安定せず、互いの貯金を切り崩すなどして暮らしていたという。「結婚して1年も経たない頃、財布にお金が入っていなくて、銀行のATMで預金残高を見るとゼロ。そんなことが続いたんです。特に預金残高がゼロになっていると胸がギュッと締め付けられる思いになりました。その頃に一度、”このままの生活が続くなら別れる”といっくん(貴子さんは壱成をこう呼ぶ)に言ったことがあります。でもそれは、いっくんに頑張って仕事をしてほしいという一心で、本気で別れようと思って言ったわけではなかったんです。あの頃はまだいつか良くなると思っていましたから」 貴子さんに発破をかけられ、幼い愛娘のためにもと壱成は定職に就こうとハローワークに通うが採用はされなかった。パワーストーンの販売やインターネットのライブ配信で収入を得ていた時期もあったが、長くは続かず。そして、2019年春頃から、役者として全盛期を迎えていた頃に人知れず発症していたうつ病が再発。やがて家に籠もるようになっていったという。「付き合っているときから病気のことは知っていて、自分なりに接し方とかをネットで調べました。顔をみれば状態がわかるので、うつのときは優しい言葉をかけて、甘やかしすぎているなと思っても”がんばれ”とは言えないし。躁のときはちょっとしたことで怒ったり、モノに当たったり、妄想が広がってしまうので抑えるのが大変で……。 モラハラやDVはありません。普段はいいパパです。でも2021年の3月に家の物に当たり散らして手が付けられないことがありました。娘が寝たあとだったのでその姿を見られなくてよかったんですけど、それ以降、私がストレスで眠れなくなってしまって。そのころは1日2、3時間睡眠。夜、休まなきゃいけないと思っても眠れず、逆にお風呂に入りながらウトウトしてしまったりと、眠っちゃいけない時にまぶたが重くなって……生活リズムが狂ってしまったんです。一方で、いっくんも苦しんでいるし、とにかく毎日、心が締め付けられる思いがしていて全く休まらなかったんです」 生活もどんどん苦しくなり、家の軽自動車を手放し、壱成は母親から仕送りをもらい、父の石田純一からも資金援助を受け、さらに友人にも借金をした。貴子さんもスーパーや飲食店でアルバイトをし、家計を助けようと必死だった。「私がバイトに行くときは、いっくんが娘を見てくれていました。でも娘が発熱や風邪をひいたりすると急に何日間も休むことになって、職場への申し訳なさ、娘への申し訳なさ、いっくんへの申し訳なさで”こんな自分でごめんね”とばかり思っていて。いつのまにか我慢をするのが当たり前、自分を責めるようになってしまいました」 日に日に成長する愛娘の寝顔を見ながら、将来への不安が拭えない生活に壱成への気持ちは急速に冷めていったという。貴子さんの稼ぎは月5万円、いしだはタバコに月3万円「この夏ぐらいかな。こんな言い方は良くないけど、働けない彼に気持ちが冷めてしまったんです。私がアルバイトで頑張っても月に5万円程度。でも、いっくんのタバコ代が月に3万円もする……。食費を切り詰め、生活も質素にと頑張っていたけど、“なんでいっくんは働けないの?”“なんで働いてくれないんだろ?”って疑問に思えてきて、もう頑張るのに疲れてしまったんです。 娘はあと何年かしたら小学生。小学校に入ればいまよりお金がかかるのにこのままでいいのかと。自分の幸せはなんだろうって。人前では幸せなフリをしてきたけどそれももう限界。もう一緒にいても幸せというより、不安しかなかったんです。ずっと胸がザワザワしていて、このままでは自分が壊れると思って、壊れる前に離れた方がいいなと思いました。家庭崩壊してしまう前に」 それ以降、会話はあっても笑うことが少なくなり、10月に貴子さんから離婚を切り出した。壱成は”娘のためにも離婚したくない”と再び仕事探しをするが、状況は変わらなかった。約1か月後に離婚を承諾するしかなかったという。「年の差もあって最初は反対していた私の親も、娘が生まれてからは応援してくれていたんです。でも仕事は大丈夫なのかとずっと心配していて、離婚を報告すると”これ以上頑張らなくていよ”と言われました。 石田家とは、理子さんとは連絡をとっていた時期はありましたが、最近はとれていませんでした。お義父さん(純一)とはこれまで会ったのは2、3回ぐらいかな。娘は石田家のかたがたとは会ったことがありません。私は石田家との関係で嫌な思いをしたことはありませんが、娘が将来、“ファミリー”と見られることにどう思うか分からないので、私の口から石田家のことは話さないつもりです」 親権は貴子さんが持ち、壱成は養育費月4万円と月2回の面会を話し合って決めた。「娘と3人でずっと一緒にいようねと約束したのに、私から別れを切り出して本当に申し訳ないという思いはあります。結婚して3年ちょっと、幸せだったけど、辛かった。 いまは気持ちが楽になりました。いっくんが娘のパパであることに変わりはありませんし、最近は久しぶりに笑って話せるようになりました。これからは安定した生活ができれば何も望まない。普通に暮らしていきたいです。芸能界に戻るつもりはありません」 貴子さんと娘、そして3度目の離婚となってしまった壱成のこれからの幸せを願うばかりだ。
2021.12.16 16:00
NEWSポストセブン
いしだ壱成 “純一超え”3度目離婚「ぼくと父は何か欠落している」
いしだ壱成 “純一超え”3度目離婚「ぼくと父は何か欠落している」
 いしだ壱成(47才)が、女優・飯村貴子(23才)と離婚していたことが明らかになった。「離婚届はぼくの誕生日の12月7日に書きました。『これ、取ってきたから書いて』と妻に言われて。奥の部屋で子供が遊んでいる間にサッと書いちゃおう、みたいな感じでした。提出は妻が翌日に。これでぼくは3度目の離婚です」 壱成は、そうため息まじりに離婚を明かした。2003年に最初の結婚をし、1児をもうけたが2006年に離婚。2014年に再婚するも2017年に離婚。そして2018年に“おめでた再々婚”した相手が、当時19才で24才年下の飯村貴子だった。生まれた娘は現在3才になる。 今回、壱成は“元妻”同席のもと、取材に応じた。1990年代には数々の人気ドラマに出演していた壱成だが、さまざまなトラブルが続き、仕事は激減。2011年に東京を離れて石川県に移住し、現在は妻子と築30年の一戸建てで幸せな生活を送っていた、はずだった。「離婚理由は経済的なものです。食費も足りず、ずっとつらい状態にさせてしまっていた。実は結婚して1年も経たない頃に『この先もこのまま、生活がまともにならなかったら別れるからね』と言われたことがあったんです。でも、移住してから落ち着いていたうつ病が再発してしまい、定職に就こうとハローワークにも通いましたが、採用してもらえませんでした。 不安定な仕事ではありますが、パワーストーンの販売やインターネットのライブ配信で収入を得ていた時期もあったのですが……。 改めて定職を見つけようと思い、この秋口には工場のライン作業や介護士、車の内装クリーニングとか、全部で20社ほど受けましたが、ぼくの“悪評”をメディアで知っていたのか、全部面接でダメ。 生活のために軽自動車を手放し、母や父にお金の無心をし、友達に借金もしました。ぼくなりにもがき続けた一方で、そこまでしないと生きていけない自分に、『死んでしまえ』と思ったことも。妻と娘と幸せになりたかったけど、実際は貧困でつらい生活から抜け出せなかったんです」(壱成。以下同) 壱成の収入だけでは生活がままならず、飯村は育児の傍ら飲食店やスーパーなどでアルバイトをして家計を助けた。食費を切り詰め、爪に火をともすような暮らしを続けてきたが、明るい未来は見えなかった。 離婚の際の取り決めは、慰謝料はなし、月4万円の養育費、娘との面会は月2回。現在は同居中だが、クリスマス頃には家を引き払う。再び人生の岐路に立たされた壱成は、父・石田純一(67才)に連絡を入れた。「純一さんには、離婚届を書いた日に電話で伝えました。『あぁ……』っていう、反応はため息のような、声にならない声のような。まあ、いまは本人も大変そうだから(苦笑)。また別の電話で(東尾)理子ちゃんにも伝えました。『はいはい、わかりました、OK~』みたいな感じで。 純一さんとは2才までしか暮らしていないので、記憶はないですが、やはり親子ですよね。スピリチュアリストの江原啓之さん(56才)には、世間を騒がせてきた家族だから“業”があると言われたけど、納得してしまうくらい、ぼくと父は何か欠落している。やっぱり“同じ生き物”な気がします。ダメなところが似ている。 自分が結婚したときは、絶対に離婚しないと思っていました。子供にとって両親がいるという形にとらわれていたところがすごくあって。でも結局、自分が追い求めていたものは、自分が子供の頃に得られなかったもので、単なるエゴだったのかもしれない。3度目の離婚で、2度離婚した純一さんを超えてしまったことは、恥ずかしいです……まあ、向こうも3回目になりそうだという話を聞いていますけど(苦笑)」 だが、離婚が飯村と壱成の経済状況を回復させるわけではない。少なくとも壱成は養育費を稼がなければならない。頼れる先は石田家になるのだろうか。「年末年始は、向こう(石田家)でお世話になろうかと思っています。年末には来いと言ってくれていますし。今後はアルバイトでも何でもして養育費を稼がないと。まずは栃木の知人のもとに身を寄せるつもりです。 落ち着いたら東京に戻ろうと思っています。運がよければ芸能界に戻れるかもしれないですが……こちらで孤軍奮闘しているよりは、東京の方がお金は稼げるかな」 石田ファミリーにとって2021年は、節目の年と言えるのかもしれない。※女性セブン2022年1月6・13日号
2021.12.15 16:00
女性セブン
「石田純一ファミリーヒストリー」再生の裏に妻・東尾理子の気遣いと愛
「石田純一ファミリーヒストリー」再生の裏に妻・東尾理子の気遣いと愛
 過去の不倫騒動、最近ではコロナ禍での自由気ままな行動などで、世間を騒がせ続けてきた石田純一(67才)。そんな話題に事欠かない石田に振り回されてきた家族の内情について、コラムニストで放送作家の山田美保子さんが綴る。 * * *印象的な言葉は「パパと会うと緊張してしまう」「石田サンのところでは、久しぶりに明るいニュースなんじゃないですか?」とは、11月25日、すみれサン(31才)結婚のVTRを受けての『バイキングMORE』(フジテレビ系)MC・坂上忍サン(54才)のコメントでした。 その通りです。この1年半ほど、明るくないニュースの主人公は、誰であろう、家長の石田純一サン(苦笑)。コロナ禍でも自由気ままに動きまわり、自身も感染し、入院もされたのに、懲りずに、会食や県をまたぐ移動を続け、マスクなしで、千鳥足で歩いているところを撮られてしまうこともありましたっけ。 石田サンは、その都度、スポンサーや仕事を理由に挙げ、ワイドショーのコメンテーターの中には、「それが石田サン特有のサービス精神」という論調もあったものでした。 でも、コロナ禍の視聴者や読者の皆さんの多くは怒り心頭で、その都度、『バイキング〜』をはじめ、ワイドショーは長尺で報じ、石田サンがコメンテーターを務めるラジオ番組『斉藤一美ニュースワイドSAKIDORI』(文化放送)には、記者やカメラマンの皆さんが押し寄せました。 それも含め、どんなときにも100%応えてきた石田サンと石田ファミリーは、数々の名場面を芸能史に残してきました。特にラウンド中の石田サンにリポーターが直撃をしたゴルフ場での映像はワイドショー史に残り続ける、忘れられないシーンですよね。 本当は「不倫は文化」とは言っていないし、「文化や芸術が不倫から生まれることもある」と石田サンに説いたのは、川島なお美さん(享年54)だったともいわれています。つまり、受け売りだったにもかかわらず、スポーツ紙の見出しになったことから、ず〜っと、“「不倫は文化」の人”であり続け、すみれサンは公立の学校で「文化の子」と呼ばれていたのだとか。 一方、当時の妻、松原千明サン(63才)もカメラの前で「役者の女房ですから」と余裕の笑みを浮かべた名場面がありました。 でも、おふたりは離婚。松原サンは7才だったすみれサンを連れてハワイに移住されたのです。 一方、石田サンは、当時の恋人とすわ結婚か破局か復縁かと、まだ“匂わせ”という言葉は存在していませんでしたが、何年にもわたってプンプンと匂わせてくださいました。そして、それを見越して、石田サンをイベントゲストに起用する企業やPR会社も後を絶たなかったのです。 某有名人が住んでいた土地に新居を建てる計画もありましたっけね。そこには、モデルというだけでなく、美容や健康面でも一家言もつ恋人が利用しやすいキッチンが作られるとかいう話もあったのです。 が、おふたりは破局してしまいます。あ〜、私はどうして石田サンの“ファミリーヒストリー”をなんの資料も見ずに書くことができるのでしょう。でも、まだまだ続きます。 石田サンと並行して、松原サンも波乱に満ちた人生を歩まれますし、それでもハワイの太陽の下、スクスク育ったすみれサン。帰国されて「石田純一の娘」として出演したり、父娘共演をされたりした際も、私は至近距離で見守らせていただきました。 すみれサンの言葉でとても印象的だったのは、「パパと会うと緊張してしまう」でした。幼い頃に別れ、ずっと会っていなかったから、それほど思い出がない。われわれは、“トレンディードラマの帝王”から“ワイドショーの恋人”を経て、政治に一家言もつニュースキャスターもしていた石田サンをすべて知っているけれど、すみれサンはご存じなかった。 そういえば都知事選への出馬騒動もありましたよね。そうしたなか、石田サンを支え、ファミリーをまとめていらしたのは現在の妻、東尾理子サン(46才)だったのです。ファミリーが再生したのは理子さんのおかげ すみれサンからも、いしだ壱成サン(46才)からも「理子チャン」と慕われ、夫の前妻、前々妻の子供さんを何の迷いもなく受け入れてきた理子サン。いろいろあって一時、独りぼっちになっていた壱成サンは「理子チャンが『ウチにおいで』と言ってくれたことで、助けられた」と感謝されていました。 さらに、松原千明サンとも“いい関係”を築き上げている理子サン。お嬢様育ちならではの、いい意味で突き抜けたところがあるかたです。 オープンな姿勢で綴るブログでは、不妊治療や、その結果についても明かしていました。以前、『知りたがり!』(フジテレビ系)で度々共演させていただいていた頃、CM中に私が婦人科系の悩みを告白したら、番組終了後、私の楽屋に「よかったら試してみてください」と「よもぎ温座パット」を持ってきてくださったことも。気遣いと愛のかたなのです。 私は以前、『1周回って知らない話』(日本テレビ系)で石田純一サンと共演した際、「ファミリーが再生したのは、理子サンのおかげ。前の彼女さんと結婚していたら、こうはなっていないと私は思う」と伝えました。石田サンは「うん、うん」と何度もうなずいていらっしゃいました。 果たして、すみれサンが結婚・妊娠を発表された日、『バイキング〜』が電話取材したのも義母・理子サン。「石田純一サンに似ている?」というスタッフからの問いには「(すみれサンは石田サンと)反対の人を選びたいと思っているのかもわからない」と言い、その理由を「皆さんのお察しのとおりです」と、おまとめになりました。 すみれサンいわく、すでにご主人を“ちゃん付け”で呼んでいる、独特の距離感をもつ石田サンは、どう思っておられるのか。文化放送前で囲みを受ける前の石田サンを私、山田、スタジオのサブで直撃いたしました。 開口一番、「やっぱり心配ですよね」と“花嫁の父”の顔になった石田サン。続けて、「だって、まだ子供ですもん」ともおっしゃるので、「でも、31才ですよね。松原千明サンがすみれサンを出産された32才前に、すみれサンは出産予定ですよね?」と申し上げたのですが、「だって、人生、いろいろあるじゃないですか」と。 !!! 心の中で、“おまいう”というワードがリフレインするのを抑えつつ、「おめでとうございます」とお伝えしたら、「これからも、よろしくお願いしますね」と、バーバリーのショルダーを抱え、記者さんが待つ駐車場へと降りていかれました。もちろん、この日もノー靴下で。 これぞ石田純一サンと石田ファミリーです。ほかにも大らかなお姉さまのことや“石田サンの右肩の男”こと、どんなときにもサポートしてきた所属事務所の社長さんらについても書かせていただきたかったですけれど、今回はこのへんにいたします。 とにかく石田サンとファミリーの久しぶりな明るいニュース。え? また家長が何かやらかしてくれるかもしれない? 確かに、それが石田純一サンですものね。期待しながら、お待ちしております!構成/山田美保子『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系)などを手がける放送作家。コメンテーターとして『ドデスカ!』(メ〜テレ)、『アップ!』(同)、『バイキングMORE』(フジテレビ系)、『サンデージャポン』(TBS系)に出演中。CM各賞の審査員も務める。※女性セブン2021年12月16日号
2021.12.06 16:00
女性セブン
石田純一氏の目覚めは?
自身は早熟だった石田純一 壱成、すみれに性教育は「一切しなかった」
 性に目覚める時期は人によってそれぞれ。しかも昭和時代は学校でろくに性教育が行われず、“実践”で学んだという人も多いのかもしれない。昭和29年生まれの石田純一氏(67才)もそんな“実践派”だという。プレイボーイとして知られる石田が、自身の体験を明かす。 * * * 驚かれるかもしれませんが、私が初めて精通したのは、小学3年生なんです(笑)。休み時間に校庭にある登り棒で頂上まで上がって降りようかって時に、「ああーなんだか気持ち良い~」みたいな何とも言えない感覚が、股間に走りました。その後、チャイムが鳴ったので、「急いで教室に戻らないと」と思ったんですけど、パンツが濡れているから気持ち悪いし、もの凄く走りにくかったのを鮮明に覚えています。 そんな私に欲情を感じさせてくれるきっかけとなったのが、家にあったフェデリコ・フェリーニの映画関連本に掲載されていた官能的な女性の写真ですね。あれを見て欲情と恋心は別であることを知覚し、それから、具体的な行為の仕方についても段々と学んでいきました。 その頃、部屋にこもっていたりすると、夕ご飯の時に母親が「純一が最近変なことをしているのよ。パパからも叱ってやって」と言ってくるので、もの凄く恥ずかしかった記憶がありますね(笑)。 ただ、女性に対しては奥手でした。初恋の人と高校1年生から2年生の夏まで付き合っていたんですが、キス以上のことはしなかった。この子とは結婚するんだし、早くに経験してしまってはお互い飽きてしまうと思っていたんです。しかし、それが結果として裏目に出てしまい、別れる時に理由を懇々とこう説明されました。「私は結ばれる時を待っていた」と。 その苦い思い出があったから、大学生以降は女性に手を出すのが早くなってしまった(笑)。だからと言って、避妊もせずにやるとかそういうことは決してなく、きちんとマナーは守っていましたよ。 性に奔放だった僕だけど、息子の(いしだ)壱成や娘のすみれには、性教育なんて一切してこなかったです。ただ、すみれの場合は早くからハワイに住んでいたしちょっと進んでいましたよね。少し前に、「避妊リングを入れるのはもう普通だよ」って聞いた時は、本当かよって驚きました。あまり余計なことを言うと怒られるから、これ以上は言えませんけど(苦笑)。 息子の理汰郎はもうすぐ小学4年生だし、僕が初めて精通した年齢を超えているので、そこら辺の事情はどうなんだろうって想像しちゃいますよね。壱成とすみれは放置していましたが、今の子供たちには積極的に教えていきたいですね。写真/本人提供※週刊ポスト2021年12月10日号
2021.12.03 16:00
週刊ポスト
すみれ父への報告が遅くなった
すみれ、父・石田純一への妊娠報告が薬丸裕英より後になった理由
 11月25日、女優で歌手のすみれ(31才)がかねて交際していた一般男性Aさんとの結婚を発表した。現在、すみれは妊娠中で、来春出産予定だ。幸せいっぱいのすみれだが、ここまでの道のりは決して順風満帆ではなかった。常に石田純一(67才)の娘として渦中に巻き込まれてきたからだ。 石田には5人の子供がいる。学生結婚した最初の妻との子・いしだ壱成(46才)、2番目の妻である松原千明(63才)との子・すみれ、3番目の妻である東尾理子(46才)との9才の長男、5才の長女、3才の次女だ。 幼少時代の壱成は離婚した母とともに各地を転々として暮らし、石田の「隠し子」として騒がれた。また、石田はすみれの幼少時も世間を賑わせていた。すみれが6才だった1996年、不倫が発覚。妻子を捨てて家を飛び出した石田は、「不倫は文化」発言で大バッシングを受けた。「何の因果でしょうか、不倫が公になった日は、ちょうどすみが有名私立小学校を受験した当日でした。結果的に不合格になり公立小学校に通ったすみですが、当時は石田さんの発言が大々的に報じられており、クラスメートから『不倫の子』と呼ばれていじめられたそうです」(すみれの知人) 見かねた松原はすみれを連れてハワイに移住。それから約10年の時を経て、すみれが17才のときに父娘は再会したが、2人の間にあった距離はなかなか埋まらなかった。「すみは幼少期から思春期のほとんどを父親不在で過ごしただけに、石田さんと再会してからも大学進学などの節目以外には自分から石田さんには連絡しませんでした。2006年にモデルデビューし、日本で活動するようになってからも、『お父さんと会うと緊張する』と言っていました」(別のすみれの知人) しかし、すみれの複雑な思いに反し、芸能界で彼女は「石田ファミリー」の一員としての役割を求められるようになる。「理子さんの出産などを機にすみれさんも石田ファミリーとしての露出が一気に増えました。正直、石田さんへの仕事のオファーがひっきりなしにあるのは、やはり彼が家族のことをあけすけに話すのが面白いから。彼自身も“ファミリービジネス”に需要があることをよく理解しているはずだし、すみれさんも然り。彼女は自分が求められる役割を理解して、イベントやバラエティー番組に呼ばれるたびにプライベートの話題を提供した。でも父親に対する心の中の距離感は変わっていなかったようです」(テレビ局関係者) 石田とはつかず離れずの一方で、交際する男性には父親の影を重ねていたようだ。「すみは父親を見ているせいか、男性は浮気をするものと思い込んでいるフシがあって、周りから見ても恋人への束縛が強かった。お父さんへの呪縛からか、『いろんな女性にではなく、私だけに優しくして』との思いが強く、恋愛関係はなかなか長続きしませんでした」(前出・別のすみれの知人) そんなすみれの前に現れたのがAさんだった。「Aさんは誠実で真面目な男性で、こう言っちゃなんですが石田さんとは真逆のタイプです(笑い)。その一方でお金に無頓着で稼ぐということに執着せず、すみの家に転がり込むようにして同棲を始めたとか」(前出・別のすみれの知人) すみれの妊娠がわかったのは今夏だが、奇しくもこの時期は石田が世間を賑わせていた。昨年4月の緊急事態宣言時に沖縄のゴルフ場で新型コロナを発症し、ゴルフ場と宿泊先ホテルを臨時休業させて大バッシングを浴びた。しかし世の批判も何のその、この夏もノーマスクでのバー通いが報じられ、世間から大ヒンシュクを買っていたのだ。この騒動を横目に「結婚報告拒否」を決めたのがすみれだった。「やっぱりお腹の子にはできるかぎり自分と同じ道を歩ませたくないとの思いを強くしたようです。普通の家族に憧れている彼女は“石田ファミリービジネス”に自分の子供を巻き込みたくないと言っていましたね。『パパには言えない……』『パパに言ったらネタとして話されて、先に漏れてしまうかも』と悩んで、石田さんへの結婚と妊娠の報告に二の足を踏んでいたようです。 一方で小さい頃から親交があった薬丸裕英さん(55才)には夏の時点で妊娠を知らせていたそうです。実の父親よりもヤックンの方が早くおめでたを知っていたんじゃないかな(苦笑)」(前出・別のすみれの知人) 結局、すみれが父親に真実を伝えたのは結婚を公表する直前だった。「石田さんには11月に入ってからまず結婚の報告をして、さらに数日後に妊娠していることを伝えたようです。石田さんは“事後報告”にいたった娘の胸の内を知ってか知らずか、話を聞くや否や『えっ、その人で大丈夫?』と真顔で尋ねたそうです。アナタがそれを言うか!って感じですが、そこが石田さんの石田さんたる所以なんでしょう(苦笑)」(前出・別のすみれの知人) 一気に“2人”の新メンバーを迎えることになる石田ファミリー。石田に祖父の自覚は芽生えるか。※女性セブン2021年12月16日号
2021.12.02 19:00
女性セブン
すみれが結婚。お相手は元アイドル
結婚&妊娠発表のすみれ 夫は窪田正孝とアイドルグループで活動の過去
 11月25日、女優で歌手のすみれ(31才)がかねて交際していた一般男性Aさんとの結婚を発表した。現在、すみれは妊娠中で、来春出産予定だ。「(石田は)彼に対してもすごい優しい。もちろん心配はしてた。大丈夫? 幸せにしてくれる?って感じ」 父・石田純一(67才)の反応について、自身のラジオ番組で冒頭のように答えたすみれ。気になるお相手は2才年上の実業家で、石田はすでに「Aちゃん」と“ちゃん付け”で呼んでいるという。Aさんは、すみれがインスタグラムで公開したウエディング写真の顔も隠されているが、彼には知られざる過去があった。「Aにはいまから15年前くらい、『Jamming Flow』という高校生5人で結成されたアイドルグループで活動していた時期があるんです。実はそのメンバーの中には現在放送中の月9ドラマ『ラジエーションハウスII』で主演を務める俳優・窪田正孝さん(33才)もいた。窪田さんの公式プロフィールには未掲載で、彼にとっては触れてほしくない“過去”と言えるのかもしれませんが……」(Aさんの知人) Jamming Flowはライブ活動を重ねたが、2005年に活動を休止した。「Aはその後、『海外でダンスの勉強をしたい』と所属事務所をやめて、実質的に芸能界を引退しました。とはいえ、いまでも芸能界に知り合いが多く、共通の知人を介してすみれさんと出会ったそうです。お互いに最初から気になる存在で、どちらからともなく接近して交際するようになったみたいですね」(前出・Aさんの知人)※女性セブン2021年12月16日号
2021.12.01 16:00
女性セブン
年の差婚の芸能人25選。びっくり!実は10歳以上も離れているカップル
年の差婚の芸能人25選。びっくり!実は10歳以上も離れているカップル
最近芸能界や身近でもよく見かける年の差婚カップル。「年の差婚」の明確な定義はないのですが、10歳以上離れていると「随分年の差あるよね」と思いませんか。そこで今回は、10歳以上年が離れている「年の差婚芸能人」をリサーチ。愛があれば年の差なんて…関係ないですよね!【年の差10~12歳】年の差婚芸能人まずは年の差が10歳~12歳のご夫婦。生田斗真さん・清野菜名さん 10歳差2015年に共演したドラマがきっかけで交際がスタートした生田さんと清野さん。2020年に結婚しましたが、当時生田さんが35歳、清野さんが25歳で10歳差の年の差婚。生田さんがとても若く見えるので、10歳も離れているように見えませんね。 この投稿をInstagramで見る 清野菜名(@seinonana)がシェアした投稿東山紀之さん・木村佳乃さん 10歳差舞台での共演を経て、2010年に結婚した東山さん木村さん夫婦も10歳差。東山さんのどこが好きか問われると「甘くないところ」と答えた木村さん。東山さんのストイックなところにひかれたようです。2021年で55歳になる東山さんですが、毎日トレーニングをしているので体力は全く衰えてなさそうですね!和田唱さん・上野樹里さん 10歳差トライセラトップスのボーカル和田唱さんと女優の上野樹里さんは、2016年に結婚。当時和田さんが40歳、樹里さんが30歳。和田さんはバンドマンなだけあってとても若々しく、ツーショットを見ても年の差はあまり感じませんね。某テレビ番組で樹里さんが「初めて買ったCDはトライセラトップス」と答えたことから交友関係が始まったそうです。そこから結婚に至るなんてとてもロマンチック!ちなみに姑の平野レミさんと樹里さんは仲良しだとか。 この投稿をInstagramで見る 上野樹里(@_juri_art_)がシェアした投稿有吉弘行さん・夏目三久さん 10歳差2021年電撃結婚を発表したのは、有吉弘行さんと元アナウンサーの夏目三久さん。番組で共演してから10年、数年前からお付き合いしているという噂はありましたが、有吉さん46歳、夏目さん36歳で無事ゴールイン。有吉さんは山あり谷ありの人生でしたから、夏目さんと穏やかに幸せになってほしいですね。ご報告です。 pic.twitter.com/EOogKrDBfN— 有吉弘行 (@ariyoshihiroiki) April 2, 2021 オダギリジョーさん・香椎由宇さん 11歳差映画の共演がきっかけで2007年に結婚したオダギリジョーさんと香椎由宇さん。当時オダギリさんは31歳、香椎さんはなんと20歳。若干20歳で結婚を決意した香椎さんはすごいですね。お二人の誕生日はともに2月16日で、血液型もO型。運命的な出会いを感じたとか。子育てもひと段落し、香椎さんは少しずつ仕事を再開しているようです。染谷将太さん・菊地凛子さん 11歳差俳優染谷将太さんと女優菊地凛子さんは11歳差の年の差婚カップル。2015年の結婚当時、染谷さん22歳、菊池さん33歳の姉さん女房です。最初は染谷さんの一目ぼれが始まりだったとか。一目ぼれに年齢は関係ありませんね。2016年、2019年と二人のお子さんも生まれ、染谷さんは若いパパになりました。早乙女友貴さん・島袋寛子さん 12歳差元SPEEDの島袋寛子さんと、舞台俳優の早乙女友貴さんは12歳差夫婦。島袋さんが32歳、早乙女さんが20歳のときに結婚しました。この夫婦も島袋さんの方が年上となります。男性が20歳で結婚を決めるとは、よっぽど島袋さんが魅力的な女性なのでしょう!ちなみに実の兄である早乙女太一さんは、6歳上の西山茉希さんと結婚していました。(現在は離婚)兄弟そろって年上が好きなのかな? この投稿をInstagramで見る 島袋寛子 Hiroko Shimabukuro(@hiroko.shimabukuro)がシェアした投稿山本耕史さん・堀北真希さん 12歳差交際0日婚が話題になった山本耕史さんと堀北真希さんは、12歳差の年の差婚をしています。初めて共演してから堀北さんに好意を寄せていた山本さんですが、猛アタックするも撃沈。最終的に山本さんは「交際じゃなくて結婚しよう」と指輪を渡したそう。そして山本さんの念願かなって、2015年に結婚。なんと結婚後に初デートをしたとか。出産を経て、堀北さんは2017年に芸能界を引退しています。二人のお子さんにも恵まれて今も幸せそうですね。【年の差13~19歳】年の差婚芸能人次は13歳~19歳の年の、芸能人差婚カップルをご紹介しましょう。福山雅治さん・吹石一恵さん 13歳差多くの女性ファンがいる福山雅治さんは、2015年女優の吹石一恵さんと結婚。福山さんは当時46歳で、13歳差の年の差婚でした。この結婚で福山ロスを訴える女性が多発。「福山ショック」と呼ばれるほどに。2016年には第一子が生まれ、福山さんはパパになりました。妻の吹石さんは結婚されてから仕事をセーブし、家族との時間を大切にしているようです。田中哲司さん・仲間由紀恵さん 14歳差2014年に電撃婚を発表した俳優の田中哲司さんと仲間由紀恵さん。交際している噂がなかったので、大きなニュースになりました。2018年には双子が生まれ、仲間さんは大忙し。夜中の3時に起きて自分の時間を確保しているとか。2017年には田中さんに不倫報道もありましたが、現在は子育てに奮闘するよきパパのようですね。渡部健さん・佐々木希さん 15歳差芸人の渡部健さんと女優の佐々木望さんは15歳差の年の差婚。2017年に結婚し、2018年には第一子が誕生しています。芸能界トップクラスの美女を奥さんにして、子宝にも恵まれ世間から羨望のまなざしを向けられていた渡部さんでしたが…あの不倫報道から、いまだに世間からの風当たりは激強。これからはわが子に恥じない人生を送ってほしいですね。阿部寛さん・一般人女性 15歳差ドラマ「結婚できない男」が好評だった俳優の阿部寛さんは、2008年に15歳下の一般人女性と年の差婚をしています。当時阿部さんは43歳。2011年、2012年に子どもが生まれて、46歳でパパになりました。ドラゴン桜では熱心な教師役をしている阿部さんですが、私生活でも教育に力をいれているそう。子育ての先輩である市村正親さんに、小学校受験についてアドバイスをもらったとか。小学校のPTAにも積極的に参加しているようで、とてもよいパパですね。HIROさん・上戸彩さん 16歳差元EXILEのHIROさんと女優の上戸彩さんは2012年、上戸さんの誕生日である9月14日に結婚。HIROさんは43歳、上戸さんは27歳で、年齢差16歳に驚きました。上戸さんのお母さんはシングルマザーなので、父親のような包容力のある男性にひかれたのかもしれませんね。2015年と2019年にはお子さんが誕生。いつまでも若いと思っていた上戸さんが二児のママとは、時間が経つのが早いです。西島秀俊さん・一般女性 16歳差独身俳優最後の砦といわれた西島秀俊さんは、2014年に16歳年下の一般人女性と結婚。西島さんと言えば、独身時代に語った「妻に求める7カ条」が厳しすぎる!と話題になりました。どんな内容かというと、「メールの返信がなくてもOK」「1カ月半会話がなくても我慢する」などなど。そんな西島さんと結婚した女性は「プロ彼女」と呼ばれていました。2016年、2018年と男の子が生まれ、すっかり父親になった西島さんですが、女性ファンからの人気は健在のようです。佐橋佳幸さん・松たか子さん 16歳差女優の松たか子さんは、音楽活動を通じて知り合った16歳年上のギタリスト佐橋佳幸さんと2007年に結婚。当初、松さんの父親松本白鸚さんはその年齢差から結婚に反対していたそう。しかし結婚8年目に待望の女の子が誕生して、今は孫がかわいくて仕方のないようすです。松さんは大きくなった娘さんに「ママはエルサなんでしょ?」と聞かれたこともあるとか。ママがエルサなんてお子さんはうれしいですね。濱口優さん・南明奈さん 18歳差2018年に結婚したよゐこの濱口優さんとタレントの南明奈さんは、18歳差の年の差婚。南さんのお母さんと濱口さんは2歳しか違いません。(お母さんお若いですね!)連絡先を交換しなよと勧めた恋のキューピットは、なんと出川哲朗さんだとか。濱口さんは交際を申し込んでは断られ、プロポーズしても断られ、やっと思いが通じて結婚に至ったようです。お幸せに! この投稿をInstagramで見る 濱口優????(@hamaguchi_masaru)がシェアした投稿大森南朋さん・小野ゆり子さん 18歳差個性派俳優の大森南朋さんは、女優小野ゆり子さんと2012年に結婚。当時大森さん40歳、小野さん22歳で18歳差の年の差婚。2019年に第一子が生まれ、大森さんは47歳でパパになりました。2020年に放送されたドラマ「私の家政婦ナギサさん」では家事が得意な男性を演じていましたが、私生活でも育児に奮闘しているそうですよ。JUONさん(FUZZY CONTROL)・吉田美和さん 19歳差ドリカムの吉田美和さんは、19歳年下のバンドのボーカリストJUONさんと2012年に結婚。当時吉田さん46歳、JUONさん27歳。女性が19歳も年上の年の差婚は少し珍しいですね。報道によると、JUONさんが吉田家の婿養子になったそう。JUONさんの母親は歌手のりりぃさんで、吉田さんの13歳上。同業者ということもあり、お二人は姉妹のように仲がよかったとか。2016年にりりぃさんが病気で亡くなるまで、吉田さんとJUONさんは献身的に看病していたそうです。【年の差20~29歳】年の差婚芸能人親子でもおかしくない!?一般人ではなかなかこれほどの年の差夫婦はお目にかかれませんが、芸能人の特権といえるのではないでしょうか。年の差20歳~29歳の年の差婚カップルをみていきましょう。武田真治さん・静まなみさん 22歳差筋肉体操で人気急上昇の武田真治さんは、2020年に歯科衛生士でありモデルの静まなみさんと結婚。武田さん47歳、静さん25歳で、年の差22歳!出会いは歯医者で、趣味が合う二人はすぐに仲良くなったそう。幸せすぎて、ますます筋肉に磨きがかかりそうですね。 この投稿をInstagramで見る 武田 真治(@shinji.takeda)がシェアした投稿石田純一さん・東尾理子さん 22歳差2009年にプロゴルファーの東尾理子さんと結婚した石田純一さん。その年齢差は22歳で、石田さんと東尾さんの父(東尾修さん)とは4歳しか違わないそう。理子さんの尻にひかれている印象がある石田さん、22歳差とは驚きですね。結婚後は不妊治療を公表していましたが、2012年、2015年、2017年に出産し現在は3児に恵まれています。石田さんは孫も2018年に生まれて、わが子と孫はほぼ同い年!Mr.しゃちほこさん・みはるさん 23歳差年の差婚にしてはめずらしく、女性がかなり年上のカップル。ミスチル桜井さんや和田アキ子さんの物まねで人気のしゃちほこさんと、中島みゆきさんの物まねを得意とするみはるさんは、2018年に結婚。当時しゃちほこさん25歳、みはるさん48歳で、年の差はなんと23歳。結婚の話が出た時、しゃちほこさんのご両親は「稼ぎの少ないお前にみはるさんを支えられるのか」と反対したそう。しかししゃちほこさんはバイトを辞め、一年間必死オーディションを受け続けて今のような売れっ子になったとか。下積み時代を支えたみはるさんをずっと大切にしてくださいね。城島茂さん・菊池梨沙さん 24歳差TOKIOの城島茂さんは、2019年に24歳下のタレント菊池理沙さんと結婚しました。城島さん48歳、菊池さん24歳で、年の差はダブルスコア。さらに菊池さんのお母さんは城島さんより5歳も下だとか。うーん、お母さんも複雑な心境ですよね。結婚会見で城島さんは「年の差をあまり感じたことがない。だから結婚したいと思えたのかな」と語っています。2020年2月には第一子の男の子が誕生。城島さんは49歳でパパになりました。子どもが成人するまでアイドルとして活躍してほしいですね。いしだ壱成さん・飯村貴子さん 24歳差父親の石田純一さんに続き、息子のいしだ壱成さんも年の差婚。2018年の結婚当時壱成さんは43歳、飯村さんは19歳でなんと妊娠していました。付き合い出したのが前妻との離婚成立前ということで、世間からかなりバッシングを受けていましたね。会見で壱成さんはこの結婚を「来るべくして来た婚」と名付け、「年齢に関係なく、やっと出会えたという感じがしている」と語っています。壱成さんには2度の離婚歴や、モラハラ疑惑があるので、今回は穏やかな結婚生活が送れるといいですね。【年の差30歳以上】年の差婚芸能人二人で歩いていると孫と思われることも??年齢差30歳以上の年の差婚カップルをご紹介します。山寺宏一さん・岡田ロビン翔子さん 31歳差還暦一歩手前で、28歳のタレント岡田ロビン翔子さんと結婚したのが、声優の山寺宏一さん。その年の差なんと31歳というから驚き…!親子以上の年の差です。ちなみに山寺さんは今回で3回目の結婚。1番目の奥さんとは2歳差、2番目の奥さんとは17歳差、そして今回は31歳差。どんどん年下になっています。今回は最後まで添い遂げられるといいですね。ご報告があります pic.twitter.com/dyEYGl7wij— 山寺宏一 (@yamachanoha) August 3, 2018 加藤茶さん・加藤綾菜さん 45歳差最後は加藤茶さんご夫婦で、その年の差は45歳!孫でもおかしくない年齢差です。結婚した当初は「財産目的ではないのか」と世間からバッシングされていましたが、2021年で結婚10周年を迎えました。妻の綾菜さんは介護の資格や生活習慣病予防アドバイザーの資格を取得し、現在では司法書士の資格も目指しているそうです。周りからなんと言われようと、現在でも仲の良いご夫婦ですね。 この投稿をInstagramで見る 加藤綾菜(@katoayana0412)がシェアした投稿番外編:離婚した年の差婚芸能人年の差婚をしたけれど、残念ながら離婚に至ったご夫婦もいます。最後に、離婚してしまった年の差婚芸能人を離婚理由とともにみてみましょう。市村正親さん・篠原涼子さん 24歳差2005年に結婚した二人の年齢差は24歳。市村さんは再婚でしたが、結婚会見で「彼女は神様からの贈り物」とのろけていましたね。2児の男の子を授かりましたが、2021年に電撃離婚。離婚の理由はコロナ禍による生活環境の変化といい、二人の息子さんは市村さんと生活を続けています。離婚後、篠原さんは年下芸能人の方と恋の噂がささやかれていましたが、真相やいかに??すでに70代の市村さんと女盛りの篠原さん。おしどり夫婦と言われていた夫婦でも長く結婚生活を続けていくとお互い心境の変化があるのかもしれませんね。磯野貴理子さん・一般人男性 24歳差 タレントの磯野貴理子さんは2012年に24歳下の一般人男性と結婚するも、7年後に離婚しています。離婚理由を「夫に自分の子どもが欲しくなったといわれた」と番組内で語った磯野さん。離婚時、磯野さんは55歳で簡単には子どもを望めない年齢でした。磯野さんはそれを受け止めて、円満離婚をしたそうです。結婚当時も磯野さんは48歳だったワケですから、相手の男性はすべてを承知の上で結婚したように思えましたが…。夫婦の問題は当事者じゃないと分かりませんね。高橋ジョージさん・三船美佳さん24歳差お二人が結婚したのは、高橋ジョージさんが40歳、三船美佳さんが16歳の誕生日を迎えた当日。三船さんはまだ高校生でした。(美佳さんが中学生のときから付き合っていた計算?)その後、2004年には長女が誕生するも、2015年高橋さんのモラハラを理由に、美佳さんが離婚を求める裁判を起こしています。そして2016年には離婚が成立。その後美佳さんは2019年、3歳年上の美容師と再婚。2020年には次女を出産し、16歳の長女に祝福されながら、新しい生活を始めています。 この投稿をInstagramで見る ???? Mika Mifune ???? 三船 美佳 ????(@mikamifune_official)がシェアした投稿おわりに芸能人の年の差婚カップルはたくさんいましたね。年の差婚は離婚率が高いと聞きますが、多くのご夫婦はとても幸せそう。ちなみに「結婚するなら何歳上までOK」というあるアンケートによると、11歳以上でもOKと答えたのは男性2.7%、女性5.9%とかなり少数。今は共働きが当たり前の時代。年齢が離れている夫婦よりお友だち感覚の夫婦の方が子育て、家事などもやりやすいイメージですよね。引用:パートナーエージェント※本記事は掲載時点の情報であり、最新のものとは異なる場合があります。ご了承ください。
2021.09.09 10:00
たまGoo!
石田純一がノーマスクでお出かけ
石田純一「ノーマスクで深夜のバー通い」ある意味すごい強メンタル
 半袖短パンに、靴下をはかない素足でのローファー姿。お馴染みの格好でマスクもしないまま、東京・港区の超高級タウンを歩いていたのは、石田純一(67才)。午後8時すぎ。雑居ビル地下の会員制バーに入っていく。このあたりは数多くの芸能人が毎晩のように現れるエリアである。 店を出てきたのは、日付の変わった午前0時すぎ。マスクをしていないために、すぐに顔がバレしてしまい、通りがかったカップルの女性から「あっ、石田さんじゃないですか~」と声もかけられたが、とろんとした視線で足元もふらついている石田は、笑顔で会釈するだけ。路上で拾ったタクシーに乗り込むと、自宅方向へと走り去っていった。 この日は、東京都内は緊急事態宣言が出されていた7月22日。あるワイドショーデスクは「ここまでくると、懲りないレベルを超えて、もはや強いポリシーさえ感じますね」と、呆れるように苦笑いする。石田を良く知るある芸能関係者は「石田さんが入ったのは、彼の知人が経営している会員制バーだと思いますよ。おそらく貸し切りで飲んでいたのでしょう」と話した。 石田といえば昨年4月県外移動を強く自粛要請された国内初の緊急事態宣言発令下、沖縄のゴルフ場でコロナを発症。ゴルフ場と宿泊先ホテルを一時的に臨時休業させてしまい、本人も一時は危険な状態に陥ったほどだ。それでも退院後に飲みに出歩く姿を何度も撮られて、大バッシングを浴びた。複数のスポンサーから契約を解除され、テレビ出演もなくなるほど仕事が激減。妻の東尾理子(45才)との離婚危機までささやかれたほどにどん底に突き落とされたが、それでも飲み歩きはやめられないようである。 くしくもこの日の午後に出演したラジオ番組「斉藤一美 ニュースワイドSAKIDORI!」(文化放送)で「毎月PCR検査、抗体検査をやっています。抗体がいつぐらいに無くなるのかとか、入院していた病院とかにデーターを欲しいと言われて」と明かしていた。 前出の石田を良く知る芸能関係者が、彼の思いを代弁する。「ワクチン接種も済ませたし、お店も貸し切りにして飲んでいる。つまり感染対策はしているから、彼の中では『ここまでしてるんだから普通に飲み歩いてもいいでしょう』という思いなんでしょうね。SNSで叩かれることなど本気で気にもしないし、ある意味、とことん“心のままに”です。 石田さんは一見、物腰が柔らかで人の良さそうな雰囲気を醸していますが、強烈な個を持っている方。いくら世間から批判を受けても、自分がこうと思ったら意思を貫くタイプ。良いか悪いかは別として、とにかく強いメンタルの持ち主です」 思えばトレンディ俳優としてブレイクして以降、ドラマや映画よりワイドショーが主戦場となった。ここまで長く“お騒がせタレント”として第一線を走り続けられるのも、メンタルの強さゆえか。とはいえ、くれぐれも感染にはご注意を。
2021.08.30 16:00
NEWSポストセブン
勢いのあった90年代を語る
石田純一がバブル期を振り返る 当時から持ち続ける「根拠なき自信」
 感染防止のためにできるだけ家で過ごし、大きな声で騒ぐこともできずに鬱屈としがちな今の時代。約30年前の1990年代初頭はバブル経済の恩恵を受けて、世の中が明るく騒がしかった──。当時、トレンディードラマで大人気だった俳優の石田純一と、20代半ばでバブル期を体験、今年6月にエッセイ『バブル、盆に返らず』を出版した作家の甘糟りり子さん。出演者とスタッフとして情報番組『東京遊民』(1995年、日本テレビ)で、いっしょに仕事をしたこともあるふたりが、1990年前後の世の中を振り返る。 * * *──まずはファッションの話題から。1970年代後半から1980年代半ばにかけて、ハマトラやニュートラ、サーファーファッションが流行。その後、注目されたのは、ヨーロッパのブランドだ。甘糟:表参道や飯倉にあったアルファ・キュービックのブティックによく行ってました。オリジナルのアルファ・キュービック以外にも、イヴ・サンローランやレノマ、プラダ、アライアといった輸入ブランドがたくさんあって、目移りばかりしてました。サーファーやニュートラ、ハマトラなど、制服的なスタイルが下火になり、やっとファッションが成熟してきた時期だと思います。 1990年というと、分厚い肩パッドのボディコンシャスが主流でした。私はディスコに行くときは、背中が開いたジュンコシマダのワンピースを着たりして。“ケバい”という形容も褒め言葉に使われていた記憶があります。色っぽい、くらいの意味合いで(笑い)。石田:ぼくは昔からお嬢様系が好きなんですが、あの頃の「ケバい」はOK。アルファ・キュービックを着こなす女性は魅力的でした。甘糟:香水も強いものがはやりましたよね。1986年日本発売のクリスチャン・ディオール『プワゾン』が大ブームで、1990年になってもつけていた人は多かった。濃厚な香りが時代の気分を象徴していたのかな。石田:ぼくはサンローランの『リヴゴーシュ』が好きでしたね。誰かがつけていたんだよなぁ……。うん、そうそう、この子はこの香り、あの子はあの子で別の香り、というのがあって、香りで自分を印象づけている子が多かったように思いますね。「ちゃんりり」って呼ばれてました甘糟:タレントの平野ノラさんが大きな携帯電話を手に「しもしも~」って言う逆さ言葉のギャグはおもしろい風刺ですよね。あの頃、実際にそう言っていたような気がしてきちゃう(笑い)。「ギロッポン(=六本木)」「シータク(=タクシー)」くらいはよく聞きましたけれど。石田:ギロッポン、あったねぇ~(笑い)。甘糟:石田さんは使ってらっしゃいました?石田:ぼくはそれほどでもないけど、レコード会社のディレクターなんかはよく使ってましたね。寿司を「シースー」、銀座を「ザギン」とかね。甘糟:あ、思い出した。私、「ちゃんりり」って言われたことありますよ。最初、何を言ってるのかわからなくて。石田:ちゃんりり!(笑い)そういえば、「ちゃんねぇ(=お姉ちゃん)」ってのもあったなぁ。「スパゲッティ」が「パスタ」に進化甘糟:1990年は、食文化でも新しい展開がありましたよね。雑誌『Hanako』がティラミスを取り上げて大流行した年です。イタリア料理が人気になって、多くの人気店が生まれました。スパゲッティをパスタと呼ぶのが普通になったのもこの頃からでしょうか。石田:そうね、ぼくも「おいしいパスタを食べに行こうよ」っていうセリフで女の子を誘っていましたよ。甘糟:あの頃は「アルデンテ」なんて言葉も新鮮でした。石田:今や東京のパスタはさらにレベルアップして、「本場のローマよりうまい」なんていわれるぐらいになってますよね。当時の“イタめし”ブームがあったからこそイタリアンが日常になり、店の雰囲気も味も洗練されてきましたね。甘糟:1990年12月の『POPEYE』のクリスマス特集の号が自宅の書庫にあるのですが、「気取ったフレンチよりカジュアルなイタリアンへ行け」と指南してありました。服装はタキシードではなくて、コーデュロイのジャケットにするべきともありました。1990年は、カジュアルダウンという概念が始まった年だと思ってます。ずっと上向きの派手志向だった世の中が、初めて肩の力が抜けているのがかっこいいと感じたんじゃないでしょうか。誰もが「自信」と「期待」を持っていた石田:ぼくは理子(東尾理子夫人)から、「根拠ない自信がすごい」ってよく言われるんです。でも、それでいいんじゃないかな、と思ってます。20代後半、ぼくは売れない役者でしたが、友人たちはすごかった。ソニー勤務でウォークマンの開発チームに所属していた友人なんかは確実にステップアップをしていて、かっこよかった。自分は役者を目指して舞台をかじった程度で、今思えば焦っていた。役者を志したものの、やっぱりまともに就職しておいた方がよかったのかなと。 でも、それを救ったのが「根拠なき自信」。そして、それを後押ししたのが、1990年という時代の空気でした。まさに“明日に期待が持てる時代”で、懸命に頑張れば報われる──ぼくもそれを信じていた。そして、今も信じている。甘糟:女性セブン読者は50代以降のかたも多いでしょうけれど、楽しかった時代を懐かしむだけではなくて、あの頃の空気、あの頃の自分を思い出して、もう一度何かにチャレンジするのもいいんじゃないでしょうか。別に大きなことでなくてもいいけれど、新しい何か。自分をアップデートするつもりでね。 今の私たちなら、若い頃ほど気張らずにいられるし、肩の力を抜いて何か新しいことを始められるでしょう。人生100年の時代ですよ。60才で引退やら定年といわれても困ります。石田:ぼくは今67才ですけど、映画を撮りたい。監督に挑戦したいと思っています。好きなことやこれまでやれなかったことに挑戦する、そうした気概を持つのは楽しいじゃないですか。甘糟:バブルは単なるバカ騒ぎに見えるかもしれない。でも、その時代に居合わせたおかげでいろいろと極端なことを経験できました。だからこそ、「普通」の価値、変わらないことの良さもわかるようになった気がします。石田:そう。コロナ禍で世界全体が萎縮しているけど、こんな時代だからこそ、下を向かず、元気を失わず、暮らしていきたいと思います。幸いにも、あの頃を頑張ってきた経験があるから、いろんなことを乗り切れるように思うんです。1990年という年は思い出に変わっても、確実にぼくの心の中に生きていて糧となっている。そう思いますね。【プロフィール】石田純一/1954年、東京都目黒区出身。俳優。トレンディードラマでブレーク。現在、『斉藤一美 ニュースワイドSAKIDORI!』(文化放送)、『DaiGoと石田純一のおしゃべりゴルフ』(TOKYO MX〈放送予定〉)などに出演。甘糟りり子/1964年、神奈川県横浜市出身。作家。ファッションやグルメ、車等に精通し、都会の輝きや女性の生き方を描く小説やエッセイが好評。著書に『エストロゲン』(小学館)、『鎌倉だから、おいしい。』(集英社)など。最新刊は1980年代後半から1990年代前半のあの空間と時間を描くエッセイ『バブル、盆に返らず』(光文社)。撮影/矢口和也※女性セブン2021年8月19・26日
2021.08.17 07:00
女性セブン
勢いのあった90年代を語る
石田純一、首都高フェラーリ炎上事件を振り返る「バブルを象徴する出来事」
 コロナ禍の東京は、夜間に飲食店も営業しておらず、夜遊びなんてほとんどできない。しかし、約30年前のバブル期には、今からは想像もできないようなきらびやかな世界が広がっていた──。トレンディードラマへの出演をきっかけに大ブレークした俳優の石田純一と、20代半ばでバブル期を体験、今年6月にエッセイ『バブル、盆に返らず』を出版した作家の甘糟りり子さんが、当時を振り返る。 * * *──石田は1995年放送の『東京遊民』(日本テレビ系)で司会を担当、甘糟さんはスタッフとして同番組に参加した。バブル期を等身大で謳歌したふたりは、10才という年齢差を感じさせない。甘糟:若いうちはどうしても女性の方が経験値が上がってしまいますから、10才上の石田さんと私とでちょうど同じくらいかもしれません。石田:甘糟は10才年下だけど、すっかり同い年感覚(笑い)。ぼくが20代の頃なんて精一杯ツッパっても、ちょっと上のおじさまたちには敵わない。だけど、同年代の女の子たちは、どの店に行ってもどこにトイレがあるか、みんな知っているんだよね。ホント、はやりものに精通していた。 思うに、今でいう“イケてる女性”は当時、「特等席に案内される女であれ」みたいな気概があったように思います。だからぼくも、黙っていてもレストランの奥の個室に案内してもらえるくらいの人間になりたかった。そのために仕事も思い切り頑張った、みたいな(笑い)。甘糟:誰もが「もっといい思いをしたい」という熱意があって、世の中じゅうが明日に期待してました。石田:そうですね。誰もが上を目指せる機運があった。それは間違いないですね。甘糟:とにかくお金が回り回っていたので、街にも活気がありましたよね。タクシーを捕まえるのも大変でしたし。よくいわれる、一万円札をひらひらさせて止める場面、私は見たことないけれど、さもありなんという気がします。 私はそういう空気の中で大人になったので、今日より明日の方がよくなっているのが当たり前だと思っていたんです。遅ればせながら、1991年の年末ぐらいに、もしかしたら、そうでもないのかも、と気がつきました。石田:街も人の気持ちも間違いなくキラキラしていたよね。そういうポジティブな思いがみんなの顔や態度に表れている明るい時代でした。──当時のサラリーマンや大学生は車を持つのが当たり前。特にBMW3シリーズは“六本木のカローラ”と呼ばれるほどだった。ほかにサーブやプレリュードも人気を博した。時を同じくして、石田が3000万円で購入したフェラーリが全焼するという事件が起きたという。石田:車に雨漏りがしたんで、修理に向かうためにディーラーさんと首都高を走らせていたときにいきなり出火したんです。まだ3回しか乗っていない車でね。走行中は炎が風で後ろに流れていて、停車した途端にブワーッと火が車全体に回って全焼。停車した瞬間に2人同時に外に飛び出たのを覚えています。バブルを象徴するような出来事でしたね。その後、ドラマの撮影に向かいましたが、放心状態でしたね……。甘糟 石田さんを前にして本当に申し訳ないんですけど、夜は外にいることが多く、連ドラを見るのがむずかしくて。『抱きしめたい!』や『想い出にかわるまで』は友人が録った録画でまとめて見てました。石田:どちらの役柄も当時の流行語になった「3高」「ヤンエグ」の役でしたね。甘糟:ヤングエグゼクティブの略ですね。今となってはなかなか恥ずかしい響きがありますよね。 当時の女性たちが高学歴・高収入・高身長のいわゆる「3高」と結婚したがったのは、まだ女性が自分で稼げる時代ではなかったから。私が大学を卒業したのは「男女雇用機会均等法」が定められた1985年なんですけれど、その法律が少しでも機能するようになったのは、ずっと後でした。石田:1990年代当初は、今みたいに勝ち組負け組がそれほど顕在化していなかったから、普通の子でも玉の輿に乗れば一発逆転。そんな風潮があったように思います。甘糟:誰にでもチャンスはあった時代でした。もしくは少なくとも「あるように思えた」時代でしょうか。 例えば、ディスコに行っても、何かの弾みに自分もVIPルームに座れそうな空気があった。若い女の子でなくても、そういうチャンスが実際にありましたよね。だから、入り口にドアマンが立っていて、店の雰囲気に合うかどうか客を見定めたりすることもエンターテインメントとして成り立っていたんじゃないでしょうか。今同じことがあったら、SNSで炎上しそうですよね。【プロフィール】石田純一/1954年、東京都目黒区出身。俳優。トレンディードラマでブレーク。現在、『斉藤一美 ニュースワイドSAKIDORI!』(文化放送)、『DaiGoと石田純一のおしゃべりゴルフ』(TOKYO MX〈放送予定〉)などに出演。甘糟りり子/1964年、神奈川県横浜市出身。作家。ファッションやグルメ、車等に精通し、都会の輝きや女性の生き方を描く小説やエッセイが好評。著書に『エストロゲン』(小学館)、『鎌倉だから、おいしい。』(集英社)など。最新刊は1980年代後半から1990年代前半のあの空間と時間を描くエッセイ『バブル、盆に返らず』(光文社)。撮影/矢口和也※女性セブン2021年8月19・26日号
2021.08.14 07:00
女性セブン

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タイトなウェア姿を投稿しまくりの小島瑠璃子と鷲見玲奈「ゴルフ女子」枠巡る熾烈な戦い
NEWSポストセブン
ポスト和久田麻由子アナに浮上 「元東大ミスコン」堀菜保子アナ(27)の“大きな武器”
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NEWSポストセブン
TBS・安住紳一郎アナウンサーの魅力の源は?(時事通信フォト)
「定年までTBSに」先輩・吉川美代子アナが期待する安住紳一郎アナのこれから
週刊ポスト
結婚を発表し、お相手を「建築会社」とした滝沢。「一般男性」とは言っていない
滝沢カレン結婚!「テラハ」出演“肉食系”ハーフモデルのどこに惹かれたのか
NEWSポストセブン
眞子さまの箱根旅行のお姿。耳には目立つイヤリングも(2018年)
小室圭さんの妻・眞子さん 華やかだった4年前の「箱根・女子旅ファッション」
NEWSポストセブン
逮捕された「RYO&YUU」
公然わいせつ逮捕「RYO&YUU」、性的動画アップは「親公認」だった 22歳の女は愛知・香嵐渓で全裸に
NEWSポストセブン
結婚し、日本メディアが情報をキャッチしづらいNYで、デイリーメールが追跡取材(写真/JMPA)
小室圭さん・眞子さん夫婦が「離婚で終わったとしても…」英デイリー・メールが報じた「茨の道」
NEWSポストセブン
高橋真麻
高橋真麻「おでんの卵8個食べても太らない」女性が憧れる美スタイルの理由
NEWSポストセブン