大杉漣一覧

【大杉漣】に関するニュースを集めたページです。

多彩な人材を輩出したロマンポルノ 名を連ねた後の名優達
多彩な人材を輩出したロマンポルノ 名を連ねた後の名優達
「ロマンポルノは監督やスタッフ、俳優、女優をはじめ多彩な人材を輩出し、映画文化の歴史を作ってきました。それまで無名だった人物がロマンポルノをきっかけに有名になっていった例は数え切れません」 そう語るのは映画評論家/映画プロデューサーの寺脇研氏だ。石原裕次郎や吉永小百合ら銀幕の大スターが活躍する大手映画会社だった日活は、1960年代半ばから経営不振に陥り業績が低迷。その打開策としてポルノ映画の製作へと踏み切り、1971年に日活ロマンポルノがスタートした。多くの監督が日活を辞める一方で、藤田敏八、神代辰巳など若く新しい才能が登場した。「彼らは他の監督が忌避するポルノというジャンルの中で、それでも映画を撮りたいという情熱を持っていました」と寺脇氏は言う。 彼らはポルノ映画というフォーマットに則りながら、脚本や演出では自由な表現を試みることで、単なる煽情的な映画には留まらない高い評価を獲得していった。 若き才能の登場は、俳優たちの世界でも同じだった。「舞台を主戦場にしていた多くの無名俳優が、ロマンポルノを通じて世の中に出ていきました。その意味でロマンポルノは、若手俳優の登竜門だったと言えるでしょう」 ロマンポルノを足がかりにして一般映画やテレビドラマで活躍していった俳優は少なくない。1972年の『艶説女侠伝 お万乱れ肌』で銀幕デビューした風間杜夫は、1974年のNHK大河ドラマ『勝海舟』に出演し、その後もロマンポルノに出演し続けた。『警視庁・捜査一課長』シリーズの主演をはじめ、現在映画やドラマで活躍する内藤剛志も多くの出演歴がある。石橋蓮司や柄本明、大杉漣、地井武男といった、誰もが知るベテランの俳優たちが、ロマンポルノ作品に名を連ねていた。 2019年の年間興行収入、公開本数はともに過去最高となり、映画界は活況を呈している。今日の邦画の隆盛も、ロマンポルノから続く映画人たちの奮闘に支えられているのだ。※週刊ポスト2020年2月21日号
2020.02.11 16:00
週刊ポスト
天海主演『緊急取調室』の視聴率は絶好調
4月クールのドラマ テレ朝の勢い止まらず、視聴率も好調
 4月から始まった平成最後の春ドラマが出揃った。新時代にさしかかり、さらなる盛り上がりを見せているが、どのドラマを見続けるかどうかは悩みどころ──。今クールのドラマの特徴を、ドラマウオッチを続けるノンフィクション作家の山下柚実さんはこう読み解く。「タイプは2つ。高視聴率で平成を駆け抜けた『科捜研の女』(テレビ朝日系・木曜20時)や第3シーズンを迎える『緊急取調室』(テレビ朝日系・木曜21時)のように固定客を持つ安定した作品と、働き方改革を描く『わたし、定時で帰ります。』(TBS系・火曜22時)、LGBT要素のある『きのう何食べた?』(テレビ東京系・金曜24時12分)や『俺のスカート、どこ行った?』(日本テレビ系・土曜22時)のような、時代性を存分に取り入れた作品の両極端に分かれます。テーマがとんがっていてもしっかりと人間が描かれていればいい作品になるというのは『おっさんずラブ』(2018年・テレビ朝日系)で証明済み。社会性を取り込む挑戦は見物です」 辛口コラムニストの今井舞さんは、主役感が弱まっていると指摘。「前クールの『3年A組』(日本テレビ系)で、若い層にもドラマを見てもらえるということに味をしめたのか、若手人気俳優を大量に集めました!という作品が多く見られます。主役を大人数にして責任の分散を図ろうという意図が見え見えです」 ドラマ通が代替わりを超えて見続けるのはどの作品か聞いてみた。◆視聴率上位はテレ朝祭り 平均視聴率を上から見るとトップは『緊急取調室』、2位には『特捜9』(テレビ朝日系・水曜21時)と『集団左遷!!』(TBS系・日曜21時)が同着、4位は僅差で『科捜研の女』が続く。テレ朝の圧勝だ。「『緊急取調室』略して“キントリ”は、主演の天海祐希(51才)がクランクイン前に故・大杉漣さんのお墓参りに行き、思いを新たにしたそう。第1話に登場した浅野温子(58才)が体調不良で舞台を降板したことで、放送前はスタッフ間で『お祓いにいった方がいいのでは…』なんて言われていましたが、数字は絶好調で、現場の雰囲気もいい」(ドラマ制作スタッフ) ただ、こんな声も。「『ドクターX』で時代を築いた米倉涼子(43才)もそうだが、キャラクター色が強く演技が一辺倒になりがち。最初は面白かったストーリーも、最近は勧善懲悪の繰り返しが多く、年輩者のウケがよくても本当のドラマ好きは見続けていない傾向も。ドラマ制作に携わるテレビマンの中での“視聴熱”トップは、実は低視聴率とこきおろされているNHK大河ドラマ『いだてん』です」(前出・ドラマ制作スタッフ) とはいえ、テレ朝の勢いは止まらない。「今クールは、日曜日以外は何かしらのドラマにジャニーズタレントが出演していて、ファンは録画に視聴に大忙し。亀梨和也(33才)が二階堂ふみ(24才)とW主演を務める『ストロベリーナイト・サーガ』(フジテレビ系・木曜22時)と、山下智久(34才)主演の『インハンド』(TBS系・金曜22時)の『修二と彰』コンビの一騎打ちとみられていましたが、まさかの井ノ原快彦(42才)が『特捜9』でトップを軽やかに奪取。“テレ朝力”はあなどれませんね」(テレビ誌記者) 修二と彰の初回対決は、『インハンド』が11.3%、『ストロベリーナイト・サーガ』は7.8%と山下に軍配。「『ストロベリーナイト~』は竹内結子(39才)が主演した2012年のドラマのリメークですが、主役の姫川は竹内以外に考えられないというファンが多い中、二階堂がその役を演じることになったのですからあまりにも酷。 フジは『GTO』や『花ざかりの君たちへ』など、安易に過去のドラマのリメークをするのですが、毎回コケています。今回も初回放送終了後、ネットのトレンドワードには『竹内結子』が浮上しましたが、このドラマには、竹内が2月に再婚したばかりの中林大樹(34才)が出演中なこともあって、内心は複雑でしょうね。 このドラマのいいところを挙げるとすると、私服警官の敬礼が15度のお辞儀であるなど細部がリアルなところです」(フジテレビ関係者)※女性セブン2019年5月9・16日号
2019.04.25 07:00
女性セブン
大杉漣さんの思い出 「すべて行動で示す人だった」
大杉漣さんの思い出 「すべて行動で示す人だった」
 2018年も多くの人が旅立った。なかでも、話題の連続ドラマが放送中のタイミングで、突然、亡くなった大杉漣さん(俳優、享年66)の訃報に驚かされた人は多かっただろう。 1974年、演出家・太田省吾が創設した転形劇場に所属。舞台俳優として活動する一方、『緊縛いけにえ』(1980年)で映画デビュー。北野武監督の『ソナチネ』(1993年)出演を皮切りに数多くの作品に出演、名バイプレーヤーとして不動の地位を築いた。 ドラマやナレーションなどにも活躍の場を広げていたが、2月21日、ドラマ撮影中に腹痛を訴え病院に搬送され、そのまま息を引き取った。大杉さん最後の主演映画『教誨師』監督の佐向大氏が、思い出を語る。「決して偉ぶった態度をとらない人でした。映画『教誨師』の撮影では、俳優やスタッフ一人ひとりに声を掛け、冗談ばかり言って現場の一体感を作り上げていく。『こんな長い台詞覚えられないよ』と言いながらも、本番ではすさまじい集中力。知らず知らずのうちに、大杉さんが個々の力を引き出してくれていた。口ではなく、すべて行動で示す方でした」■写真/大杉隼平※週刊ポスト2018年12月21日号
2018.12.10 07:00
週刊ポスト
ビートたけし「さくらももこさんはオイラに似ていた」
ビートたけし「さくらももこさんはオイラに似ていた」
 8月にこの世を去った漫画家・さくらももこさんを偲ぶ「さくらももこさん ありがとうの会」が11月16日、東京・青山葬儀所で営まれた。『ちびまる子ちゃん』の作者として知られるさくらさんと交友があり、11月30日に著書『「さみしさ」の研究』(小学館新書)を上梓したビートたけし氏が生前の思い出を明かした。  * * * 縁の深い人だった。漫画家のさくらももこさんが、乳がんのために53歳で亡くなった。知らなかったけど、10年近く闘病していたそうだ。大杉漣さんもそうだけど、自分より若い人が亡くなるのは、どうにもさみしくなる。 彼女は昔からオイラのテレビやらラジオのファンだったんだよ。で、追っかけみたいなこともしていたらしい。『オールナイトニッポン』(ニッポン放送)のスタジオにも、よく遊びに来てくれたと思う。確かその当時はもう売れっ子の漫画家だったはずなのに、あんまり小っちゃいもんだから、「おい、子供が紛れ込んでるぞ」なんてイジったりして、そっから仲良くなってさ。 そんなつながりで、オイラがアニメの『ちびまる子ちゃん』に登場することもあったし、プライベートでもちょくちょく交流があったよ。オイラの家にはさくらももこが描いた大きな絵が飾ってあるし、向こうの家に遊びに行ったこともある。漫画の「ヒロシ」で有名な彼女のオヤジさんにも会ったよ。 息子さんは、自分の親が「さくらももこ」だってことを知らないんだよな。ビックリしちまったよ。たぶん、子供が「自分は有名人の子供だ」って知ることで、妙に鼻高々になったり、逆に変なプレッシャーを感じさせるのがイヤだったんじゃないかな。子供とはあくまで「普通の親子」としての時間を持ちたかったんだろうね。 さくらさんと話した中で、よく覚えているのが確かお祖父さんの亡くなった時のことだよ。お祖父さんは亡くなる時に口をポカーンと開けたまま死んじゃって、それを隠すためにほっかむりみたいなのを頭に巻いて納棺したんだって。本当は白いさらしの布がよかったんだけど、見つからないからしかたなく“祭”と赤い字で書かれた手ぬぐいで代用したんだよな。 それをさくらさんは「ドジョウすくいの人みたいだった」なんて言ってさ。「今にもクネクネ踊り出すかと思って、あたしゃ笑いを堪えるのが大変だったんだから」ってね。 芸人ならまだしも、女の人が自分の身内をそういう風に引いた目線で見たり、話したりすることはなかなかできないよね。結局、そういうシニカルさというか、ブラックユーモアみたいなセンスがオイラと似ているのかもしれない。 それでいて、茶化す相手への愛情みたいなものがあるんだよ。だから歳は離れていたけど、ウマがあったんだろうね。『ちびまる子ちゃん』もまさにそうだよな。一見して子供向けのように感じるけど、実はシニカルな視点がある。まる子ってのは単に素直な子供じゃなくて、物事を裏やナナメから見て、ずる賢く立ち回ろうとするところがあるから面白いんだよね。だから子供だけじゃなく、大人も楽しめる作品になる。 最近になって、シニカルな笑いができる女芸人がちょいちょい出てきたのも、さくらももこの影響じゃないか? そういうセンスを子供たちに広めたのは、すごく価値のあることだと思うよね。PTA推奨じゃない笑いを、誰も嫌がらない形で広めたのはすごいよ。 もう『ちびまる子ちゃん』は、『サザエさん』に肩を並べたんじゃないか? 平成を代表するアニメだね。まだ色々と描いてほしかったんで、本当に残念だよ。 でも思うんだけど、声優のTARAKOがやってるまる子の声や喋り方ってのは、まんまさくらさんなんだよな。声優が研究したのか、その辺はよく知らないけどもうソックリでさ。 アレを見ていると、「さくらももこはずっと生き続けていく」って気がするね。 ※ビートたけし・著/『「さみしさ」の研究』(小学館新書)より
2018.12.01 16:00
NEWSポストセブン
芸能人に近づくチャンスは? エキストラ達人が明かす裏側
芸能人に近づくチャンスは? エキストラ達人が明かす裏側
「この番組、エキストラを募集している! 応募したら、あの芸能人に会えるかな?」。そう考えたことがある人は、少なくないだろう。実際、芸能人とお近づきになることはできるのか? ギャラはどれぐらいもらえるの? エキストラ公募情報などを発信するサイト『東京エキストラNOTES』を運営し、自身もエキストラ歴15年目の柳澤健二さん(64才)に、エキストラの裏事情について聞いた。 * * * エキストラは大きくわけて、2種類あります。1つは、ボランティアのエキストラです。交通費もギャラも出ないことが多くて、「作品に参加できた」「好きな俳優に会えた」「演じる楽しさにはまった」という満足感のために参加する人が多いですね。 もう1つは、事務所に登録しているエキストラです。こちらはギャラが発生します。たいていの仕事内容はボランティアと同じですが、制作側が“こんな人を探している”という容姿や特技などの条件がある場合、まず事務所にオファーします。事務所は、登録情報から条件に合う人を見つけて、連絡したり、登録者への一斉メールで募集をかけたりするわけです。 エキストラの仕事は、なにか特技があると重宝されます。板前などの調理経験がある人、方言ができる人、着付けができる人、楽器ができる人、看護師の資格がある人、あがらずにセリフが言える人…。そうした人はその特技のぶんだけ出演チャンスが増えます。 では、事務所のエキストラのギャラがいくらぐらいかと言いますと…。最近はドラマや映画の制作費削減の影響なのか、ギャラも年々削られていて(苦笑)、1回の出演で3000円台が一般的です。登録している事務所によりますが、半日過ぎてからの時間は、時給700円ほど上乗せしてくれるところもあります。ぼくは10年ぐらい前、1回4000円が基本だった時期に最大20本ぐらいエキストラをした月がありましたが、残業分をあわせても月収10万円程度でした。短めの撮影を1日2本こなしたり、複数の事務所の複数の撮影をかけもちして、めいっぱい頑張っても月収十数万円が限界じゃないでしょうか。 交通費が支給されるかは事務所によってかなり違います。東京の場合、撮影場所が23区内なら支給ゼロ、という条件の事務所も多いです。その場合は、JR山手線を基準として、23区を出た分の交通費が支給されます。 ロケ地での撮影が昼食や夕食をまたぐ場合は、いわゆるロケ弁が支給されます。スタッフや役者さんと同レベルの豪華弁当が出ることもありますし、がっかりするような弁当のときもあります。エキストラが少人数だと、そのためにわざわざ別のお弁当を用意しないので、豪華になる傾向があるかもしれません。人気が高いのはケータリングの業者がその場で盛りつける温かい食事ですね。悲しいケースとしては、夕方までに解散予定の撮影が長引いてしまって夜のお弁当が出ない、ということもあります。 拘束時間はバラバラです。まる1日以上かかることもありますし、ドラマでよくある遺影や家族写真での出演など、カメラマンにパシャッと撮られるだけ、ほんの数分でおしまいということも。それでも1回分のギャラがもらえるのですから、これはおいしい仕事に含まれます。 エキストラの楽しみは、作品に出演できることのほかに、俳優さんと会えることです。役柄やタイミングしだいで、目の前に俳優さんがいることも珍しくありません。もちろん、エキストラから声をかけることはご法度です。でも、気さくな俳優さんは、話しかけてくれたりもしますよ。 最近ですと、ドラマ『バイプレイヤーズ』(テレビ東京系)で、ある出演者の代役として出演しました。代役と言っても、後ろ姿だけですが…。年齢や背格好が近いということで、事務所が推薦してくれたようです。 当日、ぼくがロケ地の貸別荘の控室に入ったら、遠藤憲一さんや松重豊さんなど、メインのキャストさん6人が勢ぞろいしていて、ビックリしました。エキストラはぼくだけです。光石研さんや亡くなった大杉漣さんは特に場所が近くて。大杉さんが「お弁当どうぞ」と渡してくださって、恐縮しました。 ぼくが先に撮影を終えて帰ると、大杉さんが「もう帰るんですか? お疲れさまでした」と。声をかけてくださって、嬉しかったですね。皆さん、夜な夜な一緒にご飯や酒を飲む合宿生活だったようで、本当に仲がよくて、盛り上がっている会話を近くで聞けたのは、貴重な体験でした。 他の作品では、喫煙所で吉田鋼太郎さんとふたりだけになったとき、自然に世間話が始まったり…。ロケ地だと喫煙所は1か所だけ、スタッフも役者もエキストラも共通ということが多く、喫煙派の方々とは話せる機会が多いですね。 刑事ドラマの捜査会議のシーンへの出演はよくあるのですが、有名な俳優さんのすぐ隣に座ることもあります。セリフなどのタイミングを合わせるために俳優さんと打ち合わせをすることもあるんです。ちょっとした役者気分を味わえる経験です。 エキストラのために、俳優さんが差し入れをしてくれるときもあります。木村拓哉さんはスタッフやキャストだけでなく、エキストラにも気を使ってくれることで有名です。 エキストラの仕事は普段なかなか行けない場所に行って、色々な経験ができて、しかも有名俳優に会えるかもしれない。周りのエキストラには、ギャラはなくてもいいから1本でも多くの作品に出たいという人や、好きな原作の作品にかかわりたい、という人もいます。縁の下の力持ちですが、とてもやりがいのある仕事です。
2018.11.20 07:30
NEWSポストセブン
フジテレビから中継、引退撤回… 『生さだ』事件の舞台裏
フジテレビから中継、引退撤回… 『生さだ』事件の舞台裏
 さだまさしがラジオのDJスタイルで軽妙なトークを展開する『今夜も生でさだまさし』(NHK総合、通称『生さだ』)。視聴者がハガキで寄せる質問や悩みに対して、さだが豊富な知識と経験を生かしながら、台本なしで答える深夜の生放送番組だ。さだの素顔を探る短期集中連載の第2回は、『生さだ』プロデューサーの飯塚英寿氏と、番組でさだの隣に座る構成作家の井上知幸氏の対談を紹介。ぶっつけ本番の人気番組の舞台裏とは? * * *飯塚:さださんとは1991年の『紅白歌合戦』の楽屋で話した記憶があってそれ以来のお付き合いです。その前はちょっと覚えてない(笑)。さださん、新しい番組企画に興味がある方なんで、「なんか面白いことやろうよ」といろんなネタを持ってきてくれる。で、いよいよ番組を立ち上げようということになって……。井上:さださん行きつけのホテルのバーに呼び出されたんです。飯塚さんから「企画があるから来ないか」と。さださんと面識はありましたが、きちんと話したことはありません。滅多にテレビに出ない人でしたし、演出家と大ゲンカして『紅白歌合戦』を降りたという話を耳にしていたので、僕の中では“怖い人”というイメージ。実は行く前からビクビクしていて、内心、嫌でした(笑)。ところが会ってみたら、気さくで冗談ばかり。まったくふざけた方でした。飯塚:それで3人で毎週のように会って話すようになりました。私は当時主流の「作り物」が嫌で、そうじゃない番組を作りたかったんですが、その流れで、「どこかへ行きたいですね」となった。そしたらさださんが「そういえば頼まれて岐阜の谷汲村(たにぐみむら)ってとこの村の歌を作ったけれど、一度も行ったことがない」と。「無責任ですね~」と返しながら、「じゃあそこに行ってみましょう」ということになった。井上:その時のさださんが、「旅番組は多いけれど必ず行く前からカメラが待ち構えている。それはおかしい」「約束事のない旅番組をやってみたい」と言う。これに飯塚さんも僕も食い付いたんです。当時は誰もやっていなかった。飯塚:これはさださんのネタになってるんだけど、「飯塚は番組で一緒に旅するとしたら、キレイな女性がいいと言った」と。そんなこと言ってないんだけど(苦笑)、結局、さださんの希望で、鶴瓶さんと一緒に谷汲村に旅に出ることになりました。井上:最初の台本は、『素晴らしきニッポン』というタイトルでした。飯塚:実際は、『さだ&鶴瓶のぶっつけ本番二人旅』というタイトルで1995年の夏に放送しました。最初から、ロケで完結させないで、スタジオでまとめる形にしたかったんです。井上:2人で谷汲村に下見に行きましたね。役場にはきちんと話を通しましたが、雑誌記者だと嘘をついて極秘で取材をしました(笑)。NHKの番組が来るとばれてしまうと、普通の旅番組と変わらなくなってしまいますので、できるだけ内密にと。飯塚:やってみて初めてわかったんですけど、さださんは極度の人見知り(笑)。前から高校生が歩いてきても、すーっと離れていく。逆に鶴瓶さんは人頼み。今でもそうですけど勘が働くのか、これぞ、という人を見つけ出す。人見知りと人頼みのコントラストが最高におかしくて、番組として成立したんです。井上:さだ・鶴瓶コンビの特番は、結局3回でしたね。飯塚:さださんは飽きっぽいんですよ(笑)。3回で精一杯。井上:そういえばカメラもすぐ飽きますよね(笑)。飯塚:さださんはカメラ好き、ガジェット好き、新しい物好き。iPadも誰よりも早かったし、アップルウオッチも「もうしてる!」と驚かされたけど、次に会った時にはしていない(笑)。早くから作曲にマックも使ったし、とにかく最新のデジタル機器に反応する。でもマスターするとすぐに飽きる。カメラもキヤノンの5D、7D、ソニーのミラーレス一眼……といつも新型を持っているけど、すぐにあげちゃう。井上:iPhoneもいつも新型を持ってますもんね。でも使うのはなぜかガラケー(笑)。◆さだまさしは「60歳で引退」を考えていた飯塚:『生さだ』も100回をとうに超え、いろんなハプニングや出来事がありましたが、2008年10月にお台場のフジテレビから『生さだ』を放送したのは、結構な事件だったんじゃないかなあ。井上:当時のフジテレビ編成制作局長から『眉山』の映画化PRのハガキが来て、普通、フジの社員の手紙をNHKで読む、ということはあり得ないんですが、『生さだ』だからできてしまった。飯塚:それでさださんが、「読んであげたんだから、お礼にスタジオを貸してよ」と無茶振りしたもんだから大変なことになって(苦笑)。フジの協力を得て、球体展望台の中からフジテレビの技術のスタッフによって、映像をNHKに飛ばしたという。さださんはこういうトライを非常に面白がってくれて、積極的に乗ってくれるんです。井上:僕は、東日本大震災の1カ月後に急遽放送した回が印象に残っていますね。飯塚:あの時、さださんに、「これ、やれたらやりますか」って言ったら「やろう!」って即決してくれて。放送枠がない時点での編成への提案だったんですが、うまく空きを見つけてくれて、さださんもスケジュールを調整してくれました。被災地の人はテレビが観られない、という理由で、ラジオでも放送しました。井上:観覧の方も入れずに、スタッフのみ。インフラの復旧などの問題もあったので、この時は特別にメールでもお便りを募集しました。2000通以上集まったのを覚えています。そのあといろんなところで口にされてますけど、さださん、実は60歳で引退しようと考えていたそうなんですね。この時59歳ですから、翌年の2012年には辞めようと思っていたということです。「俺は何をバカなことを考えていたんだろう。まだまだ必要とされる自分がいるなら、続けていくのが『さだまさし』じゃないか」とおっしゃっていました。飯塚:あの放送は、「何か聴いている人に意味のあることを届けたい」という思いがありました。テレビというメディアは、面白ければいいじゃないか、というスタンスで走り続けてきた側面もあるんですが、面白さやスピードだけになってしまうと、芯がなくなってしまう。そうじゃなくて、伝えるべきものをきちんと伝えようよという思いが、さださんにもスタッフの中にもありました。井上:やっぱり最初は笑っちゃいけないんじゃないかとか、余計なことを考えてしまって、さださんも硬かったですね。でもだんだん普段の調子に戻ってきて。で、最後に何を歌うか、さださん、すごく迷ったんです。「歌わない」という選択肢もあったんですが、さださんは「歌手として歌を届けたい」と。内心、しんみりとした歌で終わるのかなと思っていたら、さださんが選んだのは『春爛漫』。軽快な歌を、しかも途中笑いを誘いながら歌ったんです。最後に楽しく明るい笑顔で終わったというのは、非常に印象的でした。ああ、自分たちが届けないといけないのは、こういうものなんだと、改めて気づかされました。飯塚:『生さだ』は業界にもファンが多くて、番組内で「隠れ『生さだ』ファン大集合!」と題したコーナーをやったことがあるんですが、その時は五十音順に、赤坂泰彦さん、大杉漣さん、小田和正さん、佐渡裕さん、笑福亭鶴瓶さん、徳永英明さん、登坂淳一さん、中島みゆきさん、南原清隆さん、東山紀之さん、森山直太朗さん、吉永小百合さんの12名の方を紹介しました。吉永さんは番組に直筆ファクスを送ってくれたんですが、さださん、大事そうに持って帰りましたもん(笑)。井上:松坂慶子さんはスペシャルに出ていただきましたし、他にも爆笑問題の太田光さんとか、日本ハムの栗山英樹監督とか、いろんな方が観てくれているようです。飯塚:さださんが「嫌だ」と言わない限り、これからも『生さだ』は続けていけるように頑張ります。皆さんもぜひご覧ください。……さださんはともかく、自分たちスタッフの体力が持つのか心配ですが(笑)。※さだまさしとゆかいな仲間たち・著/『うらさだ』より
2018.09.29 16:00
NEWSポストセブン
『あなたの番です』主演の田中圭は主題歌も歌う
田中圭 『ゴチ』で「ギャップ萌え」、役者業にはどんな影響?
 2018年春ドラマ『おっさんずラブ』(テレビ朝日系)がツイッターで世界トレンド1位になるなどヒットし、ドラマと共に大ブレイクを果たしたのが主役の田中圭(34才)だ。その後、ドラマ『健康で文化的な最低限度の生活』(フジテレビ系)に出演。次に田中が注目を集めたのは、『ぐるぐるナインティナイン』(日本テレビ系)のコーナー『グルメチキンレース ゴチになります!』出演だった。今後、田中はどのような魅力を発揮するのか。新たな可能性に迫る。 田中は16才の時にCMでデビューして以来、多くのドラマに出演してきたが、代表作と呼べるものに恵まれなかった。そんな田中が、おっさん同士のピュアなラブストーリーを描いた『おっさんずラブ』で33才にして一躍、注目俳優の仲間入りを果たした。 イケメン評論家の沖直実さんが語る。「これまでわかりやすいキラキラのイケメン役をやらなかったせいで遅咲きでしたが、二枚目ばかりやってこなかったことが、今につながっていると思います。高橋一生さんもそうですが、演技のふり幅が広く、これから息長く活躍していくでしょう」(沖さん・以下「」内同) 沖さんいわく、田中の俳優としての魅力は「イケメン過ぎないこと」だという。「山崎賢人さんや吉沢亮さんのように美しい顔の俳優さんは、演技は素晴らしいのですが表情の印象が強い時もあり、視聴者の目線は顔にいきがちです。その点、田中さんや鈴木亮平さんはいい塩梅のイケメンで演技に集中できる。キラキラ王子役に飽きてきた女性が、味わい深い男性を探し始めたのも、田中さんがブレイクした理由のひとつだと思います」『ゴチ』には、今年2月に亡くなった大杉漣さん(享年66)の後を引き継ぐかたちで、新メンバーとして加入。初回放送日の9月13日には、ツイート数の多さから「田中圭」が世界トレンド入りし、番組は13.8%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と高視聴率を記録。その人気ぶりを改めて知らしめる結果となった。「『ゴチ』ではテンション高めで場を盛り上げ、バラエティー力を発揮していました。ドラマとはまた違った姿に、“田中さんが出るなら毎回ゴチを見る!”“学ラン姿がイケメンすぎて尊い“など、SNSでも田中さんの話題でもちきりとなりました。彼の『ゴチ』出演がこれだけ話題を集めたのは、“彼と一緒に飲んだら、ああいう感じかな”などと”素の姿”をファンに想像させたことだと思います。 へんにかっこつけたりして気負わず、ありのままの姿を出している感じがしました。ちょっとテンション高めだったりして、ドラマでのかっこいい姿とはまた違った素顔を見ることができた。女子にとっては、まさに“ギャップ萌え”だったと思います」 絶賛ブレイク中とはいえ、俳優として中堅という立ち位置も、バラエティーにはちょうどいいという。「過去に『ゴチ』に出演した上川隆也さんや大杉漣さんは、大御所感もあり、バラエティーでは少しいじりにくかった気もします。しかし田中さんには、共演者が積極的にからんでいる様子が見られ、本人もそれに対して抜群の“反射神経”で対応していました。今後、バラエティーの需要は増えると思います」 ドラマとバラエティーでは視聴者層が違うため、田中の人気はさらに加速すると沖さんはみている。「ドラマは21時~23時の放送が多く、田中さんのファンは若い女性が中心だったと思われます。しかし20時台のバラエティーはファミリー層も見るので、田中さんを知らなかった層にも知られることになります。バラエティーで知った人が田中さん出演のドラマを見るでしょうし、その逆もしかり。いい相乗効果が生まれると思います」『東京タラレバ娘』(日本テレビ系)では不倫男、『健康で文化的な最低限度の生活』では冷静で厳しい係長、そして『ゴチ』では学ランでオチャメな姿。さまざまな面を見せている田中だが、沖さんは俳優として“未知の姿”に期待する。「やっていない役がないくらい、田中さんが演じてきた役の幅は広いのですが、冷酷な悪役なんて見たみたいです。例えば、猟奇犯罪の犯人役を演じたら、どれだけ怖いことか。『ゴチ』で楽しい面を見せているので、その対極にある役柄を演じた時の凄みはより増すでしょう。そういう意味では、バラエティーに出演したことは、実は彼の役者業にとってもプラスに働くと言っていいでしょう」  田中の今後の活躍から目が離せそうにない。
2018.09.29 07:00
NEWSポストセブン
※2次使用禁止 2018年 女性セブン16号のみ
関ジャニ∞渋谷すばる 信頼するプロデューサーの退社影響か
 関ジャニ∞の渋谷すばる(36才)が4月15日、会見を行いグループからの脱退を発表した。今年12月31日をもってジャニーズ事務所からも退所する。7月15日から行われる関ジャニ∞の全国5大ドームツアーには参加しない。 記者会見では、脱退を決意したのは今年1月だったと明かした渋谷。「脱退についてにおわせたのは、半年ほど前からのようです。ちょうどその頃、関ジャニが所属するレコード会社のプロデューサー・Aさんが会社を辞めたそうなんです。Aさんは、関ジャニが自主レーベルを立ち上げた時から一緒に携わってきた人物。メンバーとのつながりが強いことで知られています」(レコード会社関係者) メンバーの中でもAさんと最も親しかったのが渋谷だという。「すばるくんは人見知りが激しく、気持ちが通じない人とはあまりしゃべりません。気難しい性格だけど、音楽の話になると一転して饒舌になります。とくにAさんとは長年一緒に音楽活動をしていることもあり、かなり信頼を置いている。すばるくんはジャニーズ退所後、Aさんと合流するのではないかという話も上がっていました。そういう“準備”が一部のメンバーの耳には入っていたようです。あるメンバーは“仕事に身が入らない…”とこぼし、グループ以外の仕事を入れたがらない時期もありました」(前出・レコード会社関係者) 脱退の決意を聞いたメンバーは全員で2月に2度、話し合いの場を持った。なんとか、どんな方法でも脱退を思いとどまらせようと必死だった。「個別で会った回数もいれると相当引き留めたのですが、すばるくんの決意はあまりに固かった。彼のことを第一に考えていたメンバーもすばるくんのあまりに頑なな態度に、“そこまでおれたちのやってきた音楽を受け入れられないなら、ツアーも出ない方がいい…”となったそうです。 会見で複雑な表情を浮かべながらも、すばるくんの脱退に理解を示す発言をしていたメンバーでしたが、正直、まだまったく気持ちの整理もついていないというのが本音でしょう。村上信五くん(36才)は会見の前日に参列した大杉漣さんの葬儀で、周りが驚くほどの号泣を見せていましたし、1人だけ会見に出なかった安田章大くん(33才)は“けがのため”と説明しましたが、座って話すだけの会見に無理すれば出てこられたかもしれませんが、気持ちがついていかなかったんだと思います」(芸能関係者) 7月15日、ツアー初日の札幌ドームには新たな関ジャニ∞の歌声が響く。※女性セブン2018年5月3日号
2018.04.20 16:00
女性セブン
脇役の美学は「ちょっと」に宿る 大杉漣ら名脇役たちの拘り
脇役の美学は「ちょっと」に宿る 大杉漣ら名脇役たちの拘り
 今の芸能界においては、才能のある役者であれば誰もが主役に躍り出る可能性がある。だがその中であえて、“脇役に徹する”という美学もまた存在する。大杉漣さん(享年66)の訃報は改めてバイプレイヤーの存在感の大きさを示した。 2008年8月に亡くなった女優、深浦加奈子さん(享年48)は、数多の人気ドラマに脇役として出演し、名バイプレイヤーといわれ続けた。しかし、父・栄助さんは「本人は脇役だという意識はなかったと思う」と語る。「結果として、加奈子が演じていた役柄は脇役です。ですが、それは女優として仕事をしていくなかで、試行錯誤しながらもたどり着いた、自分にしかできないベストポジションだったのだと思います」 親として、娘に主役としてスポットライトを浴びてほしいという気持ちも皆無だったと言う。「そんなこと、考えたこともない。加奈子がテレビに出始めたのは29才と遅かったし、主役は若くてはつらつとした人がやるものだと思っていた。そんなことよりも、『このドラマは脇役がしっかりしているから面白いんだ』と見たかたに思われるのが、親としても何よりうれしいことでした」 主演よりも脇役として作品を彩りたい。そう考える役者は深浦さんだけではない。片桐はいり(55才)は過去のインタビューでこう話している。《主演をするとか、自分の名前で何かするとか、そういったことには興味がない。男だろうとモノだろうと宇宙人だろうとヘンな役、喜んでやりますよ、何でもやりますよっていう気持ちでいるんです》 また、樹木希林(75才)は脇役で出演することを“ちょい演”と表現し、「ワンシーンだけ出演するからこそ、椅子の傾け方とか、1つ1つの動作が大きな意味を持つ」とその魅力を語っている。 60年以上、京都の東映撮影所で“斬られ役”と呼ばれる時代劇の脇役を演じてきた福本清三(75才)も、脇役の美学は“ちょっと”に宿ると言う。「脇役は“ちょっと目立つ、わずかに目立つ、やや目立つ”が鉄則。主役の邪魔にならないように、少しだけ自分の個性を出す。そのさじ加減が腕の見せ所なんです」 そんな福本が今なお憧れているのは喜劇王・チャップリンだという。「20才のとき、チャップリンの映画を見て『斬られ役の1番になろう』と決意しました。チャップリンはスタントマンなしで危険なシーンをコミカルに演じている。自分にも、自分にしかできない斬られ方、倒れ方があるはずだ、と気がついたんです」“斬られ役”一筋で生きてきた福本の評判は海外にも届き、2003年にハリウッド映画『ラストサムライ』にも出演。主役のトム・クルーズに武士の作法などを教える老侍という役どころだった。 大杉漣さんも過去の本誌のインタビューで役者という仕事についてこんなふうに語っていた。「ぼくの仕事は、選んでもらう仕事なんです。趣味のサッカーに例えると、ピッチに立つ11人のなかに入らなきゃいけない。選んでもらった仕事がそのときによって、ワンシーンツーシーンだけの役の時もあるのですが、それはそれでぼくのフィールドだと思ってるんです。“これしかやらない”じゃなくて、もし求められればどのポジションでもやらせていただきたいといつも考えています。 そうやって選ばれることを積み重ねて行った先で、体が動いて、精神が元気な限りは死ぬまで一生、一俳優として現場に立ちたいと思っているんです」※女性セブン2018年3月22日号
2018.03.13 16:00
女性セブン
遠藤憲一 俳優を辞めようと思ったことはない、理想形は遠い
遠藤憲一 俳優を辞めようと思ったことはない、理想形は遠い
 CMにドラマに引っ張りだこの俳優・遠藤憲一(56才)。11年前に事務所から独立、俳優としての転機となったという。 その際に、妻をマネージャーに抜擢した。そんな二人三脚で歩んできた妻との馴れ初めを尋ねてみると、意外なプロポーズ秘話が。「ある日、渋谷で『どついたるねん』っていうボクシングの映画を一緒に見たんです。そのあと食事をしている時に、ふと自分から“結婚しちゃう?”って。とくに映画から影響を受けたわけでもないし、突然、思いが降ってきたというか…自分でも理由はわからないんだけど。女房もビックリしてた(笑い)」 妻のことは「明るさと厳しさを両方持っている人」という一方、自分のことは「俳優には向いていない性格」だという。「基本、人前に立つのが苦手だし、台本を覚えるのも苦手。自分のダメなところと常に闘いながらだから、仕事は楽しいというより、キツイと思うほうが多い。でも、俳優を辞めようと思ったことはないし、理想形には、まだたどりつけていない。そういう意味で余裕がないから、趣味も、持てないのかな」 無趣味だという遠藤が、たまの休日に楽しむのは、立ち食いそばや牛丼。それらを“ソウルフード”といって食べに出かける。「お気に入りの立ち食いそば屋が3軒、牛丼屋が1軒、定食屋が2軒あって。朝起きて、どこに行こうかな…と考えるのが好きなんです」 人懐っこく笑って見せた。撮影/矢部志保※女性セブン2018年3月22日号
2018.03.13 07:00
女性セブン
大杉漣さんなど「脇役」の重要さとその歴史
大杉漣さんなど「脇役」の重要さとその歴史
「大杉漣さんの突然の訃報には本当に驚きました。なぜなら、娘が“脇役”人生を歩くきっかけを作ったのは大杉さんだったのだから…」 そう声をつまらせながら語るのは、2008年8月に亡くなった女優、深浦加奈子さん(享年48)の母・京子さん。深浦さんは『家なき子』(日本テレビ系)、『ナースのお仕事』(フジテレビ系)、『ショムニ』(同)など人気ドラマの名脇役として唯一無二の存在感を放っていたが、大腸がんを患い、5年間の闘病の末、この世を去った。そんな深浦さんは、もともと『第三エロチカ』というアングラ劇団の看板女優だった。「1989年に“もっと広い世界で演技をしたい”と『第三エロチカ』を退団した後、初めての仕事が大杉さんに誘われた舞台だったんです。その作品で、助演女優賞を受賞したことが、加奈子の脇役人生の第一歩でした」 2月21日、急性心不全で急逝した大杉さんと深浦さん。奇しくもふたりは、“死”によってその功績に大きな注目が集まることとなった。 生前は主役のスターたちを輝かせ、本人にスポットライトが当たるのは亡くなったとき。いわば“日陰の存在”でもある脇役の人生とは、いかなるものなのか──。◆キャメラなんて、大部屋に関係あるか! 大杉さんは名脇役として輝くと同時に、映画『蜜のあわれ』などで主演を務めたこともある。しかし、日本の映画界では長らく“脇役は一生脇役”が定石だった。60年以上、京都の東映撮影所で“斬られ役”と呼ばれる時代劇の脇役を演じてきた福本清三(75才)が言う。「親戚の米店を継ぐのがどうしても嫌で、映画なんか1本も見たことがないのに、15才のときに撮影所に入りました。当時、わしらは日雇い労働者みたいなもの。朝5時に集められてその日の役を割り振られました」 1960年代、日本映画は全盛期で、福本ら脇役は5~6本の掛け持ちが当たり前。撮影が終わるのは深夜だった。「撮影所の大きな部屋に敷いてある布団に雑魚寝して、また翌朝役が割り振られるという繰り返しでした」(福本) 中村錦之助、市川右太衛門、片岡千恵蔵ら名だたるスターたちに斬られ、殴られ、殺される日々。撮影所の大きな部屋で寝泊まりすることから、福本ら脇役は“大部屋俳優”と呼ばれた。「当然、台本なんてもらえない。そのうえ、『キャメラの位置はどこですか?』と助監督に聞くと『キャメラなんて、大部屋に関係あるか!』と怒鳴られる。物乞いから殿様までいろいろな役をやったけれど、どの映画に出ていたかなんて、全く覚えていません(苦笑)」(福本) 映画評論家で『映画のキャッチコピー学』の著書がある樋口尚文氏が解説する。「当時は主演を張るヒーローやヒロインから大部屋俳優まで撮影所が丸抱えし、同じような役回りを繰り返し演じさせるシステムでした。だから主役と脇役の棲み分けははっきりしていたし、作品が変わっても、脇役がヒーローになることは決してなかった」 脇役は主役の演技を盛り上げることに命を懸け、主役もそれを理解していたから、プライベートでも大部屋俳優を大事にした。「中村錦之助さんは、毎晩スタッフや脇役たちを自宅に呼んで、食事や酒をふるまい、翌朝、自宅から撮影所へ送り出していたという逸話が残っています」(樋口氏) だからこそ、脇役が主役よりも目立ってしまうことは御法度だった。福本が現場を振り返る。「忍者軍団の手下役で、山の上からキャメラに向かって一目散に走るシーンがあったんです。黒装束に身を包んで、ピョンピョン跳ねながら真っ先にキャメラの前にたどり着くと監督の怒鳴り声。『ドアホ! 手下のお前がいちばん最初に駆けてきてどないするんや! 主役が先に来ないと画にならんやろ』と…(苦笑)」◆脇役には自分を投影できる 一度脇役として役者デビューすれば、死ぬまでスポットライトはおろかカメラに写ったかどうかすらわからない脇役のまま。そんな彼らに光が当たり始めたきっかけは、皮肉にも映画業界の衰退だったと樋口氏が言う。「1970年代に入り、日本映画に陰りが出ると、これまでの絵に描いたようなヒーローじゃダメだ、もっと人間味があって観客が自分を投影できる存在でなければ、という風潮が生まれました」 そこで制作陣が目を向けたのが、癖のある脇役だった。「1つの成功例が1973年に公開された『仁義なき戦い』。それまで脇役専門だった金子信雄を筆頭に従来の脇役たちをメインキャストに置いたところ、リアルで人間臭い演技が大評判になりました」(樋口氏) 背景には、高度経済成長期の衰退がある。前途洋々で、未来に希望が持てた1960年代が終わり、1970年代に入ると経済が停滞し始める。公害や政治汚職の問題も次々に噴出した。「『健さん、悪い奴ぶった斬ってくれ』という単純な勧善懲悪から、バイタリティーをもって生き抜く悪い奴、癖のある奴に自分を重ねて笑うように、見る側の感性に変化が生じたのです」(樋口氏) 脇役専門で活動してきた役者たちに主役への扉が開かれるにつれ、脇役そのものにも次第にスポットライトが当たるようになる。 2000年代に入ると、脇役が脇役のまま、主役に躍り出る「スピンオフ作品」が数多く制作されるようになる。ドラマ評論家のペリー荻野氏が言う。「その代表例が、『警部補 矢部謙三』。阿部寛さん・仲間由紀恵さん主演の『トリック』(テレビ朝日系)で脇役の警察官として出演した生瀬勝久さんを主演に置いて人気を博したスピンオフ作品です。意地悪な警察官だと思っていた矢部に意外とかわいらしい部分があるなど、視聴者が脇役の持つ面白さや幅広さに気づいたのです」 この作品をきっかけとして、ドラマ『踊る大捜査線』(フジテレビ系)の『交渉人 真下正義』や『相棒』(テレビ朝日系)の『鑑識・米沢守の事件簿』など、スピンオフ作品が次々と生まれた。 同時に、ドラマの中でキラリと光った脇役たちが、やがて主役の切符を手にするケースも増えた。例えば、木村拓哉(45才)主演のドラマ『HERO』(フジテレビ系)に脇役として出演していた吉田羊は『メディカルチーム レディ・ダ・ヴィンチの診断』(フジテレビ系)で、松重豊(55才)は『孤独のグルメ』(テレビ東京)でそれぞれ主演の座をつかんでいる。その理由を、ドラマ評論家のペリー荻野氏はこう分析する。「ネットテレビや深夜枠など、ドラマの本数が増え視聴者も、下積みや豊かな人生経験に基づいた脇役の演技を求めるようになったのでしょう」 昔のように放映されるドラマの数が限られており、リアルタイムでしか見ることができなければ別だが、今は数多の作品があるうえ、録画して見ることもできる。「格好いい、かわいいだけの若手を主役に置いて“ありがたや”と言いながら撮影したドラマよりも芸達者な脇役たちが作り上げるドラマがこれまで以上に求められているのでしょう」(ペリー氏)“芸達者な脇役の演技を心ゆくまで堪能したい”そんな視聴者の気持ちに応えたドラマの“究極”が、大杉さんの遺作となった『バイプレイヤーズ』(テレビ東京)だった。 大杉さんを筆頭に、松重、遠藤憲一(56才)、田口トモロヲ(60才)、光石研(56才)ら名脇役たちが集まって共同生活を送る同番組は、続編まで作られるほどの人気を博した。視聴者の需要に加え、SNSの発達も脇役人気の一因だ。「昔はドラマに脇役がチラっと映っても、どこの誰か、他にはどんな作品に出ているのか、調べようがなかった。だけど今はネットですぐに検索できるうえ、お気に入りの脇役の魅力について拡散することも簡単です。そのため、脇役の人気にも火がつきやすく、認知されやすい時代になったのだと思います」(ペリー氏)※女性セブン2018年3月22日号
2018.03.08 07:00
女性セブン
大杉漣さん 俳優最後の日に密着、最後の笑顔とその様子
大杉漣さん 俳優最後の日に密着、最後の笑顔とその様子
 気心の知れた役者仲間たちと臨んだドラマ『バイプレイヤーズ ~もしも名脇役がテレ東朝ドラで無人島生活したら~』(テレビ東京系)の撮影では、心の底から湧き上がるような笑顔が何度となく見られていた。これが、大杉漣さん(享年66)の役者人生最後の日の撮影風景だ。本誌・女性セブンカメラマンが収めた偉大なバイプレイヤーの姿を、どうか目に焼きつけてほしい。 2月20日、ドラマ『バイプレイヤーズ』の撮影は、千葉県のとある町で行われていた。一日密着取材をしていたが、大杉さんに異変の予兆はなく順調に撮影は進んでいた。 奇跡的ともいえる人気キャストが再び集まって、ドラマの第2弾が実現した背景には、大杉さんの深い思いと尽力があったと遠藤憲一は言う。「前作の時に、またできたらいいね、という話は冗談っぽくしていたけど、本当にできるとはみんな思ってなかったんじゃないかな。でも、大杉さんだけは、やるって決めていたみたい。リーダーとなって、絶対にやるという思いで、制作スタッフと話を詰めてくださって実現したんです」 この日の撮影後、深夜に体調が急変。急性心不全という突然の最期を、『バイプレイヤーズ』の仲間たちが看取った。一時は放送の継続も危ぶまれたが、3月7日放送(21時54分)の最終話に向けて撮影は再開された。大杉さんの意志を継ぐ仲間たちが、最高のカーテンコールとともに葬り出そうとしている。撮影/矢部志保※女性セブン2018年3月15日号
2018.03.03 16:00
女性セブン
大杉漣さんの矜持 ピンク映画出演を低く見られるのを嫌った
大杉漣さんの矜持 ピンク映画出演を低く見られるのを嫌った
 仲間たちに囲まれた最期だった。2月21日、俳優の大杉漣が急性心不全で亡くなった(享年66)。大杉ら名脇役と言われる俳優5人が出演するドラマ『バイプレイヤーズ』(テレビ東京系)のロケ終了後、いつものようにホテルで出演者らと食事をし、自室に戻ったところで激しい腹痛を訴え、救急病院に搬送。共演者とスタッフ、家族に看取られるなか息を引き取ったという。 多くの関係者が追悼コメントを出した。互いに駆け出しの頃からの仲だという映画監督の滝田洋二郎氏は「40年前から、ともに無我夢中で突っ走って一緒に泣いて笑った同志」とNHKなどの取材に答えた。大杉と親交があった映画評論家の秋本鉄次氏はこう言う。「実は滝田監督と大杉さんはともにピンク映画出身で、その頃からの付き合いなんです。大杉さんは舞台俳優からピンク映画へと活躍の場を移し、10年ほどピンク映画に出演した後、オーディションで北野武監督に見初められて、北野作品の常連となり、世間にその名が広まったのです」 報道などでは舞台俳優から低迷期を経て北野映画出演により脚光を浴びたとされているが、実はその間、ピンク映画界では実力派俳優として知る人ぞ知る存在だった。 大杉は、これまで日本アカデミー賞をはじめ、数々の助演男優賞を総ナメにしてきた。その役者人生において唯一、「主演男優賞」を受賞したのが、1984年のピンクリボン賞である。日本の映画賞の一つブルーリボン賞に対抗して、ピンク映画を盛り上げる目的で作られたものだった。 受賞作は“同志”である滝田監督の『連続暴姦』(1983年公開)というエロティックサスペンス映画だ。 女子校生を強姦し絞殺した大杉演じる連続強姦殺人鬼の演技は圧巻。女性を殴りつけて押し倒し、無理矢理たくし上げたブラジャーの下から現われた乳首に激しく吸い付き、強姦する姿は鬼気迫るものがあり、現在の大杉とは別人のように見える。秋本氏が言う。「当時は監督も俳優もピンク映画で実力をつけ、世に羽ばたいていった時代です。この映画で主演男優賞を取った大杉さんは『すごく誇りに思う』と喜んでいました。大杉さんはピンク映画出演を“下積み”と言われることを嫌っていました。『下積みと言われると、あの頃が暗く辛い陽の目を見ない時代で、今が明るいと思われるけど、俺はそう思っていない。あの当時に育ててもらえたから今の自分がある。あの時代を低く見られるのが嫌なんです』そう私に話してくれました」 輝かしいすべての俳優歴に合掌。※週刊ポスト2018年3月9日号
2018.02.27 07:00
週刊ポスト
大杉漣さん ローカル局の現場でも慕われたその人柄
大杉漣さん ローカル局の現場でも慕われたその人柄
 放送作家でコラムニストの山田美保子氏が独自の視点で最新芸能ニュースを深掘りする連載「芸能耳年増」。今回は、ローカル局現場からの大杉漣さんの人柄を伝えるエピソードを公開。 * * * 大杉漣さんの訃報を知ったのは2月21日の20時過ぎ。名古屋に向かう東海道新幹線の車中で確認したネットニュースだった。 筆者が毎週木曜朝に出演している名古屋テレビ放送(以下、メ〜テレ)の『ドデスカ!』のディレクターと連絡を取り合ったのは名古屋駅に着いた21時過ぎ。予定していたエンタメ項目の差し替えや、同日夜にオンエアされるテレビ愛知(テレビ東京系)の『バイプレーヤーズ〜もしも名脇役がテレ東朝ドラで無人生活したら〜』を確認しておくことなど慌ただしく打ち合わせを重ねた。 そのとき担当ディレクターは「いまの時点では何とも言えないのですが、ドラマのプロデューサーにコメントを頼んでいるところです」とも言っていた。“ドラマ”とは、メ〜テレでオンエアされている『名古屋行き最終列車2018』のこと。 タイトルどおり、名古屋鉄道の地方駅から名古屋駅へ向かう最終列車を舞台にした作品のメインキャストとして大杉漣さんは出演されていたのである。 同作は、メ〜テレ開局50周年を記念して2012年、オムニバスドラマとして制作され、14年からは年に1回、4〜5夜連続のスペシャルドラマとしてオンエアされてきた。 第1弾は、『東京ドラマアワード2013』で「ローカルドラマ賞」を受賞。その後も第2弾が『平成26年度 日本民間放送連盟賞』「テレビドラマ番組優秀賞」を、第3弾も翌年度の同賞に輝くなど、ローカル局制作ドラマの“優等生”なのである。 地方局制作と言っても、在阪局制作のドラマは系列の在京局から全国へ大々的にネットされるし、かつてフジテレビ系で人気を博した『牡丹と薔薇』を始めとする昼ドラシリーズを制作していたのは系列の東海テレビだ。 が、『名古屋行き最終列車』は、愛知・三重・岐阜の「東海3県」のみのオンエア。正真正銘の「ローカルドラマ」なのである。 同シリーズの第3弾から出演されていた大杉漣さんは、今年1月15日から、初めて連続ドラマスタイルをとった第6弾のポスターに主演の松井玲奈や六角精児と共に映っておられる。 松井と六角と言えば、芸能界屈指の“鉄道オタク”。まだSKE48のメンバーだった地元アイドルの松井をメインにしたのも、ローカルドラマならではのことだったと言えよう。 果たして、22日朝の『ドデスカ!』は、6時台、7時台に3チャンスある芸能枠全てで大杉漣さんの訃報に触れ、「このドラマに出演するキャストやスタッフとまた会いたいなといつも思っていました。毎年このドラマに参加できること、作っていただけること、みんなと再会できたことを本当に嬉しく思っています」という『名古屋行き最終列車』HPに寄せた大杉漣さんのコメントを紹介。 続いて、「スタッフだけではなく、エキストラの方やロケ地の関係者にも分け隔てなく、いつもニコニコおしゃべりする方でした。相談をすれば常に親身になって一緒に考えてくださいました」というプロデューサーのコメントもモニターに出させてもらった。 すると『ドデスカ!』のアナウンサー陣から次々、大杉漣さんとの秘話が明かされるではないか。東京や大阪のテレビ局とは異なり、仕事で来社する芸能人の数が圧倒的に少ないなか、メ〜テレアナウンサーたちは大杉さんとのオンリーワンのエピソードをそれぞれ持っていたのである。 いくつか紹介させていただこう。「廊下でお会いすると、いつも笑顔で挨拶をしてくださいました」「我々のことなんか御存知であるハズもないのに、こちらが恐縮してしまうほど腰の低い方でした」 もっとも驚いたのは「(大杉さんが出演している)『相棒』や『緊急取調室』の取材でテレビ朝日に行くと、大杉さんに出ていただくお約束はとれていないにも関わらず、『僕はメ〜テレ・ファミリーだから』とインタビューに加わってくださいました」という、もっとも若手の上坂嵩アナによるエピソードだった。 訃報を受けてから、多くの作品の共演者から追悼コメントが尽きないが、どれを見ても、決して偉ぶらず、後輩であっても、演技経験が少ない俳優であっても細やかな気遣いをし、優しく接する大杉漣さんのお人柄がわかるものばかりだ。そして、それは名古屋のローカル局でも全く変わらなかったのである。『名古屋行き最終列車2018』の番組HPのトップには、監督でありプロデューサーでもある神道俊浩氏からの追悼文がアップされている。 そこには、移動中や待ち時間でも寝ることなくスタッフや見学者、ロケ先の方とおしゃべりしたり、散歩先で見つけてきたお土産をエキストラや近所の方に振る舞うなど、人を喜ばすのが大好きだった大杉漣さんの素顔がまず綴られている。 同作は『名古屋鉄道』の全面協力を得てはいるものの、各駅周辺にお住いの方や関係者の皆さんにも細やかなバックアップをいただいていると聞く。大杉漣さんは、そうした皆さんへの気遣いも完璧だったというわけだ。 もっとも驚いたのは、「『名古屋行き最終列車』はいい。タイミングが合ったらぜひ出演してみたら」と東京の役者さんの事務所にオススメしてくれていた…というものだ。だからなのか、6弾となる今作から初出演しているのは、渡辺いっけい、佐戸井けん太、堀内敬子、矢本悠馬ら、在京局制作のドラマからも引っ張りだこな実力派俳優ばかりである。 ちなみに、大杉漣さんが演じていたのは「今村武雄」なるラーメン店店主。神道プロデューサーが「今村」の過去の衣装を確認するためスタッフに連絡したところ、多くのスタッフから大杉さんとのツーショット写真が送られてきたとか。神道プロデューサー曰く「資料写真では見たことのない仲良し写真の数々…」とのことだった。 思えば、多くの共演者が、過去、SNSにアップした大杉漣さんとの笑顔のツーショット写真を再びアップしている。それらを「アルバム」として集めることはできないものだろうか。そこには、役柄以外の大杉漣さんのお人柄がギッシリ詰まっているので…。 大杉漣さんの御冥福をお祈り申し上げます。合掌
2018.02.25 07:00
NEWSポストセブン
大杉漣と北野武、その幸せな「2、3秒」の出会いについて
大杉漣と北野武、その幸せな「2、3秒」の出会いについて
 人生の「転機」は突然訪れる。舞台出身の俳優・大杉漣さんにとってそれはほんの僅かな時間だったが、振り返ってみれば、そうなることはあらかじめ定められていたかのようにも思える。作家で五感生活研究所代表の山下柚実氏が述懐する。 * * * 大杉漣さんが66歳という若さで急逝し、メディアはこのニュースで一色となりました。中でも、繰り返し語られたのが大杉さんの「転機」について。大学を中退し、アングラ劇団・転形劇場の役者として奮闘していた若き日の大杉さん。その劇団も解散してしまい、初めて映画のオーディションを受け、運命が大転換したという伝説のエピソードです。 その映画は北野武監督の『ソナチネ』(1993年公開)。やくざ役のオーディションに初参加した大杉さん。「約1時間遅刻し、既に片付けが始まっていた会場で、スタッフと雑談する北野監督の元に歩み寄ったが、北野監督は2、3秒見ただけで「もう帰っていいですよ」との対応」(「スポニチアネックス」2018年2月22日)をしたそうです。 大杉さんはあまりの時間の短さに、「受かるわけない」と思っていたとか。しかし数日後、「大杉さんでいきますから」と言われびっくりした、とインタビューで繰り返し語っていました。ご本人も驚いた、選ばれ方。その後みんなが知る大人気俳優となったのですから、たしかに「大転機」と言っていいのでしょう。 でもなぜ、たった一瞬で北野監督は大杉さんを選んだのか? 言葉によるやりとりも、挨拶さえも交わしていなかったと大杉さんは振り返っていましたが、ではいったい何が、「判断材料」となったのでしょうか?「2、3秒」という点に、深い意味があると私は思います。たった2、3秒、見ただけで判断できるものとは? それは、人のたたずまい。大杉さんのたたずまいは、凜としてムダなものが削がれ、まるでギリシャ彫刻のよう。みだりに感情を出さず安易に体も動かさない。横顔には緊張感が漂っている。 自慢ではありませんが、30年ほど前、私は直接、そんな大杉さんをこの目で確かめました。「舞台上で晒した身体のすごさ」を、生で目撃する幸運に恵まれたのです。転形劇場の公演に繰り返し足を運んでいた私は、他の役者よりもひときわ大柄で鋭い眼光、腕や脇腹にくっきりと筋肉の筋が刻まれた役者・大杉漣に引き寄せられました。 舞台という生の空間でしか伝えることができない、鋭い刃を上から振り下ろすような迫力を大杉さんの身体は確かに持っていた。客席の観客はその力を直に感じ取って震えました。私もその一人でした。 転形劇場は独創的でした。というのもセリフを一切使わなかったからです。しかも、ただの「無言劇」「沈黙劇」ではありません。2時間を超えようかという公演で、役者の一つ一つの動作がすべてスローモーションなのです。 例えば、手のひらを少し上げるのに数10秒、振り向くのに数10秒。ゆっくり座り、じわっと足を一歩前に出す。1メートル前へ進むのに1分、3分かける。映像ならスローモーションはスイッチひとつでできるけれど、生身の役者が演じる舞台においては、そうはいかない。中腰状態のままで姿勢を維持しつつ、少しずつ少しずつ手を動かしたり首を傾ける。 その舞台で必要となるのは、鋼のように鍛え上げられた「筋肉」です。練り上げられた「身体」です。大杉さんら役者たちは厳しい鍛錬と稽古を繰り返した末に、独特のスローな世界を築き上げました。そして、言葉を使わず相手役や観客と深いやりとりをしてみせました。 スピードと効率を追求し、饒舌になる一方の社会に対して、あえてブレーキを踏むという批評性も演出の意図にはあったのかもしれません。転形劇場の独特なメソッドについて、大杉さんは語っています。「3カ月くらい稽古をするのですが、初めはセリフがあり、だんだん言葉を削いでいって、2カ月目では自分が話したい言葉だけを残し、最後はセリフをすべてなくすという、3段階の練習をしました」(「zakzak」2014.1.24) 超スローで無言なのに深い意味が伝わってくる不思議で豊かな世界。大杉漣という人の中に、しっかりとその希有な舞台経験が結晶していったのでしょう。 こうして練り上げられた、静謐なたたずまい。彫刻的な美しさ、研ぎ澄まされた身体の深い美を、北野監督は「2、3秒」で見抜いたのです。大杉さんも凄いけれど、隠された深い美を一瞬にして見てとった北野監督の感知力もまた凄い。 浅草芸人として地を這いながら磨き上げてきた野性的な勘が、大杉さんの持つ美を一瞬にして察知した、幸せな出会い。それが、「2、3秒」に起こったことの意味でしょう。 転形劇場で直に大杉さんを見ていた観客なら、きっと数秒間の出来事の意味をリアルに想像できるはずです。北野映画の常連となってからの大杉さんは見てのとおり。あらゆる枠組みから自由になり、ヤクザからサラリーマン、エロ親父からおどおどした好人物、サッカー解説からバラエティまで「300の顔を持つ男」として鮮やかに人生を駆け抜けていったのでした。
2018.02.24 16:00
NEWSポストセブン

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