防衛大学校一覧

【防衛大学校】に関するニュースを集めたページです。

学生のコロナ感染が判明した防衛大(時事通信フォト)
防衛大教授が学内コロナ不祥事直訴 防衛相に告発状提出騒動
 国家の安全保障を担う防衛省に前代未聞の騒動が起きていた。防衛省では毎年、全組織から独立した立場にある大臣直轄組織の「防衛監察本部」が、各部門で適切な職務執行が行なわれているかをチェックしている。この「防衛監察」のなかで、10月下旬に聞き取り調査の対象となった防衛大教授が、監察本部などに対して逆に「学校長をはじめとする防衛大の執行部の総退陣」を求める“告発状”を提出したのだ。文書の送付先には、9月に発足した菅内閣で就任したばかりの岸信夫・防衛相も含まれている。一体、何が起きているのか――。 * * * 11月7日、防衛大の学生の新型コロナ感染が判明した。全寮制である防衛大の学内では初めての感染者となった。感染した学生は医療機関に入院中だが、濃厚接触者となった同部屋の学生らは隔離生活を送っているという。感染判明を受け、防衛大は防大ツアー(キャンパス見学)当面の中止を発表するなど、対応に追われている(11月12日追記:その後、陽性が発表されていた学生は再検査の結果「陰性」であったことが発表された)。 そうしたなか、防衛大学校執行部のコロナ禍への対応をめぐる不祥事を告発する「申立書」が、岸信夫・防衛相および防衛監察本部に宛てて送られていた。送付されたのは11月初旬のことで、差出人は防衛大学校教授(人文社会科学群国際関係学科)の等松春夫(とうまつ・はるお)氏だった。「防衛大の教授が、本省のトップである防衛大臣に宛てて“防衛大執行部の総退陣”を求める書面を送るなんて、前代未聞のことです。 等松教授は防衛研究所や海上自衛隊幹部学校、航空自衛隊幹部学校、統合幕僚学校でも長年にわたって講義を担当しており、客員教授などとして講義を担当した経歴があり、2009年から防衛大教授を務めている人物です。政治外交史、軍事史の専門家として国内外で高い評価を得ている教授だけに、本省のほうでもどう対応すればいいのか、相当に悩ましい問題となっている」(防衛省関係者) 神奈川県横須賀市にある「防衛大学校」は、将来の幹部自衛官を養成する教育・訓練施設だ。4学年の約2000人が敷地内の寮で学生生活を送るが、新型コロナの感染拡大による緊急事態宣言下の4月から5月にかけて、訓練も授業も行なわれていないのに、学生たちが敷地からの外出を許可されない“軟禁状態”にされていた。等松教授が今回、岸防衛相らに申出書を送った原因の発端は、こうした防衛大のコロナ対応のまずさにあったという。「等松教授が送付した文書ではまず、コロナの感染拡大が続く3月下旬に春期休暇で帰省中だった学生を大学校敷地内にわざわざ呼び戻した対応に疑問を呈しているといいます。約500人の新1年生も、4月1日から着校させられた。 この時期、人文社会科学系の一部の学科長らはコロナ感染が広がるリスクを踏まえて、帰校、着校の延期などを進言していたそうですが、國分良成・学校長や幹事の原田智総・陸将に聞き入れられなかったとしています」(同前) その結果、4月7日に緊急事態宣言が出されると、防衛大の敷地内では8人以上が1部屋で生活する寮(学生舎)に学生たちが軟禁状態となった。授業も訓練もなく、ストレスが溜まる状況のなか、脱柵(脱走)や自殺未遂が相次ぎ、賭博行為などが発覚したことなどは本誌・週刊ポストでも詳報している(6月26日号)。別の防衛大関係者はこういう。「当時、約130人いる教授陣をはじめとする教官たちも敷地内には入れない状況でしたが、学生舎内で何が起きているかの報告や連絡、事故・不祥事に関する説明は執行部からまったくなかったといいます。心配した一部の教官が、独自にメールで学生アンケートを取るなどしたことにより、複数の自殺未遂が発生するなどの異常事態が関係者の間で知られるようになった。 しかし、その後も6月9日に開かれる予定だった全学教授会が直前になって中止になるなど、教官たちへの説明はなさないままで、そうした防衛大執行部の不祥事を隠蔽するような対応に、教官たちも不信を募らせていったといいます」 國分学校長ら執行部による説明責任の回避が、申立書の提出につながったとみられているのだ。幹部たちは感染予防もせずに宴会 緊急事態宣言が解除された後も、防衛大のなかでの混乱は続いていたという。「複数のメディアで防衛大の内情が報じられたことを受け、防衛大内では自殺未遂や賭博事件、数十人単位の退校者を出してしまった状況を改善するのではなく、報道の情報源が誰なのかという“犯人探し”に躍起となっていた。等松教授が今回の申立書を提出するきっかけのひとつとなったのも、7月に入って防衛大側から突然の聞き取り調査を受けたことだといいます。 等松教授は学内で名前を名乗らない2人の男性からいきなり呼び止められ、公益通報により情報保全義務に反した嫌疑があると告げられた。嫌疑を否定する等松教授に対して、防衛大内の会議室で約40分にわたって威圧的で執拗な尋問が行なわれたといいます」(同前) 防衛大内部での危機管理の問題について、責任の所在が曖昧にされたまま、執行部に批判的な関係者に対する締め付けばかりが強くなるような状況があったというのだ。 自衛隊の隊員や防衛大の学生らは、集団生活を送るという特性上、新型コロナの感染拡大にはとりわけ注意を払う必要がある。10月には、陸上自衛隊の朝霞駐屯地での自衛官の教育課程のなかで、新型コロナのクラスター(感染者集団)が発生。日帰りのバーベキューツアーを催していたことが問題視されたが、「防衛大の危機管理にも相当な疑問がある」と話すのは現役学生のひとりだ。「夏期休暇中には、コロナのために帰国できない留学生のためという名目で防衛大の敷地内で数十人規模のバーベキュー大会が開かれていました。宴会などを慎むように求めた大臣通達などに違反しているのではないか。 おまけに、秋季定期訓練中には國分良成・学校長や梶原直樹・陸将ら防衛大の幹部が、山梨県のほうとう屋でマスクもせず、アクリル板の衝立もないなかで宴会をやっている写真が自衛隊支援者のSNSにアップされた。学生たちの間でも、なぜ幹部にはそんな振る舞いが許されるのかと、憤慨する声があがっています」幹部たちが相次いで「謎の人事異動」 9月に入って、およそ半年ぶりに全学教授会が開かれたというが、学内で生じた混乱、コロナ対応の不備についての説明はなかったという。防衛大の教官のひとりはこう話す。「説明がないばかりか、8月の人事異動では、コロナ対応を誤ったことの責任を問われる立場にあるはずの人たちが、次々と他の部署に転出しました。原田幹事は東北方面総監、城戸謙憲総務部長は防衛監察本部の副監察監となった。学生を軟禁状態に陥らせた責任を問われないように、外に逃したのではないかといわれている。結局、問題を隠蔽したいという印象ばかりです」 そうしたなか10月になって、防衛大に対する防衛監察が始まった。聞き取り調査の対象の一人となったのが等松教授だった。「自身に対する不可解な聞き取り調査や一向に責任を取らない執行部の姿勢に対して義憤を感じた等松教授は、防衛監察の聞き取り調査の場で今回の申立書を提出したそうです。ただ、監察団から“受け取る立場にない”という対応があったことから、岸大臣らに送付するというかたちになったようだ」(同前) 等松教授は、本誌の取材に対し「大臣と監察本部に申立書を出したのは事実だが、回答と善処の決断を待っている状況なので、詳細は差し控えたい」と述べるにとどめた。 一方、今回の申立書について防衛省の見解を問うと、「防衛省宛てにどのような書類等が送付されているかについては、相手側との関係等があることから、お答えを差し控えます」(防衛省報道室) とするのみ。監察の際のやり取りについても回答せず、責任ある立場の人物が8月に異動になったことは「人事については適材適所で行っている」(同前)と説明した。 一般論としての回答に終始したが、10月にあった訓練視察後の國分学校長らによる宴席については、「窓開けによる換気、手指消毒の徹底、大声を出す行動を控えるなどの感染予防措置に努めていたとの報告は受けておりますが、防衛大臣通達において、隊員一人一人が、各自の行動を厳しく律する必要がある局面に来ているとされている中において、学校長らが、平日の昼間に、一般の飲食店において部外者と飲酒を伴う昼食を実施したことは、管下の教職員・学生の士気に悪影響を及ぼしかねない軽率な行為であったと考えています」(同前) と釈明した。長期にわたる軟禁状態を強いられた学生たちの気持ちを考えれば、当然のことだろう。 コロナ対応の時期にその任にあった河野太郎・前防衛相は菅内閣では規制改革担当相に転じて「はんこ廃止」などでメディアの注目を集めているが、後任の岸防衛相は防衛大教授からの決意の告発文をどう受け止めるのか。対応が注視される。
2020.11.10 16:00
NEWSポストセブン
生真面目で努力家な性格から
雅子さまは完璧主義といわれる(写真は2月10日、東京・千代田区=撮影/JMPA)
雅子さまが「愛子天皇待望論」に前のめりではない理由
 濃緑に太陽が照りつける盛夏の到来とともに、養蚕のシーズンは終わりを告げる。「皇居内の紅葉山御養蚕所で、雅子さま(56才)が5月中旬から取り組まれてきたご養蚕が、7月中旬の『御養蚕納の儀』で締めくくられます。今年初めて歴代皇后のお務めに取り組まれて重圧もおありだったと思いますが、無事にやり通されて、ホッとされたのではないでしょうか」(宮内庁関係者) そんな折、雅子さまを巡るある報道が宮内庁内で話題に上っているという。 6月中旬、天皇陛下の相談役である「宮内庁参与」が交代。五百旗頭(いおきべ)真氏ら3人が新たに就任した。五百旗頭氏は神戸大学教授や防衛大学校校長を歴任した日本政治外交史のエキスパートだ。「五百旗頭氏はかつて女性天皇を容認すべきという趣旨の発言をしています。7月上旬発売の『女性自身』がそれをもって、“雅子さまが五百旗頭氏を抜擢し、愛子天皇の実現を後押しした”と報じました」(皇室記者) しかし、その内容に異論が噴出しているという。皇室関係者が語る。「五百旗頭氏はその知識、経歴、人柄などを判断して、人選されたものですから、雅子さまが“抜擢”したわけではありません。そもそも、最近の世論調査では女性天皇容認が約8割にのぼります。どのような人選であれ、そのほとんどは容認派なのです。たとえば、五百旗頭氏と一緒に新任した元宮内庁長官の風岡典之氏も、女性天皇には前向きな考えを持っているとされます。五百旗頭氏の就任をもって“雅子さまが愛子天皇を推進している”と報道されるのは、雅子さまの本意ではないでしょう」 たしかに、世間では「愛子天皇待望論」が高まっている。この4月に大学生になり、ますます品位ある振る舞いをされる愛子さま(18才)に期待が集まるのも無理はない。「大学では陛下と同じ学部を選び、同じようにイギリス留学も視野に入れておられるそうです。陛下の背中を追うように学ばれています」(皇室ジャーナリスト) 愛子さまは、美智子さま、雅子さまが紡いできた「ご養蚕」という伝統の継承にもすでに加わられている。「小学生の頃から難しい蚕の飼育に取り組まれており、その様子は美智子さまも頼もしく感じられているようです」(前出・皇室ジャーナリスト) 過去には上皇上皇后両陛下が「女性天皇」実現を前向きに望まれていると報じられたことがあった。「皇統を安定的に継承することは、天皇家にとって第一といってもいい務めですから、さまざまな可能性を考えてのことでしょう。ところが雅子さまは女性天皇の実現に“前のめり”ではないとされています」(前出・皇室関係者) ご自身が皇室で大変なご苦労をされてきた雅子さまだからこそのお考えもあるだろう。「雅子さまは、特にお世継ぎ問題では筆舌に尽くしがたい苦悩を経験され、心身のバランスを崩されたことがあります。ご自身が体験された以上に重圧がかかる天皇の位に愛子さまがつく可能性には、思うところがおありのはずです。 皇后としては皇統の継承を第一に考えながらも、ひとりの母親としては、愛するわが子の将来について“自分の意思で自由に決めさせてあげたい”という思いをお持ちでもおかしくありません」(別の宮内庁関係者) それだけに雅子さまにとって、今回の報道は寝耳に水だったに違いない。「愛子さまを天皇にするために雅子さまが五百旗頭氏を抜擢したかのような報道にショックを受けられていることでしょう」(前出・宮内庁関係者) 雅子さまは昨年末、56才のお誕生日を迎えられた際の文書で、次のように記された。《これからも感謝と思いやりの気持ちを大切にしながら、いろいろな方から沢山のことを学び、心豊かに過ごしていってほしいと願っています》 これから先のことは、愛子さま自身が決めること――。雅子さまは母として娘を支えられる覚悟だ。※女性セブン2020年7月23日号
2020.07.13 07:00
女性セブン
今年の卒業式での「帽子投げ」(時事通信フォト)
偏差値60以上、月額11万円の学生手当 防衛大とは何なのか
 コロナによる“軟禁状態”の影響もあってか、「連続脱走」「校内不審火」「自殺未遂」「賭けトランプ」「賭け麻雀」などの問題発生も報じられた防衛大学校(神奈川県横須賀市)は、学校教育法に基づく「大学」ではない。防衛省の施設等機関である「大学校」だ。ただし、大学評価・学位授与機構の認可を受けており、いわゆる「4年制大学」と同様に卒業後は学位が授与される。 将来の幹部自衛官の養成を目的とし、学生は特別職国家公務員の「自衛隊員」となる。授業料は免除、衣食住は国費で賄われ、さらに「学生手当」として月額約11万円が支払われる。陸海空の幕僚長など自衛隊幹部には防衛大OBが名を連ね、いわゆる“士官学校”の位置づけだ。 入試は「採用試験」となり、21歳未満(自衛官が受験する場合は23歳未満)などが条件だ。今年の受験要項によれば募集人員は約480人。そのうち女子の募集が約60人となっている。「人文系も理工系も偏差値は60以上とされ、一般入試の倍率はおよそ10倍です。 入学後は全寮制で、コロナがない通常時は朝6時にラッパの音とともに起床し、5分後には外で日朝点呼して乾布摩擦。授業がある教場には整列の上、行進して向かいます。また、授業とは別に訓練課程がある。1年生で東京湾内約8kmの遠泳訓練、複数人の手漕ぎで進む小型船『カッター』を操縦する訓練などがあり、気力、体力の向上も求められる」(防衛大関係者) 総理大臣が参列する卒業式ではウエストポイント(米陸軍士官学校)に倣った「帽子投げ」が恒例で、卒業後は自衛官に任命される。幹部候補生学校での教育訓練を経て、最も下の階級である「2士」よりも8階級上の「3尉」から、自衛隊でのキャリアをスタートさせていく。 近年は卒業後の「任官辞退」が増えているのが議論を呼んでいる。※週刊ポスト2020年6月26日号
2020.06.17 11:00
週刊ポスト
今年の卒業式での「帽子投げ」(時事通信フォト)
防衛大が軟禁状態で異常事態 脱走、不審火、自殺未遂、賭博
 新型コロナウイルス対応では、クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」など現場の最前線で活動し、感染者を出さずに任務を遂行した自衛隊。大規模災害などのたびに、その活動が称賛されてきた自衛隊だが、今回の危機では将来の幹部自衛官を養成する「防衛大学校」の内部で、“戦線崩壊”ともいえる状況が起きていた──。2000人が“軟禁状態” 神奈川県横須賀市の三浦半島東南端、高台から東京湾を見下ろす地に、「防衛大学校(以下、防衛大)」はある。 自衛隊の将来の幹部自衛官を養成することを目的に設置された大学校で、4学年で約2000人が敷地内の寮(学生舎)で集団生活を送っている。「鋭気に満ちた諸官の姿に接し、自衛隊の最高指揮官として、誠に心強く思います」──。 3月22日に行なわれた卒業式で、安倍首相はそう訓辞を述べた。だが、その卒業式から春休みを挟んでわずか1週間後から、防衛大の“異常事態”が始まっていた。「私たち学生は、3月29日に営内(学内)に戻り、4月1日に1学年(1年生)を迎え入れました。学生舎では上級生から下級生まで8人単位の居室で生活します。 しかし、学生たちは集められたものの、新入生の身体検査といった手続きを除けば、訓練も授業も全く行なわれず、その上に敷地からの外出が許されない“軟禁状態”となってしまいました。ストレスが溜まる状況のなか、脱柵(脱走)や自殺未遂が相次ぎ、挙げ句は賭博行為が発覚したり、放火が疑われるボヤ騒ぎまで起きているのです」 そう話すのは、最近になって自主退学を決めた元防衛大生だ。同様の判断をする学生は多く、「すでに4月以降、30人以上もの自主退学者が出ていて、どんどん増えている」(防衛大関係者)というのである。将来の自衛隊を担う人材を育てていく組織にとって“戦線崩壊”ともいえる状況だ。 およそ2か月の間に、防衛大で何が起きていたのか。元学生が続ける。「新型コロナの影響で4月5日に予定されていた入校式典は延期(5月になって中止を発表)になり、その直後の同7日に緊急事態宣言が発令されました。結果、教務(授業)や校友会(クラブ)活動の時間がすべて自習時間ということになった。 私たちの居室は、『寝室+自習室』がセットになっていて、自由に移動できるのは学生舎の中だけ。起床後は清掃と食事、自習時間の繰り返しで、夕方に入浴して夕食というサイクルをひたすら続ける日々となった」 この生活が、とくに防衛大に入ったばかりの新入生には相当なストレスとなっていたという。「上級生の指示には絶対従うという組織ですから。上下関係の厳しさはコロナに関係なく平常時も同じですが、授業や訓練があれば、そこでは同じ学年だけになる。それでストレスが緩和されるのですが、コロナで授業がない上に、普段は認められている週末の外出もない。毎日24時間、同じ居室の上級生たちと一緒になるわけです」(同前)40人以上がPCR検査 4月上旬には学生たちにいったん帰省できるという情報が伝えられたこともあったというが、結局、実現しなかった。そうしたなかで、脱柵が起きたという。「4月のはじめ頃は規制もそこまで厳しくなくて、ランニング等での外出が認められていました。ただ、ランニングの名目で外に出た学生がそのまま戻ってこないという事態が起きたのです。 それ以降は、ランニングの際も複数人で距離を取りながら走るように指示が出ました。脱柵者が出ると、その所属部隊の全員が駆り出されて校内捜索です。結局、この時の脱柵者は両親のいる実家で見つかって戻ってきましたが、管理体制は厳しくなっていきました」(前出の元学生) 全国の多くの大学では、早い段階から学生が在宅で講義を受けられるようにオンライン授業の環境整備が進んでいった。文部科学省の調査によれば、5月12日時点で全国1070大学等のうち、検討中のところを含めれば全体の96.7%が遠隔授業による対応にあたっていた。 ところが、防衛大ではシステム上の問題を理由に、オンライン授業が行なわれることは一切なく、学生たちも家に帰ることができないままとなったのだ。 緊急事態宣言の解除後も、問題は解決していない。座席の間隔を空けられる大教室の数が限られるなどの事情から、オンライン授業を行なっていないにもかかわらず、「対面授業の再開にはまだ1か月以上かかるのではないか」(前出・防衛大関係者)といわれているのだ。 集団生活のなかで感染者が出ればクラスター化する懸念がある。学生たちにも事細かな注意事項が与えられたという。ただ、講じられた対策が十分だったかには疑問の声もある。 食堂での食事や浴場の利用時間をグループごとに分けられたというが、入れ替えなどで並ぶ時に長い列ができており、感染リスクのある「3密」が避けられていたとは言い難い。前出の防衛大関係者がいう。「体調を崩す者も出てきて、学生たちの間では“感染者が出たのに隠蔽されているのではないか”というようなことも囁かれる状況が生まれた。4月中旬に学校長が放送で『現段階で感染者はいない』とわざわざ呼びかけたといいます。実際、体調不良を訴えた学生40人以上がPCR検査を受ける事態を招いた」LINEで「今から飛び降りる」 防衛大関係者が続ける。「ストレスを苦にしてか、学内では自殺未遂行為も相次ぎました。首吊り、リストカット、飛び降り2件という少なくとも4件が確認されているのです」 前出の元学生は、そのうちの1件について、「飛び降りた学生には前兆のようなものが全くなく、突然の行動だったと聞いています」と証言する。「その学生は、同期生たちと一緒にPX(売店)に行ったのですが、学生舎に戻ってきたら姿が見えなくなっていたというのです。“あれ、どうした?”と同期生たちが騒ぎ始めたところで、本人から『今から飛び降る』というLINEがきて、食堂脇の建物の2階から飛び降りたのだと聞きました」 学生に対しては、各中隊の指導官が約2週間に1度、説明会を行ない、そこで自殺未遂があったことなどが告げられたというが、不安はどんどん募っていった。現役学生の一人がこう明かす。「基本的に『家族を含め、部外へ機密を口外してはならない』とアナウンスされていて、誰にも内情は伝えられない。学生たちのSNSの利用状況などをチェックする学内組織のネットワーク委員会も、いつもより厳しく学生たちのSNSを監視している状況です」 自衛隊という組織の特性上、情報管理は当然かもしれないが、それが内部で起きている問題を覆い隠すかたちとなっていたのではないか。防衛大の情報公開の姿勢にも疑問が拭えない。 5月7日から課題提出形式での授業訓練が徐々に再開されると、同22日には公式HPに〈先般より徐々に校務運営を平常に戻しつつあり、学生たちの表情も大変明るくなっております〉との文言が掲載された。 しかし、自殺未遂が相次いでいることなどをNEWSポストセブンが5月25日に報じると、一転して同27日には公式HPに〈ご家族の皆様へ〉と題した國分良成・防衛大学校長のメッセージが掲載される。そこでは、専門家によるカウンセリングなど学生のストレス軽減に努めてきたという説明とともに、〈一部報道にもありましたとおり、先の見えない不安等により、思い悩む学生が複数名いたことは事実であり、防衛大学校としては、本年の特殊な環境との関係性について慎重に分析してまいります〉 と記している。慌てて沈静化を図ろうとしたことが窺えるが、5月下旬になっても学内で問題は相次いでいた。家族宛ての手紙に検閲が 東京などの緊急事態宣言が解除された5月25日には、「リストカットをして自宅に一度帰った後、学内に戻っていた学生が脱柵する騒ぎが起きた」(別の防衛大関係者)というのである。さらには同日夜、脱柵した学生が所属する中隊の学生舎で「出火騒動」が起きる。「火元は乾燥室だったのですが、そのこともよくわからず『直ちに避難するように』という命令があったので、煙のなかでどこへ避難したらいいのかわからず、右往左往する者もいて現場は混乱の極みだった。原因は明らかになっておらず、学内の誰かが火をつけたのではないかと疑う声も出ている」(同前) 学生たちの間で疑心暗鬼が積み重なるなか、防衛大側の対応は納得のいくものではないという。「5月末には突然、全1学年に対して、部屋長(各居室の上級生指導役)から『宛名はなしでいいから家族に向けた手紙を書け』と命令が下りたというのです。書き終えたところで一度、手紙は回収され、指導教官に渡すという説明がなされた。 その後、各自に戻された手紙に宛名を書くよう指示があり、封をしないまま提出させられた。この手紙が、実際に家族のもとに発送されたのです。事態の沈静化と統制を取るためなのかもしれないが、これは“検閲”ではないのか」(同前) さらに、ここにきて学内で問題化しているのが、学生間での「賭博行為」だという。前出の現役学生が明かす。「完全なる軟禁状態で授業もなかったので、ある大隊では『PX富豪』と呼ばれる賭けトランプが横行していたことが発覚したのです」 PXとは学内にある売店を指し、トランプの「大富豪」で負けた学生が売店でお菓子や煙草などを買ってくる仕組みから、「PX富豪」の呼び名がついたという。「その遊びがどんどん大きな金額を賭けるものに。新入生が約50万円の負けを抱えてしまい、怖くなって指導教官に告白して発覚したといいます。トランプ以外に賭け麻雀もあり、すでに警務隊(自衛隊の部内の秩序維持にあたる部隊)が捜査に動いている」(同前)“士官学校”たる防衛大にあるまじき乱れた内情というほかない。 防衛大に見解を問うと、自殺未遂は「プライバシーに関すること」を理由に、校内不審火と賭博は「警務隊が捜査中で、捜査に支障を来す恐れがあること」を理由に、「詳細は答えられない」とした。 封をしない状態で学生の手紙を集めた問題については、「学校側から保護者の皆様への手紙などとともに、学校側から出したということ」と説明し、封をしない状態で手紙を集めたのかと問いを重ねると、「こちらでまとめて送付はしました」と繰り返すのみだった。 新型コロナ危機で、多くの自衛隊員が最前線で見えない脅威と対峙し、その姿が褒め称えられてきた。だが、その将来を担う防大生たちが置かれた環境を見ると、果たして組織が盤石といえるのか、不安は拭えない。※週刊ポスト2020年6月26日号
2020.06.15 11:00
週刊ポスト
【動画】防衛大、学生2000人外出禁止 ストレスで自殺未遂者情報も
【動画】防衛大、学生2000人外出禁止 ストレスで自殺未遂者情報も
 新型コロナの影響で、将来の幹部自衛官を養成する「防衛大学校」では、2000人の学生たちが、寮がある防衛大の敷地から、出られない状況が続いています。 現役学生のひとりによると「入学したばかりの1年生たちは、精神的にかなり不安定になっている。ストレスからか、飛び降りといった、自傷行為が複数、起きているんです」とのこと。 防衛大に質問すると「学生のプライバシーに関することなので答えを控えたい」という回答があるのみでした。
2020.06.01 07:00
NEWSポストセブン
コロナ対策で出席者を限定して開かれた今年の防衛大卒業式(時事通信フォト)
防衛大、学生2000人外出禁止 ストレスで自殺未遂者情報も
 新型コロナの影響で学生たちがキャンパスに通えない状況となり、全国の大学が対応を余儀なくされている。文科省の調査によれば、多くの大学でオンライン授業が実施・検討されている。しかし、そうしたなかで全く異なる状況にあるのが、将来の自衛隊の幹部自衛官を養成する「防衛大学校」(神奈川県横須賀市)だ。オンライン授業は導入されず、学生たちは寮(学生舎)がある防衛大の敷地から出られない状況が続いているのだ──。「入学したばかりの1学年(1年生)たちは、精神的にかなり不安定になっていると思います。ストレスからか、首つりやリストカット、飛び降りといった自殺未遂、自傷行為が複数、起きているんです……」 そう話すのは現役学生のひとりだ。防衛大では4学年の約2000人が全寮制生活を送る。新型コロナの影響で4月5日に予定されていた入校式典は延期になり、緊急事態宣言の発令を受けて5月6日まで授業訓練の中止が決まったが、そうしたなかで新1年生を含む学生たちは防衛大の敷地内の寮で集団生活を続けなくてはならなかった。防衛大関係者が明かす。「対面での授業、訓練ができないのだから、学生たちを帰省させて他の大学のようにオンライン授業をやればいいのに、ただ敷地からの外出を禁じるだけの状況が続いた。学生たちは食事や清掃などの時間以外は自由行動でやることがない。『ウエストポイント(米陸軍士官学校)をはじめ、海外の士官学校などでは早い段階からオンライン授業が行なわれているのに、なぜ防衛大でできないのか』といった不信の声が学生たちからもあがっているが、対応はなく、大学側への不信感が高まっている」 防衛大の寮は、原則として上級生から下級生まで8人が一部屋に暮らしている。新入生のなかには、体験したことのない上下関係の厳しさに戸惑う者もいるといい、「1学年がストレスに晒されることを気にしてか、指導教官から『呼び出し指導(指導役の上級生が下級生を居室に呼び出して指導すること)』をやめるように指示があった」(前出の現役学生)という。授業や訓練がなく、ただ集団生活が続く状況では、下級生の心理的なプレッシャーが大きくなって当然だろう。 しかも、集団生活の環境自体が「3密」に該当する懸念がある。大学側は一斉に摂っていた食事の時間を分散させ、1日2回の検温などで体調不良者を早期発見するといった対策を取っているというが、「食堂や浴場の利用時間がグループ分けされたものの、出入り口などで並ぶ時にかえって混雑しているという声も聞こえてくる。学生に感染者が出たという話こそないが、すでにPCR検査を受けた学生が数多くいる」(前出の防衛大関係者)といった状況があるというのだ。 未知のウイルスの脅威に立ち向かうにあたって、クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」などに災害派遣されながら感染者を出さなかった自衛隊の任務遂行能力は称賛を浴びてきた。にもかかわらず、特別職国家公務員の自衛隊員として扱われる“身内”のはずの防衛大の学生に対して、ケアが行き届いていないのではないか。防衛大に質した。「営内(防衛大の敷地内)における全寮制のもと、4月以降は学生に対しては不要不急の外出を禁止し、毎日の検温等など必要な感染防止対策を講じている。帰省を含む不要不急の外出については、防衛大臣指示で『厳に慎む』とされており、その方針に従った措置を講じている」(総務課広報係) 学生たちのストレス対策については、「専門家などによるメンタルヘルスケア、希望者に対する臨床心理士によるカウンセリングなどを行なっている」と説明したが、自殺未遂が起きていることを問うと、「学生のプライバシーに関することなので、答えを控えたい」とするのみ。問いを重ねても、「いずれにしても、新型コロナ感染に関するストレス軽減に努力しているということ」と答えるばかりだった。 全国の多くの大学がそうしているように、オンライン授業に切り替えれば学生たちをストレスに満ちた環境から解放できるはずだが、「現行の学内のシステムとしては、オンライン授業を行なうのに十分な機能が備わっていない」(同前)ことを理由に、実施される見込みはないという。 学生たちの授業訓練は、5月6日まで停止された後、同7日以降は課題を提出させる形式で徐々に再開させているという。防衛大側は「時期は検討中だが、公共交通機関を利用していない教官による対面授業を順次再開していく予定だ」と説明した。ただ、防衛大の“正常化”はまだ遠そうだ。別の防衛大関係者が語る。「対面授業の再開に向けて教官たちにあった説明では、授業冒頭で課題を出した後に教官は速やかに退出して、学生たちだけで課題に取り組んだ後、最後に教官が戻ってきて退出などの指示を出すやり方だという。教官と学生の接触時間が連続15分以上ないようにとのことで、これでは対面授業というより自習。学生が置かれている異様な環境は、ほとんど変わらないのではないか。オンライン授業のほうがよっぽど有意義な時間になる」 新型コロナに限らず、大規模災害など国家の危機のたびに、その役割が脚光を浴びてきた自衛隊。幹部候補生たちが厳しい教育・訓練を通過するのは当然なのかもしれないが、新型ウイルスという“見えない敵”の脅威があるなか、どういった環境で時間を過ごすことが適切なのか、課題は大きい。
2020.05.25 16:00
NEWSポストセブン
日豪技術産業シンポジウムが国内で初開催、元統合幕僚長の岩崎氏「豪州の日本への高い熱意を感じる」
日豪技術産業シンポジウムが国内で初開催、元統合幕僚長の岩崎氏「豪州の日本への高い熱意を感じる」
2019年11月21日に「日豪技術産業シンポジウム」が初めて在京のオーストラリア(豪)大使館で行われた。翌日はグランドヒル市ヶ谷ホテル内で主として豪軍が保有する豪州技術により製作された装備品等の展示会が行われている。このうち、本日は豪大使館内で行われたシンポジウムを紹介したい。その前に最近の日豪関係について述べる。最近といっても特に第2次安倍内閣発足後、豪州のアボット首相政権との関係がかなり親密となり、日豪関係が格段に深化し始めた。当然のことながら、この関係は政治的な関係のみならず、経済や安全保障面にも及んだ。2013年には日豪ACSA(物品・役務相互提供協定)が開始され、同年には両国の高い信頼性を表すISA(日豪情報保護協定)ができ、2017年には新日豪ACSAでより緊密な関係となった。従前は豪州との共同訓練や演習等はほぼなかったものの、最近では陸海空とも共同訓練や能力構築支援(Capacity Bld)をかなり活発に行っている。また、我が国は2014年に「防衛装備・技術移転」を可能とし、豪州とも協定を締結、2015年には船舶の設計段階で必要な模型実験に係る技術、シミュレーション評価、それらを基に実艦の性能を推定する技術に関しての日豪共同研究が行われている。今回はこのような環境の変化の下でのシンポジウム及び装備品等の展示会であった。今回の「日豪防衛技術産業シンポジウム」は豪州国防大臣の訪日と合わせて行われた。シンポジウムの豪側参加者は前国防大臣であり、現在防衛輸出促進庁長官のJohnston氏、統合能力局長のMcDnald空軍大将のお二人で、日側は防衛省前装備庁長官の深山氏と私であった。司会者のほうから4名のご紹介があった後、直ちに私への質問で討論が開催された。私への質問は、「昨年末、『新防衛計画の大綱』が策定されたが、策定時の最大の懸念(インド太平洋地域の安全保障に影響を及ぼす脅威等)は何か?」であった。私は当然周辺国の脅威や懸念事項について詳しく述べた。内容的には北朝鮮の核実験や各種弾道弾発射は我が国にとって重大な脅威であり、国連議決違反であり決して許されることではない事。また中国に関しては自国の一方的な論理で力による秩序変更を繰り返しているが、このことも決して認められない事等を述べた。その後、議論が進展して防衛装備・技術協力に移行した。私は、今回の「防衛計画の大綱」にもかなり強調されている国外との装備技術協力について説明するとともに、深山前長官からは実務的な両国が抱える問題点等が指摘された。McDnald局長は参加者の中で唯一の現役であり、必ずしも忌憚のない本音ベースで喋りにくかった部分があったかも知れないが、概していえばフランクなまた実効的な議論ができた。今回の討論や展示会等を通じて豪州の日本への高い熱意を感じさせられた。私は、日豪関係がこれまでより以上に進展することを願って止まない。米国は我が国とっては縁を切れない同盟国であるものの、一国にだけ頼る危険性を認識しながら、多国間との連携を徐々に拡大すべきと感じた次第である。日豪には各種の会議が存在する。日豪防衛交流(各幕僚長クラスと豪軍各本部長との会議、各軍種のスタッフ会議、共同訓練・演習等)や政府レベルの防衛大臣会議、外務大臣を入れた所謂、2+2会議、そしてtruck1.5と呼ばれる官民が入った会議(この場合の民とは、官僚や軍人のOBとか各研究所の研究員とかが主)が存在している。豪の地域戦略研究所(IFRS;Institute for Regional Study)が行っている年次会議は豪米日の参加国会議であるが、大変有意義な会議である。(2019.11.28)岩崎茂(いわさき・しげる)1953年、岩手県生まれ。防衛大学校卒業後、航空自衛隊に入隊。2010年に第31代航空幕僚長就任。2012年に第4代統合幕僚長に就任。2014年に退官後、ANAホールディングスの顧問(現職)に。<SI>
2019.12.16 14:50
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「学園祭の女王」杉本彩
杉本彩が「学園祭女王」時代を回顧 セスナでハシゴも
 日本を代表するセクシーな女優・杉本彩は、かつて「学園祭の女王」と呼ばれ、全国の大学の学園祭を渡り歩いてその後の人気の地歩を固めた。杉本が当時を振り返る。 * * * 最盛期の1988年から1990年初頭まで年間20校は回っていましたね。数だけ聞くと少なく感じるかもしれませんが、学園祭は10月と11月で集中しているので、一日に2校回るのが限界なんです。北は北海道から南は九州まであらゆる大学を回りましたが、東京の大学から地方へ“はしご”する日はセスナで移動したこともありました。 いろいろと回った中でも印象的なのは防衛大学校ですね。ステージに出た途端、凄まじい熱気とパワーで満ち溢れていて、「ウォ~ッ!」という雄叫びを浴びて登場。圧倒されました。ステージ後半では、学生数人が上半身裸になって脱いだ服をブンブン振り回して大盛り上がり。 怖かったかって? まったく怖くない! むしろその逆で、皆さんの爆発寸前のこの期待感に対し、どんなステージならご満足いただけるかと闘志が漲りましたね。声を張り上げ、胸を張って、まずは会場を一丸にしないとって必死でした。何かの記事で“まるでマリリン・モンローの兵士慰問のようだった”と書かれたほどです(笑い)。 でも、だからって男性にばかり注目されてたわけじゃないんです。意外に思われるかもしれませんが、女子短期大学からもかなり呼ばれました。当時はデビュー曲『BOYS』に合わせてノースリーブにショーパンの“半ケツルック”をしていたり、『ゴージャス』では“Tバックでボンテージ”と、かなり攻めた衣装でした。女のセクシーさを全面に出す、それが自立した「カッコいい女性像だ」っていう新潮流を打ち出したんだと思う。当時の女子大生にとっても憧れのアイコンだったんじゃないかしら。 デビュー当時から自分が歌う歌にしろ、着る衣装にしろ、「カッコ良いか悪いか」「好きか嫌いか」って意見を言わせてもらえて、セクシーさやワイルドさをセルフプロデュースできる立場にあったのは光栄でした。そして学園祭という場でそれらを披露し、その需要はあるか、評価は得られるかを肌で体感できたことは本当に幸せなことでした。 今は学園祭とは縁遠くなりましたが、当時の学生は男女ともにエネルギッシュだったなぁと思います。学園祭は商業的なイベントとは違うし、学生時代の思い出に残る重要なものだから、それに携わる皆さんも純粋で情熱に溢れていましたしね。 もしまた学園祭に呼ばれるようなことがあったら、活気があった昔のように男女のエネルギッシュさを取り戻すようなステージにしたいですね。【プロフィール】すぎもと・あや/1968年7月19日生まれ、京都府出身。1987年デビュー。女優としての活躍のほか、公益財団法人動物環境・福祉協会Evaの理事長を務める。■取材・文/河合桃子※週刊ポスト2019年11月8・15日号
2019.11.03 16:00
週刊ポスト
復興税の「不正流用」、中止のフリをして今も執行されている現実
復興税の「不正流用」、中止のフリをして今も執行されている現実
 東日本大震災の復旧・復興財源として創設された10兆円の「復興特別税」が、中央官庁が巨額の予算を被災地以外の事業に流用していたことが発覚して国民の大きな批判を浴びたのはまだ記憶に新しい。「流用したカネは国庫に返納させた」。時の政府はそう説明したが、実際は大半が戻っていなかった。どこに消えたのか──。◆無人の土地を守る防潮堤 東日本大震災(2011年3月11日)から8年半、復興は未だ道半ばだ。 4000人近い犠牲者を出した宮城県石巻市の北部、雄勝地区は高さ約10mの津波に襲われて町が潰滅した。現在、住民は海から離れた安全な高台に集団移転し、そこからは巨大な防潮堤が一望できる。高台から防潮堤までの空き地に住宅はなく、真新しい道路の建設工事が急ピッチで進んでいた。「誰もいない土地を守るためになぜあんな巨大な堤防が必要なのか、不思議でしょう?」 高台に住む男性が語り始めた。「私も疑問に思って説明会で県の農林水産部のお役人に聞いたんです。そしたら、あの堤防は津波から人を守るんじゃなくて『県道を守るためです』と答えました」 本誌・週刊ポスト取材班は「復興道路」の三陸自動車道を北に向かい、やはり津波で大きな被害を受けた岩手県陸前高田市に入った。 ここでは被災地最大の“台地建設”が行なわれている。川向こうの愛宕山を切り崩して巨大なベルトコンベアで毎日トラック4000台分の土を運び、復興予算1600億円をかけて市の中心部を10m以上盛り土をして約300ヘクタール(東京ドーム64個分)の市街地を造成する区画整理事業だ。だが、現地ではメインの商業施設は開業したのに、肝心の宅地予定地はガラガラで空き地が目立つ。「時間がかかりすぎた。待ちきれずに別の土地に引っ越した人も多いし、被災者住宅などに残った人たちは高齢化して、いまから借金をして家を建てる気にならない」(住民の1人) 造成した宅地の66%で住宅建設希望者がいない。その造成につぎ込まれた復興予算は1戸あたり5000万円といわれる。その原資は復興税である。「増税の口実になる」──大地震と大津波、原発事故という未曾有の危機に直面したあの時、当時の菅直人内閣の中枢にそう考えた者がいたことは間違いない。 復興税の構想が浮上したのは震災発生のわずか2日後だった。菅首相は野党だった自民党の谷垣禎一総裁と会談して復興への協力を要請する。2人とも財務大臣経験者で増税論者として知られていた。党首会談後の会見で谷垣氏はこう述べた。「復興財源を国債発行だけで賄うことができるのか。復興支援税制のようなことを考える必要があるかもしれない」 自衛隊や消防、警察が懸命に被災者の救助にあたり、福島第一原発ではメルトダウンが進んでいたさなかに、国民の生命を預かる首相と野党第一党の党首がカネの話し合いをしていたのだ。 菅首相はほどなく「震災に伴う負担を社会全体が分かち合う」と呼応し、そこから与野党一体で増税シナリオが進んでいく。 菅首相から「東日本大震災復興構想会議」の議長に任命された五百旗頭眞・防衛大学校校長が「震災復興税を創設する」と提案すると、短期間の議論で政府は復興基本方針に復興税の創設を盛り込む。その年11月には復興増税法案が民主、自民、公明党の賛成多数で成立した。所得税と住民税にそれぞれ「復興特別税」を上乗せする形で、総額10兆5000億円の増税が決められた。 負担額は年収500万円のサラリーマン世帯(4人家族)で年間約2600円、年収1000万円なら年間約1万5000円だ。 どんな国の政府であろうと大災害が起きれば被災者の生活再建と復興に最優先で取り組むはずだ。震災を口実に「財源がない」と復興より増税を優先させたのは世界でもこの時の日本の政治家、官僚たちだけではないか。国民は口車に乗ったことで、後々まで苦しめられる。◆役人の給料に計上 増税が決まると、各省庁は被災地そっちのけで湯水のようにカネを使い始めた。「復興予算の流用」である。 国民が増税の痛みに耐え、何十万人もの被災者が不自由な避難所生活を強いられているとき、役人は自分たちの“職場環境改善”や福利厚生に増税のカネを食いつぶしていった。 文科省は復興予算389億円で被災地以外の国立大学の体育館、図書館などの施設を建設し、国交省は「道のないところに道路ができれば防災に役立つ」と100億円をかけて沖縄と北海道で国道を整備、農水省は「被災地の住宅再建のために木を植える」と九州に林道を引き、水産庁は「被災地の石巻はかつて捕鯨の町だった。商業捕鯨再開で活気づけたい」と南氷洋での調査捕鯨とシーシェパード対策に23億円をつぎ込んだ。 それだけではない。官僚たちは「防災」名目で内閣府が入居する霞が関の中央合同庁舎4号館、荒川税務署などの改修費など役所の職場環境改善に何億、何十億の復興予算を計上、各省の人件費(給料)にも131億円が計上され、果ては福利厚生で利用するスポーツクラブの割引にまで復興増税を使い込んだ。 そうした実態をジャーナリスト・福場ひとみ氏が本誌追及レポート(2012年8月10日号)でスクープすると、被災者や国民から怒りの声が巻き起こった。『国家のシロアリ 復興予算流用の真相』の著者でもある福場氏が指摘する。「官僚たちは最初から流用するつもりで復興特別税をつくった。当時は民主党政権で公共事業予算が減らされており、各省とも予算が欲しい。そのために政府の復興基本方針にあらかじめ『全国防災』という考え方を盛り込んで、復興予算を全国の公共事業に流用する口実を用意していたのです」 流用問題は国会で問題化し、会計検査院も調査に乗り出す。次の野田佳彦内閣は「復興予算見直し」の方針を掲げて35事業の予算執行を停止した。各省が基金に貯め込んでいた復興予算流用分の1000億円も追加で返納させると発表した。 国民は役人が流用したカネは国庫に戻ったと思い込まされた。◆返納額は1割未満 真相は違った。返納指示の一方、野田内閣は役所がすでに執行していた予算は「返納に及ばず」と不問にしていたからだ。 当時、会計検査院は復興予算が使われた1401事業を調査し、そのうち326事業、総額1兆3000億円分を「被災地と関係ない」と認定していた。政府が執行停止したのはわずか35事業、しかも全額停止は8事業のみで一部停止を合わせても停止額は168億円。追加返納分を合計しても1168億円で、流用総額の1割にも満たない。 会計検査院はこの326の流用事業が何かを具体的に明らかにしていない。では、1兆2000億円ものカネは何に消えたのか。予算が消化された事業を探れば行き当たる。 前述の水産庁は捕鯨調査費を全額執行し、昔からの天下り財団として知られる日本鯨類研究所への赤字補填の補助金につぎ込んでいた。 環境省は震災の瓦礫処理を引き受けなかったにもかかわらず、自治体のごみ処理施設建設に250億円の補助金を与え、公安調査庁は「被災地での過激派や外国スパイの活動監視」を名目に無線付きの公用車14台を復興予算で購入していた。合同庁舎や税務署の改修予算は一部執行停止されたものの、その後、別の予算で改修工事が行なわれ、役人の“職場環境”はしっかり改善した。 増税は政治家も潤した。震災復興は2020年までの10年計画で総額23兆円をあてる予定だった。だが、安倍首相は政権に返り咲いた直後の2013年1月に復興計画を修正して「前半5年で25兆円」に予算を増額させる。そのタイミングで自民党は復興特需に沸くゼネコン業界に「4億7100万円」の献金を要請する文書を送った。 効果は覿面だった。その年の建設業界の自民党へのゼネコン献金は倍増し、大手ゼネコン5社の自民党献金が2012年は1社約810万円だったが、2017年には1800万円へと倍増している。 その間、復興予算はさらに膨れあがって8年目の今年度までに35兆円が投じられた。シロアリ官僚が全国にバラ撒いた復興予算がゼネコンを太らせ、自民党へと還流する増税のトリクルダウンである。◆恒久的に徴収され続ける 味をしめた政治家と官僚は復興も増税も決して終わらせるつもりはない。住民税の増税分(1000円上乗せ)は期間10年間で2023年までで廃止されることになっていた。 ところが、自民党は今年の通常国会で法案を成立させ、国民が気づかないうちに2024年からは「森林環境税」(国税)と名前を変えて同額を恒久的に徴収することが決まった。正直に「復興増税を永遠に続ける」といえば国民は黙っていなかったはずだ。 復興事業も止まらない。復興庁は10年の復興期間が終われば廃止される臨時官庁だが、自民党と公明党は政府に「存続」を提言し、「防災省」へと格上げすべきという意見もある。「臨時増税」を安易に認めてしまうと、いつまでも増税が終わらなくなるという苦い教訓を国民に残した。※週刊ポスト2019年9月13日号
2019.09.10 16:00
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英軍将兵422名の命を救った帝国海軍中佐 いまも英米で称賛
英軍将兵422名の命を救った帝国海軍中佐 いまも英米で称賛
 カミカゼでもバンザイ突撃でもない、旧敵が真に畏敬し、戦後も尊崇の眼差しを送るのは、自艦乗員よりも多くの敵兵を救助する、前代未聞の英断を下した帝国海軍の武士道だった。作家、ジャーナリストの惠隆之介氏が、いまなお英米で讃えられる工藤俊作海軍中佐の「武士道」についてお届けする。 * * * 平成20年(2008年)12月7日、元英国海軍大尉で戦後外交官として活躍したサムエル・フォール卿(当時89歳)は埼玉県川口市、薬林寺境内にある工藤俊作海軍中佐の墓前に車椅子で参拝し、66年9か月ぶりに積年の再会を果たした。卿は大戦中、自分や戦友の命を救ってくれた工藤中佐にお礼を述べたく、戦後、その消息を探し続けて来たが、関係者の支援の結果、ようやく墓所を探しあてたのである。 卿はこの直後、記者会見で、工藤中佐指揮する駆逐艦「雷(いかづち)」に救助され厚遇された思い出を、「豪華客船でクルージングしているようであった」と語った。 フォール卿は心臓病を患っており、来日は心身ともに限界に近かった。これを実現させたのは、何としても存命中に墓参したいという本人の強い意志と、ご家族の支援があったからである。付き添いの娘婿ハリス氏は「我々家族は、工藤中佐が示した武士道を何度も聞かされ、それが家族の文化(Family Culture)を形成している」とさえ語った。 なおこの時は英国海軍を代表して同駐日海軍武官チェルトン大佐が参列、また護衛艦「いかづち」(4代目)艦長以下乗員多数が参列した。まさに敗戦で生じた歴史の断層が修復される瞬間であった。◆「総員敵溺者救助用意」 第二次大戦中、昭和17年(1942年)3月1日午後2時過ぎ、ジャワ海において日本海軍艦隊と英国東洋艦隊巡洋艦「エクゼター」、駆逐艦「エンカウンター」が交戦し両艦とも撃沈された。その後、両艦艦長を含む乗員420余名の一団は約21時間漂流した。当初、「友軍が間もなく救助に来る」と互いに励ましあっていたがその希望も絶たれていた。 彼らの多くは艦から流出した重油と汚物に汚染され一時目が見えなくなった。加えて灼熱の太陽、サメの恐怖等で衰弱し生存の限界に達しつつあった。中には絶望し劇薬を飲んで自殺を図る者さえいた。 翌2日午前10時頃、日本海軍駆逐艦「雷」は単艦で同海域を哨戒航行中、偶然この集団を発見した。工藤艦長は見張りの報告、「左30度、距離8000(8km)、浮遊物多数」の第一報でこの集団を双眼鏡で視認、独断で、「一番砲だけ残し総員敵溺者救助用意」の号令を下令した(上級司令部には事後報告)。 一方、フォール卿は、当時を回想して「日本人は未開で野蛮という先入観を持っていた、間もなく機銃掃射を受けていよいよ最期を迎える」と覚悟したという。ところが「雷」マストに救難活動中の国際信号旗が揚げられ救助艇が降ろされた。そして乗員が全力で救助にかかる光景を見て「夢を見ているかと思い、何度も自分の手をつねった」という。「雷」はその後、広大な海域に四散したすべての漂流者を終日かけて救助した。120名しか乗務していない駆逐艦が敵将兵422名を単艦で救助し介抱した。勿論本件は世界海軍史上空前絶後の事である。 工藤艦長は兵に命じ、敵将兵一人一人を両側から支え、服を脱がし、真水で身体を洗浄させた。フォール卿の回想では、「帝国海軍水兵たちは嫌がるそぶりを全く見せずむしろ暖かくケアしてくれた」という。その後、英国海軍将兵に被服や食料が提供され、士官には腰掛も用意された。しばらく休憩した後、艦長は英国海軍士官全員に対し前甲板に集合を命じた。 士官全員が恐る恐る整列を終えると、艦橋から降りて来た工藤艦長は彼らに端正な敬礼をした後、英語で次のスピーチを始めたのだ。「貴官達は勇敢に戦われた。本日は日本帝国海軍の名誉あるゲストである」と。さらに士官室の使用を許可したのである。 一行は翌3日午前6時30分、オランダ病院船「オプテンノート」に移乗した。その際舷門で直立して見送る工藤艦長にフォール卿は挙手の敬礼を行い、工藤は答礼しながら温かな視線を送ったと言う。◆天皇訪英反対論を黙らせた 平成10年(1998年)4月29日、フォール卿は本件を「英タイムズ紙」に投稿し、「友軍以上の丁重な処遇を受けた」と強調した。 英国には戦後、日本軍の捕虜になった英軍将兵たちが「虐待された」と喧伝し、我が国に賠償を求める動きがあった。またこの年の5月には今上天皇皇后両陛下が訪英される予定であった。そこで元捕虜たちは訪英に反対していたのだ。天皇の謝罪を求める投稿文もフォール卿の投稿文と同時に掲載された。 ところがフォール卿の投稿文によって、これらは悉(ことごと)く生彩を欠いたのである。 一方、工藤艦長の英断は戦後米海軍をも驚嘆させている。米海軍は昭和62年(1987年)、機関誌「プロシーディングス」新年号にフォール卿が「武士道(Chivalry)」と題して工藤艦長を讃えた投稿文を7ページにわたって特集したのである。同誌は世界海軍軍人が購読しており国際的な影響力は大きい。 これから4か月後、東芝機械ココム違反事件が発覚し、我が国は国際社会で孤立した。これは対共産圏輸出統制委員会(ココム)が輸出禁止にしていたスクリュー製造用精密機械を、東芝の子会社がソ連へ不正輸出し、ソ連原子力潜水艦の海中における静粛性を飛躍的に向上させた事件である。このような情勢下で米国の対日貿易赤字は拡大しており、米国民は『安保ただ乗り』と批判し全米で日本製品不買運動が起きていた。 このとき日本海軍と交戦した米海軍の提督たちが帝国海軍の後継である海上自衛隊を称賛し、「同盟軍中、最も高いポテンシャルをもつ組織である」(アーレイ・バーク大将)とまで強調したのである。米国内の対日バッシングはこの結果沈静化した。工藤艦長らの遺産が寄与したものと思われる。●めぐみ りゅうのすけ/1954年生まれ。1978年、防衛大学校管理学専攻コース卒業。1979年、海上自衛隊幹部候補生学校卒、世界一周遠洋航海を経て艦隊勤務。1982年退官。金融機関勤務などを経て、ジャーナリズム活動を開始。『海の武士道 DVD BOOK』(育鵬社)、『敵兵を救助せよ!』(草思社文庫)など著書多数。※SAPIO2018年7・8月号
2018.08.12 07:00
SAPIO
「ホコリ不備」の叱責も 防衛大学校で“理不尽”を学ぶワケ
「ホコリ不備」の叱責も 防衛大学校で“理不尽”を学ぶワケ
 西日本を襲った豪雨被害で多くの被災者の救助にあたったほか、6月18日に発生した大阪北部地震でも給水や入浴支援を実施した自衛隊。もちろん災害派遣だけではなく、いざ有事となったら国民の生命と財産を守ってくれる存在でもある。そんな全国22万人あまりの自衛隊員の幹部候補生を育てるのが、「防衛大学校」だ。 神奈川県横須賀市──三浦半島の東京湾側、夏は海水浴客で賑わう馬堀海岸からクネクネと急な坂道を登っていったところに、その校舎はある。 防衛大学校は、文部科学省所管の一般の「大学」とは違い、「将来、陸上・海上・航空の各自衛隊の幹部自衛官となるべき者を養成するため」に設立された防衛省所管の学校だ。「人文・社会科学専攻」「理工学専攻」の2専攻にあわせて14の学科があり、文系・理系とも偏差値60を超える難関校である。その最大の特徴は、受験料・入学金・学費がすべて無料であること。そして、入学した段階で特別職国家公務員の身分となり、毎月11万4300円(2018年4月現在)の「学生手当」が支給されることだろう。ほかにも、年2回の「期末手当」、いわゆるボーナスが合計37万円支給される。 その学生生活は過酷だ。全寮制で、上級生の言うことは絶対。朝6時に起床のためのラッパが鳴り響き、5分で寝具を片付け、着替えを済ませて学生舎前に整列する。6時5分、点呼。乾布摩擦を行う。6時10分~30分、清掃──という具合に、厳格なスケジュールが決められているのだ。点呼に1分でも遅れたり、清掃が行き届いていなかったりすると厳しい“指導”が待ち受けている。 訓練課程では、1年生はカッター(複数人の手漕ぎで進む小型船)、東京湾内で約8キロの遠泳に臨む。想像を絶する体力・気力を必要とする。中には過酷な訓練に耐えきれず、退校していく学生もいる。 防大生の生活を描いた漫画『あおざくら 防衛大学校物語』の著者・二階堂ヒカル氏は、防大の現役生やOBに取材を重ねたという。「特に1年生は、部屋の掃除などができていないと上級生から厳しくチェックされ、指導されます。あるOBの方が冗談として語っていたんですが、“1学年は石ころ、2学年は奴隷、3学年は人間、4学年は神”だと。1年生の扱いがおかしいですよね(笑い)。 例えば、『容儀点検』という身だしなみのチェックがあります。チェックするのは3~4年生で、アイロンのかけ方、頭髪の伸び方、携帯品に不備はないかなど、細かくチェックされます。土日は外出できることになっていますが、これをクリアしないと外出できません。1学年は一生懸命準備して点検に臨むのですが、学生が“どんなにキチンとしていても受からない……”と嘆いていたくらい、細かいようです」(二階堂氏) アイロンがけがきちんとできていないと、「プレス不備!」。ホコリがついていれば「ホコリ不備!」。さらに「目の輝き不備!」や「やる気不備!」といったような“理不尽”とも思えるケースもあるとか。二階堂氏が続ける。「確かに厳しくて理不尽なのですが、それを話してくれる防大出身者の方々からは、恨みのようなものを感じませんでした。 別のOBの方が言うには『それは“理不尽”を学ぶ必要があるからです』と。彼らは将来幹部自衛官になるために防大に入りました。幹部自衛官は、天災や有事の際に、何かを決めなければならない立場です。そういう時は、普段とまったく違うことが起きていて、言ってみれば『状況自体が理不尽』だというのです。自分ではなく、他人の命に責任を負う立場になる。だからこそ、理不尽への耐性を持たなければならないんだと語っていたのが印象に残っています」 厳しい指導にも、意味があるというのだ。 冒頭のクネクネ道を上がると、「防衛大学校」というプレートが入った白い門がある。その中で学生たちは、国防という重い任務を担うため、今日も訓練を続けている。【プロフィール】にかいどう・ひかる/学生時代から持ち込みを始め、『月刊コミックドラゴン』(富士見書房)にて第1回ドラゴン新人大賞に入賞したのち、2001年に『月刊ドラゴンジュニア』(同社)にて『無敵王トライゼノン ファイアー』でデビュー。主な作品に『別にいやらしい意味じゃなくて一緒に住んでも構わないよマーガレット』(マッグガーデン)、『ヘブンズランナーアキラ』(小学館)。『週刊少年サンデー』(小学館)にて『あおざくら──防衛大学校物語』連載中。最新刊8巻が発売された。
2018.07.16 16:00
NEWSポストセブン
学費ゼロで医師になれる「防衛医科大学校」の厳しい教育内容
学費ゼロで医師になれる「防衛医科大学校」の厳しい教育内容
 2018年現在、日本に医師は約32万人。体調をくずしたり、怪我をしたりした時に、私たちの前に白衣を着て現れる医師。テレビドラマや漫画、小説の中でもさまざまな医師たちが活躍している。その多くは「○○大学医学部卒業」という学歴だが、一部にちょっと変わった大学を卒業した医師もいる。 それが埼玉県所沢市にある「防衛医科大学校」だ。法的には一般の大学と違い、防衛大学校や警察大学校と同じ「省庁大学校」に分類されており、医師たる幹部自衛官=「医官」を養成する日本唯一の医科大学校とされている。 一般的な医学部では、学費だけでも私立なら約3000万円、国立なら約350万円。ほかに教材や実習備品代もかかる。だが、防衛医科大学校なら全寮制で学費は無料。しかも毎月約11万円の手当まで支給される。もちろん、超難関校だ。 防衛医大を卒業すると、9年間、自衛隊で勤務する義務が生じる。この任官を拒否したり9年間勤務する前に自衛隊を離職したりする場合には、多額の経費を返納しなければならない。実際に、2013年3月の卒業生の「償還金最高額」はなんと4603万円とされる。「自衛隊のお医者さん」である医官には、士官と医師、ふたつのエリートとしての能力が求められる。体力と知力を兼ね備える、まるで“賢者”のような能力を求められるのだ。そのため、将来の自衛官として厳しい規律をたたき込まれることになる。 同校を舞台にして話題になっている漫画『賢者の学び舎 防衛医科大学校物語』(ビッグコミックスペリオールで連載中)でも、主人公の真木賢人(まき・けんじん)が上級生から「アイロンのかけ方」や「居室の整頓」といった細かい部分に至るまで厳しい指導を受けるシーンが描かれているが、それも事実なのだ。 ちなみに先日、ソユーズで宇宙から帰還した金井宣茂氏も同校の卒業生で、海上自衛隊を経て、潜水医学を専門としたことから長期閉鎖環境での健康状態・精神状態について研究し、宇宙飛行士を志したという。 厳しい学生生活ではあるが、そうした濃密な日々を経た人々が、被災地や国際支援の現場で医療活動に従事していると思うと心強い。
2018.07.10 16:00
NEWSポストセブン
防衛大マンガの作者と防衛大OB 「理不尽な指導」対談
防衛大マンガの作者と防衛大OB 「理不尽な指導」対談
 日本一過酷な大学といわれる防衛大学校。そこでは上級生による厳しい“指導”が行われているという。防衛大を舞台にした少年漫画『あおざくら──防衛大学校物語』の著者・二階堂ヒカル氏と、同大OBで『防衛大式 最強のメンタル』の著者・濱潟好古(はまがた・よしふる)氏が、「理不尽な指導」について語り合った。 * * *濱潟好古(以下、濱潟):『あおざくら』8巻では初の校外訓練で、「上級生がいなくて極楽だ~」というシーンが描かれていましたね。実際にそうでした(笑)。理不尽な指導をする上級生がいないのは天国に感じましたね。日本広しといえども、「理不尽なことをする」って断言している組織はないと思います。二階堂ヒカル(以下、二階堂):濱潟さんが所属されていた短艇委員会(カッターボートのクラブ。防衛大でも1~2を争うほど厳しいクラブ活動と言われている)でも、理不尽なしごきがありましたか。濱潟:短艇委員会は“食いしばき”がありました。山盛りのご飯で、食べている途中でさらに上級生が盛ってくる。『日本昔ばなし』で見たことあるような、山盛りの茶碗です(笑)。減らないし、苦しくても食べるしかない。理不尽だと思うんですけど、漕ぎ手はパワーをつけるために必要なんです。逆に、号令をかける役割の艇指揮と、舵を握る艇長はほとんど食べない。自分が重さになってはいけないので。全日本大会前には固形物を食べられなくなって、授業中に倒れたこともありました。二階堂:『あおざくら』でも、先輩が中華街に連れて行って店を何軒もはしごして「どんどん食え!」っていうシーンを描きました。気持ち悪くなるほど食べさせられるんですよね。濱潟:まさにそのレベルです。あとは、応援団も厳しいですね。短艇委員会が練習場所へ向かう途中に、“ポンド階段”という急で長い坂があるんですが──。二階堂:取材で行きました。ゆっくり上って、途中3回休みました(笑)。濱潟:応援団はその階段を真夏に長袖長ズボンの真っ黒のジャージを着て20往復のダッシュ。その後、休憩だと言われて飲むのが、メチャクチャ熱いお汁粉です。「こんなことができなくて人を応援できるのかっ!」とか言われていました。二階堂:苦行に苦行を重ねますか……。濱潟:究極的には、幹部自衛官になるための訓練ですから。 こんなこともありました。朝の清掃に遅れた下級生がいました。そうしたら、上級生が「帰れ!」って。で、下級生が「帰りません!」。「清掃やるんか」「はい」、「帰れ」「いいえ」、「清掃やるんか」「はい」、「帰れ」「いいえ」、「はいとかいいえとかドラクエかっ!」二階堂:うまい(笑)。濱潟:どれも、いまの普通の企業や学校でやったら完全にパワハラになっちゃうんですけど。二階堂:でも、そういうギリギリの時って、ユーモアや笑いは大切ですね。濱潟:大事ですね。へらへらするんじゃなくて、ユーモアや笑いは時として心を軽くします。会社や仕事でもそうですが、きつくなってくる時、笑いは自分を救います。少し笑えば、それだけで余裕ができますからね。二階堂:『あおざくら』でも上級生の厳しい指導のシーンを描いていますが、「あんな先輩いたら無理でしょ」という笑いも込めています。読者の皆さんには、「あんな理不尽に比べたらまだ頑張れるかな」と笑ってもらいながら、逆境を乗り越える一助になれば嬉しいです。濱潟:辛くなったり、苦しかったりする時はつい自分を否定して自らに鞭を打ってしまう人もいるかと思いますが、そんな時ほど気持ちをリセットするような遊びを入れるのもいいのかもしれませんね。◆対談は東京都調布市にある「くまざわ書店調布店」で行われた。調布は『あおざくら』主人公・近藤勇美の地元である。【プロフィール】●にかいどう・ひかる/学生時代から持ち込みを始め、『月刊コミックドラゴン』(富士見書房)にて第1回ドラゴン新人大賞に入賞したのち、2001年に『月刊ドラゴンジュニア』(同社)にて『無敵王トライゼノン ファイアー』でデビュー。作品に『Atomicネコカブッ』、『オイレンシュピーゲル(原作・冲方丁)』(ともに講談社)、『別にいやらしい意味じゃなくて一緒に住んでも構わないよマーガレット』(マッグガーデン)、『ヘブンズランナーアキラ』(小学館)。『週刊少年サンデー』(小学館)にて『あおざくら──防衛大学校物語』連載中。最新刊8巻が発売された。●はまがた・よしふる/1982年生まれ。組織マネジメント・人材育成コンサルタント。防衛大学校卒業後、海上自衛隊幹部候補生学校を経てIT系ベンチャー企業に入社。防衛大時代に学んだ経験をもとにトップ営業マンに。独立後、チームマネジメント、仕事力アップ研修を行っている。最新刊『防衛大式 最強のメンタル』(青春出版社)が発売中。
2018.06.23 16:00
NEWSポストセブン
防衛大学校に学ぶ「ストレスフルな環境で成長する」考え方
防衛大学校に学ぶ「ストレスフルな環境で成長する」考え方
 誰でも、強いストレスを感じ、心が折れそうになることはある。そんな苦しい時、どうすればいいのか。日本一過酷な大学といわれる防衛大学校での学生の成長を描く少年漫画『あおざくら──防衛大学校物語』の著者・二階堂ヒカル氏と、同大OBでビジネスマンに防衛大で培ったメソッドを教えている濱潟好古(はまがた・よしふる)氏が、厳しい環境の中で人間が成長する過程について語り合った。白熱の“防衛大対談”──。 * * *二階堂ヒカル(以下、二階堂):作品づくりのために防衛大生、OBの方、家族の方などにお話を聞いていると、本当に過酷な環境で生活しているんだなと感じます。特に24時間体制で行われる上級生からの厳しい生活指導は他に類を見ないものですね。濱潟好古(以下、濱瀉):防衛大時代、私は“ダメっ子”だったので…(※注)。時間を守るという基本的なことから、靴磨きやアイロンがけなどの身の回りのこと、食事の配給などの全体にかかわることまで、何をやっても叱られました。全寮制、絶対縦割り社会の中で、注意され、否定され…常にストレスフルで精神的に追い込まれていましたね。【※注/防衛大では、できの悪い生徒を“ダメっ子”と呼ぶ。逆に成績優秀な生徒はデキっ子と呼ばれる】二階堂:しかも、防衛大で1~2を争うほどキツイ「短艇委員会(防衛大のカッターボート競技のクラブ)」にいらっしゃったんですよね。濱潟:短艇委員会って言うと、上級生にも同情されるくらいでした(笑)。私が在籍していた頃は、授業が終わったら隊列を組んで足並みそろえて寮に帰るのですが、短艇委員会だけは練習場所までダッシュでした。しかも上級生に抜かれたらアウト。抜かれたら……(殴るしぐさ)。 私は何度も抜かれて、先輩たちから愛の鞭を何度も浴びていました。ただ、逆もしかりです。下級生が上級生を抜くときもある。そんなときは、抜かれた上級生も部内で怒られていました。学年関係なくみんな必死に取り組む組織でした。二階堂:壮絶ですね……。濱潟:練習は、11キロあるオールをひたすら漕ぐんです。オールで手の皮が剥けて、さらにはお尻の皮まで剥けてしまう。これは日常生活でも大変でした。掃除で使用する白い雑巾が血で真っ赤になったり、あおむけで眠れないくらいお尻が痛くなって。夏には真っ白の制服を着るわけですが、どうしてもお尻の部分だけ血の汚れが取れなくて、服装点検で「お尻不備!」って言われて(笑)。“指導”が入りましたね。あれには本当にまいりました。二階堂:時代もありますね。いまは“指導”の時に体に触れてはいけないみたいです。濱潟:防衛大の上級生って本当に体格も良くて。自分は小柄だし、運動神経も取り立てていいわけでもない。それでも、とにもかくにもやるしかない環境でした。懸垂なんて1回もできませんでしたが、1年が終わるころには20回以上できるようになりました。人間やればできるものだと思いました。二階堂:学生の親御さんから、防衛大に入った子が帰省したら、当たり前に身の回りのことをやり、自信のある表情で、すごく変わっていたという話を聞いたことがあります。防衛大では、掃除洗濯を自分でやることはもちろん、服装や行動も一切の乱れは許されませんからね。成長する環境なのだと思います。濱潟:最初は誰だってゼロ、何もできません。しかも防衛大では理不尽な指導があえて行われていました。激烈なストレスをかけられている環境でどうしていたか。突破口は「行動」することでしたね。何かやれば、良くも悪くも結果がでる。行動しなければ目の前のストレスを解消することができませんでした。よかったことを続け、失敗したことはしない。それは行動の質を高め、自信につながります。 ちょうど『あおざくら──防衛大学校物語』の最新刊(8巻)で描かれている1学年の中期は、右も左もわからない横一線の時期を超え、「小隊学生長付」というリーダーが決まる時期。生徒の中にヒエラルキーができる頃です。さらに、初の校外訓練。いざこざや衝突も多かったですが、精神的にも成長する時期でしたね。二階堂:「小隊学生長付」、通称「少付」になった主人公の近藤勇美と成績優秀な土方俊明が、校外訓練を経て本音でぶつかり合うシーンは、8巻の山場になっています。近藤の「人は学んだら変われる」という思いに対して、「できないやつを切り捨てるのも優しさだ」と経験から言う土方。お互いが自分の中に持っているプライドというか、同期を助け合う食い違いが浮き彫りになって、打ち明け合う様子を描きました。濱潟:僕は一般企業に入ったわけですが、防衛大で何を一番学んだかと言うと「フォロワーシップ」だったんじゃないかなと思います。防衛大では、何もできない1学年の時から無理難題を求められます。そんな中で、主人公の近藤も言っていましたが「みんながいたから」「ひとりじゃないから」耐えられ、学びを得て成長していくことができるんだと思います。二階堂:人の力を借りることは悪いことじゃないし、成長のためにも必要ですね。漫画家という仕事をしていても、近い状況が出てきますよ。基本的に漫画家はネタを誰かに話すとか、意見をもらうということをしたくないものなんです。1人でやりたいし、できていない部分を指摘されるのは辛いですからね。でも、本当は「ここはいいよね」「ここはこうしたら」と言われることが大事だったりするんです。それが心にグサグサきたとしても。 僕は言われたことを直すタイプで、言われたことをしっかりやっていくのが大事だと思っています。それが結局、1人でやるよりも近道なのだと思います。濱潟:最初から全部うまくいくことなんてありませんよね。僕も入った当初は上級生からの厳しい指導が日常茶飯事。ベッドメイキングが合格点に達してないからと、木にベッドシーツがつるされていたことも(笑)。やりたくないこと、逃げたいこと、たくさんありました。でも行動する。うまくいけばそれでいいですし、極端な話、考えて行動した結果うまくいかなくてもいい。少しでも前に進まないと、そこで成長はストップしてしまう。二階堂:だからやり続けるんですね。漫画も同じで、描き続ける、少しでも面白くする。少年サンデーで連載している漫画家の先生たちは驚くほど当たり前のようにやっていることですね。だから、僕も諦めたり、現状に満足したりはしません。むしろ振り落とされないように必死です。 僕は今、少年サンデーで『あおざくら』を連載していますが、もともと少年サンデーで華々しくデビューしたわけじゃないんです。雑誌をまたいで這い上がっていくというムチャクチャなことをしてきた。だから、思うんです。僕のこれまでは全部、逆境だったんじゃないかなって。さんざん言われましたからね。「お前なんかが漫画家になれるわけがない」、「連載なんて絶対ムリだ」って。濱潟さんの著書『防衛大式 最強のメンタル』にもありましたが、「逆境の神さま」に愛されていたんだと思います。濱潟:逆境ほどいい訓練はありません。と言うと厳しそうですが、ストレス耐性を高める時期であり、行動の質を高めてくれます。これを知っていると知らないとでは全然違うと思うんですよね。目の前の困難なことは捉え方ひとつでどうにでも変えることができると思っています。 特に社会人1~2年目や異動・昇進したての人は、どうしても精いっぱいになってしまうと思います。厳しいノルマとか理不尽な要求とか。もっといえば、理不尽じゃないことも理不尽に感じてしまうことも。そういう時に、『あおざくら』や僕の本を読んでもらえたら嬉しいですね。精神的に追い詰められた時に割り切って、粛々とやっていくことができると思うんです。そうして、求められることに対して全力で取り組んで、圧倒的な結果が出せるようになっていくと思います。二階堂:少年漫画ではありますが、『あおざくら』は若手の社会人にも読んでもらえたら嬉しいです。自分の“地盤”の作り方がわかるのではないかと思うのです。働くことでの連帯感とか、周りに助けを求められることの大切さ。頑張ろうと思ってもどうにもならない時にも、立ち直れないほどの心の折れ方は避けられると思います。濱瀉さんの本も、漫画のアシスタントに読ませたい! 自分にもグサグサ来ましたけどね(笑)。◆対談は東京都調布市にある「くまざわ書店調布店」で行われた。調布は『あおざくら』主人公・近藤勇美の地元である。【プロフィール】●にかいどう・ひかる/学生時代から持ち込みを始め、『月刊コミックドラゴン』(富士見書房)にて第1回ドラゴン新人大賞に入賞したのち、2001年に『月刊ドラゴンジュニア』(同社)にて『無敵王トライゼノン ファイアー』でデビュー。作品に『Atomicネコカブッ』、『オイレンシュピーゲル(原作・冲方丁)』(ともに講談社)、『別にいやらしい意味じゃなくて一緒に住んでも構わないよマーガレット』(マッグガーデン)、『ヘブンズランナーアキラ』(小学館)。『週刊少年サンデー』(小学館)にて『あおざくら――防衛大学校物語』連載中。最新刊8巻が発売された。●はまがた・よしふる/1982年生まれ。組織マネジメント・人材育成コンサルタント。防衛大学校卒業後、海上自衛隊幹部候補生学校を経てIT系ベンチャー企業に入社。防衛大時代に学んだ経験をもとにトップ営業マンに。独立後、チームマネジメント、仕事力アップ研修を行っている。最新刊『防衛大式 最強のメンタル』(青春出版社)が発売中。
2018.06.20 16:00
NEWSポストセブン
防大、気象大…学費がかからない学校 省庁大学校の他には?
防大、気象大…学費がかからない学校 省庁大学校の他には?
 奨学金を払えずに破産するケースが増えていると話題になっているが、その一方で学費がかからない学校も存在している。たとえば代表的なのが、防衛大学校だ。 自衛官を養成することを目的とした大学である防衛大学校。学生は特別職の国家公務員となり、学費がかからないどころか学生手当として毎月11万8000円の給料が支払われる。さらに、年2回のボーナス(年約35万円)も支給される。防衛医科大学校もまた、ほぼ同様となっている。 防衛大学校と防衛医科大学校はいずれも防衛省管轄下の大学校だが、そのほかにも国の省庁が管轄する教育機関では学費がかからないというケースも多い。幹部海上保安官の養成を目的とした海上保安大学校、気象庁の幹部職員などの養成を目的とした気象大学校、航空保安職員の教育訓練を行う航空保安大学校は、いずれも学費免除で、給料も発生する。◆進学=就職活動の意味合い 省庁大学校の学生は身分的には「国家公務員」となり、入学試験についても“採用試験”というのが正式な呼び方。募集人員も少なく、倍率は高くなりがちだ。 省庁大学校への進学はいわば“就職活動”ともいえるわけだが、同様のケースはほかにもある。たとえば、卒業後に指定された病院に一定期間勤務することを条件に奨学金の返済が免除となる看護学校も多い。 また、いわゆる学校ではないが、公営競技の選手になるための養成所も学費がかからない。たとえばJRAの競馬学校の騎手課程の場合、授業料は無料。しかし、全寮制で在学する3年間の食事代約120万円は自己負担となる。 また、競輪選手になるための日本競輪学校も学費は無料。しかし、こちらも食費やウェア代などの費用として約120万円を負担することとなる。 一方、日本で唯一のボートレーサーを育成する機関である「ボートレーサー養成所」も費用がかからないが、こちらはそれ以外の費用も必要ない。「養成所での訓練は1年間で全寮制ですが、以前は宿泊費・食費として年間120万円の自己負担費がかかりました、しかし、養成員の経済的負担を軽減し、ボートレーサー志願者を増やす意味もあり、2017年4月からは完全無償化となっています」(ボートレースに詳しい週刊誌記者) ちなみに、競馬学校騎手課程の募集人員は10名程度、競輪学校とボートレーサー養成所も男女合わせて100名以下程度。防衛大学校等と同様、こちらもまた狭き門だといえる。
2018.03.06 11:00
マネーポストWEB

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