五月みどり一覧

【五月みどり】に関するニュースを集めたページです。

泉ピン子、香取慎吾、藤井フミヤ…熱海土石流災害で不安を抱く著名人達
泉ピン子、香取慎吾、藤井フミヤ…熱海土石流災害で不安を抱く著名人達
 伊豆半島の付け根にある静岡・熱海は、のどかな雰囲気と全国でも有数の湯量を誇る良質の温泉地として、江戸時代から多くの人に愛されてきた。歴史ある街並みが地獄絵図と化したのは7月3日、午前10時半頃のこと。すさまじいどす黒い濁流があたり一面をのみ込んでいった。家や車が猛スピードで流され、人が消えた。降り続く雨の影響で、市内を流れる逢初川の河口から約2kmの地点が起点となり、土石流が発生したのだ。 被害を受けた住宅は約130棟。7人の死亡が確認され、行方不明者は27人に上る。家を離れ、公共施設や旅館などに避難している人は580人以上。いまもなお、土砂に足をとられながら、警察や消防、自衛隊を含め約1100人態勢で救助活動を行っている(被害状況は7月6日時点)。 土砂が街をのむ様子を目撃していた60代の女性は、その瞬間をこう振り返る。「雨とは違う『ゴゴゴゴゴ』という雷が遠くで鳴るような音がして、窓の外を見たんです。そうしたら、大きな木を巻き込んだ土砂が、隣の家に流れ込んでいた。うちの家の方にも来るかもしれないと、慌てて3階に避難しました。 30分ほどして、流れが収まったかなと思ったタイミングで、また、地響きのような音がした。今度はもっと大きな4〜5mもある黒い土砂が波のようにこちらに押し寄せてきて、あっという間に2階まで埋まった。本当に生きた心地がしなかったね……」 今回、最も被害が大きかった住宅地は、熱海駅から徒歩20分ほど。車だと5分もかからない距離だ。付近には、小泉今日子(55才)が奉納した鳥居がある伊豆山神社があり、年間を通じて多くの観光客が足を運ぶ地域だ。翌4日も早朝から救助活動が始まったが、正午頃に小規模ながら新たな崩落が発生。危険と隣り合わせの状態で、現在も救助活動が続いている。「土曜日は、心配で眠れぬ一夜を過ごしました。一日も早く、被災者のかたがたが安心して暮らせるようになることをお祈りしています」 心配そうに目を伏せながらこう話すのは、熱海でギフトショップを2店舗経営する五月みどり(81才)だ。流れ込んだ雨で地下倉庫に浸水があったものの、スタッフ共に無事だという。 不安な日々を過ごす著名人は五月だけではない。熱海には、芸能人が住む高級マンションや別荘が点在している。泉ピン子(73才)は10年ほど前に移住、藤井フミヤ(58才)もセカンドハウスを持つ。土石流が発生した後、SNSで無事を報告する芸能人も少なくなかった。 両親が熱海に住む芸能人も多数いる。羽田美智子(52才)や丸山桂里奈(38才)らは、両親が熱海に暮らしていることを明かしており、香取慎吾(44才)も静かに被害状況を見つめていた。「実は、香取さんの両親は、10年ほど前から熱海の高級リゾートマンションに住んでいます。もともとは伊豆に別荘を持っていて、老後は海辺の街で暮らしたかったのだとか」(芸能関係者) 静かに余生を送る場所としても人気だった熱海だが、災害に対する脆弱性が顕になってしまった。※女性セブン2021年7月22日号
2021.07.08 19:00
女性セブン
二人の確執は解消された
デヴィ夫人「小島瑠璃子さんは許しました」で共演NGを解禁
 デヴィ夫人(80才)と小島瑠璃子(26才)の共演に、テレビ業界がザワついている。6月8日、『クイズ!THE違和感』(TBS系)で2人はともにひな壇に座っていたのだが、これは実に7年ぶりの共演だったのだ。「2人はお笑い芸人の千鳥・大悟さんや霜降り明星の粗品さん、せいやさんらと一緒に、クイズの回答者として座っていました。過去にデヴィ夫人がブログで小島さんを痛烈に批判した一件が頭にあったので、ドキドキしながら見ていました」(キー局ディレクター) 2人の間に確執が生じたきっかけは、2013年11月放送の『さんま・くりぃむの芸能界個人情報グランプリ』(フジテレビ系)だった。番組は30人以上のタレントや俳優が出演。デビュー当時の映像を振り返る「デビュー当時が初々しかった部門」や、卒業アルバムの写真を公開する「花開いてよかった卒業アルバム部門」など、芸能人が個人情報を公開し、そのグランプリを司会の明石家さんまが決めるというもの。さんまの巧みな話術もあり、番組は爆笑のなか進んでいく。問題が起きたのは、出演者が特技を披露する「ちょっと意外な特技部門」だった。 五月みどりや蛭子能収、アニマル浜口らに続き大トリで登場したのがデヴィ夫人だった。当時73才にして見事なポールダンスを披露し、会場は万雷の拍手。夫人は過去にもこの番組に出演しており、同部門で2連覇を達成していた。3連覇は確実かと思われたが、それを“阻止”したのが小島だった。前出のディレクターが語る。「『卒業アルバム部門』で出場し、ひな壇に座っていた小島さんが、出場者に対して何かと意見を言うので、さんまさんが“お前は審査委員長みたいやな”とツッコミを入れていたんです。それが伏線となって、この『特技部門』のグランプリを決める際に、さんまさんが、“優勝者は審査委員長に決めてもらおう”と言い、小島さんを指名したんです。 バラエティの空気を察した小島さんは、デヴィ夫人ではなくアニマルさんの“腹踊り芸”をグランプリにしました。スタジオは大ウケだったのですが、デヴィ夫人はカンカン。ポールダンスを猛特訓した夫人を差し置き、グランプリを“もらってしまった”浜口さんは、フロアに手をつき土下座して謝っていましたし、スタッフも大慌てでした」 納得のいかないデヴィ夫人は、オンエア2日後に〈番組を台無しにした整形疑惑のKYタレントK.R〉というタイトルでブログを更新。〈K.Rの思慮の無さのために 全て台無しとなりました〉〈私達の10か月の努力は水の泡と消えました〉と、グランプリに選ばれなかったことに対して怒りをあらわに。小島は別のテレビ番組でも「いろいろ本当にすみませんでした」と謝罪したが、テレビ業界では2人は共演NGとなっていたという。 あれから7年。今回の共演についてデヴィ夫人を直撃した。「もうね、ずっと昔のことですから、忘れましたよ。(共演NGなんて)そんな面倒なこと言いません。今回は、プロデューサーの方が“小島瑠璃子さんが出ますよ、大丈夫ですか?”とおっしゃるので、“どうぞ、どうぞ。大丈夫ですよ”とお答えしたんです。それに、彼女も何度も謝ってくださったでしょ?(今回の撮影前には)楽屋にも挨拶に見えて。小島瑠璃子さんのことはもう許しました」 ともにバラエティ番組で活躍するデヴィ夫人と小島。これをきっかけに共演が増えるか。
2020.06.17 16:00
NEWSポストセブン
松竹から吉本に流れが変わった
五月みどり等5人の美女が語る「あの時私が脱いだ本当の理由」
 古今東西、女性の裸体は芸術表現で欠くことのできないテーマだが、見せる側の女性にとって、肌を晒す行為は一大決心だ。将来を期待された女優たちはなぜ若さあふれる裸体を晒したのか? 5人の美女が語る。 原悦子は1956年生まれ。新潟県出身。テレビCMなどで活躍後、1976年に『平凡パンチ』でグラビアデビューし、ピンク映画から日活ロマンポルノに活動の場を移し、絶大な人気を獲得する。1980年に日活ロマンポルノ女優を引退した後は、大学生向けの大学情報誌の編集長に転身した。「幼い頃にフランキー堺さん主演の『私は貝になりたい』を見てから、いつかスポットライトを浴びたいと思っていたんです。女優になる覚悟でこの世界に入った私にとって、濡れ場を演じるのは当然のこと。抵抗はありませんでした。 ピンク映画に出演して人気が高まった頃、日活ロマンポルノにスカウトされました。朝早く撮影現場に入って、家に帰るのは夜遅く。撮影中は毎日忙しく、3時間しか眠れない日もありました。私、ファンには本当に恵まれたと思っています。大学生を中心に若い人たちもファンについてくれて、武道館でサイン会を開催したのはいい思い出です」(原) 三崎奈美は1955年生まれ、京都府出身。証券会社に3年間勤務した後、1977年に女優デビューを果たす。デビュー作となった東映映画『処女監禁』での体当たりの演技は大きな話題を呼んだ。その後、日活ロマンポルノやテレビドラマなどに多数出演。引退後、1996年に結婚している。「今の女優さんって、脱いだり水着になったりする時に、ジムで体を絞って準備するからスゴイと思います。当時の私といえば“ノリ”だけでした。呼ばれたところに行くという感じで、デビュー作から特に何も考えずに脱いでいましたから。 私、童顔で胸が大きいというだけで、自分ではあまりかわいいとは思っていませんでした。でも、後から映画やグラビアを見ると、「私、こんなに輝いているんだ」と驚きました。嬉しかったんです、私という存在をキレイに作ってくれることが。映画や雑誌でたくさん脱いできましたけど、私にとってあの頃は、全部宝物のような時代です」(三崎) 五月みどりは1939年生まれ、東京都出身。1958年『お座敷ロック』で歌手デビュー。1961年『おひまなら来てね』が大ヒットし、翌年のNHK紅白歌合戦に出場を果たす。1975年、ロマンポルノに主演して話題になり、現在も歌や演技のほか、書道や絵画、着物デザインといった分野で活躍している。「私が初めて脱いだのは、たしか70年代の半ば頃だったかしら。当時は、離婚して子供と離ればなれになってしまった寂しさもありましたけれど、それが脱いだ理由になったわけではないんです。 初めてのヌードは、週刊誌の撮影でした。少しずつ衣装を脱いでいくような、セクシーな内容のものです。最後にはシースルー1枚になってしまって、『もう何だか、脱いじゃったほうがいいかしら?』って私から提案したんです(笑い)。人は誰でもスッポンポンで生まれてくるのだから、裸になることをそこまで特別視することなんてないのにね、と思っています」(五月)◆ヌードは恩人 鹿沼えりは1952年生まれ、東京都出身。高校在学中にスカウトされ、15歳でモデルに。ドラマや映画などにも活躍の場を広げ、週刊プレイボーイでヌードを披露したのをきっかけに日活ロマンポルノ『時には娼婦のように』に抜擢。その後、日活を代表するポルノ女優として一世を風靡した。「私自身は、服を着ているほうがキレイに見えると思っているんです。そんな私が脱いだのは、表情やポーズなど、私が素敵だと思える感性を共有できるカメラマンにお願いされたから。女にとって裸になるのは価値を売ることですから、信頼の置ける人と仕事をするのは当然のことです。 私の芸能生活において、そんなカメラマンは何人もいません。渡辺達生さんは私が裸になれる、信頼できる数少ないカメラマンの一人でした。雑誌のヌードをきっかけに、日活ロマンポルノという新しい世界を見ることができましたし、私にとってヌードは恩人みたいなものですね」(鹿沼) 田中真理は1951年生まれ、東京都出身。高校在学中にスカウトされ、1969年に映画デビュー。ロマンポルノ興隆期の1971年、日活の『セックス・ライダー 濡れたハイウェイ』で初主演すると、たちまち人気女優に。1981年に芸能界を引退した。「日活ロマンポルノに出演したのが1971年。最初に台本をいただいたときは、主演とはいえとても悩みましたが、母のひと言が後押ししてくれました。「あなたにできるのなら、やってみたら?」って。マネージャーからも勧められたのもあって、勢いですね。でも私って、一度決めたら迷いなく突き進む性格です(笑い)。 現場に行くと一流のカメラマンやスタッフが集まっていて、他に負けない作品を作ろうともうすごい熱気。まだ20歳の私は必死でした。あれから50年近く経ちましたが、当時の映画や写真を、今も色あせることなく見ていただけることに感謝しています」(田中)※週刊ポスト2020年3月13日号
2020.03.05 16:00
週刊ポスト
左から元木昌彦氏、鈴木紀夫氏、石川次郎氏
宮沢りえの伝説写真集「Santa Fe」 極秘撮影の舞台裏
 昭和の女優ヌードや平成で開花したヘアヌードまで、戦後の出版文化の賑わいの中にはヌードがあった。外国の通信社から買った外国人女性のヌードから始まり、1970年代に平凡パンチが“自前のヌード”という分野を開拓。それが大きく花開いたのが1980年代だ。時代ごとのヌードを第一線で見てきた石川次郎、鈴木紀夫、元木昌彦の3氏が、当時の熱気を振り返る。元木:1980年代になると次々とヌード写真集が出てきますね。原田美枝子、大谷直子、高田美和、五月みどり、風吹ジュン、関根恵子、浅野ゆう子、小柳ルミ子、秋吉久美子、坂口良子、かたせ梨乃、名取裕子……。鈴木:私もその時代、1988(昭和63)年に初めてヌード写真集を手掛けました。コリアンエロスものです。韓国のフォトエージェンシーから「韓国のタレント、女優、モデルのヌードを撮っているカメラマンがいる」と聞いたんですが、当時の韓国はヌードに対する規制が厳しくて向こうでは出せないという。ならば、とこっちで出しました。モデルの了解も取っていないんですが(笑い)。大使館あたりから抗議が来ると困るから、タイトルは過激なものはやめて、中の文章も格調の高いものにしましたね。石川:『韓国美女・夢幻』ですか。サブタイトルに「恨と忍のエロティシズム」とありますね。(中を見て)色っぽいじゃないですか。売れたでしょう。鈴木:ええ、おかげさまで。石川:麻田奈美がいい例ですけど、ヌード写真集は雑誌のグラビアの副産物として定着しました。そのうち撮り下ろしで独自に出版されるようになり、逆に写真集のプロモーションとして雑誌のグラビアが使われるようになりました。元木:その傾向は1990年代に入ってヘアヌード写真集がブームになるとより顕著になりましたね。ヘアと言えば、1980年代でも写真集の中にはチラッとぐらいヘアが写っていたものもありましたよ。でも、週刊現代や週刊ポストのような一般の雑誌に載せるのは無理でした。桜田門(警視庁)に呼び出され、下手すると回収させられかねませんから。石川:その頃僕は平凡パンチを離れ、1980年代のヌード写真集ブームを横目で見ていたんですが、編集長だったBRUTUSでヌード特集をやったら何ができるのかと思い、あえてヘアが写った写真も載せました(1985年9月15日号の「裸の絶対温度」)。 カメラマンもモデルもヘアなんか気にせず撮っていたのを知っていましたから、そういう写真を提供してもらったんです。中には男性器がはっきり写っている写真もありましたよ。ただし、ヘアを出すための、よく言えば「切り口」、有り体に言えば「言い訳」が必要だと思い、「アート」を掲げた。発売の翌日、警視庁に呼び出され、始末書を書かされましたけれどね。元木:女優やタレントのヌード写真集で初めてヘアが写っていたとされるのが篠山(紀信)さんが撮った1991年の樋口可南子『water fruit』で、同じ年に出た宮沢りえ『Santa Fe』が最終的に155万部という大ベストセラーになりました。鈴木:実は『Santa Fe』には非常に苦い思い出がありまして。当時、私はFLASHの編集長で、篠山さんが表紙の写真を撮っていました。そこで、あるとき宮沢りえさんが1週間休みを取れるというので、篠山さんのチームとFLASHのチームで彼女をハワイに連れて行き、表紙やグラビアの写真を撮ったんです。 そして帰国して4日後だったか、朝日新聞に『Santa Fe』の全面広告が出たんです。何かの間違いじゃないかと思うくらい驚きましたよ。篠山さんのチームも、りえさんもりえママも口が硬くて、1週間一緒にいたのにおくびにもださない。おかげでスクープのチャンスを逃した私は社内で立場がありませんでした。石川:宮沢りえがきっかけになって、次々と有名女優がヘアヌード写真集を出す時代に突入していきましたね。【プロフィール】◆いしかわ・じろう/1941年生まれ。1966年平凡出版(現マガジンハウス)入社。POPEYE、BRUTUS、Tarzan、GULLIVER、平凡パンチ各誌編集長を歴任。1993年に退職し編集プロダクション「JI inc.」を設立。1994~2002年、テレビ朝日系『トゥナイト2』の司会を務めた。◆すずき・のりお/1940年生まれ。1962年光文社入社。女性自身を経て、週刊宝石、FLASH創刊に携わり、1988年からFLASH編集長、1996年から週刊宝石編集長。女性自身の発行人も務めた。2004年に光文社常務を退任。◆もとき・まさひこ/1945年生まれ。1970年講談社入社。1990年からFRIDAY編集長、1992年から週刊現代編集長、1999年からWeb現代編集長。2006年退職し、その後オーマイニュース日本版編集長&社長を務めた。●取材・構成/鈴木洋史 撮影/榎本壯三※週刊ポスト2019年12月20・27日号
2019.12.20 16:00
週刊ポスト
紅白歌合戦トリビア 歴代最高視聴率81.4%の立役者は?
紅白歌合戦トリビア 歴代最高視聴率81.4%の立役者は?
 2019年大晦日、放送70回を迎えるNHK紅白歌合戦には、その歴史の長さ故に知られざる過去がある。最新刊『紅白歌合戦ウラ話』が話題の合田道人(ごうだみちと)氏に、意外な紅白のウラ話を聞いた。■紅白は「GHQ」から潰されかけたことがある? 終戦を迎えた1945年暮れ、国民を元気付けようと「紅白歌合戦」が企画された。当時は番組の制作にGHQの検閲が入ったが、通訳が「レッド&ホワイト ソングバトル」と訳したところ“敗戦国がバトルとは何事だ!”と却下。タイトルをマッチ(試合)と変更することで、「紅白音楽試合」として放送された。■第1回の紅白は「1月3日」に放送された? 紅白歌合戦の第1回は1951年1月3日にお正月番組として放送された。ラジオの生放送で1時間だった。第3回まではお正月、テレビ放送が始まった第4回から大晦日に放送されるようになり、1953年には年始と年末の2回、紅白が行なわれた。■毎回違う名前で出演したのは? 木梨憲武。とんねるず(第42回)、憲三郎&ジョージ山本(第47回)、野猿(第50回)の3回とも、異なる名前だった。■歴代最高視聴率81.4%は、五月みどりのおかげだった? 81.4%と驚異の視聴率を叩きだした第14回。瞬間最高視聴率は五月みどりの『一週間に十日来い』で85.3%を獲得。■「紅組」「白組」両方で出場したことがある歌手は「5組」いる? シルヴィア(第34回に菅原洋一と白組出場)、サザンオールスターズでは白組だった原由子(第42回にソロで紅組出演)、紅組トリをつとめたこともある和田アキ子(第56回にm-floと白組出場)、男女混合グループのAAA(紅・白交互に出場)。「和田弘とマヒナスターズが白組で出場した第16回当時は男女混合グループが認められず、一緒に歌っていた田代美代子は出られませんでした。第19回のピンキーとキラーズからその縛りが解かれ、第40回にマヒナスターズは松尾和子と紅組で出場しました」(合田氏)※週刊ポスト2019年12月20・27日号
2019.12.10 07:00
週刊ポスト
『サンドのお風呂いただきます』(NHKのHPより)
一般人の家を訪問する番組がブーム ウケる理由は「人情」
 サンドウィッチマンの2人が一般人の家にお邪魔して、お風呂に入れさせてもらう――そんなNHKの番組が話題だ。こうした番組がウケる理由とは? コラムニストのペリー荻野さんが解説する。 * * * 最近、テレビカメラが一般人の家に行く番組が目立つ。テレビ東京では、終電を逃がした人にタクシー代を出す代わりに深夜の自宅訪問をさせてもらう『家、ついて行ってイイですか?』や農地などを歩きながら出会った人にお願いする『昼めし旅~あなたのご飯見せてください~』もある。テレビ朝日の『ポツンと一軒家』だって、隣人が見当たらない一般人の家にお邪魔する番組だ。 そんな中、驚いたのは、今春レギュラー番組になったNHK『サンドのお風呂いただきます』である。  これは風呂文化にこだわる男、サンドウィッチマン伊達みきおが、「真のお風呂文化は各家庭のこだわりの風呂にある」という信念のもと相方の富澤たけしとともに日本各地の家庭風呂に入れてもらうというもの。アポなしではないとはいえ、まさか腰巻用の白バスタオル持参で人のうちの風呂に入る番組ができるとは。 先日は、ゲストのずんの飯尾和樹とホンジャマカ石塚英彦とともに北海道へ。一軒目では、湯主(ここでは家主ではなく、湯主と呼ぶ)自慢の岩風呂に入った。湯主自ら、日高に巨大な岩を買い付けたというだけでもびっくりだが、タイマーで岩の上から滝のごとく真水が降り注ぐ仕掛けを自宅風呂に作っちゃう情熱もまたびっくり。これは何かに似ていると思ったら、放送30周年の実績を誇る一般人自宅訪問番組の大先輩『渡辺篤史の建もの探訪』(テレビ朝日系)であった。そして二軒目では、先代が苦労して開墾、今も生活水のすべてを「命の湧き水」で賄っているという九人家族を訪問。それを聞いた飯尾も「大事な水を…」と節水に注意しながらの入浴となった。 この番組がすごいのは、『お風呂いただきます』と風呂を前面に出しながら、実際の入浴シーンはとっても短いこと。出演者の顔ぶれを見れば、長く入浴シーンを見せられても…という感じだが、他の回のゲストも秋山竜次、TKO、スピードワゴンなど、ある意味統一感のある顔ぶれが厳選されているのが面白い。(ちなみにレギュラー番組になる前には五月みどり、八代亜紀もゲストになっている。この人選にも奥深いものが…) しかし、入浴シーンが短いのは当然なのである。この番組のメインは、風呂きっかけで聴く湯主一家の人情話なのだ。 一軒目では入浴後、貧しさや勤め先の倒産などを乗り越えた湯主の話を、しみじみ聞いた。二軒目では、いつも次の人のために貴重なお湯を適温にしておく思いやりが受け継がれているという話も出た。 思い出してみれば、巨大なしゃもじを持ったヨネスケが突然、家に来て晩ごはんを試食して回るという日テレの『突撃!隣の晩ごはん』は昭和から平成にかけて実に6000軒もの家に行ったという。制作費もそこそこでおまけにネタは無尽蔵。コスパがいい上に「人情」という最強カードを使える一般人番組は強い。顔の見えないつきあいが当たり前になった今、その強さが見直されている。まだまだ増えそうだ。
2019.05.26 07:00
NEWSポストセブン
昭和の女優写真集座談会 80年代の女優はなぜ脱いだのか
昭和の女優写真集座談会 80年代の女優はなぜ脱いだのか
 1991年に樋口可南子の写真集『water fruit』(篠山紀信撮影)の発売でヘアヌードが事実上解禁され、熱狂的なブームを巻き起こした。しかし、日本のヌード写真集の歴史はその20年以上前から始まっていた。有名女優はなぜヌードになったのか。芸能や出版、アートの分野に精通する小澤忠恭、亀和田武、伴田良輔の3氏が、「昭和のヌード写真集」を180分語り尽くした。亀和田:こうして1990年代のヘアヌード解禁前の、昭和のヌード写真集をずらりと並べると、メジャーな映画やテレビドラマに出ていたお茶の間で馴染みの女優さんが、実にたくさんいることにあらためて驚きますね。 当時、“えっ、この人まで脱いだの!?”と驚いたのは、まず関根恵子。15歳でデビューした頃、ほんとに綺麗な子でね。最初の主演映画でスケスケのネグリジェになったりしてましたけど、写真集でなんでここまで脱ぐ必要があるのかと思いました。森下愛子もそうですね。小澤:清純なイメージでしたからね。亀和田:僕が一緒にテレビ番組に出ていた子が17歳でヌードになったときも驚いた。川上麻衣子です。高田美和、畑中葉子、奈美悦子あたりは脱いだのを知っても驚きませんが。伴田:僕にとって衝撃だったのは手塚さとみ(理美)です。大好きだったので。小澤:デビューのときから篠山(紀信)さん、沢渡(朔)さんに可愛がられていたから、脱ぐことに問題なかったんじゃないですか(笑い)。亀和田:秋吉久美子にもちょっとびっくりした。この風吹ジュンにも驚いたけど、撮ったのは(ソフトフォーカスによる綺麗なヌードで有名な)デビッド・ハミルトンか。だとしたら、ちゃんと自分のイメージを考えていたのかな。浅野ゆう子も綺麗に撮ってもらってる。伴田:当時、僕は海外の写真集にハマっていたので、日本のヌード写真集はリアルタイムでは見ていないものが多いんですが、それだけに新鮮で、この吉沢京子なんか今初めて見てドキドキしますよ。同い年の憧れの同級生が脱いでいたことを知ってドキドキするみたいな。小澤:彼女は『ドラえもん』に出てくるしずかちゃんみたいなイメージだったからね。亀和田:しずかちゃんを脱がせた大人はひどい(笑い)。伴田:早乙女愛もいい。亀和田:かたせ梨乃は今見ても凄い。おっぱいの形が迫力あるし、体が何とも言えずエロい。小澤:彼女は逸材でしょう。伴田:奔放な感じがほとばしっていますね。原田美枝子のは勝新太郎さんが撮っているんだ。亀和田:勝さんのアート性も凄いんですよ、これ。伴田:ほんとだ、映画のような写真だね、全部。◆小悪魔女優として断トツの加賀まりこ小澤:こうして見ると、やっぱり錚々たるメンバーだな。こりゃ、昔のヌード写真集をたくさん揃えたバーをやったら中高年男性に流行りそうだ(笑い)。伴田:今気づいたけど、五月みどりなんか僕よりずっと年上のお姉さんという感じだったけど、写真集を出した当時は42歳か。今の僕よりずっと若いのにびっくりで、当時と今の自分が行き来するような、倒錯した気分になりますね。小澤:熟女ヌードのハシリですよね、五月みどりは。伴田:このラインアップの中で加賀まりこは別格ですね。亀和田:ほんとに可愛くて、小悪魔女優としては断トツ。今でも彼女の映画の代表作『乾いた花』や『月曜日のユカ』のポスターが貼ってあるカフェやバーがあって、パリの一角かと錯覚させる雰囲気が漂ってきますから。伴田:加賀まりこのは、写真だけじゃなく、デザイン、アートディレクションなど本の作り自体が素晴らしい。他の写真集がほとんど1980年代に出たのに対し、これは1971年ですか。あの頃のカルチャーが色濃く反映されていますね。その前の年に出た鰐淵晴子のも同じようにアート性が高いですね。亀和田:1980年代、多くの女優たちはなぜ脱いだのでしょうか。小澤:僕よりひと回りぐらい上の世代は、カメラマンにしろ編集者にしろ、世間や権力に対して反逆的であることに生きがいを感じる人が多かったんです。だから、飲むと「てやんでえ、馬鹿野郎」と気勢を上げる。 そういう場に一緒にいた女優さんたちも「てやんでえ、馬鹿野郎」風に吹かれていたんですよ。男と別れたとか、金に困っていたとか、個人的な事情もあったかもしれないけど、当時の女優さんが脱ぐ理由としては反骨精神も大きかったですね。亀和田:芸術か猥褻かが争われた「日活ロマンポルノ裁判」で反権力の象徴になった女優さんもいましたね。この中の人で言うと、(非商業的な作品を作り続けた独立系映画会社)ATGの映画にも出ていた大谷直子なんか、そんなイメージがありますね。小澤:大谷さんは、会うとごく普通の人ですけど、ときどき目が据わり、底知れぬ恐さを感じますよ。伴田:この写真集もただのヌードではなく、妊娠の過程を撮りづけた「受胎ヌード」ですから。【プロフィール】◆おざわ・ちゅうきょう/1951年生まれ。写真家。篠山紀信氏のアシスタントを経て独立。石原真理子のヘアヌード『Marie!──石原真理子写真集』など多くの女優、アイドルの写真集を撮影。他に人物、旅、料理などの写真も撮り続ける。◆かめわだ・たけし/1949年生まれ。作家、コラムニスト、編集者、キャスターとして活躍。かつて自販機エロ雑誌『劇画アリス』編集長を務める。著書多数。10月末に『雑誌に育てられた少年』(左右社)を刊行予定。◆はんだ・りょうすけ/1954年生まれ。写真評論から写真家に転じ、濱田のり子のヘアヌード『エロティッシモ』、真梨邑ケイ写真集『PANDORA』などアートとエロスの融合した写真集を刊行。作家、翻訳家、版画家としても活躍。取材・構成■鈴木洋史※週刊ポスト2018年10月12・19日号
2018.10.08 16:00
週刊ポスト
樹木希林さんに学ぶ、「汚れ役」を引き受ける生き方
樹木希林さんに学ぶ、「汚れ役」を引き受ける生き方
 9月15日に亡くなった女優の樹木希林さん(享年75)。彼女が芸能界に残した足跡は、他の女優には真似のできないものであった。樹木さんの女優としての生き方は、どんな分野においても通用するのではないか、と分析するのは、ネットニュース編集者の中川淳一郎氏だ。中川氏が考察する。 * * * 女優・樹木希林さんが亡くなりました。「個性派女優」「演技派女優」などと言われてきましたが、樹木さんの生き方は多くのビジネスマンにとって参考になることでしょう。彼女の圧倒的才能はおいといて、彼女は「定説」をぶち破る芸能活動を続けてきたのでした。 昭和の女優といえば、基本的には「絶世の美女」だらけでした。今では自称も含め、「女優」は名乗り放題になっていますが、当時は映画で実績を挙げ、テレビに進出して主役を張りまくり、そしてCMでも引っ張りだこになる人のみが「女優」としての存在を認められました。故・原節子さんはとにかく映画女優に徹し、42歳にして表舞台から姿を消しました。 原さんに続く女優は映画だけの活動に留まりません。そして、彼女よりも20~30歳ほど年下の女優達は今でも高齢女性役を演じ続けていますが、基本的には美しい女性が清廉潔白さを維持しつつ素敵な高齢者になった――的な役柄が与えられている印象です。あまりにも大女優になっただけに、彼女達をキャスティングする側も忖度するでしょうし、事務所としても若き日の清純イメージと年を取ってからの「ステキなおばあ様」的イメージを崩したくないのでしょう。 とはいっても、現実の婆さんなんて、入れ歯を食事中にいきなり取り出したり、外を歩くにしても手押し車を押してそこかしこでその手押し車に乗って一休みしていたりする。オレオレ詐欺にひっかかって泣き喚いたり、病院へ行くタクシー代がもったいないから近所に住む息子の嫁の中でお人よしの嫁を使い倒しゴーマンに振る舞ったりするものです。電車に乗ったら乗ったで圧倒的に疲れているサラリーマンが座る前でため息をついて「あぁ、疲れたねぇ……」なんて独り言を言って、「どうぞどうぞ」と席を譲られてもお礼を言うでもなく当たり前かのようにそこに座る。 高齢者だからといって全員が立派でもないし、聖人君子でもないし、ましてや美男美女だらけなわけがない。むしろ、日々の仕事やら人間関係が少なくなっているからひがみ根性も出てくるし、自分が社会からニーズがない……と絶望している人だって大勢いるわけですよ。あっ、これは私の親族と実家の近所の人の話です。 だからこそ、『やすらぎの郷』(テレビ朝日系)に出てくる素敵な高齢女性(浅丘ルリ子、有馬稲子、五月みどり、野際陽子、加賀まりこ、風吹ジュン、八千草薫)だらけの状況はあまり私自身よく分からない。認知症の母を介護する人などはよく理解できると思うのですが、後期高齢者ともなれば「恋」だの「ステキなおばあ様」でいるより、とにかくキレない、排泄物をまき散らかさない、身近な人に猜疑心を抱かない、といった状況にいることの方がよっぽど周囲の人にとっては有難い。◆人間界には必ず汚れ役がいる 樹木さんが演じてきたような、時に薄汚かったりえげつなかったり貧乏くさかったりする老婆役を演じられる女優がこれから果たして出てくるのでしょうか? 樹木さんは『寺内貫太郎一家』(TBS系)で31歳にして老婆の役を演じました。樹木さん以外に目を向けると、今年92歳で亡くなった菅井きんさんは37歳の時に『必殺仕置人』で「ムコ殿!」と中村主水(藤田まこと)に色々言う姑役を演じました。 赤木春恵さんも『渡る世間は鬼ばかり』(TBS系)をはじめ、イヤ~な老婆役を演じてきました。でも、現在は94歳。それよりも若い菅井さんと樹木さんが亡くなり、日本の演劇・映画・ドラマ界における薄汚く意地悪で惨め、でも時にハッと本質を突く老婆の役を演じる女優の人材は足りなくなっているのかもしれません。 そもそも日本のエンタメ界においては、『いじわるばあさん』を青島幸男さんが演じ、ドリフのコントのクソババアはいかりや長介さんが演じてきた。これは、昭和の時代の女優の多くが、年老いた意地悪で薄汚い老婆の役をやりづらかった点が背景にあるのでは。もちろん、そうした役が様々な作品で存在したのは分かるので、映画やドラマに詳しい方からは「○○という映画ではあった!」みたいな反論はあるでしょう。ただ、こうした役柄をキラキラしたスター女優が演じる土壌が果たしてあったのか? ということです。 青島幸男さんやいかりや長介さんといった男性の力を借り、成立してきた「クソババア」役。その中の2大巨頭ともいえる菅井きんさんと樹木希林さんが亡き今、案外芸能事務所は自社が抱えるクソババアキャラを売り込むチャンスかもしれません。それは、いわゆる「女優さん」が嫌がって忌避してきた汚れ役を引き受けるということです。かつて菅井さんと樹木さんがやり、その立場を確固たるものにしてきたように。 この偉大なる実績には敬意を表しつつ、今こそその後釜を取るべく動き出す時期でしょう。もちろん、比較はされ、「あの2人を超える人材はいない」と酷評されるかもしれない。 でも、人間界には汚れ役が必ずいます。そして、その役をきっちりとこなすことができる人こそ、誰よりも高く評価される。それは俳優の世界に限らず、ビジネスの世界でも同じではないでしょうか。そこに活路を見出すと案外その分野のスペシャリストになりいい思いができることはあります。
2018.09.22 16:00
マネーポストWEB
下着アンケートで分かった事実とは?
「熟女」の初出は1983年、年増→老嬢→夫人を経て登場
「熟女」という呼び名はいつ生まれたのか。明治・大正期にはまだ「熟女」という言葉はなく、江戸時代から続いた20~35歳くらいまでの女性への呼称「年増」が使われていた。戦後、台頭するのは「夫人」だ。 年増(江戸)から夫人(戦後)の間には、old maid(和製英語でオールドミス)の訳語である「老嬢」が使われていた。婚期を過ぎたのに結婚していない女性という意味だ。老嬢は明治期から戦後までに登場した痕跡がある。ジェンダー・セクシャリティ史を専門とする明治大学講師の三橋順子氏が解説する。「1950年代の新聞小説でも“老嬢”が散見されます。また三島由紀夫の1954年の短編『復讐』には“25歳の老嬢”も登場します。字面からは想像し難いですが“年増”の後継語の意味合いもあったと捉えれば納得できます」 そして戦後に「夫人」という言葉が市民権を得る。1950年に不義と姦通を扱った大岡昇平の『武蔵野夫人』がヒットし、同時期にD.H.ローレンスの『チャタレイ夫人の恋人』もベストセラーになった。どちらも上流階級の女性が不貞に悩む姿がエロチックな印象を与え、「夫人」は情欲を含んだ言葉として広く知られるようになった。 1975年には、五月みどり主演の東映ポルノ『五月みどりのかまきり夫人の告白』が公開され、三十路の熟れた体と魔性の女ぶりで男たちを虜にした。五月をはじめ『軽井沢夫人』の高田美和や松尾嘉代の『プレイボーイ』誌でのヌード、1981年にはロッキード事件で知られた田中角栄の秘書官、榎本敏夫の妻・榎本三恵子が『ペントハウス』で34歳の体を披露するなど、「夫人」層の裸体が話題になる。こうした時代に、満を持して「熟女」が登場する。「国会図書館で検索したところ、1983年の沢田竜治『熟女のたわむれ』が初めて“熟女”を冠した単行本でした。また翌年には赤松光夫も『熟女志願』を出版しています」(前出・三橋氏) 1980年代前半に登場した熟女という言葉は、1990年代からアダルトメディアを通して一気に浸透していく。※週刊ポスト2018年8月31日号
2018.08.26 07:00
週刊ポスト
78歳五月みどり「30代の男性ファンが大勢いてくださいます」
78歳五月みどり「30代の男性ファンが大勢いてくださいます」
 週刊ポスト7月13日号「ニッポンのセックスシンボル115人」の2位に続き、同誌8月31日号で行われた「男たちが本当に大好きな最高の美熟女30人」で4位にランクインした五月みどり。現在78歳とは思えない色香を今も醸し世の男性を虜にし続けている。そんな彼女は自身の熟女としての人気をこう語る。「本当に光栄なことで、男性が私にお色気ムンムンというイメージを持つことに当初から抵抗はありませんでした。映画やレコードなどいろんなお仕事ができて楽しかったです。やる以上は一生懸命に男性の期待にお応えしようと頑張りました」 彼女が真正面から“熟女”を打ち出したのは、43歳だった1983年発売のレコード『熟女B』からだ。「この曲は、黒いレースのシースルーの衣装で歌っていました。下はショーツだけだから、パッと見たらスッポンポンだと錯覚しちゃう。ステージでは大歓声をいただいたんですけど、テレビではお色気がありすぎて、出演させてもらえませんでした」 近年では美人で気さくなお母さん役のイメージもあるが、それでも「美しい熟女」としての色香は健在だ。「現在も30代の男性ファンが大勢いてくださいます。私には、何でも許して包み込むような雰囲気があるみたい。実際は結構男性に厳しいタイプなんですけどね」 喜寿を超えた今も、彼女は永遠の「熟女」であり続ける。※週刊ポスト2018年8月31日号
2018.08.24 16:00
週刊ポスト
「好きな美熟女」調査 3位石田ゆり子、2位黒木瞳、1位は?
「好きな美熟女」調査 3位石田ゆり子、2位黒木瞳、1位は?
「熟女」という言葉を聞いて、あなたはどのような女性を真っ先に思い浮かべるだろうか。旬が過ぎた女性というようなネガティブな印象を与えた時代もあったが、現在では「女ざかり」の代名詞として世の男性の支持を集めている。そんな熟女ブーム真っただ中において、本誌・週刊ポストは読者1000人にアンケート(最大3人まで回答可)を実施し、「美しい熟女」について調査した。世の中の男性が本当に求める美熟女とは一体誰なのか。 1位は今も「サユリスト」と呼ばれる熱狂的ファンを持つ吉永小百合。コラムニストの亀和田武氏は、その理由をこう見る。「原節子は43歳で女優を引退し、美しいイメージのまま消えたことで伝説となったのに対し、吉永小百合は女優を続け、公の場に姿をさらしながら伝説の存在になっている」 2位は黒木瞳。黒木といえば、映画『化身』のホステス、『失楽園』での人妻役の濡れ場が印象に残る。漫画家のやくみつる氏は若い頃から変わらぬ黒木瞳の色気について、番組で共演した際「ドレスから露出した背中がまぶしかった」と回想する。 吉永小百合、黒木瞳はともに100票超えで、3位の石田ゆり子とは大きく開きがある。黒木は2012年に本誌で実施した著名文化人23人が選ぶ美熟女ランキングで1位(吉永小百合は4位)と、人気が根強い。「美しい熟女」として挙げられた熟女たちの多くが「昔と変わらない」という理由での選出が目立った。比較文学者の小谷野敦氏は「彼女たちが昔とあまり変わらない姿を見て、男性は自分の青春時代を思い出している」と分析する。17位の原田知世もその典型だろう。一方で高島礼子(11位)を「『かわいい』という印象から年を重ねて円熟味を発揮するようになった」(映画評論家・前田有一氏)と、年を重ねた今の姿に魅力を見出す意見もある。 また、今回の調査で目立ったのは壇蜜、橋本マナミといった30代の“若手美熟女”だ。映画評論家の秋本鉄次氏が五月みどりを「慈愛と豊満な肉体で中高年の男を包み込む『永遠の年上の女』と」評したように彼女たちも「永遠の年上」感を読者に与えているのではないか。「熟女」はさまざまな魅力で成り立っている。ランキングの上位20人を紹介しよう。1位 吉永小百合(73)146票2位 黒木瞳(57)124票3位 石田ゆり子(48)66票4位 五月みどり(78)62票5位 鈴木京香(50)53票6位 松坂慶子(66)37票7位 壇蜜(37)32票8位 沢口靖子(53)31票9位 井川遥(42)30票10位 かたせ梨乃(61)28票11位 高島礼子(54)27票11位 北条麻妃(41)27票11位 由美かおる(67)27票14位 八千草薫(87)26票14位 高岡早紀(45)26票14位 風吹ジュン(66)26票17位 原田知世(50)25票17位 米倉涼子(43)25票19位 名取裕子(61)24票20位 高橋恵子(63)23票※週刊ポスト2018年8月31日号
2018.08.23 16:00
週刊ポスト
山本陽子、芦川いづみ、八千草薫ら昭和スターの浴衣姿
山本陽子、芦川いづみ、八千草薫ら昭和スターの浴衣姿
 平成最後の夏は記録的暑さとなっている。昭和のスターによる、美しい浴衣姿の残暑見舞いをお届けする。●山本陽子/昭和17年東京都生まれ。 昭和38年に日活に入社。当初は映画女優として大役に恵まれなかったものの、ドラマ『白い影』(昭和48年、TBS系)での好演を機にテレビを中心に活躍。『放浪記』をはじめとした舞台での演技も高く評価された。(C)大竹省二●五月みどり/昭和14年東京都生まれ。 昭和33年にレコードデビュー後、「おひまなら来てね」(昭和36年)がヒット。一時引退したが、昭和46年に女優として復帰。ポルノ映画『五月みどりのかまきり夫人の告白』(昭和50年)に主演して話題を呼んだ。(C)池谷朗●芦川いづみ/昭和10年東京都生まれ。 松竹歌劇団から映画界入りし、映画『東京マダムと大阪夫人』(28年)でデビュー。昭和30年に日活に移り、『幕末太陽傳』(昭和32年)などで見せた清楚な美貌でスター女優の地位を確立。昭和43年、藤竜也との結婚を機に引退。(C)Yuji hayata/JDC●八千草薫/昭和6年大阪府生まれ。 宝塚歌劇団を経て、映画『目下恋愛中』(昭和26年)でスクリーンデビュー。良妻賢母の役回りが多かったが、『岸辺のアルバム』(昭和52年、TBS系)で不貞を働く妻を演じてテレビ大賞主演女優賞を受賞。実力派として息の長い女優活動を続ける。(C)Yuji hayata/JDC●山本富士子/昭和6年大阪府生まれ。 昭和25年に第1回ミス日本グランプリを獲得し、『花の講道館』(昭和28年)で女優デビュー。昭和33年に主演した映画『白鷺』『彼岸花』でブルーリボン主演女優賞を受賞。昭和38年の独立以降、テレビや舞台でも活躍。撮影:秋山庄太郎(C)秋山庄太郎写真芸術館※週刊ポスト2018年8月17・24日号
2018.08.08 16:00
週刊ポスト
「日本のセクシー女性」大調査 5位に石原さとみ、1位は?
「日本のセクシー女性」大調査 5位に石原さとみ、1位は?
 1950年代半ばに登場した「セックスシンボル」という言葉は、単に「セクシーな人気者」を表わすものではない。その時代を象徴する、美貌と知性を兼ね備えた「影響力のある女性」の代名詞として定着している。本誌・週刊ポストは読者1000人にアンケート(最大3人まで回答可)を実施し、「日本のセックスシンボル」について調査した。果たして、男たちが本当に憧れる女優・タレントは誰なのか──。1位:壇蜜(178票)2位:五月みどり(100票)3位:橋本マナミ(84票)4位:杉本彩(57票)5位:石原さとみ(52票)6位:深田恭子(49票)7位:菜々緒(46票)8位:由美かおる(39票)9位:松坂慶子(38票)10位:吉永小百合(30票) 第1位に輝いたのは壇蜜。178票を集めた。2014年公開の壇蜜主演映画『地球防衛未亡人』の河崎実監督はこう語る。「壇蜜は怪物みたいなものですよ。髪は黒髪で古風な顔立ちで、しかも谷崎潤一郎や三島由紀夫なんかの日本文学や映画にも詳しい。ちょっと学歴のあるオヤジだったらイチコロでしょう。 下ネタも平然と話すけど、彼女が語ると決して下品に聞こえないのがすごいよね。上品なユーモアでエロを包みこんでいるんです。最初に会ったときから『監督の作品を見ました』なんて言ってくれて、人心掌握にも長けている。俺なんてずっと年上なのに、子供扱いされちゃった。何もかもを知り尽くした、奥の深い女ですよ」 第2位に入ったのは五月みどりで100名が票を投じた。五月はこう語る。「今回は多くの方に選んでいただいて、とても嬉しく思います。応援してくださる一人一人の方に直接お会いしてお礼申し上げたいくらいの気持ちです。誠にありがとうございました」 3位は橋本マナミ(84票)。「この度セックスシンボル第3位に選んでいただき本当に嬉しい気持ちでいっぱいです!! ありがとうございます。週刊ポストさんにはステキなグラビアをたくさん撮っていただきました。これからも皆様にドキドキしてもらえる、そして、心のオアシスになれるグラビアを発信していけるよう頑張りますのでよろしくお願いします」 とのコメントを寄せてくれた。以下、4位は杉本彩(57票)、5位は石原さとみ(52票)だった。今回の結果を、女優やアイドルの歴史に詳しいライターの安田理央氏はこう考察する。「1位の壇蜜さんと3位の橋本マナミさんは現在のセックスシンボルとして順当ですね。若すぎず、色っぽいキャラクターが幅広い層に受けている」 上位の顔ぶれからは、本誌ならではの結果も読み取れた。「五月みどりさんや吉永小百合さん(10位)など往年の名女優が入ったのが大きな特徴です。自分の青春時代の憧れの女優を思い出したのでしょう。やはり、性に目覚めたときの記憶は強いですね」 概ね順当といえるランキングだが、“意外”な結果もあった。「菜々緒さんが7位に入ったのには驚きました。“菜々緒ポーズ”とドラマでのSっ気のある姿が、強烈な印象を与えたようですね。もう一つは巨乳の女性がさほど多くない点。日本の巨乳ブームはイエローキャブが登場した90年代以降なので印象に残りづらかったのかもしれません」※週刊ポスト2018年7月13日号
2018.07.05 16:00
週刊ポスト
倉本聰
倉本聰 もしも恋をするなら「相手はうんと年下の若い子」
 往年の大スターが集まった昼ドラ『やすらぎの郷』(毎週月~金曜昼12時半~、テレビ朝日系)がクライマックスを迎える。脚本を手掛けた倉本聰さんは、こう話す。「『やすらぎの郷』には、ぼく自身の実体験もたくさん入れていますよ。ナスの呪い揚げ(第21話)は演劇界で密かに行われていた儀式で、腹が立つやつがいると今でもエイッと串刺しにして、ジュウッと揚げる。姫たちはしょうがじょうゆで食べましたが、にんにくを入れてもおいしい(笑い)」 ドラマでは年の差カップルの恋の行方も注目だ。菊村栄(石坂浩二、76才)は60才下のアザミ(清野菜名・22才)と、マロ(ミッキー・カーチス・79才)は46才下の伸子(常盤貴子・45才)と、さらに最近の放送では、約25才差の路子(五月みどり・77才)と中里(加藤久雅・52才)のロマンスも浮上している。「あれはひとつの憧れです。もしぼくが恋をしていたら、相手は同年代の女性だと考えるでしょう? とんでもない。うんと年下の若い子と恋をします。まだ平成モノには手をつけていないので、目指すはヌーボー! だって若い時よりも、正直ぼくは今のほうがずっとモテますもん。 栄やマロの恋は男のロマンでも、栄の孫の梢(山本舞香・19才)が年の離れたおじさんに惚れて、男の離婚のために『お金ちょうだい』と遺産をねだる場面(第116話)は、『世の中とはこういうもんだぞ』という理不尽さを描いています。孫は大真面目に援助を頼み、おじいちゃんはそれに対して激怒する。本人たちは真剣なんだけど、端から見たら、笑っちゃいますよね。『かわいい孫になら、おじいちゃん1500万円を用立てるよ。で、何に使うの?』と聞いたら、『男のため』と返され、『えっ!?』と栄が呆然となる。そこが喜劇としておもしろいところなんですが、せっかく書いても演出家も役者もそこをなかなか出してくれない。台本が狙う笑いをことごとく外してくれる(笑い)」(倉本さん)撮影/矢口和也※女性セブン2017年9月28日号
2017.09.17 07:00
女性セブン
五月みどり 「オファーがあったら“寄せて上げ”なきゃね」
五月みどり 「オファーがあったら“寄せて上げ”なきゃね」
 いま話題のドラマ『やすらぎの郷』(テレビ朝日系)で女優として活躍する一方、毎月のようにステージに立って歌い続ける五月みどり(77)。初ステージから61年が経っても華やかな魅力を放つ五月だが、その人生は波乱に満ちていた──。『NHK紅白歌合戦』に3年連続で出場を果たした翌年1965年、村田英雄所属の新栄プロダクション社長・西川幸男氏と結婚した五月。芸能活動を休止したものの、結婚生活は6年で破綻し、芸能会に舞い戻る。 過去の栄光に執着しない五月に1974年、転機が訪れる。雑誌『平凡パンチ』からヌードグラビアの依頼が来たのだ。当時34歳。「紅白」に出場するほどの有名歌手が脱ぐことは異例だった。「話に乗ってみるのも面白いかなって。自信はなかったけど、これくらいの胸なら大丈夫だろうと(笑い)。嫌だなと思いながら仕事に臨みたくないんです。だから現場では、私からもう少し脱いだほうがいいんじゃない、なんて言ったんですよ」 1975年には東映ポルノ映画『五月みどりのかまきり夫人の告白』に主演。翌年、日本テレビのディレクター・面高昌義氏と2度目の結婚に踏み切る。「3度目のデートでプロポーズされて結婚です。私、一生のうちに大恋愛にまで発展したことってあったのかな(笑い)」 1983年の日活ロマンポルノ『ファイナル・スキャンダル 奥様はお固いのがお好き』が、日活の正月興行配収の新記録を作るも、これを最後にヌードと決別する。「そういう役ばかり来るようになったのでね。何回も何回も脱ぐものじゃないですよ(笑い)」 私生活では、夫の金銭問題で1984年に離婚。2人揃った記者会見ではキスまで披露した。「記者の方に求められたから、ついやっちゃったのよね(笑い)」 翌1985年には20歳年下の歌手・立花淳一と3度目の結婚をするも、1年半で離婚。今度は彼の度重なる浮気に懲りた。「結婚を後悔したことも、相手を憎むこともないですね。腹を立てても自分が損するだけよ。私は前向きな性格なんです(笑い)。仕事でもガクっときたり、クヨクヨすることがなくて、好きな歌を歌えていればいいかなって。そういう性格はずっと変わらないですね」 裸のイメージがついた時期もあったが、映画『男はつらいよ』やNHK大河ドラマ『八代将軍吉宗』にも出演。バラエティ番組『伊東家の食卓』ではお母さん役で親しまれた。ヌードへの偏見を覆し、熟女という言葉を人口に膾炙させたのは紛れもなく、五月みどりである。「まあ、なんでもいいんですよ、私は(笑い)。やってくださいと頼まれるとね……」 常に自然体で、この大らかな性格が、世の男を惹き付けてきたのだろう。再び、ヌードのオファーが来たらどうするか。「また裸になりたいとは思わないけど……。話があったら、(自分の胸を触って)寄せて上げなきゃね(笑い)。80歳になったら、いいかもしれないですね」【プロフィール】さつき・みどり/1939年生まれ、東京都出身。1956年、『ものまねのどじまん』(ニッポン放送)で優勝し、審査員の宮城秀雄(宮城まり子の弟)に才能を認められる。1958年に『お座敷ロック』でデビューし、1961年に発表した『おひまなら来てね』が大ヒット。その後も『来てねシリーズ』『芸者シリーズ』をヒットさせる。1975年の東映ポルノ映画『五月みどりのかまきり夫人の告白』をはじめ、日活ロマンポルノにも主演し、熟女ブームの先駆けとなる。一方、独学で始めた油絵が1989年に「二科展」に初出品初入賞し、書道や着物デザインでも才能を見せる。現在は、放送中のドラマ『やすらぎの郷』(テレビ朝日系)にレギュラー出演する他、『夢コンサート』などに出演。今秋には新曲も発売予定。取材・文■岡野誠 撮影■池谷朗※週刊ポスト2017年7月7日号
2017.07.02 07:00
週刊ポスト

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