坂東三津五郎一覧

【坂東三津五郎】に関するニュースを集めたページです。

市川海老蔵 弟分・坂東巳之助の披露宴欠席の無念
市川海老蔵 弟分・坂東巳之助の披露宴欠席の無念
《いまママがいない事を悲しんで涙ながしていました。勸玄が明確に認識して涙を流した事を初めて見ました。 わかるよ。としか言えない父親、抱きしめるしかできない父親、辛いです。母親の温もりを沢山感じさせてあげたい思いが私の中で大きなものとなっています。》 1月日、市川海老蔵(40才)はブログにそう綴った。麻央さん(享年34)が天国へと旅立ったのは、2017年6月22日のことだった。その翌日、公演中の海老蔵に連れられた勸玄くん(4才)は、舞台裏で麗禾ちゃん(6才)や他の出演者たちとの変顔ごっこや追いかけっこに、無邪気な声をあげていた。それから半年以上の月日が経ってはじめて、勸玄くんは、そこにあるはずの「母の愛」を失ったことに気づいたのだろう。 海老蔵が、父の葛藤を吐露した翌28日、帝国ホテル(東京・千代田区)の孔雀の間で、盛大な結婚披露宴が行われた。中心にいたのは、坂東三津五郎さん(享年59)と元タカラジェンヌの寿ひずる(63才)の長男・坂東巳之助(28才)だった。 松本白鸚(75才)をはじめ、松本幸四郎(45才)、中村芝翫(52才)・三田寛子(52才)一家、片岡愛之助(45才)・藤原紀香(46才)夫妻、中村勘九郎(36才)、市川猿之助(42才)、香川照之(52才)、市川右團次(54才)、中村獅童(45才)、尾上松也(33才)といった豪華な顔ぶれが集結。歌舞伎界以外からも、奥田瑛二(67才)・安藤和津(69才)夫妻などが出席した。「司会を務めたのは松尾貴史さん(57才)。キャビアや高級食材をふんだんに使った超豪華な料理に驚かされました。花嫁が以前、サンリオピューロランドに勤めていたそうで、余興にキティちゃんが登場して社交ダンスを披露したりと大盛り上がりでした」(参加者) 会場には海老蔵の母・希実子さんの姿もあった。「もともと、三津五郎さんと(海老蔵の父)團十郎さんの仲がよくて、團十郎さんが病に倒れたときには、『勧進帳』の弁慶の代役を三津五郎さんが務めたほど。三津五郎さんは海老蔵くんにも目を掛けていましたし、海老蔵くんも父の恩人でもある三津五郎さんを心から尊敬していました。三津五郎さん亡き後は、巳之助くんのことを弟のようにかわいがっていました。ところが、披露宴に海老蔵くんは出席していなかったんです」(別の参加者) 成田屋の跡取りに生まれた重圧で、かつて歌舞伎の世界への反発を繰り返した海老蔵。一方、巳之助は三津五郎さんが寿と離婚し、2年ほどで父が離婚原因と噂された近藤サト(49才)と再婚したことに不信感を強め、その後高校を中退。とんかつ店でアルバイトするなど、歌舞伎の世界から完全に離れた時期がある。「巳之助さんが再び歌舞伎俳優を目指そうとしたとき、相談に乗っていたのが海老蔵さんだそうです。昨年7月の歌舞伎座公演では、海老蔵さんの親獅子・巳之助さんの仔獅子で『連獅子』を演じました。連獅子は、親獅子が仔獅子を谷底に突き落として成長を見守るというもの。三津五郎さんに代わって、巳之助さんを見守っているという海老蔵さんからのメッセージとも思えたほどです」(歌舞伎関係者) そんな弟分の晴れの日に、なぜ海老蔵は姿を見せなかったのだろうか。「麻央さんの“喪中”のため、慶事に顔を出すことができなかったんです。神道では、故人の魂が和み鎮まるのに1年かかるという考えがあるそうで、それがいわゆる喪中に当たるそうです。駆けつけたい思いはあったでしょうが、その場に行くことができなくても、巳之助さんに心から祝福のエールを送っていたと思いますよ」(前出・歌舞伎関係者) 2人がまた並び立つ日が楽しみだ。※女性セブン2018年2月15日号
2018.02.02 07:00
女性セブン
市川海老蔵の團十郎襲名は既定路線 “新・團菊”揃い踏みも
市川海老蔵の團十郎襲名は既定路線 “新・團菊”揃い踏みも
 400年の歴史を誇る伝統芸能の歌舞伎だが、2017年は暗いニュースが目立った。5月に中村獅童(45才)の肺腺がんが見つかり、6月には市川海老蔵(40才)の妻・小林麻央さん(享年34)が乳がんのため、この世を去った。10月には『スーパー歌舞伎II 「ワンピース」』の公演中の事故で市川猿之助(42才)が左腕開放骨折という役者生命を脅かす重傷を負った。 そればかりではない。近年、歌舞伎界を襲う不幸は止まらない。中村勘三郎さん(享年57)、市川團十郎さん(享年66)、坂東三津五郎さん(享年59)と、歌舞伎界は相次いで巨星を失っている。「この“負の連鎖”は2010年4月に旧歌舞伎座を閉場したことを機に不幸が重なったため、“歌舞伎座の呪い”と呼ばれています。暗い話題が続いた歌舞伎界にとって、高麗屋の三代同時襲名は久々の明るいニュースとなりました」(歌舞伎関係者) 2017年12月11日、二代目松本白鸚(75才、元・松本幸四郎)、十代目松本幸四郎(44才、元・市川染五郎)、八代目市川染五郎(12才、元・松本金太郎)を三代同時に襲名した。三代同時襲名は37年ぶり、二代続けての三代同時襲名は歌舞伎史上初めてのことである。そして、この三代同時襲名は「歌舞伎新時代幕開け」の序章だという声もある。「歌舞伎の興行主の松竹としては、日本の伝統文化である歌舞伎を2020年の東京五輪で世界にアピールしたいという思いがあります。その時、歌舞伎界トップの『市川團十郎』が不在という事態は何としても避けたい。そのため東京五輪までに海老蔵が十三代目を継ぐのは既定路線といわれています。その際は海老蔵の息子・勸玄くん(4才)が『八代目市川新之助』を襲名するダブル襲名になるでしょう」(前出・歌舞伎関係者) 市川宗家・成田屋に受け継がれる「市川團十郎」は、歌舞伎界で最も権威のある大名跡であり、2013年に十二代目が逝去後は空位のままとなっている。新・團十郎誕生を盛り上げるため、水面下ではこんな壮大な計画が進んでいるという。「高麗屋の三代同時襲名の後、團十郎との『團菊』コンビで知られ、成田屋と並ぶ名門・音羽屋の尾上菊之助(40才)が『八代目尾上菊五郎』を襲名するという構想があるようです。『菊五郎』を海老蔵と同じ年の菊之助に継がせることで、團十郎襲名への地ならしにもなる。海老蔵と菊之助で『新・團菊』の揃い踏みとなれば、これほどおめでたいことはありません」(前出・歌舞伎関係者) 東京五輪に向けて、高麗屋、音羽屋、成田屋と歌舞伎の名門が立て続けに代替わりする。何ともドラマティックな筋書きである。※女性セブン2018年1月18・25日号
2018.01.12 16:00
女性セブン
市川猿之助も重傷骨折 不気味に続く「歌舞伎座の呪い」
市川猿之助も重傷骨折 不気味に続く「歌舞伎座の呪い」
「本当に復帰できるのか」──関係者の間でそう囁かれているのは10月9日、東京・新橋演舞場での公演中に左腕を骨折した人気歌舞伎俳優・市川猿之助(41)だ。事故が起きたのは公演終了後のカーテンコール。漫画『ワンピース』を題材にしたスーパー歌舞伎で主役を務めていた猿之助が、花道の途中にある“すっぽん”と呼ばれる昇降装置で舞台から姿を消す瞬間だった。演舞場関係者が明かす。「猿之助さんが一瞬で床下に消える演出で、普段より降下スピードを上げていたため、衣装の左袖が装置に巻き込まれると同時に一気に腕を持っていかれてしまった。この公演は2015年に続き2回目ですが、今回から衣装の袖を前回より長くし、羽根飾りなども付けて“スケールアップ”させたことが災いした」 異変に気付いたスタッフが「猿之助さんが機械に挟まれた!」と助けを求めたが、体を装置から引き離すのに「大人4人がかりだった」と言うから、どれほど腕が深く装置に挟まれていたかが窺い知れる。「救助に当たったスタッフの話では、猿之助さんの左腕の骨が皮膚を突き破ってハッキリと見えるほど飛び出していたそうです」(前出・関係者) すぐに病院へと搬送され緊急手術。左上腕と前腕、指の3か所の開放骨折という重傷だった。猿之助は事故翌日に、代役を務めることになった歌舞伎役者・尾上右近(25)らに向け、「僕は元気。なるべく早く戻るから(中略)みんなで頑張ってください」と激励するなど気丈に振る舞っているというが、事態は深刻だ。「本人は来年1月から始まる東京・歌舞伎公演で本格復帰するつもりでいるが、まだ数回の手術が必要で、どこまで演じられるかも分からない。猿之助は指先の動きでの表現力が持ち味。“左腕が元通りにならなければ本格復帰は難しい”と不安の声が上がっています」(前出・関係者) それにしても歌舞伎界を襲う不幸は不気味なほどに止まらない。中村勘三郎(享年57)、市川團十郎(享年66)、坂東三津五郎(享年59)などベテラン歌舞伎役者たちが若くして相次いで亡くなったことに続き、若手でも市川海老蔵(39)の妻・小林麻央が今年6月に亡くなり、中村獅童(45)も今年5月、肺腺がんになった。そこで今一番の実力派と言われる猿之助の長期欠場はあまりに痛い。「2010年4月に旧歌舞伎座(東京・銀座)を閉場したのを機に不幸が相次いだことから、“歌舞伎座の呪い”と呼ばれています。梨園関係者は『まだ呪いは続くのか』と気味悪がっています」(同前) 最も憂慮されるのは、猿之助を欠いた一門「澤瀉屋(おもだかや)」の今後である。「先代・市川猿之助(現・猿翁)が歌舞伎を現代風にアレンジした『スーパー歌舞伎』を確立したことで、澤瀉屋は脚光を浴びましたが、息子の香川照之(市川中車)が歌舞伎界に入ったことで関係がギクシャクし、長年、先代を支えた市川右團次(元・市川右近)が今年、事実上独立してしまったばかり。香川は歌舞伎役者としてはキャリアが浅く、澤瀉屋を一人で支えていくには荷が重い。それだけに猿之助の不在は澤瀉屋、さらにはスーパー歌舞伎の存続危機です」(歌舞伎関係者) ケガの状況について事故が起きた新橋演舞場は「すでに数回、左腕の手術をしております。復帰の時期については分かりません」というのみ。スーパーな復活劇を祈るしかない。※週刊ポスト2017年10月27日号
2017.10.16 07:00
週刊ポスト
近藤サト 離婚間近で「炎上狙い」のキャラ変画策?
近藤サト 離婚間近で「炎上狙い」のキャラ変画策?
 7月30日の『サンデー・ジャポン』(TBS系)を欠席した西川史子(46才)の定位置に座っていたのは、なんとも珍しい人だった。「番組初出演の近藤サトさん(49才)でした。『出られる番組なら何でも出たい!』と言い続けてきた営業の賜物。西川さんの復帰が遅れた場合、近藤さんはあの席に座り続けるのでは? という噂も出ています」(番組関係者) 激やせの様子で心配されていた西川だが欠席の理由は胃腸炎。症状は軽く、大事をとっての措置で、数日で退院予定という。「ただ、西川さんは去年の5月、それから12月にも急性胃腸炎で番組を休んでいます。本人曰く、更年期障害の症状もあり、体調が万全とはいえません」(芸能関係者) その西川の席に座った近藤の毒舌は普段の西川以上で、視聴者を驚かせた。「過去の上品な女子アナキャラの面影はどこへやら。近藤さん自身、略奪婚で世間を騒がせたことがありましたが、完全に棚上げ状態。爆笑問題の太田光さん(52才)が、今井絵理子議員(33才)の不倫騒動の『一線を越えていない』というコメントを『ペッティング』とか『先っぽ』という言葉で揶揄していたのですが、近藤さんはそれを嫌がるどころか、同調するように『ペッティング』など平然と口にしていたので驚きました」(前出・番組関係者) 7月21日の『バイキング』(フジテレビ系)では、稲田朋美元防衛相(58才)について意見を求められ、安倍晋三首相(62才)へ「一緒に背負って出て行ってほしい」と“辞任勧告”。その後も過激発言を続けた。「これまで近藤さんはナレーションを中心に仕事をしてきました。それだけに今回の前のめり感と必死さは少し引いてしまうほどでした。2月の事件以降明らかに“キャラ変”しましたね。露出を増やそうと“炎上狙い”を模索しているようです」(前出・芸能関係者) 2月の事件とは近藤の夫の不倫騒動のこと。近藤は2000年に歌舞伎役者の坂東三津五郎さん(享年59)と離婚した後、2003年に実業家のI氏とできちゃった再婚している。「今年2月、『週刊文春』が近藤さんとI氏の別居と、I氏の不倫を報じました。三田寛子さん(51才)ばりに余裕の受け答えを見せていましたが、夫婦関係はすでに破綻していて離婚が近いようです。そもそもI氏の事業が芳しくなく、近藤さんは自力で稼ぐしかない。これまでの生活レベルを落とさずに、有名私立中に通う息子の学費を払い、また、3年前に都内の一等地に購入したマンションのローンもまだ残っているようですから…」(前出・芸能関係者) 火の車を避けられるなら、炎上なんてどうってことない。※女性セブン2017年8月17日号
2017.08.05 16:00
女性セブン
海老蔵と“麻耶ママ”「いつまでもこのままで」といかぬ事情
海老蔵と“麻耶ママ”「いつまでもこのままで」といかぬ事情
 小林麻央さん(享年34)の葬儀が営まれて1週間後、市川海老蔵(39才)と長男・勸玄くん(4才)の姿は歌舞伎座(東京都中央区)の舞台上にあった。七月大歌舞伎で勸玄くんは父親と一緒に史上最年少の宙乗りを披露し、割れんばかりの拍手喝采──長女・麗禾ちゃん(5才)は客席で2人の姿を見守っていた。 家に帰ってきてもママはもういない。ただ、父子3人にはいつも笑顔で寄り添う女性がいる。麻央さんの姉・小林麻耶(37才)だ。 6月末のある日は麗禾ちゃんを幼稚園に迎えに行き、一緒に夕食をとって帰宅。そのまま海老蔵の自宅で、家族で一晩を過ごした。麻耶は子供たちが通う幼稚園でもすっかりママ代わり。送り迎えをする姿も今や当たり前の朝の光景で、ママ友達とも挨拶を交わす仲だ。《幼稚園の先生方、幼稚園のママさんたち 皆様に気遣っていただき、感謝の連続です》(7月2日付の麻耶のブログより) さらにお受験の面倒を見るのも麻耶の役目。「麻央さんが亡くなった数日後、某名門私立小学校のオープンスクールに麻耶さんが麗禾ちゃんを連れて参加していました。麗禾ちゃんは年長さんだから来年は小学校受験。麻耶さんはすっかり“お受験ママ”のようでした」(学校関係者) 麻央さんの闘病中、麻耶が看病と育児に明け暮れてきたことは本誌でも報じてきた通りだ。そんな麻耶の献身に対し、海老蔵もブログに《いつも麻耶さん 優しいです》と感謝の気持ちを記していた。「在宅治療に切り替えた5月以降、麻耶さんとお母さんは海老蔵さんの自宅で一緒に寝泊まりして看病していました。留守中もずっとです。2月末に引っ越したマンションですが、麻耶さんとお母さん用の部屋もあり、麻耶さんは麻央さんが亡くなった今もそこで生活を続けている状況だそうです」(麻耶の知人) 麻央さんの最期の日も麻耶と母親が看病していて、容体の急変をLINEで舞台出演中の海老蔵に知らせた。麻央さんが亡くなった後も、子供たちと“麻耶ママ”の関係は続いている。◆独り身の歌舞伎役者もいる《生まれた時から可愛くて可愛くて、どうしてこんなに妹が好きなんだろうと自分でも不思議に思ってしまうくらい心の底から大好きでした。世界一愛しい存在です》(6月26日付ブログより) 麻央さんの葬儀の日、麻耶はこう綴った。麻耶にとって、最愛の妹が遺していった子供たちは、わが子同然の存在だろう。亡くなった姉妹の幼い子供たちの面倒を、姉や実家の母親が見るというのは一般の家庭ならよくある話かもしれない。しかし、海老蔵は歌舞伎の名門・成田屋の総領だ。「歌舞伎役者に嫁いだ妻と実家の関係は、普通の家庭とはかなり違います。結婚したら実家とはかなり距離を置くのが当たり前なんです。『父』『母』といえば嫁ぎ先の両親のことで、『義父』『義母』といった言い方はしません。麻央さんもテレビインタビューで故・十二代目團十郎さんのことを『父』と呼んでいましたよね。一方、実家の両親は『実家(さと)の父』『実家(さと)の母』という呼び方になります。歌舞伎の家は独特の世界なので、嫁の実家が入り込む余地はないんです」 とは、ある歌舞伎関係者。そんな中で海老蔵の「成田屋」と麻央さんの実家の「小林家」の関係は異例だという。それは麻央さんの闘病という特殊な事情があったからだ。「実際に麻央さんの闘病が発覚する以前は、歌舞伎関係者の間から“麻耶さんは海老蔵の家に入り浸りすぎではないか”という批判めいた声も聞こえてきました」(前出・歌舞伎関係者) とはいえ今、麻耶の手なくして海老蔵と2人の子供が日常生活を送るのは難しい。母を亡くして、信頼できる伯母までいなくなっては…と考えると子供たちのショックは計り知れない。「お気持ちは痛いほどわかりますが、いつまでもこのままというようにはいかないでしょう…。なにしろ海老蔵の家は歌舞伎界の中心である市川宗家。将来はその跡取りである勸玄くんは成田屋が教育するのが筋というものです。厳しいようですが、元妻の実家が入り込めるような世界ではありません。実際、麻耶さんは家で面倒を見たり、幼稚園などの送り迎えはしても、歌舞伎の劇場や稽古にはついていってはいないそうなので、そのあたりはご承知だと思いますが…」(別の歌舞伎関係者) 歌舞伎の稽古そのものは海老蔵が直接つけるにせよ、歌舞伎役者としての人格形成や教養はおかみさんに負うところも大きい。それを多忙な海老蔵がひとりで行えるのか。海老蔵は「麻央と一緒に生きる」と公言しているが、いずれ周囲から再婚をすすめられても不思議ではない。「亡くなってすぐにひどい話だとは思いますが、それほどおかみさんは大事だということです。独り身の歌舞伎役者は少なくはないんです。尾上松緑(42才)や市川中車(香川照之、51才)は離婚して今は独身。2015年に亡くなった坂東三津五郎さんは離婚後、別れた妻が子供を楽屋口まで送り迎えしていました。でも、歌舞伎界のなかでも最も歴史ある成田屋はそうはいかないのではないでしょうか。おかみさん不在のままで、歌舞伎界一の大所帯をまとめていけるのかと不安の声はあがってしまうのです」(前出・別の歌舞伎関係者) もし海老蔵に再婚話が持ち上がれば、海老蔵と麻耶ママの“代役家族”は変わらざるをえないのか。海老蔵一家の試練は続いている。※女性セブン2017年7月20日号
2017.07.06 07:00
女性セブン
永遠の愛誓った海老蔵を悩ます「團十郎襲名」と梨園の掟
永遠の愛誓った海老蔵を悩ます「團十郎襲名」と梨園の掟
 妻・小林麻央(享年34)の死後、長男・勸玄くん(4)の7月の歌舞伎座出演のための稽古をつけたり、子供たちのお弁当を作ったりと、シングルファーザーとして忙しい日々を送る市川海老蔵(39)。だが、父親業だけに専念しているわけにもいかないようだ。成田屋の関係者が語る。「海老蔵さんは2020年の東京五輪に合わせて十三代目・市川團十郎を襲名することが既定路線となっている。歌舞伎界として、世界中が注目するオリンピックの場で新・團十郎をお披露目したいという目算です」「市川團十郎」は歌舞伎の創成期以来350年にわたり、市川宗家に受け継がれる大名跡だ。「尾上菊五郎」、「松本幸四郎」など梨園に名跡は多々あるが、團十郎の名は別格とされる。『悲劇の名門 團十郎十二代』の著者・中川右介氏が解説する。「江戸の歌舞伎は初代團十郎が作りあげたもの。名跡の世襲を始めたのも初代。明治以降も江戸歌舞伎は、團十郎を主役とすることを前提として栄えていった。現在約30の家がある歌舞伎界で“宗家”と名乗るのは成田屋だけ。家の格は揺るぎないナンバーワンです」 そこで切り離せないのが“梨園の妻”の存在だという。梨園では「舞台の中は役者の仕事。外は妻の仕事」との言葉があるように、芝居以外は雑事に至るまで妻が取り仕切るのが一般的だ。襲名ともなれば、贔屓筋への挨拶まわりの順番決めから、引き出物の手配まで、すべては妻の仕事となる。「亡くなった坂東三津五郎さんが『八十助』から『三津五郎』を襲名したときは元妻・近藤サトさんと離婚したばかりで『妻がいないのに襲名できるのか』と批判を浴びた。それが團十郎ともなれば、襲名という大一番に妻がいないといろいろな不都合が予想される。それが“梨園の掟”というものです。遠くない将来、“後添え問題”が話し合われることになるかもしれない」(前出・成田屋関係者) 6月23日の会見で海老蔵は「これからも(麻央から)教わり続けるのは愛なんだと思う」と“永遠の愛”を誓った。「梨園の掟」と「永遠の愛」の狭間で傷心の海老蔵の悩みは尽きないのか。※週刊ポスト2017年7月14日号
2017.07.02 16:00
週刊ポスト
フジテレビは苦境に立っているのか
元フジテレビ・近藤サト 「天の声」でテレビ復帰
 一昔前なら、寿退社した女子アナは“内助の功”に徹し、再び表舞台に出てくる人は少なかった。松坂大輔の妻・柴田倫世などがその代表格か。しかし近年、結婚後もテレビに出まくる女子アナが増えている。どうやら背景にはそれぞれ複雑な事情があるようだ。 2006年にフジテレビ・和田圭編集委員と離婚した有賀さつき(51)はクイズ番組の“高学歴キャラ”で奮闘中だ。「復帰当初は拘束時間の短い通販番組などに絞っていたけど、一人娘が乗馬を始めてから、収録時間の長いバラエティ番組にも進出しました。娘の望む“習いごと”は思い切りやらせたいという親心のようです」(有賀の知人) 1980年代に“ひょうきんアナ”として一世を風靡した寺田理恵子(55)は、NEC元会長の長男と結婚したが2012年に死別した。「相当な遺産があったようですが、娘の歌手デビューを巡るトラブルが起こるなど、私生活ではゴタゴタが続きました。2014年、懇意にする生島ヒロシ(65)に背中を押され、彼のラジオ番組のアシスタントとして、14年ぶりに現場復帰を果たした」(フジ関係者) 画面にはあまり姿を見せず、“意外なかたち”で復帰しているのが近藤サト(48)。故・坂東三津五郎と離婚後、2003年にイルミネーションプロデューサーと再婚し、翌年には男児を出産した。「画面には映っていませんが、“天の声”としてテレビ復帰している。落ち着いた声と高いアナウンス力を武器に『ビートたけしのTVタックル』(テレ朝系)、『有吉反省会』(日テレ系)など、数多くの人気番組でナレーションを務めています。 母校の日大芸術学部で特任教授として教壇に立ち、収入はフジ時代と遜色ないでしょう。再婚当初はセレブ婚と騒がれましたが、旦那さんの事業に昔ほどの勢いがないため、家計を助けるために彼女は働いているようです」(近藤の知人)※週刊ポスト2016年11月11日号
2016.11.04 07:00
週刊ポスト
NEWSポストセブン
梨園の常識は世の非常識 歌舞伎役者は艶聞に事欠かない
 中村橋之助(51)と京都の芸妓・市さよとの不倫が発覚したが、時代は現代に移り変わっても、歌舞伎役者たちは艶聞に事欠かない。市川海老蔵(38)は、いまでこそ乳がんと闘う妻・小林麻央を献身的に支える夫のイメージが強いが、結婚前は米倉涼子に始まり、佐藤江梨子、高岡早紀ら名だたる美女との熱愛が報じられた。 今年、藤原紀香と結婚した片岡愛之助(44)も故・つかこうへいの娘である愛原実花や熊切あさみとの交際で世を賑わした。 2012年に57歳の若さで急逝した中村勘三郎は歌舞伎界きっての艶福家で知られ、若かりし日の故・太地喜和子から始まり、大竹しのぶ、宮沢りえ、椎名林檎、石川さゆりと亡くなるまで浮いた噂が消えることはなかった。 一方でトラブルも少なくない。市川猿翁(76)は初恋の相手だった故・藤間紫のことが忘れられず、妻の浜木綿子と、まだわずか1歳だった息子・香川照之を置いて出奔する。この親子が雪解けするまでには45年の歳月を要した。 故・坂東三津五郎は寿ひずるとの婚姻中に近藤サトと不倫が発覚。三津五郎は泥沼の離婚協議を経て近藤と再婚したものの、一門や家族の大反対にあいわずか1年7か月で離婚した。 竹内結子と“デキちゃった婚”をした中村獅童(44)は結婚2年目に飲酒運転と信号無視で書類送検された。このとき、助手席に乗っていたのが元カノの女優・Aだった。この事件をきっかけに竹内と離婚した。 前述した通り、華やかな女性遍歴を持つ勘三郎も唯一暗い影を落としたのが、宮沢りえとの関係だった。不倫疑惑が浮上した際、勘三郎は「不倫ではなく可倫だ」という迷言を残した。 歌舞伎役者には“血を守る”という使命もあるためなのか、「隠し子」が存在した役者も多い。 1997年、市川染五郎(43)は6歳年上の元女優との間に隠し子がいたことが発覚。2003年には海老蔵も隠し子の存在が明らかになる。大河ドラマ主演中だっただけに大騒動となった。また2011年には愛之助も京都のホステスとの間に男子をもうけていたことが報じられた。 隠し子の存在も仰天だが、それ以上に世間を驚かせたのが、彼らの浮き世離れした発言だった。海老蔵は「子供の頃から歌舞伎の世界におりまして、これが普通だと思っておりました」と平然と言い放ち、愛之助は「世間一般でもあること。職業柄、大きく取り上げられるだけ」と悪びれるそぶりもなかった。 これぞまさに「梨園の常識は世間の非常識」なのか。 こんなエピソードもある。2002年、人間国宝・坂田藤十郎(84)は50歳年下の舞妓との不倫発覚と同時に、“開チン”写真が流出した際の釈明会見で「お恥ずかしいなぁ~。私が元気だと証明するみたいで」「世の男性方にも頑張ってもらいたいね」と、ケロッと話した。 一般社会であれば、「不倫」「隠し子」などは、社会的に抹殺されかねない大問題であるが、歌舞伎の世界では「日常」なのだ。※週刊ポスト2016年10月7日号
2016.09.28 16:00
週刊ポスト
歌舞伎界に降りかかる受難の連続 新歌舞伎座の怪との声も
歌舞伎界に降りかかる受難の連続 新歌舞伎座の怪との声も
 6月9日、海老蔵(38才)が妻の麻央(33才)が進行性の乳がんで闘病中であることを明かした。がんの発見は1年8ヶ月前に海老蔵と受けた人間ドックだったという。「麻央さんががん闘病していることは、市川宗家と近い梨園の重鎮である尾上菊五郎さん(73才)や中村吉右衛門さん(72才)は知っていたようです。ある重鎮は“なぜこうも歌舞伎界に受難が続くのか”と漏らしたそうです」(歌舞伎関係者) この数年、「50才から75才くらいまでがいちばん技量が磨かれる」といわれる歌舞伎界で、50代、60代の若さでスター役者が次々と早世する悲劇が続いている。 2012年12月、当代きっての千両役者、中村勘三郎さん(享年57)が急逝。その直後の2013年2月には海老蔵の父親・市川團十郎さん(享年66)が肺炎でこの世を去った。「2人の死は、客が呼べる役者がいなくなったということだけでなく、将来の歌舞伎界にとっても大きな損失でした。勘九郎や七之助、海老蔵は人気はあっても芸が未熟。彼らを厳しく教え導く師匠がいなくなってしまったんですから」(前出・歌舞伎関係者) また、昨年2月には踊りの名手として知られた坂東三津五郎さん(享年59)がすい臓がんで亡くなっている。「そうした悲しい出来事が続いていることを、歌舞伎にかかわる人々の間では『新歌舞伎座の怪』と囁く声も聞こえてきます」(前出・歌舞伎関係者) 2013年4月にリニューアルオープンした東京・東銀座にある新歌舞伎座。明治時代の1889年に創設された初代から、関東大震災や東京大空襲での焼失を経て、現在で五代目の歌舞伎座となる。 その先代歌舞伎座が老朽化のため2010年10月に取り壊しとなってから、歌舞伎界を続けざまに不幸が襲っている。 まずは建て替え工事に入った直後の11月。海老蔵が東京・西麻布のバーでトラブルとなり、左上顎骨折、陥没骨折で全治2か月の大けがを負った。「日頃の自分のおごりが招いたことだと思います」と涙ながらに謝罪した海老蔵だが、それから翌年7月までは謹慎を余儀なくされた。 2011年1月には人間国宝の五代目中村富十郎さん(享年81)が直腸がんで死去。同年10月には同じく人間国宝の七代目中村芝翫さん(享年83)が肝不全で、2012年2月には人間国宝の四代目中村雀右衛門さん(享年91)が肺炎で亡くなった。 同年8月には市川染五郎(43才)が公演中に舞台から約3m下の奈落へ転落し、右手首骨折の重傷を負う事故が起きた。現場に居合わせた父・松本幸四郎(73才)は「血の海だった」と、一時は最悪の事態まで覚悟したという。 その後は前述のように、勘三郎さん、團十郎さん、三津五郎さんの訃報が続いた。「歌舞伎座の上には守り主がいる。後ろにあんな高いビルができたら舞台の神様も降りてこないよ」 海老蔵が2012年10月、新歌舞伎座について漏らしたとされる言葉だ。「以前、劇場脇に『歌舞伎稲荷』がまつってあった場所に今は29階建ての歌舞伎座タワーが立っています。ビルが邪魔でお稲荷さんが降りられずに怒っているのではないか、という声もあります」(前出・歌舞伎関係者) 実は、歌舞伎座にまつわる伝説が囁かれたのは今回がはじめてのことではない。ベテラン演芸記者が解説する。「約70年前、先代である三代目の歌舞伎座が解体されたときにも、今回同様、大物俳優が次々と鬼籍に入りました。十五代目市村羽左衛門(享年70)、十二代目片岡仁左衛門(享年63)、七代目松本幸四郎(享年78)、七代目澤村宗十郎(享年73)、六代目尾上菊五郎(享年63)と当時を代表する大名跡でした。 中でも、仁左衛門の場合は、戦後の食糧難の中、待遇の悪さに恨みを募らせた使用人に斧で一家が惨殺されるという凄惨なものでした」 さらに、梨園関係者は「成田屋にはもうひとつの宿命がある」と言う。「市川團十郎率いる『成田屋』こと市川宗家では、約350年の歴史の中で、歴代の團十郎が多くのトラブルに巻き込まれてきました。 初代團十郎は舞台上で客が見守る中、端役の役者に刃物で刺されて命を落としました。二代目は妾と弟子が駆け落ちするという醜聞に見舞われ、三代目と六代目は22才の若さで病死し、八代目は原因不明の謎の自殺を遂げました。『劇聖』と称された九代目は私生活では借金に苦しみました。 海老蔵が理想とする祖父である十一代目は襲名わずか3年後、悲願の演劇界改革をとげることもかなわぬ中、無念の死を迎えました。そして十二代目の父が66才の若さで…そのことからいつしか、『團十郎の名には試練もついてくる』と言われはじめたのです」 そうした歴史を知る若き日の海老蔵の口癖は「おれは長生きしない」。 だからこそ無茶な酒の飲み方をして暴行事件にも繋がったのだが、麻央と結婚して以降はガラリと人が変わったように、不摂生を改め、健康に気を使ってきたという。「團十郎の後継者」に課せられた試練は重い。※女性セブン2016年6月30日号
2016.06.18 07:00
女性セブン
学者肌だった故・坂東三津五郎さん 歴史上の人物を分析した
学者肌だった故・坂東三津五郎さん 歴史上の人物を分析した
「踊りの名手」と呼ばれた十代目坂東三津五郎さん(享年59)は、2015年2月21日にすい臓がんで亡くなった。とくに『六歌仙容彩』での踊りは上半身を男のように下半身を女のように見せて観客を魅了した。 歌舞伎以外にも映画やテレビドラマで活躍。40年来の親交があった浅草の老舗扇子店『文扇堂』の荒井修さんが語る。「三津五郎さんが20才のころ、『浅草が舞台のドラマに出るので勉強したい』と紹介されたのが知り合うきっかけでした。そこで浅草の文化やしきたりを教えました。そのうち、浅草のこと以外にもいろいろと話すようになっていったんです」 芝居や江戸風俗、踊り…数え切れないほど話した中で、忘れられない言葉が「時空を超えられたら何を見たい?」という質問だ。「自分がこれから演じるかもしれないさまざまな歴史上の人物を実際に見てみたいと思ったんでしょう。学者肌で研究熱心な人でした。歴史好きで、普段からさまざまな本を読んでは、歴史上の人物を分析していました」 三津五郎さんは、演じる人物の出身地を旅行するなど、徹底した役作りに定評があった。今は天国で六歌仙歌を詠み合っているのかもしれない。※女性セブン2016年1月1日号
2015.12.24 07:00
女性セブン
霊能者「名古屋の神様」は松田聖子や寺島しのぶの名付け親
霊能者「名古屋の神様」は松田聖子や寺島しのぶの名付け親
 愛知県名古屋市を拠点に、もう50年近く、芸能界をはじめ政財界の著名人の間で「霊能者」として知られる存在が、沖紘子さんだ。 「聖子が歌手デビューしたのは、百恵さんが三浦友和との結婚と引退を表明した直後。当時絶頂期のアイドルだった百恵さんを失って、日本中が沈みがちだったところへきら星のように現れたのが聖子でした。 1980年4月にデビューして、あっというまにスターの階段を駆け上がりましたよね。“聖子ちゃんカット”が社会現象になり、その年にリリースした『青い珊瑚礁』で数々の賞レースを獲得し、マスコミで聖子の特集がいろんな形で組まれました。そのとき、“松田聖子の名付け親”として、沖さんの名前が知られるようになりました」(芸能関係者) 沖さんは聖子だけでなく、早見優(48才)や太川陽介(56才)、沢田知可子(52才)ら数々の著名人の名付け親でもある。生前の岡田有希子さん(享年18)が歌番組『ザ・トップテン』(日本テレビ系)に出演したとき、司会の榊原郁恵(56才)を「長距離ランナー」、岡田さんを「短距離ランナーの生命力」と表現し、岡田さんが亡くなった後、このシーンが話題になったこともあった。「でもそれ以前から、沖さんは、いろんなところで噂される存在だったんですよ。とにかく、よくあたる霊能者でしたからね。関口宏さんのテレビ番組に出演することもありましたし、まだ沖さんが20代の頃だったと思いますが、寺山修司さんとラジオ番組で共演したこともありました。 初めて沖さんに会ったとき寺山さんは、“馬のように足がぐっとしまっている女性とか、馬と同じように女性を選びますね”って言われたそうです。寺山さんは馬好きで馬主にもなったことがあるほどでしたが、まさかそんな形で初対面の沖さんに女性の好みを当てられるとは思ってもみなかったようで、“面白い!”となったそうです」(ラジオ局関係者) 歌舞伎界でも沖さんは知る人ぞ知る存在だ。特に寺島しのぶ(42才)とはもう10年以上のつきあいという。「もともと坂東三津五郎さん(享年59)が沖さんと親しかった縁と聞きました。寺島さんの本名は“寺嶋忍”ですが、芸名をどうするか相談して“寺島しのぶ”にしてから、女優として数多くの賞を受賞するようになったんです。そんな経緯があったから、今も公私にわたって親しく、長男・眞秀くん(2才)の名前も、生まれて来る前から、どうしたらいいか、随分沖さんに相談していたようですね。 沖さんは毎月、その力を高めるために京都の鞍馬山に行くのですが、そこに寺島さんの弟・尾上菊之助さん(38才)と瓔子夫人(32才)が同行することもあるそうです」(梨園関係者) 前述のとおり沖さんは、20代の頃まではその霊能力が話題を呼び、テレビ番組に出演することも少なくなかったが、結婚を機に表舞台から姿を消した。そして著名人がここぞのときに駆け込む「名古屋の神様」として噂される存在になっていた。※女性セブン2015年8月20・27日号
2015.08.13 07:00
女性セブン
故・坂東三津五郎さん 共演後培った木村拓哉との深い深い絆
故・坂東三津五郎さん 共演後培った木村拓哉との深い深い絆
 温かい人柄で誰からも愛された、彼の生涯を象徴するような葬儀だった。2月25日、青山葬儀所で営まれた坂東三津五郎さん(享年59)の告別式には、各界の著名人や一般ファンら5000人の参列者が集い、焼香の列は500mにも及んだ。 4時間にわたる葬儀、すすり泣く声が途切れることはなかった。そんな中で、ひときわ沈痛な面持ちで参列していたのが、木村拓哉(42才)だった。 三津五郎さんと木村は、2006年に映画『武士の一分』で共演して以降、出演作品が重なることはなかったが、その一度の共演が木村に大きな感銘を与え、以後、ふたりは深い絆で結ばれていた。歌舞伎関係者がこう語る。「『武士の一分』のメーンキャストは、三津五郎さんや檀れいさん(43才)、笹野高史さん(66才)など、時代劇の経験が豊富なかたがたでしたが、主役の木村さんだけが時代劇の経験が浅く、着物での所作や口調など、“江戸の香り”をかもし出すのに苦労をしていました。 そんな木村さんに、現場で真っ先に手を差し伸べたのが、三津五郎さんだったんです。着物姿での歩き方など、江戸時代の人物を演じる上でのイロハを、木村さんに丁寧に教えてあげたそうです」 三津五郎さんが声をかけてくれたことに、誰よりも驚いたのは木村本人だったという。「劇中での三津五郎さんは、木村さんの妻役の檀さんと不義密通し、最後は宿敵として対決するという、いわば“敵役”ですからね。俳優さんによっては、演技に影響が出るからと、休憩中も敵役とはしゃべらないようにするかたも多いのに、三津五郎さんはそれを差し置いても、自分が伝えられることは伝えようという姿勢で木村さんに接したんです。彼の懐の深さに木村さんは感銘を受け、親交が深まったそうです」(前出・歌舞伎関係者) 日本一のスターと歌舞伎界の名優という多忙極まるふたりの立場上、気軽に飲みに行けるような間柄ではなかったようだが、映画の撮影が終わった後も、ふたりの絆は一層強く結ばれていった。「毎年正月には、年賀状をやりとりしていたんです。三津五郎さんは近況報告だけでなく、時には演技論について綴ることもあり、木村さんへのアドバイスを惜しまなかったそうです」(前出・歌舞伎関係者)※女性セブン2015年3月19日号
2015.03.07 16:00
女性セブン
三津五郎長男・巳之助 「近藤サトの名前はいまだにタブー」
三津五郎長男・巳之助 「近藤サトの名前はいまだにタブー」
 2012年12月、親友・中村勘三郎さん(享年57)の葬儀で、弔辞を読み上げた坂東三津五郎さん(享年59)。2013年にすい臓がんが見つかり、2014年4月には舞台復帰を果たすも、その後転移が見つかった。そして、本年2月21日、天国へと旅立った。勘三郎さんの死からわずか2年余りのことだった。葬儀は、2月24日、都内の自宅で開かれた。 1956年、踊りの名門・坂東三津五郎家の長男として誕生した三津五郎さん。6才で坂東八十助を襲名して初舞台を踏み、踊りの名手として人気を博した。 1983年、元宝塚歌劇団のスター・寿ひずる(60才)と結婚。2人の娘と跡取りである長男・巳之助をもうけ、幸せな家庭を築いているように見えた。だが、1996年12月、後に妻となる元フジテレビアナ・近藤サト(46才)との不倫が発覚すると、家庭は一気に崩壊、1997年に離婚している。そして、翌年、三津五郎さんは近藤と再婚したが、わずか2年ほどで再び離婚した。この離婚会見で近藤が口にした発言が大きな話題を呼んだ。「私は結婚に対して子供ができることを望んでおりました。しかし、誰かの意思によって阻まれるというのは、私にとって理解できませんでした」 すでに三津五郎さんには巳之助という後継者がいたため、もし近藤にも男の子が誕生すれば跡目争いで大問題が起きるため、子づくりを禁止されたことを明かしたのだった。 だが、当の本人である巳之助は、母を捨てた父を憎み、ついには「歌舞伎役者にはならない」と言い出す。「父親の不倫が発覚したころから反発するようになって…。中学生や高校生のころには、三津五郎さんに手をあげたこともあったみたいです。また暴れて稽古場の窓ガラスを蹴り割ったりもしていました。 スキャンダルが巳之助さんの心の傷になったのは間違いありません。『ぼくなんか生まれてこなければよかったんだ』と漏らしたこともありましたから。また自分たちから父親を奪った近藤さんへの憎しみは半端なものではありませんでしたね。今でも彼の前では、彼女の名前はタブーなんです」(坂東家知人) そして親への反発のあまり、ついには高校をやめた巳之助。「三津五郎さんは苦悩する巳之助さんに“とりあえず、1年間歌舞伎や踊りから離れてみてはどうか”と伝えたそうです。巳之助さんは秋葉原でとんかつを揚げるバイトをしながら、バンド活動を始めたんです」(前出・坂東家知人) このときの心境を三津五郎さんはこう語っている。《僕もそのときは腹をくくりました(中略)君は僕の子どもだけれど、君の人生は君のものだ。それに「頼むからやってくれ」というのは絶対に嫌だった》 結論からいうと、三津五郎さんの決断は正しかった――半年後、18才のときに巳之助は歌舞伎の道へと舞い戻ってくる。「三津五郎さんは亡くなる間際まで、巳之助さんのお稽古をつけていたんです。それは闘病中とは思えないほど、鬼気迫る迫力だったそうです」(前出・坂東家知人) 父との“雪解け”は果たした巳之助だが、近藤との確執はいまだとけていない。 近藤は三津五郎さんの死に際して、「突然のことで大変驚いています。歌舞伎俳優として日本舞踊家として、とても尊敬申し上げていました。ご冥福をこころよりお祈りしています」というコメントを発表したが、これも快くは思っていないようだ。「幸せだった家庭を壊しただけでなく、離婚の際にはお家の恥部を明かし、その後は一切没交渉だったにもかかわらず、突然、“前妻”として出てきたことが気に障ったみたいなんです。 ですから、三津五郎さんの死に際しての会見で、巳之助さんは母の寿さんが三津五郎さんの病室に入って、『家族揃って』写真撮影をしたという発言をしたんだと思いますよ。近藤さんに対してのメッセージだったのかもしれません」(前出・坂東家知人) 死の直前、三津五郎さんにとっては嬉しいニュースもあった。次女・幸奈さんが入籍を果たしたのだ。「旦那さんを連れて、ウエディングドレス姿で病室の三津五郎さんに結婚の報告をしたそうです。このときばかりは苦しそうにしていた三津五郎さんも、嬉しそうに笑顔を浮かべていたと聞いております」(前出・坂東家知人) 最後に娘からもらったプレゼントとなった。※女性セブン2015年3月12日号
2015.02.28 16:00
女性セブン
「あの時無理しなければ…」三津五郎が命削った勘三郎との約束
「あの時無理しなければ…」三津五郎が命削った勘三郎との約束
 歌舞伎役者・坂東三津五郎さんが2月21日、すい臓がんのため都内の病院で亡くなった。59才だった。 中村勘三郎さん(享年57)、市川團十郎さん(享年66)という歌舞伎界の巨星が、次々とこの世を去った直後の2013年2月、女性セブンは三津五郎さんが長女・守田菜生(30才)と都内のビストロで食事をする姿を目撃していた。「娘さんは勘三郎さんたちが亡くなったばかりだったからか、三津五郎さんのことを心配していて“勘三郎さんも團十郎さんも肺…。お父さんも気をつけなきゃダメよ!”なんて話していましたが、その時は三津五郎さんは“うん、うん”とうなずきながらもたばこをスパスパ吸っていました…」(居合わせた客) 当時、他人事だと思っていた病魔が三津五郎さんを襲ったのは、それからほどなくしてからだった。 2013年7月、健康診断ですい臓がんが見つかる。だが、命が危ぶまれる可能性が高い病気にもかかわらず、三津五郎さんは、すぐに休むことはなかった。なぜなら、翌8月に勘三郎さんと“約束”した公演が迫っていたからだった。 夏の風物詩『八月納涼歌舞伎』。これはなかなかチャンスをもらえなかった若かりしころの三津五郎さんと勘三郎さんが始めた公演だが、歌舞伎座改装のため、2009年を最後にお休みしていた。そのため、この年の『納涼歌舞伎』は4年ぶりの復活公演だった。「生前、勘三郎さんは『納涼歌舞伎』で三津五郎さんと再共演するのを楽しみにしていました。ですから三津五郎さんは“勘三郎さんの分も頑張らなきゃ”と気合を入れていたんです。公演中は食事も喉を通らないほど、つらそうでしたが、勘三郎さんの無念を晴らすため、鬼気迫る思いで三津五郎さんは命を削りながらも舞台に立ち続けていました。でも“あのとき無理をしなければ”と思うと残念でなりません…」(歌舞伎関係者) 同公演が閉幕すると、休養を発表、同年9月には約4時間に及ぶすい臓がんの摘出手術を受けた。翌10月の退院会見では、「そんな深刻になっているつもりはないが、まだ自分は先輩から教えていただいたものを預かったまま。それを次の世代に渡さないといけない。それが責務だと思っています」 と悲壮な決意を語っていた。「退院してからは大好きだったお酒やたばこも断って、毎朝、ラジオ体操に励むなど、本当に体に気を使った生活を送っていました。家族全員で禁酒したり、2人のお嬢さんたちが三津五郎さんの免疫力を上げる食事などを勉強したりと献身的にサポートしていたみたいですよ」(坂東家知人) しかし昨年9月の定期検診で肺への転移が見つかってしまい、12月に予定されていた一人舞台を降板、翌10月の国立劇場での舞踊会を最後に療養生活に入った。※女性セブン2015年3月12日号
2015.02.26 16:00
女性セブン
坂東三津五郎の娘・守田菜生 今は女優として大成することが目標
坂東三津五郎の娘・守田菜生 今は女優として大成することが目標
 父は歌舞伎俳優・坂東三津五郎(58才)、母は元宝塚の男役スター・寿ひずる(60才)という芸能界屈指のサラブレッドとして生まれた女優・守田菜生(なお・30才)。5才下の弟には坂東巳之助(25才)がいる。 有名人の子供として生まれてよかったことは、父の仕事ぶりを幼い頃から間近で見られたことだったという。菜生は言う。「父の楽屋に入れてもらって準備から見させてもらいました。若い頃の父は本番前ピリピリしていて話しかけられなかった。子供だからうろちょろ走り回っていたと思われるかもしれませんが、じっと正座して座っていました。舞台に臨む父は格好よくて、尊敬しています。家ではぐうたらですけどね。また、そうしたこともあって小さい頃から礼儀作法が身についていたと思います」 父親の人脈の広さも「ありがたい」と感じることのひとつだ。「父と仲がよかった勘三郎さんは私をとてもかわいがってくれました。女優デビューの時は、『(デビューを)知っているよ、がんばれよ』と応援してくださり、きちんと見守ってくれていたことが本当にありがたかった」 今は女優として大成することが目標だ。2014年12月の舞台では、老母の役に挑戦した。「演技のアドバイスは父からもらいます。そういうときは、敬語で話しています。普段はタメ口なんですけどね(笑い)。結構、厳しいことを言われるときもあるので日々勉強です。そういうアドバイスがもらえるのも有名人の娘だからです。感謝しています」※女性セブン2015年1月8・15日号
2014.12.28 07:00
女性セブン

トピックス

ご体調への不安が募る(写真/JMPA)
雅子さまと愛子さま、“ポツンと一軒家”の孤独感 閉ざされた御所での巣ごもり生活
女性セブン
SNSでも話題の「佐賀大学お嬢様部」に直撃
佐賀大学“お嬢様部”の活動実態を直撃取材!「お嬢様の定義をお教えしますわ」
週刊ポスト
1980年、田中派の総会で挨拶をする田中角栄(写真/共同通信社)
鉄の結束を誇った田中角栄軍団、「みんな田中ファン」指導力に心酔した議員や秘書たち
週刊ポスト
今は「芸人部署」に所属している久代萌美アナ
久代萌美、亀井京子アナも 女子アナ獲得の吉本、テレ東のエースアナにも注目
NEWSポストセブン
公務に邁進されている(6月、東京・港区)
佳子さま「公務に積極的」になられた背景に「皇籍離脱」「結婚」か
女性セブン
亜希
亜希 陰から見守る元夫・清原和博と息子達との「父子鷹」
NEWSポストセブン
小室圭さんと眞子さん
小室圭さん妻・眞子さんがNYで行きつけのスーパーから見えてきた“妻の気遣い”「日本でいえば『成城石井』」 
NEWSポストセブン
披露宴での志摩ノ海と元関脇・逆鉾の長女・清香さん(時事通信フォト)
故・逆鉾の長女が結婚で後継者確定も名門・井筒部屋再興への“高いハードル”
週刊ポスト
クルマ、ギター、アート、スケートボードにもこだわる
長瀬智也、英国のバイク誌に登場 悠々自適な暮らしに「所ジョージ化している」の声
女性セブン
京都の街を歩く舞妓のイメージ(写真/イメージマート)
元舞妓の〈16歳飲酒〉〈お風呂入り〉告発に、花街関係者も衝撃「未成年飲酒には厳しく対応しているはず」
NEWSポストセブン
結婚し、日本メディアが情報をキャッチしづらいNYで、デイリーメールが追跡取材(写真/JMPA)
小室圭さん・眞子さん夫婦が「離婚で終わったとしても…」英デイリー・メールが報じた「茨の道」
NEWSポストセブン
不祥事を理由に落選したはずなのに、比例で復活されては…(左は塚田一郎氏、右は中川郁子氏/写真=共同通信社)
「不倫路チュー」「USBは穴に…」失言・不祥事で落選しても比例復活するゾンビ議員たち
週刊ポスト