南田洋子一覧

【南田洋子】に関するニュースを集めたページです。

渡辺謙は会見で自らを「スキだらけ」とかたった(時事通信フォト)
渡辺謙、川崎麻世、矢口真里… 芸能界不倫騒動15を振り返り
 東出昌大の不倫騒動が波紋を広げているが、芸能人の不倫は長年にわたって週刊誌やワイドショーを賑わせ続けてきた。ここでは、そんな不倫騒動の数々を、振り返ってみる。(順不同)◆妻が離婚の意思を女性誌で決意の告白!(1998年):松方弘樹×仁科亜季子 それぞれ会見を開き、松方は「亜季子が最高の伴侶」と語るも、その後離婚。不倫相手だった元女優は離婚後も松方を支え、最期を看取った。◆鬼嫁が見つめる異例の「妻同伴」会見(1993年):川崎麻世×カイヤ×斉藤由貴 斉藤由貴との不倫報道を釈明する川崎と、鬼の形相で見つめるカイヤ。それぞれ恐妻家、鬼嫁というイメージがついた。2018年から離婚をめぐる裁判が続いている。◆「いまでも愛してる」会見で復縁も再離婚(1985年):山城新伍×花園ひろみ 1985年にOLとの愛人関係が報じられ、別居後離婚したが、山城が会見で「いまでも愛している」と復縁を迫り、1991年に再婚。1999年に再離婚した。◆魔性の女が言い放った「奧さんがいたらだめですか」(1995年):真田広之×手塚理美×葉月里緒奈 不倫報道後、葉月が雑誌で「奧さんがいたら、いけないんですか?」と発言して報道が過熱。真田との関係を解消した1998年に葉月はヘアヌードに。1997年に離婚。◆“鬼嫁に頭が上がらない”キャラの元祖(1982年):峰竜太×海老名美どり 浮気相手のロマンポルノ女優・朝比奈順子との三者会談を済ませた後に夫婦で会見を開き、「もう二度と浮気はしません」と平謝りした。婚姻継続中。◆最期まで揺るがなかったキンキン愛(2007年):愛川欽也×うつみ宮土理 2007年に44歳年下女優との不倫が報じられた。度重なる愛川の女性問題にもうつみは寛容で、「キンキンかっこいい!」と常におしどり夫婦ぶりをアピールした。2015年に死別。◆「不倫は文化」発言で離婚後、恋人とも破局(1996年):石田純一×松原千明 モデル・長谷川理恵との関係が報じられ、「不倫は文化」発言が主婦層を中心に反感を買って石田の仕事が激減。長谷川とは9年の交際を経て破局した。1999年に離婚。◆自著で“暴露”もおしどり夫婦を貫いた(1985年):長門裕之×南田洋子 1985年の自著『洋子へ』で女性遍歴が実名で暴露され、会見で「出版社が捏造した。買わないで」と訴えた。認知症になった南田の介護はその罪滅ぼしだったか。◆妻の闘病中に不倫で娘と絶縁!?(2017年):渡辺謙×南果歩 東出の義父にあたる渡辺は妻のがん闘病中に21歳下のジュエリーデザイナーと不倫し、会見で自身を「スキだらけ」と反省。娘の杏から絶縁されたとも報じられた。2018年に離婚。◆浮気夫の懸命な涙も妻には届かなかった(2004年):大鶴義丹×マルシア 2003年に妻の留守中に女性を自宅に招き入れ、帰宅したマルシアと鉢合わせ。大鶴は「マーちゃんごめんね!」と会見で涙ながらに謝罪するも、離婚(2004年)を回避できなかった。◆“クローゼット不倫”後も愛を貫いた(2013年):中村昌也×矢口真里 自宅で浮気相手との逢瀬の最中に夫が帰宅して不倫騒動となり、矢口は全てのレギュラー番組を降板。同年に離婚し、その後2018年に浮気相手だった男性と再婚した。◆神対応で妻を守った「路線バスの男」(2017年):太川陽介×藤吉久美子 藤吉の不倫報道で太川が会見し、「かみさんだもん、僕は信じる」と神対応。数時間後に藤吉も会見し「彼に守ってもらわないと生きていけない」と号泣した。婚姻継続中。◆人間国宝の妻は“下半身スクープ”にも動じなかった(2002年):中村鴈治郎(現・坂田藤十郎)×扇千景 ホテルで舞妓に下半身を露出する写真を写真週刊誌に撮られたが、坂田は「私が元気だってことを証明してくださって」と余裕。扇も「まったく問題じゃない」と平然としていた。婚姻継続中。◆夫の不徳を許して示した“梨園妻”の覚悟(2016年):中村橋之助(現・芝翫)×三田寛子 芝翫襲名を目前に京都の芸妓との密会が報じられ、橋之助は「私の不徳」と頭を下げた。三田も「家族5人で頑張ります」と答えて乗り切った。婚姻継続中。◆飲酒運転で浮上した不倫疑惑でも平謝り(2006年):中村獅童×竹内結子 酒気帯び運転と信号無視で検挙された際に女優の同乗が発覚。会見では「友人の女性」と説明したが、2年後に竹内と離婚。中村は2015年、竹内は2019年に再婚した。※週刊ポスト2020年2月14日号
2020.02.06 07:00
週刊ポスト
松方弘樹 ヤクザから小指送られ裏山に捨てた伝説
松方弘樹 ヤクザから小指送られ裏山に捨てた伝説
 社会ルールにとらわれず、その身を滅ぼしながらも芸に生きた破滅型スターたちが、かつての芸能界には存在した。女絡みの“問題行動”では、松方弘樹(享年74)の右に出る者はいないだろう。「800人斬り、1000人斬りなどといわれますが、晩年に本人は『一生で1000人ではなく、1年に1000人』だと言っていた。新幹線のトイレでファンの女性と行為に及んでしまったことも告白しています。女遊びがすぎて、奥さんだった仁科亜希子さんにパイプカットを命じられたのは有名な話です」(芸能関係者) 遊び方も豪快そのもの。映画のギャラが入ると、出演者やスタッフ、ついてきたファンの飲み代まで全部面倒をみた。プロインタビュアーの吉田豪氏が語る。「裏表なくあけすけに話す人でした。『ヤクザから小指が送られてきて、始末に困って裏の山に捨てた』とかね(笑い)。原稿に載せられないような話もたくさんしてくれました」 マグロ釣りなど趣味にも惜しみなく金を使い、2017年に他界した時には、資産はほぼゼロ。亡くなる前には、「俺は何も遺さないけど、記憶に残る役者になりたかった。それが勲章だ」と話していたという。 吉田氏がもう一人名前を挙げたのは長門裕之(享年77・2011年没)だ。「1985年に出した暴露本『洋子へ』は、僕にとってタレント本の生涯ベスト1です。おしどり夫婦と呼ばれていた長門さんが、愛妻の南田洋子さんに何を伝えるのかと思ったら、夥しい女遊び遍歴と芸能人へのタブーなしの直言だらけ。本人に取材したら、『酒を飲みながら話したことが原稿チェックなしで本になった』って。懲りずに『吉田さん、もういっぺん暴露本みたいなの出そうよ!』と楽しげに話していました」(吉田氏)※週刊ポスト2019年4月19日号
2019.04.12 16:00
週刊ポスト
南田洋子さんの“姪”、ケンカの日々から腕相撲王者になるまで
南田洋子さんの“姪”、ケンカの日々から腕相撲王者になるまで
「レディー・ゴー!」の掛け声がかかるやいなや、相手の腕を一気にねじり倒す。一瞬で勝利をものにした女性に、大歓声がわき起こる。「本当は子供たちを連れてきたかったけど、いると気になって試合に集中できないから、泣く泣く留守番させてます」 そう言って笑顔を見せたのは、山田よう子さん(42才)。華奢な外見からは想像もつかないが、女子アームレスリング全日本大会13連覇の記録を持つ剛腕だ。プライベートでは4児の母。5才、3才、1才の双子たちの世話に追われながらリングに立つ日々を送る。 しかし、ここまでの道のりは険しいものだった。山田さんの生まれは東京・中央区の下町。小学校ではリーダー的存在だったが、中学校に進むと一転する。いじめられていた子をかばったことにより、陰湿ないじめのターゲットとなったのだ。思い詰めて中学1年生で自殺未遂を起こし、不登校になった。 見かねた親族は山田さんを更生施設へと入所させるが、そこにもなじめずに脱走を繰り返した。将来への不安と居場所のない寂しさに押しつぶされそうになったとき、思い出したのが“洋子おばちゃん”こと、女優の南田洋子さん(享年76)のことだ。山田さんは南田さんの従兄弟の娘であり、“叔母と姪”のように親密な関係。南田さんを「おばちゃん」と慕い、女優として活躍する姿をずっと近くで見てきた。「『おばちゃんの血をひいているし、女優だったら挑戦できるかも』と、芸能コースのある堀越高校(東京・中野区)に進学したんです」(山田さん、以下「」同) ドラマ『砂の城』(1997年、フジテレビ系)に出演するなど芸能活動を始めるも、プレッシャーのあまり、大きな舞台をすっぽかしてしまう。 それからはタガが外れたように、学校をサボっては街へ出て、けんかにあけくれる日々。その腕っぷしから繁華街の不良たちからも一目置かれる存在になっていたが、心は満たされない。そんなときに出会ったのが、アームレスリングだ。「たまたま居酒屋で隣になった男性がチャンピオンだった。『女性部門もある』と聞いて、挑戦してみようと思った」 けんかで鍛えた腕と負けん気でめきめきと頭角を現し、始めて2年足らずで日本のトップ選手にまで成長。「お芝居では褒めてくれたことのなかった洋子おばちゃんが、アームの全国大会で入賞したとき、はじめて『頑張ったね』と言ってくれて、この道しかない、と腹をくくりました」 挫折の末に見つけた居場所。今もそこで戦い続ける理由は、最愛の子供たちだ。「子供たちにとって、強くてかっこいいママでいたい。あとは、世の中のお母さんに『こんなママもいるんだから、大丈夫だよ』と伝えたい。虐待のニュースはつらいけれど、一方で毎日大変で追い詰められて、子供につらく当たってしまう気持ちもわかる。だけど子供と向き合いながらも、お母さんだって自分の夢を持てるし、挑戦できる。それを証明するためにも、私は勝たなきゃいけないんです」 今年11月、彼女は再び日本チャンピオンのベルトに挑む。※女性セブン2018年9月27日号
2018.09.13 07:00
女性セブン
西郷どん 序盤のカギ握るのは「女」、特に注目は小柳ルミ子
西郷どん 序盤のカギ握るのは「女」、特に注目は小柳ルミ子
 平均視聴率15.4%(関東地区、ビデオリサーチ調べ)と初回は苦戦したNHK大河ドラマ『西郷どん』。しかし、物語はまだ始まったばかり。序盤のカギは「女」の描き方にあると時代劇研究家でコラムニストのペリー荻野さんは指摘する。ペリーさんが解説する。 * * * そんなわけで、戌年らしくワンコを連れて元気よく走って登場した鈴木亮平西郷どん。第一話からマントを翻す、馬で疾走する、何をやってもカッコよかった島津斉彬(渡辺謙)をはじめ、歴史を動かす人物が次々出てくるドラマだけに、とても男っぽいドラマかと思うが、私は「女」の描き方もカギになると思う。 なにしろ、「日本一のモテ男」というイメージで描かれる今回の西郷。「男が惚れる」のはもちろん、三番目の妻・糸(黒木華)をはじめ、島の妻・愛加那(二階堂ふみ)、於一(篤姫・北川景子)ら女性キャラクターも興味深い。そんな中、この物語の序盤で注目したい「女」といえば、西郷の敵ともいえるお由羅(小柳ルミ子)の存在だ。 薩摩藩主・島津斉興(鹿賀丈史)には、嫡男・斉彬がいるが、江戸育ちの側室お由羅は自分が生んだ久光(青木崇高)を藩主にしたくてたまらない。第一話でも、上半身はシャツとチョッキ、下半身は袴という和洋折衷サムライファッションを難なく着こなし、オーラを放つ斉彬を嫌な目で見ていたお由羅。 カッコいい異母兄、斉彬に憧れちゃってる久光と二人きりになった途端、彼女は目をつり上げて「負けてはなりません!」と藩主になれと厳命。「じゃっどん母上…」ともじもじする久光に「薩摩言葉も直しなさい!!」と息子のほっぺをペタペタ。猛烈ママぶりを発揮している。 小柳ルミ子の強烈演技といえば、ドラマ『家なき子』で子役時代の安達祐実をいじめ倒していた姿を思い出すが、今回のお由羅は、薄い眉毛に真っ赤な口紅でどこか妖気を感じさせる迫力。キラキラのかんざしの後ろから触覚でも生えてきそうである。 実はお由羅は、これまでの時代劇では「呪いの女」の如く描かれてきたのだ。彼女が蹴落としたい斉彬の子供たちが次々と亡くなり、ついには斉彬までもが病に苦しむことに。それってお由羅の呪詛のせいでは!? ウワサがたつのも仕方ない。 ちなみに「直木賞」で知られる作家・直木三十五がこの「お由羅騒動」を小説にした『南国太平記』を原作に今から40年ほど前、NHKで放送されたドラマ『風の隼人』では、お由羅(演じていたのは名女優・南田洋子)の呪詛の証拠となる泥人形発見!!というシーンが出てくる。その泥人形を探し当てたスパイのような若侍を演じていたのが、『西郷どん』のナレーションを担当している西田敏行だった。  近年の小柳ルミ子は熱烈サッカーファンにして、特にメッシへの熱い思いが大爆発。底知れぬパワーを感じさせる。『西郷どん』の予告でお由羅は「私を憎むがいい」と言い放っていたが、その気迫には鈴木亮平も蹴り飛ばされそうである。実際、お由羅騒動では対立した藩士たちの多くが厳罰を受けた。西郷どんの幼なじみの大久保正助(後の利通・瑛太)の運命も大きく変わってしまう。 この作品の原作者(林真理子)も脚本(中園ミホ)も女性の心理描写がうまいことでは定評がある。Eテレの名番組『ねほりんぱほりん』ならぬ『まりどんみほどん』が、どんなお由羅を見せてくれるか。序盤の見どころである。
2018.01.10 16:00
NEWSポストセブン
南田洋子、倍賞千恵子…他 「昭和の名女優の水着姿」まとめ
南田洋子、倍賞千恵子…他 「昭和の名女優の水着姿」まとめ
 名女優の美貌は、時を経ても色褪せることはない。昭和の女優、6名の秘蔵水着姿をプロフィールと共にまとめて紹介する。(2017年11月11日更新)︎月丘夢路 月丘夢路は大正11年広島県生まれ。宝塚歌劇団在団中に『瞼の戦場』(昭和15年)で映画デビュー。退団後も100本以上の映画に出演、平成26年「宝塚歌劇の殿堂 100人」に選ばれた。 ︎北原三枝写真:Yuji Hayata/JDC  北原三枝は昭和8年東京都生まれ。『カルメン純情す』(昭和27年)でデビュー。大ヒットした『狂った果実』(昭和31年)で共演した石原裕次郎と結婚した昭和35年に芸能界を引退。現在は石原プロ会長を務める。 ︎南田洋子 南田洋子は昭和8年東京都生まれ。昭和26年大映ニューフェースとして入社、『美女と盗賊』(昭和27年)で映画デビュー。若尾文子と共演した『十代の性典』(昭和28年)が大ヒット。日活移籍後、主演した『太陽の季節』(昭和31年)もヒットし、看板女優として活躍した。 ︎倍賞千恵子 倍賞千恵子は昭和16年東京都生まれ。松竹音楽舞踊学校を首席で卒業。『男はつらいよ』シリーズで演じたさくら役をはじめ、山田洋次監督映画に数多く出演。庶民派スターとして幅広いファン層に愛される。 ︎芳村真理 芳村は昭和10年東京都生まれ。百貨店勤務を経てモデルとして活躍し、昭和35年に大島渚監督の誘いにより『霧ある情事』で女優に転身。その後、テレビ司会者としても活躍した。 ︎岡田茉莉子 岡田は昭和8年東京都生まれ。父は戦前の二枚目俳優・岡田時彦。父娘とも、芸名の名付け親は作家・谷崎潤一郎。成瀬巳喜男監督に抜擢され『舞姫』(昭和26年)で女優デビュー。写真は高倉健との珍しいツーショットだ。
2017.11.11 16:00
NEWSポストセブン
写真:Yuji Hayata/JDC
【昭和の女優 水着の煌めき】南田洋子とビーチボール
 ここで昭和の女優の秘蔵カットを紹介したい。 南田洋子は昭和8年東京都生まれ。26年大映ニューフェースとして入社、『美女と盗賊』(27年)で映画デビュー。若尾文子と共演した『十代の性典』(28年)が大ヒット。日活移籍後、主演した『太陽の季節』(31年)もヒットし、看板女優として活躍した。●写真:Yuji Hayata/JDC※週刊ポスト2017年10月13・20日号
2017.10.09 07:00
週刊ポスト
若年性アルツハイマー 妻を介護し続けた夫の心の内と愛
若年性アルツハイマー 妻を介護し続けた夫の心の内と愛
 夫婦の純愛と家族の愛情を描いた映画『八重子のハミング』が公開され話題になっている。原作は、5度のがん手術から生還した陽(みなみ)信孝さん(77才)が、若年性アルツハイマーの妻・八重子さん(享年65)を介護する日々を短歌とともに綴った同名手記(2014年、小学館刊)。14年もの月日を経て、多くの人の胸を揺さぶっている──。 2025年には4人に1人が75才以上になるという超高齢化社会の中で、日本国内の認知症患者は全国に500万人と推定され、その数は増加の一途を辿っている。それゆえ親、夫、あるいは妻の介護を、どこでどのようにしていくかは、誰にとっても他人事ではない。 国は総力を挙げて、この未曾有の介護問題に取り組んでいることを喧伝するものの、同時に新たな問題が噴出しているのが現状だ。テレビや新聞、雑誌で、繰り返し特集が組まれるが、どこにも正解はなく、だからこそ私たちはいつも悩み、苦しんでいる。 今のように情報もなければ、サービスも選択肢もなかった時代に、どのように在宅介護をし、どのように最期を看取ったか? 陽さんが八重子さんと過ごした日々は、私たちの胸に多くのことを訴えかける。◆同じこと 繰り返し問ふ 妻の日ひ々び 繰り返し答ふ 陽さんは、山口県萩市生まれ。県内で30年以上教職に携わり、小・中学校の校長を歴任。音楽と家庭科の教師だった八重子さんとは、県内の中学校で知り合い、1963年に結婚、3人の娘がいる。 1989年、初孫の孝一朗さん(27才)が誕生したのを機に八重子さんは退職。孫の面倒を見ながら、のんびり旅行をするなど夫婦の時間を持っていこうと思っていた矢先の1991年、陽さんを突然の病魔が襲う。胃がんと宣告され、手術で胃の4分の3を摘出した。 夫の病気によるショックからか、八重子さんにも異変が起こる。53才でアルツハイマーを発病したのだ。陽さんは高齢の母親(2004年、93才で他界)や、娘夫婦の協力を得ながら、病身を押して妻の介護を始めた。「当時は若年性アルツハイマーって何? という時代やったから、施設に預けられなかったという事情もあった。若年性アルツハイマーは、瞬間的なショックで脳細胞が縮み続けて、赤ちゃんの脳になって亡くなるんです」(陽さん)◆幼子(おさなご)に帰りし妻の 手をとりて 今も変わらじ 若き日のぬくもり 日々刻々進行していく八重子さんの病気。会話が成り立たなくなり、字が書けなくなり、衣服の着脱も食事も介助なしでは難しくなっていったが、陽さんは「八重子さんをどこにも預けないで家で看る」と決めた。 そんなある雪の夜、陽さんが帰宅すると、自宅近くの橋の上にぼーっと白い影が浮かんでいた。急いで駆け寄ると、降りしきる雪の中、八重子さんが雪だるまのようになって泣きじゃくっていた。彼女は、そこで、ずっと夫の帰りを待っていたのだ。「抱きかかえるようにして家へ連れて帰り、妻を寝かしつけると、涙があとからあとからこみ上げてきて…」 陽さんはこの出来事をきっかけに、任期半ばで教育長の職を辞し、妻の介護に専念する。1998年のことだった。「いずれ短い命なら、一緒にいてやりたくてね。飲み会にも連れて行って左に座らせて食べさせる。2次会のカラオケも一緒でした。介護を始めてからは、全国の介護施設とかで講演を頼まれることも多いんですけどね、そういう場所にも全部連れて行った」 在りし日に思いを馳せ目を細める陽さんは、穏やかな表情だったが、日々の生活は修羅場だった。「女房を連れて歩くことに、娘は泣きながら反対していました…。近所の人も、おそらく、100人が100人、“ボケた奧さんを連れて歩かんでも、施設に入れてあげたらいいのに”って思っていたんじゃないかな。実際直接、わしに言ってきた人もおったし、つらかったですよ」(陽さん) 想像してほしい。それは今から20年以上前のこと。認知症という言葉はまだなく、まして若年性アルツハイマーに対する知識も理解もなかった時代だ。今でさえ、老いた親が認知症であることを公表することは抵抗がある。 2009年、長門裕之さん(享年77)が、認知症になった妻・南田洋子さん(享年76)を老老介護する日々を明かした時、勇気ある行動だと賞讃される一方で「あんなにきれいだった女優の壊れた姿をテレビの前に連れ出すなんてひどすぎる」「妻をさらし者にしているだけだ」などと批判され、実際長門さんは、南田さんの親戚からも非難された。 2013年には寿美花代(84才)が、テレビ番組で夫・高島忠夫(86才)を老老介護している日々を公開したが、これにも波紋が広がった。「だけどわしは、どこに行くにも一緒にいてやりたいし、もう隠して生きていく時代じゃないと思っとった。それで家族には悲しい思いをさせたけど、わしが決断しなければ家族が迷う。そして家族が迷うってことは、女房がいちばんかわいそうな思いをするってことやと思った」(陽さん)◆小尿を 流しし床を 拭く われの後ろで歌う 妻に涙す 陽さんは24時間、八重子さんにつきっきりで介護した。しかし何をやるにも妻は抵抗し、夫の頭を叩き、つかみかかる。おもらしをして家中が水浸しになることも珍しくなかった。だが、陽さんは妻に小言ひとつ言わなかった。「そりゃあ、私だって腹が立って叩いてやりたいと思うこともありました。でもこの病気は、こちらが怒ったりすると、感情を逆なでして余計に病状を悪化させてしまう。だからなんでも受け入れてやらねばならないんです。それにね、いくら叩かれても痛くないんですよ。やはり女房は、無意識のうちに力を抜いているんです。だから私は女房の愛情表現だと思っていました」(陽さん) こうした細やかな介護のおかげか、八重子さんは発症から10年経っても自力で歩き、「お父さん」「痛い」「ばか」などの言葉を発した。陽さんとのドライブが好きで、そんな時はカーステレオから流れる童謡や歌謡曲に合わせて、うれしげにハミング。歌詞はまったく出てこないが、音程は正確だったという。「みんな“介護って大変ですね”っておっしゃるけれど、家族の中に、本当に頭がおかしくなった…孫にとってはおばあちゃんであり、娘たちにとってはお母さん。その女房がわけがわからなくなっていくのを、毎日見ていて、そのたびに胸をえぐられるような悲しみがある。 わしは女房がうんちを食べたとき、歯と歯の間にはさまったうんちがなかなかとれなくて、それで口で吸い出しよった。金銭的にも大変。おむつ1つとっても、高い。布団も、着るものも、洗っても洗っても汚れるから、頻繁に買い替えないといけん。毎日食べさせないといけん。介護は生半可なものじゃなか」(陽さん)※女性セブン2016年11月24日号
2016.11.10 11:00
女性セブン
東海テレビ昼ドラ終了の背景にスマホとネット
東海テレビ昼ドラ終了の背景にスマホとネット
 今年3月、東海テレビ制作(フジテレビ系)の「昼ドラ」が52年の歴史に幕を下ろした。1964年放送の『雪燃え』を皮切りに作品数は214。お茶の間の主婦に向けて作られ続けた昼ドラは、彼女たちにどんな影響を及ぼしたか。フリーライターの大木信景氏が振り返る。 * * * 昼ドラと聞いて誰もが思い浮かべるのが小沢真珠の顔、いや『牡丹と薔薇』(2004年)に代表される愛憎劇だろう。 小沢が目をひん剥いて言い放つ。「役立たずのブタ!」「あんたなんて牡丹じゃなくてブタよ!」。 嫉妬により「狂牛病が心配だからよ~く焼いたのよ」と夫に出したのは「牛革財布ステーキ」。もちろん夫へのエクストリームな当てつけだった。 美少年をめぐる女同士の争いを描いた1966年の『女の顔』からすでにそうした作風は見られ、70年放送の南田洋子、中尾彬出演の『乱れそめにし』では義理の母子関係である男女が結ばれるという激しい愛が描かれている。 当時は高度経済成長期、亭主元気で留守が良い。とはいえ娯楽も多くもない時代。男と違って刺激の少ない日々を送る主婦にとって旦那が居ぬ間のお昼どきは「いけないこと」を擬似体験するには格好の時間だった。80年代後半には『愛の嵐』『華の嵐』『夏の嵐』と立て続けにヒットドラマを連発、嵐三部作と呼ばれた。以降の東海テレビ作品は、愛憎蠢く「ドロドロ」が主流となっていく。 ヒット作を作るということは視聴習慣を作るということである。昼ドラのように「枠」であればなおさら。昼ドラは主婦の憩いの場で在り続けた。夫や子供がいない時間を使って、非日常感を伴う快楽のモデルを提示した。人の心の闇、醜い部分をデフォルメした昼ドラに、自らの暗い情念を刺激された主婦は多いのではないか。 そしてそれが社会現象として広く知れ渡ると、今度は男たちをも刺激する。つまり、男にとっても「人妻」が都合よき性の対象に映るようになり、共犯関係の前提たる共感関係が成立したのである。昼ドラの罪は大きい。 不倫という言葉や携帯電話が飛躍的に普及し出会い系サイトが繁盛したのもこの時代。行動に移すツールも身近になった。ただし、この頃までだったと思う。主婦たちにとって、ドラマが欲求解消の代償物として機能したのは。 2010年代に入っても昼ドラの過激路線は続いた。三倉茉奈が売春婦を演じた『赤い糸の女』、田中美奈子主演で「女は愛を奪い合う」がキャッチコピーの『幸せの時間』など、昼帯にもかかわらずダブル不倫やストーカー、過激描写をこれでもかと描いた。AV顔負けの過激な性的描写は放送直後から「過激すぎる」との抗議が寄せられたほど。でも、視聴率は振るわなかった。 昼ドラが現実の遥か先を行ってしまったのか。 いや、違う。もちろん、現実の主婦の欲求がドラマを超えたなんてわけでもない。昼が主婦の聖域ではなくなった。現役世代の平均年収は下降線を辿り、国は「1億総活躍」を訴えた。主婦たちは世で働くことを求められた。「背徳感」を求める女性が少なくなったとは思えない。ただ、よりリアルで安易になったのだ。 以前、女性向けのアダルトサイトの運営元を取材した際、午前9時~10時頃に最もアクセスが伸びると聞いて驚いた。夫が出勤し、子供も送り出したタイミングで、サイトにアクセスし、自慰行為や男性とのチャットに励む女性が多いという。 テレビが彼女たちを拘束できる時代は終わった。ネットやスマホがあれば時間や場所とは無関係に、各々の性的嗜好に傾倒できる。主婦たちの欲望はいま、完全にテレビから離れた。 しかしその情欲は、紛れも無く昼ドラが育んだものだった。※SAPIO2016年11月号
2016.09.09 16:00
SAPIO
芸能人の認知症告白 かつては批判集中も今は賛同が多い理由
芸能人の認知症告白 かつては批判集中も今は賛同が多い理由
 声優でタレントの大山のぶ代さんが老人ホームに入居したという。認知症の大山さんを自宅で介護してきた夫で俳優の砂川(さがわ)啓介さんに尿管がんが見つかり、入院が必要になったことから生活の場を移すことになったそうだ。夫婦にとって結婚52年目の初めての別居生活。砂川さんにとっては苦渋の決断だったという。  介護関連のさまざまなニュースが連日伝えられているが、こうした芸能人の認知症告白やその介護体験をメディアはどう映し、世間はそれにどう反応してきたのだろうか。 80年代、詩人画家の星野富弘氏による『愛、深き淵より―筆をくわえて綴った生命の記録』(立風書房 1981年)や、のちにドラマ化・映画化もされた『1リットルの涙-難病と闘い続ける少女亜也の日記』(木藤亜也著 エフエ-出版 1986年)などノンフィクションの中でも「闘病記」がメジャーになってきた。そんな流れの中で、歌手の橋幸夫さんが認知症の母親を自宅で介護したノンフィクション『お母さんは宇宙人』(サンブリッジ)が1989年(平成元年)に刊行された。妄想、幻覚、徘徊……人格者で気丈だった母の変化をありのままに書いたこの記録は大反響を呼び、わずか1か月で5万部を売り上げるなど、時のベストセラーとなった。 それ以後、例えば、生島ヒロシさんが、半月板損傷がきっかけで歩けなくなり認知症を患った義母を家族と手探りで介護した『おばあちゃま、壊れちゃったの?-ボクと妻の老親介護-』(三笠書房)、女優の南田洋子さんが、脳出血ののちに認知症になった義父の介護を14年間続けた記録『介護のあのとき-嫁、妻、女優の狭間で-』(文化創作出版)など多くの著名人の介護奮闘記が出版され、いずれも関心を集めてきた。 そんな体験談の「告白」の場は時を経て、テレビへと移っていく。2008年10月、俳優の長門裕之さんが、妻・南田さんの認知症について『徹子の部屋』(テレビ朝日系)で初めて語った。しかし、目で追う「活字」と、耳で聞く「言葉」の違いだろうか、長門さんのもとには「勇気ある告白」という声が寄せられた一方、「夢が壊れるから辞めて欲しかった」「義父の看病をした気苦労が南田さんを認知症にさせた」「高齢者が高齢者の介護をするなんてつらすぎて美談にならない」など批判が沸いた。その1か月後、同系のドキュメンタリー番組で南田さんの自宅での様子が放映されると、さらにバッシングはエスカレート。「無残な姿を売り物にしている」「認知症患者の人権はどうなる?」「介護保険を使わないお金持ちにしかできない介護」などと糾弾が相次いだ。  そんな声に対して長門さんは当時、「それらはぜんぶ正論。俺をバッシングする意見があればそれも正論。すべてにおいて反論はしない」(「週刊金曜日」2009年 6月26日)と言葉を飲み込んでいる。 2009年に南田さんは他界。その2年後の2011年、その南田さんを追うように長門さんも亡くなったあと、長門さんと親交のあった黒柳徹子さんはテレビ番組で、彼が愛妻の認知症を公表した理由として「なるべく外へ妻を連れ出したいが、病名を隠したままだと行く先々で『どうしたの?奥さん』などと聞かれ、その度に病状のことを説明しなければならない。世間に公表すれば周りも理解してくれて、温かく見守ってくれるから」と語っていた。 それからさらに時が過ぎ、現在、同じく妻の認知症を吐露した砂川啓介さんにはおおむね賛辞の声が多い。他の有名人の告白や、それをまとめた出版物も相次いでいる。 それは有名無名や発症年齢問わず、認知症がさらに日本の喫緊の課題になってきているからだろう。2015年1月の厚生労働省の発表によると、日本の認知症患者数は2012年時点で約462万人と推計されている。これが2025年には700万人を突破すると言われる。 来るべき「大量介護社会」を映す鏡として、有名人の認知症告白、そしてその介護体験にはますます大きな意味を持ってくる。もちろん、実際に認知症を患い、言い知れぬ不安を抱える当事者、またその介護をしている人々の「こころの道しるべ」となっていくことだろう。ただし、共感を得るためだけに介護経験は語ることは、私見ではあるが慎んでもらいたいところだ。(文・内堀隆史 放送作家・ライター。『誰だって波瀾爆笑』(日本テレビ系)など)
2016.07.05 07:00
NEWSポストセブン
寿美花代が夫・高島忠夫を老々介護した番組内容に疑問の声も
寿美花代が夫・高島忠夫を老々介護した番組内容に疑問の声も
 うつ病と診断されてから、芸能界から遠ざかっていた高島忠夫(82才)の現在の様子が、6月18日の『カスペ!』(フジテレビ系)で放送された。番組では、妻の寿美花代(81才)が自宅を公開。壮絶な老々介護の日々を明かした。番組終盤、忠夫が杖を使わずひとりで立ち上がるシーンでは、奇跡が起きたかのように描かれていた。ある高島家を知る人物はこう話す。「うつ病どころか、糖尿病、心臓病の他にパーキンソン病を発症していると初めて明かしていましたね…。ですが、この数年間、寿美さんは忠夫さんが回復したと言って講演会や、雑誌のインタビューで体験談を語ったりしてきたんです。さすがにそれを彼女はずっと悩んでいて、お酒が入ると“私はずっと嘘をついてきた”って懺悔していました」 番組では、寿美が自宅で老々介護している様子もクローズアップされていたが、その点に前出の人物は疑問を投げかけている。「寿美さんひとりで介護をしているようにレポートされていましたが、もうずっと前から、高島家には住み込みのお手伝いさんと、夜にやってくる介護士さんが何人かいるんです。やはり成人男性を自宅で介護するとなれば、とても女性ひとりの手には負えませんからね」 寿美自身も老々介護の末、うつ病になりかけたこともあったというが、それをきっかけにまずは自分を守らなければ夫を救えないと思い直したという。それからは自分の時間も大事にして、好きな音楽やおしゃれで心をときめかせているのだ。「今回の撮影のために、寿美さんはジェルネイルを変えて、美容室にもフェイシャルエステにも行って、万全の準備をしていました」(寿美の知人) かつて南田洋子さん(享年76)の自宅介護を、長門裕之さん(享年77)がテレビで公開した際、長門さんに非難の声が殺到したこともあった。今回の寿美の告白はどんな波紋を広げるのか──。※女性セブン2013年7月4日号
2013.06.21 07:00
女性セブン
津川雅彦 高視聴率の『スチュワーデス物語』酷評した過去も
津川雅彦 高視聴率の『スチュワーデス物語』酷評した過去も
 兄・長門裕之(享年77)と弟・津川雅彦(71)は、不思議な兄弟仲を見せ続けた。長門さんが亡くなって3か月、めったにインタビューを受けないことで知られる津川氏が、長門さんのラストインタビューを行なった吉田豪氏を聞き手に、兄弟の秘話を語った。ここでは長門と妻・朝丘雪路、そして長門の妻・南田洋子に関する仰天エピソードを紹介しよう。 * * *――長門さんが暴露本(『洋子へ』)を出したときはどう思ったんですか?津川:あの頃『すばらしき仲間』って番組があって、僕と雪江(朝丘雪路)と南田洋子と兄貴と4人が出てね、当時は『スチュワーデス物語』って番組が視聴率取ってて、「作り方がひどい。人気になってるからって、ああいうチャッチいドラマを作ってはいけない。心ある役者は出演を断わるべきだ。無料のテレビにかじりつく茶の間の文化度は最低になった。一億総白痴化は進んでると認識すべし」とね。――わざわざテレビで!津川:テレビだからこそ言いたかった。そしたら、南田洋子が「雅彦さん、役者にとって沢山の人が観てるのは、素敵なことなのよ」「いやいや、中味が大事だよ……」「私! ちょっと出たのよ!! あれに」「えっ? 洋子さんも?」「俺も出た」「えっ! 兄貴も?」。とどめは「私も出てます」と雪江。「僕は間違ってました。実は、素晴らしい番組かもしれない」(笑)。これがカットされずにオンエアされちゃった。「面白かったです!」って誰もが褒めるほど評判良かった。兄貴にしたら「雅彦は毒を撒いて、アテンションしやがった」。毒は効果なんだと学習したんだね。それまで兄貴は自分の才覚で、「テレビの時代は夫婦仲よくが人気になる」的に先を読んで成功してた。頭が良いから正攻法を好んだわけ。だから毒を撒く度胸が育たなかったし、ケツまくるバカな手も使わなかった。――おしどり夫婦を意識的に演じたりしてきた、そんな長門さんが初めて毒を使ったのが、あの暴露本だったってことですか?津川:甘みを出すために西瓜に塩をかけるでしょう、多けりゃもっと甘みが出るってもんじゃない。本来塩は毒。大量に塩喰ったら死んじゃうのがわかってなかった(笑)。※週刊ポスト2011年9月9日号
2011.09.03 07:00
週刊ポスト
長門裕之さん 南田洋子の死後は引きこもりPCゲームの日々
長門裕之さん 南田洋子の死後は引きこもりPCゲームの日々
 5月24日、都内の斎場で行われた故・長門裕之さん(享年77)の告別式。出棺の際、長門さんが寂しがらないようにか、棺の上には亡き妻・南田洋子さん(享年76)が愛用していたという青いガウンがかけられていた。 長門さんは愛する妻に先立たれてからは、寂しい日々を送っていた。あるインタビューではこんなことも語っていた。「寂しいよ。もう一度、洋子に会いたいんだ。仏壇の前で、思いっきり“洋子、洋子、洋子”って骨壺にキスしたり胸に抱いたりなんかして、女々しいよ。76才の男とは思えない」 悲しみを乗り越えようという思いの一方で、ひとりぼっちになった部屋で、南田さんの息遣いや匂いを探し続ける毎日だった。「長門さんは一時、無気力状態になってしまって、南田さんと暮らしていた家に引きこもってはパソコンのゲームをしたりする生活だったそうです。また子供返りというか、気難しくなって、親しい人にもきつく当たったりするようになっていったみたいです。昨年、40年以上苦楽を共にしたマネジャーが突然辞めてしまいました。長門さんの周囲には、気心の知れた人は誰もいなくなり、孤独を一層強めたのでしょう。それで妻の後を追うように逝ってしまったんでしょうか…」(芸能関係者)※女性セブン2011年6月9日号
2011.05.30 07:00
女性セブン
長門裕之さんの真の姿は「献身的介護夫」か「暴露本著者」か
長門裕之さんの真の姿は「献身的介護夫」か「暴露本著者」か
5月21日、77歳で亡くなった俳優の長門裕之さん。亡くなった後のワイドショーではしきりと故・南田洋子さんとの関係を「おしどり夫婦」と表現されているが、その一方で浮気を暴露し、果てには「献身的に妻を介護した夫」とも評される。一体真の姿はどこにあったのか。プロインタビューアーの吉田豪氏が生前長門さんを取材した時に思ったことをここに再現する。(週刊ポスト2009年8月7日号より)* * *先日、念願叶って、あの長門裕之(敬称略)を彼のマンションで取材することが出来た。タレント本コレクターのボクが選ぶ生涯ベストというべき名著『洋子へ』(1985年/データハウス)の著者であり、そしていまは認知症の妻・南田洋子を自宅で介護していることで知られる彼は、我々が到着すると「いや~、いま大変だったんだよ!」と、大人用おむつの入ったビニール袋片手に登場。「待望してたうんちが出たんだよねえ。2日も3日も出ないと、やっぱりアンモニアの毒素が溜まっちゃうから。うんちが出たっていうことが、俺はホントに嬉しい」と語る長門裕之と、『洋子へ』の浮気自慢と同業者批判で大バッシングをされた長門裕之は全くイメージが重ならないが、もちろん同一人物である。古くはマスコミに「おしどり夫婦」としてもてはやされ、『洋子へ』出版で「暴露本の著者」としてバッシングされ、いまは「介護に頑張る美談の人」として褒め称えられている彼の、どれが真実の姿なのだろうか?ボクに言わせれば、その全てが間違いだったような気がしてならない。『われらガチョウ夫婦』(1978年/学習研究社)』という、夫婦の共著も出しているように、彼は昔から「ウチはおしどり夫婦なんかじゃない」と言い続け、その本でもさんざん浮気自慢を繰り返し、それでも動じない妻へのメッセージとして、かまってほしくて『洋子へ』を出版。あの本がいわゆる暴露本とは桁違いの面白さなのはそのためであり、誰かを恨んで書いた感じがしないし、酒を飲んで話したのをまとめたこともあって、とにかくホントに楽しげだった。そして、いま彼が必死に介護をやっているのも、そんな伏線があってこそなのだ。文/吉田豪
2011.05.23 16:00
週刊ポスト
長門裕之「俺を好きだった」故・池内淳子さんとの思い出語る
長門裕之「俺を好きだった」故・池内淳子さんとの思い出語る
 俳優・長門裕之は1934年京都府生まれ。芸能一家に育ち、6歳で映画デビューする。1961年に女優・南田洋子と結婚。2009年に看取った。長門はプロインタビューアー・吉田豪氏のインタビューで女優の故・池内淳子さんについてこう答えている。******************************――長門さんもいろいろ関係ありましたしね(笑)。長門:いい友達だったんだよ(笑)。なんかのパーティのとき、ふたりで一緒に出て行くのは嫌だから、別々になって回転ドアを俺がバーンと開けて外に出たら、うしろで「痛てっ」て声がして、淳子ちゃんが指挟んでたの。ヤバいなと思って、ものすごく心配になったんだけど、ちょっと歩調を落としたら、ツーッとうしろから追っかけてきて、「もうお嫁さんになってあげないからね」って、これって優しいでしょ?―グッときますよ!長門:洋子の存在をきちんとわきまえながら、俺と仲がよかった。で、俺をそうやってイビるっていうか、男に自信を持たせる。俺が「そうか、この女はやっぱり俺を好きなんだな」って思わせてくれるんだもん。※週刊ポスト2010年11月26日・12月3日号
2010.11.19 17:00
週刊ポスト
南田洋子さん一周忌 長門裕之は南田家に分骨拒否し寺を教えず
南田洋子さん一周忌 長門裕之は南田家に分骨拒否し寺を教えず
 10月21日、南田洋子さん(享年76)が亡くなって1年を迎えたが、その夫の長門裕之(76)と南田家の間には深い確執が生じているという。 両者の溝を決定的なものとしたのが、昨年の南田さんの葬儀だった。 南田家の人々はお手伝いがしたいと申し出たが、長門からは何の連絡もなし。そのうえ葬儀では、喪主である長門から何の挨拶もなかったという。しかも、生前から南田さんとの不仲で知られた長門の弟・津川雅彦(70)らが遺骨を抱いて最前列に並ぶなか、南田家の人々は最後列に追いやられたのだった。 また、南田さんは生前から南田家の墓への分骨を希望しており、長門もそのことは承知していたという。しかし、南田さんの甥(実弟の長男)で、音楽プロデューサーの北田陽一郎氏(41)が火葬当日、骨を受け取りに行くと、長門に「なんでお前が受け取りにくるんだ!」と拒否され、いまも分骨は果たされていないという。  「最初は分骨してくれるということだったんで、私たち(南田家)の菩提寺に連絡して埋葬する手はずを整えていたんですよ…。葬儀が終われば当然、お骨は持って帰れるものだと思ってました。なのに…」(北田氏)  長門側からは葬儀の後に「分骨はしない」という電話が1本あっただけで、その後、南田家側は埋葬されたお寺の場所すら教えてもらえなかったという。※女性セブン2010年11月4日号
2010.10.25 10:00
女性セブン

トピックス

紺色のお召し物だった紀子さま
紀子さま、悠仁さまに「悪夢の再来」 宮内庁17cm包丁送付事件、同封便箋には皇族批判
女性セブン
京都の街を歩く舞妓のイメージ(写真/イメージマート)
元舞妓の告発に有名歌舞伎役者たちが大慌て 関係が露見すれば廃業は必至か
女性セブン
逮捕された「RYO&YUU」
「バレないように森の中で」公然わいせつ逮捕「RYO&YUU」が語っていた野外動画撮影の“対策” 実際には公園、海岸でも裸に
NEWSポストセブン
よくぞ言った!江口のりこがぶっちゃけたテレビのタブー「番宣出演は意味がない」
よくぞ言った!江口のりこがぶっちゃけたテレビのタブー「番宣出演は意味がない」
NEWSポストセブン
ゴルフをする女性芸能人が増えている(左は小島、右は鷲見。ともに本人のインスタより)
タイトなウェア姿を投稿しまくりの小島瑠璃子と鷲見玲奈「ゴルフ女子」枠巡る熾烈な戦い
NEWSポストセブン
ポスト和久田麻由子アナに浮上 「元東大ミスコン」堀菜保子アナ(27)の“大きな武器”
ポスト和久田麻由子アナに浮上 「元東大ミスコン」堀菜保子アナ(27)の“大きな武器”
NEWSポストセブン
TBS・安住紳一郎アナウンサーの魅力の源は?(時事通信フォト)
「定年までTBSに」先輩・吉川美代子アナが期待する安住紳一郎アナのこれから
週刊ポスト
結婚を発表し、お相手を「建築会社」とした滝沢。「一般男性」とは言っていない
滝沢カレン結婚!「テラハ」出演“肉食系”ハーフモデルのどこに惹かれたのか
NEWSポストセブン
眞子さまの箱根旅行のお姿。耳には目立つイヤリングも(2018年)
小室圭さんの妻・眞子さん 華やかだった4年前の「箱根・女子旅ファッション」
NEWSポストセブン
逮捕された「RYO&YUU」
公然わいせつ逮捕「RYO&YUU」、性的動画アップは「親公認」だった 22歳の女は愛知・香嵐渓で全裸に
NEWSポストセブン
結婚し、日本メディアが情報をキャッチしづらいNYで、デイリーメールが追跡取材(写真/JMPA)
小室圭さん・眞子さん夫婦が「離婚で終わったとしても…」英デイリー・メールが報じた「茨の道」
NEWSポストセブン
高橋真麻
高橋真麻「おでんの卵8個食べても太らない」女性が憧れる美スタイルの理由
NEWSポストセブン