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大杉漣さんなど「脇役」の重要さとその歴史

2018.03.08 07:00

「大杉漣さんの突然の訃報には本当に驚きました。なぜなら、娘が“脇役”人生を歩くきっかけを作ったのは大

「大杉漣さんの突然の訃報には本当に驚きました。なぜなら、娘が“脇役”人生を歩くきっかけを作ったのは大杉さんだったのだから…」

 そう声をつまらせながら語るのは、2008年8月に亡くなった女優、深浦加奈子さん(享年48)の母・京子さん。深浦さんは『家なき子』(日本テレビ系)、『ナースのお仕事』(フジテレビ系)、『ショムニ』(同)など人気ドラマの名脇役として唯一無二の存在感を放っていたが、大腸がんを患い、5年間の闘病の末、この世を去った。そんな深浦さんは、もともと『第三エロチカ』というアングラ劇団の看板女優だった。

「1989年に“もっと広い世界で演技をしたい”と『第三エロチカ』を退団した後、初めての仕事が大杉さんに誘われた舞台だったんです。その作品で、助演女優賞を受賞したことが、加奈子の脇役人生の第一歩でした」

 2月21日、急性心不全で急逝した大杉さんと深浦さん。奇しくもふたりは、“死”によってその功績に大きな注目が集まることとなった。

 生前は主役のスターたちを輝かせ、本人にスポットライトが当たるのは亡くなったとき。いわば“日陰の存在”でもある脇役の人生とは、いかなるものなのか──。

◆キャメラなんて、大部屋に関係あるか!

 大杉さんは名脇役として輝くと同時に、映画『蜜のあわれ』などで主演を務めたこともある。しかし、日本の映画界では長らく“脇役は一生脇役”が定石だった。60年以上、京都の東映撮影所で“斬られ役”と呼ばれる時代劇の脇役を演じてきた福本清三(75才)が言う。

「親戚の米店を継ぐのがどうしても嫌で、映画なんか1本も見たことがないのに、15才のときに撮影所に入りました。当時、わしらは日雇い労働者みたいなもの。朝5時に集められてその日の役を割り振られました」

 1960年代、日本映画は全盛期で、福本ら脇役は5~6本の掛け持ちが当たり前。撮影が終わるのは深夜だった。

「撮影所の大きな部屋に敷いてある布団に雑魚寝して、また翌朝役が割り振られるという繰り返しでした」(福本)

 中村錦之助、市川右太衛門、片岡千恵蔵ら名だたるスターたちに斬られ、殴られ、殺される日々。撮影所の大きな部屋で寝泊まりすることから、福本ら脇役は“大部屋俳優”と呼ばれた。

「当然、台本なんてもらえない。そのうえ、『キャメラの位置はどこですか?』と助監督に聞くと『キャメラなんて、大部屋に関係あるか!』と怒鳴られる。物乞いから殿様までいろいろな役をやったけれど、どの映画に出ていたかなんて、全く覚えていません(苦笑)」(福本)

 映画評論家で『映画のキャッチコピー学』の著書がある樋口尚文氏が解説する。

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