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ねこがいるか、いないか、ただ、それだけを描いた絵本(たなかひかる『ねこいる!』より)
芸人で絵本作家 二足のわらじの田中光「絵を描くきっかけになった」先輩芸人の金言
 ギャグ漫画『サラリーマン山崎シゲル』や第25回日本絵本賞を受賞した絵本『ぱんつさん』で知られる、芸人/ギャグ漫画家/絵本作家の田中光。4月20日にエッセイ漫画『つまねこ〜妻とねこのはなし〜』の4巻が発売されるほか、新たに“ツッコミ不在”のギャグ漫画『この夫婦は、止まらない!!』を4月22日に単行本で発売する。今年2月には「猫がいるかいないか」だけを描いたユニークな絵本『ねこいる!』も刊行、発売からわずか2週間で重版が決定するほどの人気ぶりが話題となった。もともとお笑い芸人としてキャリアをスタートさせ、M-1グランプリやキングオブコントなど有名コンテストで準決勝進出の経歴も持つ彼は、なぜ絵の世界で躍進を遂げることになったのか。本人に話を聞いた。──田中さんはお笑い芸人として活動する前、美術系の大学に進学しています。当時はどのような将来の夢を抱いていましたか?田中:お笑いをやるか絵を描くか悩みつつ美大に入りました。結果的に1年で退学して大阪NSCに入り直したのですが、なぜかと言うと、「歳を取ってから、絵は描こう」と思ったんですね。逆にお笑いは若い頃に始めておかないと歳を取ってからだと難しい。なのでいずれ絵は描こうと思いつつ、先にお笑いの活動をスタートさせようと考えました。──いつ頃からお笑いの世界を目指すようになったのでしょうか?田中:中学生の時にテレビを見ていて「俺の方が面白い!」と思ってしまったんですね。今振り返れば勘違いもいいところですけど、とにかくお笑いの世界に進もうと思って、同級生と一緒に漫才で遊んだりしていました。同時に、小さい頃から絵を描くのが好きだったので、将来は何かモノを作る職業に就くんだろうなとは漠然と思っていました。「お笑いの世界に進むぞ!」と決意したわけではなくて、お笑いと絵がなんとなく自分の人生の中にあり続けていて、それ以外の選択肢がなかったんです。──憧れのお笑い芸人はいましたか?田中:やっぱりダウンタウンさんには憧れていました。それと自分がお笑い芸人として活動するようになってからは板尾創路さんのような立ち位置が一つの目標になりました。板尾さんが大好きでしたし、僕はあまりバラエティで盛り上げるタイプの芸人にはなれないだろうなと思っていたので、板尾さんのようなテンションで行きたいなと。 実は僕、芸能界に対する憧れを一切持たずに生きてきたんです。テレビに出て売れたいという欲望がなくて。本音を言えば舞台だけでやっていきたかった。けれどそれだと食べられないという現実があったので、やっぱりテレビに出なければならなくて、そのための努力もしてきました。そうなった時に自分はタレントとしてどんなキャラクターがいいだろうと考えたら、板尾さんのような雰囲気が近いタイプだなと思ったんですね。 オーディション合格のためのネタ作りに違和感──お笑い芸人として活動する一方、2013年頃からは絵も発表し始めます。絵を描くようになったきっかけは何でしたか?田中:芸能界に憧れがないので、お笑い芸人として活動しつつ、ゴールをどこに設けていいかわからない状態に陥っていました。徐々に何を頑張ればいいのかすらわからなくなって、色々と悩みを抱えてしまいました。ふと気づいたらテレビ番組のオーディションに受かるためにネタを作る努力をしている。やりたいこととやっていることのギャップがどんどん大きくなっていました。 そんな時期にピースの又吉直樹さんに悩みを打ち明けたんですね。そしたら「特技を磨いておいた方がええよ」って言っていただけて。それで「自分の特技って何だっけ」と考えていたら「そうだ、絵を描けるわ!」と気づいて、10数年ぶりに絵を描き始めることになりました。当時ちょうどTwitterのアカウントを開設していたので、とりあえず絵を描いてTwitterに投稿するようになって、気がついたら“ギャグ漫画家”と呼ばれていました。──その時に投稿されていたネタの一つが『サラリーマン山崎シゲル』ですよね。今でもTwitterやInstagramで新作が発表され続けています。田中:僕自身はサラリーマン経験がないので、会社や仕事内容といった具体的なことは決めずに、大喜利の回答を絵で描くようなテンションでやっています。最初は会社に置いてありそうな事務用品などをモチーフに、どうやったら面白くなるだろうかと考えていましたが、今ではフォロワーの方にコメント欄でお題を募集していて、いただいた単語から考えて描いています。 どちらかと言うと『サラリーマン山崎シゲル』はトレーニングの意味合いで続けていますね。原稿料も出ないですし、勝手にSNSに投稿しているだけなので、アイデア出しの側面が強い。僕にとって発想のベースは大喜利的なところにあって、やっぱりお題がないと続けられないんです。なので自分の中でノルマを課して描き続けています。その中から「これは漫画にしたら面白そうだな」とか「この発想は絵本で使えるな」といったアイデアも出てくるんです。──『ねこいる!』の売れ行きが好調です。大人が読んでも面白い内容ですが、なぜ「猫がいるだけ」というユニークな絵本を描くことになったのでしょうか?田中:「猫がいっぱいいたらなんか面白いな」と思って、オカリナの穴から猫がピョンピョン顔を出している落書きを描いたことからスタートしました。穴から猫が顔を出していたら可愛いですし、なんか面白いじゃないですか。で、絵本というのはそういう「なんか面白い」がやれる場所だと思っているんですよ。 漫才やコント、ギャグ漫画だと「ここがこうだから面白い」ってちゃんと説明が入っていないとなかなか喜んでもらえないんです。もしくはツッコミを入れて「ここは面白いですよ」ってフラグを立てる必要がある。多くのギャグ漫画はツッコミだらけですよね。それは物語のテンポがあるから仕方ないことでもあるんですが、そういった説明やツッコミを省きたいという気持ちがずっとありました。 絵本だとそれができます。逆に「いや、オカリナから猫が出てくるわけないやんけ!」ってツッコミを入れてしまうと、面白くない。そうではなくて、猫がたくさん出てくるなんか変な状態、そこから生まれる「なんか面白い」という現象そのものを打ち出したい。ツッコミや説明ではなくて、現象そのものを描きたいと思っているんです。海外でウケるお笑いのかたち──ある種のお笑いは、漫才やコントではなく、絵本の方がよりよく表現できるということでしょうか?田中:漫才やコントだとあまり面白がってもらえないタイプの笑いもあります。それに日本のお笑いを海外に輸出することも難しい。そうした状況は変えていきたいと思っていました。日本のギャグ漫画を英訳してアメリカに持って行ったとしても、おそらく面白がり方をなかなか理解してもらえないと思うんです。そもそもの文化が違うので。 海外でウケるお笑いとなると、アメリカならもともとアメリカ人を笑わすために作られたものである場合が多い。僕としては、日本で作られたお笑いの発想をグローバルに届けるために、いわゆるお笑いとは異なるフォーマットでアウトプットしようと考えていて、それで絵本を描いているところがあります。見た目は絵本ですけど、発想としてはお笑いをもとに作っているんですね。──お笑いのアイデアを絵本として表現することで、あらためて気づいたことなどはありましたか?田中:実は僕、あまり人前に出るのが好きじゃなかったんです。そもそも芸能界への憧れもないし、お笑い芸人と言いながら、テレビに映ることがつらくて。なので絵で表現できるようになってからとても生きやすくなりました。僕自身は矢面に立たず、僕が考えたものを僕の名前で出せますからね。 もちろん、漫画家や絵本作家としてテレビに出る分にはつらくないです。考えていることを真面目に話すだけなので。だけどおどけることができない性分で……。お笑い芸人だと自分の面白さを体で表現しなければならないので、その作業が負担になっていました。絵を描くというチャンネルを持つことでそうした負担が一気になくなっていきました。 あと、漫才でネタ作りをやっていた時に「どうしたらこの面白い感じを言葉に置き換えられるだろう」とずっと苦戦していたんですが、そういう時は決まって絵に描いて相方に説明していたんですよ。台本にも絵を描いていました。今振り返ってみると、お笑い芸人の頃から絵を描くことが自分の表現手段だったのかもしれません。「子供たちの心に何か残したい」──『ねこいる!』は特に子供たちに人気です。読者層としては、やはり子供向けに描いているのでしょうか?田中:そうですね。もちろん大人が面白いと思った発想を絵に描いているので、大人にとっても面白いと感じてもらえるはずだとは思っています。けれどまずは子供たちの心に何かを残したいという気持ちがあります。子供たちの想像力を刺激できたら、素敵な世界を作っていってくれるだろうなと思うんですよね。 テレビ番組にはびっしりとテロップが出てきますし、ギャグ漫画はツッコミまみれです。個人的には「ここが面白いですよ」が少し過剰な気がします。 僕の表現は数多くある「面白い」のうちの一つでいいんですけど、たとえ同じ作品でも面白がり方というのはたくさんあるわけですよね。子供たちには「こういう見方もある」ということを発見して欲しい。だからあまりツッコミを入れたくないし、説明したくないんです。「なんか面白い」というものを僕は提供していて、子供たちはそれぞれが「面白い」と感じるところを自分で発見していく作業が大事だと思っています。◆取材・文/細田成嗣(HEW)
2022.04.14 16:00
NEWSポストセブン
アイチ・森下安道伝 ミラノ検察庁が捜査した「ダ・ヴィンチ日本流出事件」
アイチ・森下安道伝 ミラノ検察庁が捜査した「ダ・ヴィンチ日本流出事件」
【連載『バブルの王様』第二部第5回】貸付総額1兆円超のノンバンク・アイチを率いた森下安道は、いち早く絵画ビジネスにも乗り出した。そんななか、森下が金主として支えた銀座の画廊・月光荘は、海外の捜査機関まで巻き込んだ大事件を起こす。『バブルの王様 アイチ森下安道伝』の第二部第5回、ノンフィクション作家・森功氏がレポートする。(文中敬称略)。【写真】取り立ての厳しさから「マムシ」と呼ばれた森下安道氏 * * * 芸術の国イタリアでは、歴史的芸術品保護法の第66条により、制作後50年を経た一定の作品に対し、国外への持ち出しを固く禁じている。巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチの絵画は、まさにこれにあたる。むろんデッサンであっても扱いは変わらない。  ところが1985年11月4日、オランダ人画商のファン・リーンがミラノ州にあったそのダ・ヴィンチ作「岩窟の聖母」の習作用デッサンを盗み出した。1週間後、日本からやって来た月光荘にそれを渡したという。  知ってか知らずか、ダ・ヴィンチのデッサンを手にした月光荘は、日本にそれを持ち帰り、静岡県熱海市に本部のある宗教団体「世界救世教」に19億円で転売した。そこから2年経った1986年3月、ミラノ検察庁の捜査によって事件が明るみに出る。名画の不法持ち出し事件は、日伊の国際芸術問題に発展するのではないか、と大騒ぎになったのである。 この事件の背景として、月光荘の橋本百蔵と中村曜子という社長、会長コンビによる放漫経営が取り沙汰された。前回報じた280億円の巨額借り入れがそれだ。 「月光荘は資金繰りのため、ついに盗難に手を染めた」  莫大な借金による経営危機が囁かれ始めた頃と期を同じくし、ダ・ヴィンチのデッサン盗難事件が発覚したのである。おまけに事件のさなか、月光荘会長の中村曜子と懇意の中曽根康弘元首相が、売り先の世界救世教・MOA美術館を訪ねていたことまで浮上、元首相の口利き疑惑まで噂され、話題が尽きなかった。 橋本や中村は伊捜査当局に身柄を拘束され、厳しい取り調べを受けた。実は、このとき救いの手を差し延べたのが、アイチの森下安道だったのである。アイチの元幹部社員が明かしてくれた。 「中村曜子さんがイタリアの検察に捕まってしまい、ミラノから『森下会長、助けてください』と連絡が来たんです。なにしろ金はオランダ人の画商に持っていかれたままだし、絵も向こうに返さなければならなくなった。そのうえ逮捕までされて最悪な状況でした。そのとき頼りにできたのが、会長だったということでしょうね。それで、うちの顧問をしていた国際弁護士の松尾翼先生に相談した。松尾先生が直接イタリアに行った記憶はありませんけど、曜子さんを釈放してもらえました」 松尾は、森下が米国のゴルフ場開発で地主と揉めた際や、社員がセクハラ訴訟を起こされたときに活躍したアイチの顧問弁護士だ。松尾は月光荘の顧問弁護士となり、その後の倒産処理にも携わっていく。  事件で橋本と中村は窃盗を働いたオランダ人画商や世界救世教関係者らとともに1988年6月、ミラノ検察庁に起訴された。挙げ句、月光荘は倒産危機に陥り、さらなる事件を呼び込む結果となる。  月光荘に美術品の輸入資金を用立てて日本の顧客に売却させ、高金利を上乗せして融資を回収する──。既述したように、借入の大半を占める短期借入の大きな金主が、アイチの森下安道だ。森下は絵画の買い付けのために月光荘の橋本や中村とともに欧州に行き、現地の画商と交渉した。それにより、森下自身が、欧州の画商たちとパイプをつくり、絵画ビジネスを展開する下地ができた。前号で紹介した許永中のスイス行きには月光荘の中村たちは同行していないが、月光荘向けの絵画の買い付けの一環でもあったのである。許の欲しがった絵を月光荘名で輸入し、それを売ろうとした。「今度会ったら東京湾に沈めてやる」 月光荘の1987年末の借入明細の短期借入先によれば、森下はファクタリングアイチなどアイチグループで月光荘に22億円を貸し付けていたが、その他、「イ・アイ・イ」3億9000万円、「北見」7300万円という短期借入先の記載もある。イ・アイ・イはのちに「長銀(日本長期信用銀行)をつぶした男」と伝説になる高橋治則の会社であり、北見は小谷光浩が率いた仕手集団「光進」の軍師役を務めた北見事務所代表の会計士、北見義郎を指す。森下は高橋や北見にも融資をし、私自身、アイチで彼らを何度も目撃した。まるでアイチの融資が彼らを通じて月光荘に流れているようにも見える。  またアイチ関連以外の大口借入先として、「浅田満利」の13億2500万円も目を引く。満利は満の別名であり、大阪の畜産業者「ハンナングループ」総帥のことだ。融資額こそアイチより少ないが、曰く付きの借入先といえる。 そして資金繰りに窮した月光荘は案の定、日本国内でも詐欺・横領事件を引き起こす羽目になる。1988年9月のことだ。事件当時、新聞でも橋本の逮捕を報じている。 〈東京・銀座の老舗画廊で、政財界人も出入りしていた絵画、画材販売の「月光荘」社長が二年前、都内の美術品販売会社社長から、藤田嗣治作の絵画買い付け資金としてスイスの銀行に送金させた二十八万ドル(当時の円レートで約三千七百万円)を着服したとして、東京地検特捜部は六日、社長の橋本百蔵容疑者(49)=港区芝大門二=を業務上横領の疑いで逮捕、月光荘など数カ所を家宅捜索した〉(1990年3月7日付毎日新聞朝刊) 東京地検が摘発する少し前、月光荘では顧客から預かったルノワールの名画「花束」を無断で売り飛ばしていた。橋本、中村の社長会長コンビがその売却代金の1億2000万円を着服したとして、警視庁捜査2課と築地署が地検に書類送検していた。それを受けた地検特捜部の橋本逮捕だ。記事は事件を次のように詳報している。 〈橋本容疑者は昭和六十三年九月十九日ごろ、藤田嗣治作の絵画「四人の踊り子」の買い付け交渉を依頼されていた美術品販売会社「日本トライトラスト」(中央区銀座)の鶴巻智徳社長(47)から購入資金として、スイス・ジュネーブにある橋本容疑者名義の預金口座に五十万ドルの送金を受けた。しかし翌日、うち二十八万ドルを東京都荒川区の銀行にある月光荘の債権者名義の口座に移し引き出した疑い。橋本容疑者はこの金を月光荘の負債返済に充てていた。残りの二十二万ドルについても、勝手に引き出した疑いが出ている〉 ここに出てくる日本トライトラストの鶴巻もまた、アイチの融資先であり、森下が絵画取引を指南した一人だ。あのパブロ・ピカソの「ピエレットの婚礼」を71億7000万円で購入して話題をさらった。その鶴巻もまた、月光荘事件の被害者にほかならない。 「あの橋本のやろう、今度会ったら東京湾に沈めてやる」  鶴巻はアイチの社員たちにそう怒りをぶつけた。 ピーク時の1988年3月期に94億円の年商を誇った月光荘は、その実、台所事情が火の車だった。そうして明くる1989年3月、会社更生法の適用を東京地裁に申請して倒産した。負債総額は1987年末の280億円からやや減ったものの、188億円にのぼった。1990年4月18日の朝日新聞朝刊にはこう書かれている。 〈東京・銀座のしにせ画廊「月光荘」社長、橋本百蔵被告(49)=3月27日に起訴=にからむ詐欺・横領事件を捜査している東京地検特捜部は17日午後、同被告を業務上横領の罪で追起訴した。今回の追起訴で、橋本被告が横領した現金や絵画は、あわせて約5億5000万円相当になった〉 むろん月光荘事件では、森下自身も被害者だ。森下は月光荘を通じてルノワールをはじめ印象派の絵画を購入してきた。その絵画代金として小切手を渡したが、二人にまんまと流用されている。 〈橋本被告は1988年9月、スイス・ジュネーブ市内のホテルで、金融業「アイチ」の関連会社「ファクタリングアイチ」(東京・四谷)の実質経営者、森下安道氏(57)から、絵画代金支払いのための小切手7通(額面450万ドル=当時約6億円)を預かった。5通は絵画代金支払いにあてたが、2通(21万8050ドル=約3000万円)は、自分の借金返済にあてるために横領した〉 朝日新聞はこう続く。 〈また、同年10月から12月にかけて、森下氏から預かっていた藤田嗣治作「猫を抱く少女」などの絵画7点(時価約3億3576万円相当)を、勝手に大阪府羽曳野市内の会社役員に借入金の担保として提供した、とされる〉 森下の被害額は優に10億円を超えた。なお、ここに出てくる藤田の「猫を抱く少女」は、かつて森下がつかまされたレオナール藤田の贋作「猫」とは別の本物だ。それらが勝手に他の借入担保として横流しされていたという。アイチのある元幹部社員が冗談交じりに振り返った。 「森下会長が月光荘に預けていた絵のなかには、永中さんに売る予定だったものもありました。その額縁を補修してもらうため、月光荘に預けたわけです。本来なら向こうに額だけを渡せばいいようなもので、今から思えばおかしな話です。でも、月光荘の曜子さんや橋本は森下会長にべったりで、朝な夕な毎日やって来て、『額縁をきれいにしましょう』と絵を持ち去っていった。森下会長が『面倒だからいっしょに持っていけ』と言い、中身の絵も向うに行ったままでした」 それが事件の発覚する直前の1988年9月のことだという。新聞報道にある絵の流出先、羽曳野市の会社役員が、ハンナングループの総帥、浅田である。元アイチ幹部がこう続けた。 「橋本は大地堂という日本で一番高い洋額屋で額縁を修理させていました。他の1.5倍くらいするけど、事件までは橋本の顔を立て、月光荘から請求書が来たらそのまま支払っていました。ただ、あのときは『もう少し時間がかかる』とか、『金箔の仕上げをやっている』と言い訳し、なかなか戻ってこなかった。で、会長から『おかしいから、見てこいやっ』と命じられ、夜の8時に月光荘に見に行きました。そしたら、絵の中身が抜かれて額しか残っていない。その日のうちに橋本を捜し出して問い詰めると、浅田さんに預けている、というではないですか」絵画を“食肉業界のドン”から引き揚げた 浅田満は1938(昭和13)年12月、羽曳野市に生まれ、父親の食肉業「浅田商店」を継いだ。浅田を可愛がったのが日本ハム会長の大社義規で、浅田は部落解放同盟系の大阪同和食肉事業協同組合専務理事となり、各界に睨みをきかせた。ハンナングループを率い、「食肉業界のドン」と畏怖されるようになる。  政界では横山ノックや太田房江といった歴代大阪府知事はもとより、自民党農水族の故・中川一郎や中川の秘書だった鈴木宗男と親しい。鈴木との関係から、歌手の松山千春も家族ぐるみで交遊し、浅田は北海道出身の元横綱、北勝海(現八角親方)の結婚媒酌人まで務めた。  また実弟の照次が山口組白神組の元幹部でもあり、当人と山口組五代目組長渡辺芳則との関係も知られたところである。本人は2004年4月、狂牛病(BSE=牛海綿状脳症)に関する補助金詐欺などで逮捕、起訴され、加古川刑務所に服役したあと、2021年9月に仮釈放されたばかりだ。 月光荘の借入明細にあったように、アイチグループと同じく、ハンナンの浅田もまた月光荘の金主となってきた。13億円も借金していた月光荘の橋本たちは、あろうことかその浅田に森下の絵画7点を担保として横流ししていたのである。文字通り二重担保の詐欺事件だ。  つまり森下、浅田ともに詐欺の被害者なのだが、肝心の月光荘が倒産してしまい、二人は困った。おまけにたいていの闇紳士を知っている森下は、浅田と一面識もなかった。森下はそこで旧知の外車販売業者「インターオート」創業者の野呂周介を頼った。  野呂は三重県の暴力団幹部から外車販売に転じて成功した怪人物だ。森下とは同じ愛知県出身のフィクサー加藤正見から野呂を紹介され、付き合いが始まったという。森下と野呂の共通の知人として、元山口組最高幹部の瀧澤孝がいる。三代目組長の田岡一雄の直系若衆として静岡県浜松市の「芳菱会」を率いた瀧澤は、美術品の収集が趣味だといい、森下ともウマがあったようだ。絵画が縁となり、森下は山口組五代目組長の渡辺芳則とも出会うのだが、それは稿を改める。 話を月光荘事件に戻そう。  月光荘に預けた絵画を横流しされた森下は、逮捕された月光荘の橋本に代わり、流出先の浅田と交渉をしなければならなかった。そこで山口組に人脈のある野呂に相談したところ、野呂の顧問弁護士が浅田との交渉の仲立ちをすることになる。再び、先の元アイチ幹部社員が解説してくれた。 「聞いてみると、月光荘の橋本は毎週日曜日に浅田さんのところに行っては、絵の売り込みをしていたらしい。朝一番のJAL便で伊丹空港に降りてそのまま羽曳野の浅田邸に向かい、トンボ返りしていました。で、そのうち浅田さんからカネを引っ張るようになり、アイチの絵が担保になっていたのです」 アイチは詐欺罪で橋本を告訴した。その一方で、浅田に6億円ほどを支払い、絵を引き揚げた。むろんアイチにとっても損だが、13億円を貸し付けている浅田側も全額が返ってきたわけではない。いわば痛み分けのようなかっこうだ。  森下は月光荘事件でさんざんな目に遭った。だが、さすがにマムシと異名をとるだけあって、騙されて終わったわけではない。アイチの元幹部が続ける。 「そうして引き揚げた7点の絵のうち、いくつかは永中さんに売りましたよ。浅田さんのところから引き揚げた元値の3倍か4倍くらいで売れたと思います」 また、月光荘が経営難に陥っていくなか、森下はファクタリングアイチで自らも美術品を買うようになる。そこから本格的に絵画取引を始めていったのである。  その絵画ビジネスの拠点としてオープンした画廊が、港区南青山の「アスカインターナショナル」だ。登記簿によれば、会社設立そのものは1987年7月で、もとは画廊ではなく、ヴァイオリンの販売会社だったという。森下はそれを画廊に衣替えした。このとき秘書課からアスカインターナショナル社長に抜擢したのが、郡清隆だ。当人に聞くと、こう説明してくれた。「そのヴァイオリン販売会社の経営が立ち行かなくなり、アイチで融資をしたのが始まりでした。会社ごと引き取ったのですが、ヴァイオリンの販売は特殊で、素人だとなかなか難しい。ヴァイオリンの先生から紹介を受けた生徒に売る仕組みで、先生に10~20%のマージンを支払う。100万円のヴァイオリンなら10万円、500万円なら50万円という具合です。で、森下会長が『そんな裏金商売みたいなものはやめてしまえ』と言い出し、会社の定款を絵画・輸入販売に変え、画廊に転換したわけです。まずはファクタリングアイチで買ってきた30枚の絵をトラックに積んで四谷から青山まで運び込みました」  それが1988年12月のことだという。「内装もいちからやり直しました。やや天井が低いけれど、壁に絵をかけ、『郡、おまえは秘書課は卒業だ、あしたからここのマネージャーをやれ』と命じられました。そこからフランス語と英語など、日本語以外の最低2カ国語を話せる条件で、東京藝大や多摩美術大、武蔵野美大なんかに募集をかけると、200人くらいの女子学生が応募してきました。フランス語が得意だという帰国子女が多かった。その女の子たちを面接して3人採用し、アスカインターナショナルをスタートさせました」  アスカインターナショナルは2階建ての洋館で、イタリアから特注家具を輸入し、パリで知り合ったルクセンブルク人デザイナーに内装を任せた。ゴルフ場のクラブハウスを設計してきたピータース・ジョン・レイモンだ。2階にはピアノとカラオケセットを置き、森下が顧客を連れてやって来ては、そこで歌っていた、と郡が語る。「銀座のクラブに行くより安上がりだし、そこで飲み食いしていました。青山の寿司屋とイタリアンレストランと契約していて、特上の上の『極上』というひと桶3万円もする握り寿司を3桶頼んで、ホステスも呼んで接待させていました。ホテル並みの来客用ツーベッド、スリーベッドの大きな寝室もそなえていましたから、お泊りになるお客さんもたくさんいました。宴会はだいたい夜の12時を回るので、会長も泊まっていましたね」  ゴルフ場と同じく、アスカインターナショナルにもバブル紳士たちが集い、多くの絵画を買っていった。(第二部第6回につづく)※週刊ポスト2022年4月8・15日号
2022.04.03 19:15
マネーポストWEB
アイチ・森下安道伝 許永中は手提げ袋に現金1億円を入れて現れた
アイチ・森下安道伝 許永中は手提げ袋に現金1億円を入れて現れた
【連載『バブルの王様』第二部第4回】貸付総額1兆円超のノンバンク・アイチを率いた森下安道は、多くのバブル紳士たちと関わりを持つ。なかでも、「戦後最大の経済事件」と呼ばれるイトマン事件を引き起こす許永中との関係は、とりわけ濃密だった。『バブルの王様 アイチ森下安道伝』の第二部第4回、ノンフィクション作家・森功氏がレポートする。(文中敬称略)【写真】取り立ての厳しさから「マムシ」と呼ばれた森下安道氏 * * * 新東京国際空港(現・成田国際空港)は激しい市民闘争の末の1978年5月、千葉県房総半島の中心部にある内陸空港として生まれた。成田空港はそこから羽田に代わる日本の空の玄関と呼ばれ、コロナ前のピーク時の2018年には、4260万人が利用している。  1970年代前半からJALのオーダーメードツアーによる欧米旅行を恒例にしてきた森下安道も、羽田から成田に換えてここから世界に旅立った。アイチの秘書とともにヨーロッパやアメリカ、モナコ行きのファーストクラスに乗り込んだ。  バブル景気の始まった1980年代後半に入ると、アイチの大名旅行のメンバーには、武富士の武井保雄などのサラ金軍団ではない顔ぶれが加わった。その一人が許永中である。森下の話を元に、初めていっしょに欧州に向かったときの一幕を紹介する。 森下がアイチの幹部社員たちとともにファーストクラスのカウンターで待っていると、許が3人の秘書を従えて駆け寄ってきた。汗かきの禿げ頭に大粒の汗が光る。秘書はいずれも若く、男性が2人で女性が1人だ。そのうちの男性秘書が大きな手提げの紙袋を抱えていた。 「それは、いったい何かな」  森下が紙袋に視線を向けた。すると、許が答えた。 「森下会長、なにせ初めてなので多めに持って来ましてん。現金ですわ、1億ほどある思います」 折しも大阪港から韓国の釜山港までつないだ「大阪国際フェリー」を就航させた許は、謎の大阪出身の在日韓国人実業家として売り出し中だった。  森下との欧州旅行に際し、許が紙袋に詰めて持参した現金は、実際のところは7000万円ほどだったという。だが、海外への現金持ち出しは今も昔も外為法や関税法によって厳しく規制されている。現在の財務省のホームページにも〈一定額を超える現金等を携帯して出国・入国する場合には、事前に税関への届出が必要です。届出が必要とされるのは、次のような場合です〉としてこう記されている。〈携帯する次のものの合計額が100万円(北朝鮮を仕向地として輸出しようとする場合については10万円)相当額を超える場合現金(外国通貨を含む)小切手(旅行小切手を含む)約束手形有価証券携帯する金の地金(純度90%以上)の重量が1キログラムを超える場合〉  但し書きとしてこうある。 〈関税法第67条の規定により、支払手段等の輸出又は輸入について書面により申告を行い、その許可を受けているときは、上記届出はすでになされたものと取り扱われます〉 紙袋の現金を見て驚いたのは、森下をはじめとしたアイチの一行だ。数百万円なら税関に届け出をして持ち込めばいい。あるいは手分けして荷物の中に隠して持ち出すこともできなくはない。が、そのレベルの金額ではない。森下は言った。 「永中さんよ、いくら何でもそんなに現金を持ち出せないよ。税関に没収されるのがオチだから、運転手に持って帰らせる以外にないな」  現金の持ち込みに関して米国は比較的緩いが、欧州は厳しい。これまで書いてきた通り、森下は世界中の旅先で大きな買い物をしてきた。最初は現金だったが、1980年代に入るとクレジットカードが普及し、現地の買い物はすべてクレジットカードか、銀行送金による決済となった。現金で持ち込むのは、ホテル関係者やツアーガイドに弾んできた数百万円のチップくらいだ。現在はそのチップですらクレジットカード払いが主流となっているほど、欧米では現金が流通していない。日本から大金を持ち出して旅先で買い物の決済をすることはまずありえないが、許はそのあたりの事情に疎かったのかもしれない。 森下には逮捕、起訴歴こそあったが、銀行取引ができないわけではなく、クレジットカードも自由に使えた。森下は、アメリカン・エキスプレスの最上位のカードを携帯し、海外でさまざまなモノを買ってきた。  現在、最上位のアメックス・センチュリオン、通称「ブラックカード」ができたのは1999年だ。したがってバブルのこの時代は、1984年にできた「プラチナカード」がアメックスの最高ランクのカードだった。戦車や航空機でさえ買えるといわれる決済上限なしのブラックカードほどではないにしろ、1980年代後半のプラチナカードは、世界中の富裕層が使い、ステータスが与えられていた。億単位の買い物でも決済が可能だった。 許がクレジットカードを所有していなかったのか、そこは定かではないが、少なくともこの頃の許は現金主義だったのだろう。クレジットカードを持たないまま、森下とともに欧州に旅立ったという。最初の立ち寄り先はスイスのジュネーブだった。森下が苦笑交じりにこう語った。 「永中は時計集めが趣味なんですな。それで、向こうに行くと、まず時計を買いたいというので、案内したんだ。ところが、カードを持っていないというから困りました」 ジュネーブで立ち寄ったのが、高級ブランド「パテック」の店だ。許はそのなかでも最高級クラスの腕時計を買おうとした。日本円にして2500万円前後する代物である。だが、許の手もとには3人の秘書に手分けしてスイスに持ち込ませた数百万円分のフランしかない。 「(森下)会長、申し訳ありませんねんけど、立て替えといてもらえまへんか」  許がそう頼み込んだ。しかし森下はすぐにOKだとはいわない。1分近く考え込んでそばに控えていたアイチの秘書に命じた。 「おい、おまえのカードを貸してやれや。それで、日本に帰ったら、永中さんに現金を届けてもらえばええ」 金銭に関する森下の感覚は常人のそれではない。ただし、それは単なる吝嗇というのとも違う。自らのカードを使わなかったのは、それなりの理屈があった。時計の買い物となるとプライベートな金銭の貸し借りとなる。仮に支払いが滞ったとき、その2500万円程度の貸し付けを取り立てるのは憚られる。そのため、秘書にカード払いを頼んだのだという。一方、頼まれた秘書は肝を冷やした。 「私のカードなんて、そんなに使えませんよ」  そう断ろうとした。すると、森下が言った。 「無理かどうか、試しにやってみれ。落ちる(決済できる)と思うぞ」  不思議なことに一度に2500万円もの買い物が秘書のカードで決済できたという。その理由は簡単だ。 森下はこの頃、月のうち3週間を海外で過ごすほど渡航頻度が多かった。そこに同行する秘書たちも似たような暮らしぶりになる。と同時に、秘書たちが旅行費用の立て替え払いをする場面も少なくなかった。もとより立て替え費用は帰国後にアイチの経理部から返金されるが、クレジットカードの使用実績は飛躍的に増えた。そのため、カード決済金額の上限が格段に上がっていたのである。森下は言った。 「永中は義理堅いところがあるから、踏み倒すようなことはせんかったよ。為替の関係で2500万円にちょっと上乗せして2565万円を請求させたら、すぐに現金で持ってきた」 当時、アメックスではまだポイント制がなかったが、1990年代に入って制度が導入されると、秘書たちのカードにもあっという間に100万ポイント近くがたまった。ファーストクラスで欧州を5往復できるくらいのポイント数だったという。  もとより許が森下に同行したこのときの欧州行きは、単なる休暇ではなくビジネスだ。大きな目的は時計の購入ではなく、絵画の買い付けだった。アメリカやフランスでゴルフ場開発を手掛け、トランプタワーや古城まで購入した森下は、同時に絵画ビジネスに乗り出した。そして、すでに展開していた絵画取引の一環として、絵画に興味を示していた許を案内したのである。 スイスのジュネーブにはアイチの絵画倉庫があり、当地の画商との取引も頻繁におこなってきた。森下たちはその画商の案内で展覧会場を回った。許は絵画の購入にも乗り気になっていった。 「(森下)会長、この絵が気に入りました。会長の口添えで値切ってもらえまへんやろか」  そんな会話を交わした。だが、さすがに秘書のカードで絵画まで買うわけにはいかない。というより、最初から絵画については森下がパリにある現地法人を通じて買い付ける予定でもあった。森下にとって欧州行きは、許永中という売り先を決めるための旅である。バブル紳士と呼ばれる成金たちは1980年代末期になると、森下と同じように絵画を買い漁るようになった。その多くは、森下が指南してきたといえる。レオナール藤田の「猫」〈一九六一年に初めてオークションで落札したルノワールは二百万円だったが、今は二十億円はする。だけど、私個人のコレクションは絶対、売らない〉  森下は1990年8月号の「月刊Asahi」で、ジャーナリストの歳川隆雄のインタビューにそう答えている。その話自体は嘘ではないだろう。森下はルノワールやゴッホなど洋画の収集で名を馳せた。半面、森下自身が私に語ったところによれば、初めに絵画に興味を持ったのは、洋服屋を始めた戦後まもなくの頃だ。仏印象派ではなく、横山大観や東山魁夷などの日本画に感じ入ったのが始まりだったという。 森下は貸金業を始めて間もない1960年代初め、藤山愛一郎から薦められてレオナール藤田こと、藤田嗣治作の「猫」を350万円で購入した。藤山コンツェルンの2代目総帥である藤山は、日本商工会議所の会頭や経済同友会の代表幹事を歴任した財界人であり、自民党藤山派を率いて外相も務めた。その一方、ホテルニュージャパンを創業し、横井英樹にホテルを譲り渡した。絵画・美術界では藤山コレクションが知られ、森下とも縁ができたのであろう。藤山に薦められて買ったレオナール藤田の「猫」は、森下にとって最初の大きな買い物だった。森下は「猫」をいたく気に入り、田園調布の邸宅の玄関ロビーに飾ってきた。3000万円ほどの値が付く絵画のはずだ。  ところが、この絵はもともとパリで描かれた作品だったため、日本では鑑定書が発行されていなかった。そのため森下は、ある日この絵を東京美術倶楽部に鑑定させたところ、贋作だったと判明する。そこから手放した。  森下は他のバブル成金たちよりずっと早くから美術品の取引を始め、海外の名画を買い漁った。奇しくも、倒産した銀座の画廊「月光荘」との取引が、森下が絵画ビジネスを展開するきっかけとなる。仏伊の美術品に切り替え、大当たり 大空の月の中より君来しや ひるも光りぬ夜も光りぬ──。  月光荘という店名は、この仏ポール・ヴェルレーヌの詩から付けられたという。与謝野鉄幹・晶子夫妻が創業者の橋本兵蔵にそれを進言し、輸入画材店として1917(大正6)年に創業された。もとは、東京府豊多摩郡淀橋町角筈(現・新宿区)にあり、建物はレオナール藤田がデザインしたとされる。店はいったん戦争で焼けたが、終戦から3年後の1948(昭和23)年、銀座に移り、わずか3坪の広さの店を再オープンした。  事業の転機は、創業者兵蔵の息子の百蔵が二代目として経営を引き継いだときである。副社長となった百蔵は1967年、出身校である慶応幼稚舎の後輩、中村曜子を経営に引き入れた。曜子は陸軍士官学校卒の夫、典夫と戦中に結婚し、のちにピアニストとなる紘子をもうけるが、夫とは離婚して「泰東印刷」を設立する。  そこでかねて曜子に好意を寄せていた百蔵は、彼女を月光荘に迎え入れ、社長に据えて自らは会長に就いた。月光荘を取り仕切るようになった二人は、1970年代に入ると、それまでの画材業から絵画、美術品の売買、さらには不動産事業にまで手を広げた。 この月光荘の事業拡大は、のちに首相となる中曽根康弘の存在抜きには語れない。1972(昭和47)年7月にスタートした第一次田中角栄内閣で通産大臣と科学技術庁長官を兼務した中曽根は、海外からの文化輸入政策を掲げた。そこに応じたのが、月光荘の社長に就任したばかりの中村曜子だ。森下が次のように振り返った。 「中曽根総理は親しかった中村曜子さんと三越(百貨店)の岡田(茂)さんに声をかけ、それならと月光荘でロシアから絵を輸入するようになったんだね。それでカネが必要になって、私のところで出すようになってね。そこから付き合いが広がっていったんだよ」 参考までにいえば、1970年代に月光荘のロシア担当者としてかの地に派遣されていたのが、上智大学外国語学部ロシア語学科を卒業して入社した安河内眞美である。『開運!なんでも鑑定団』(テレビ東京)にレギュラー出演している安河内は、現在日本美術を専門にしているが、もとはロシア語を専攻し欧州美術を学んできたのだという。  月光荘ではいっときロシア絵画を日本のオークションに頻繁に出展し、事業の主流に据えた。だが、ロシアの美術品はさほど人気が出ず、はかばかしくなかった。そうしてもっぱらフランスやイタリアの美術品の取引に切り替え、大当たりした。キラ星のような顔ぶれが集った 中村曜子と橋本百蔵が率いた銀座の月光荘は、ある時期、日本アートの世界を変えたと言っていい。美術の会員制クラブを考案し、銀座月光荘ビル地下1階に「サロン・ド・クレール」をオープンすると、そこにキラ星のような政財界の顔ぶれが集った。その名をざっと挙げると、日本のエスタブリッシュメントが勢ぞろいしているかのようだ。  政界では中曽根康弘を筆頭に、自民党の相沢英之や石田博英、社会党の松前重義。韓国首相の金鍾泌までサロンのメンバーに名を連ねた。また財界からは、新日鉄の永野重雄や斎藤英四郎という社長会長経験者をはじめ、東京証券取引所理事長の谷村裕や三井銀行中興の祖と呼ばれた小山五郎、野村證券社長の北裏喜一郎や日興証券会長の渡辺省吾、日立製作所会長の駒井健一郎、サッポロビール社長の松山茂助、日本医師会会長の武見太郎、東洋電機製造社長の太田剛、三越社長の岡田茂……。さらには裏千家の千宗室や作家の三島由紀夫、演出家の浅利慶太といった文化人までサロンに足を運んだ。 月光荘は1980年代半ば、まさに隆盛を極めた。その絵画ビジネスを裏で支えたキーマンが、アイチの森下だったのである。月光荘がいかにアイチの森下を頼ってきたか。1987年12月22日現在の月光荘グループの借入明細がそれを如実に物語っている。月光荘の借入の特徴は、短期借入が突出して多いことにあった。287億円という借入総額のうち、246億6400万円もある短期借入に対し、長期借入は41億2500万円しかない。  周知の通り複数年契約の長期借入と異なり、短期借入は1年の返済契約だ。もっぱら企業が運転資金として調達し、契約を更新しながら借り換える。概して長期より金利が低く、追加融通もきくため便利だが、経営の安定にはつながらない。  大半の借金が短期借入である月光荘は、それだけ事業運転資金に切羽詰まっていたのであろう。その借入先として旧財閥系の三井不動産ファイナンスの34億8000万円や国内信販の22億6000万円といった大手が貸出し上位を占めるなか、街金融業者のアイチの融資は抜きん出ている。三井ファイナンスと並んで4位、実に22億円を融資し、その下の6位の安田火災保険が20億7500万円だ。 アイチの金利は決して低くはないが、月光荘ではそれだけ森下を頼り、森下もこの画廊に肩入れしてきた。  だが、やがて橋本会長、中村社長の二人による放漫経営が明るみに出る。挙句、その杜撰な経営が刑事事件に発展するのである。  事件の発火点はイタリアだった。巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチ作「岩窟の聖母」のマリアの顔を描くための習作用デッサンが持ちだされ、日本へ流出した。1986年に入り、ミラノ検察庁が捜査を開始したところ、デッサンの行き先が月光荘だったのである。(第二部第5回へつづく)【プロフィール】森功(もり・いさお)/ノンフィクション作家。1961年福岡県生まれ。岡山大学文学部卒。新潮社勤務などを経て2003年よりフリーに。2018年、『悪だくみ―「加計学園」の悲願を叶えた総理の欺瞞』で大宅壮一ノンフィクション賞受賞。近著に『菅義偉の正体』『墜落「官邸一強支配」はなぜ崩れたのか』など。※週刊ポスト2022年4月1日号
2022.03.27 16:15
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ペットが骨折、患部はどう固定する? 日常で起きるペットトラブル対処法
 愛するペットの命を守るのは飼い主の役目。もしもペットがけがを負ったり、体調が急変したら、症状が悪化しないよう速やかに処置することが大切だ。日常生活で起こりやすいペットの事故・トラブルの対処法を紹介する。骨折/バスタオルで体全体を包んで患部を固定 骨が成長しきっていない子犬・子猫はもちろん、チワワやトイ・プードル、イタリアン・グレーハウンドなど、足の細い犬は骨折しやすい。日本国際動物救命救急協会代表理事のサニーカミヤさんが説明する。「足を引きずっていたり、地面につけないように歩くなどの素振りが見られたら、骨折している可能性が高いです。触ると嫌がって噛む恐れがあるので、大きなバスタオルなどで患部を含めてやさしく包んで抱き上げ、病院に連れていきましょう。添え木で固定する人がいますが、逆に神経を傷つけてしまう恐れがあります。そのせいで歩けなくなることもあるので、注意が必要です」 開放骨折など、骨が皮膚から飛び出ている場合は、傷口の汚れを水で洗い流すこと。 動物病院への搬送時は、膝の上に乗せて、なるべく振動が伝わらないよう配慮しよう。 また骨折の予防として住環境を整えることも大事。ベッドでペットと一緒に寝ている人は、ベッドの周りにクッションを敷くこと。階段には滑り止めシートを貼っておこう。やけど/服は着せたまま 流水で患部を冷やす 熱々の鍋を運ぼうとした際、足元にいた犬に気づかずにつまずき、中身を犬にかけてしまった──このような事故がこの時期、多く起きているという。「熱い液体をかぶってしまった犬は全身やけどを負うことになります。この場合、すぐに流水で患部を冷やさなければなりませんが、熱湯をかぶったペットを素手で抱き上げると、飼い主も手にやけどをします。ですから、必ずタオルなどを使って抱き上げること。そして、台所であれば流し台に犬を入れ、服を着ている場合はその上から水を流し、1〜3分冷やします。大型犬の場合は、浴室に連れていき同様の対応をとります」(サニーカミヤさん) 冬は石油ストーブやホットカーペット、こたつの当たりすぎによる低温やけどを発症する犬・猫も多い。低温やけどの場合、すぐに気づけず、冷やすなどの対応が遅れるので、ペットを飼っている家庭はなるべくエアコンで暖をとるのが望ましい。痙攣/治まっても必ず病院へ 痙攣とは、意識がなくなって倒れ、目の焦点が合わず、体は硬直してピクピクしている状態だ。「主な原因としては、てんかん、腫瘍、加齢などによる脳の問題、薬物や中毒性物質を食べたことによる中毒症状などが挙げられます。さらに子犬・子猫の場合は、低血糖症を発症している場合もあります。子犬や子猫は体が小さく、栄養分を体内にあまり蓄えられないので、わずか1食抜いただけでも低血糖に陥ってしまうんです」 とは、シリウス犬猫病院・院長の石村拓也さんだ。「低血糖が原因の場合は、濃度20%の砂糖水、またはガムシロップの原液を舐めさせることで回復しますが、それ以外の場合は、すぐにかかりつけ医に電話して、動物病院へ連れていきましょう。その際、倒れているペットを素手で抱きかかえると反射的に噛まれる恐れがあるので、タオルや毛布などでやさしく包んであげてください」(石村さん・以下同) 痙攣発作は数分で治まるケースがほとんどで、病院に到着する頃には落ち着いている場合が多い。たとえ症状が落ち着いても、痙攣の裏にどんな重大な病気が隠れているかわからないので必ず受診すること。特に中毒症状の場合、痙攣が治まってもすぐに治療をしないと死亡する恐れがある。その際、痙攣の状態を正確に伝えるためにも、動画を撮っておくのがおすすめだ。嘔吐&下痢/吐しゃ物などは必ず持って病院へ 犬や猫は、健康でも日常的によく吐く。吐いてもその後、いつも通りの量のご飯を食べ、体調に変化が見られなければ、急を要することはない。ただし、1日に何回も吐いている、週2回以上吐く、食欲がない、嘔吐以外に下痢もする、明らかに体が熱い、体重が減ってきた、吐しゃ物に混入物がある、吐しゃ物からうんちのにおいがするなどの場合は、すぐに受診した方がいい。「猫の場合、尿道に石が詰まっておしっこが出なくなり、それが原因で気持ち悪くなり、嘔吐してしまう子もいます。このように原因は多岐にわたるので、飼い主が判断するのは難しく、家でできる処置はほぼありません」 それよりも、吐しゃ物や下痢、血便などを“ベストな状態”で動物病院に持っていくことが大切だという。「持参する際は、水分が蒸発しないよう、吐しゃ物やうんちはラップに包んで持ってきてください。おしっこは、ペットシーツを裏返しにし、そこにたまったおしっこをスポイトなどで吸いあげ、紙コップなどに入れて持ってきてください。その方が、症状が正確に判断でき、その後の治療もスムーズに進みます」 下痢も尿もペットシーツに吸わせてしまうと水分量がわからなくなるので、おすすめしないという。現物の持参が難しい場合は、せめて写真を撮って持っていこう。取材・文/鳥居優美 イラスト/尾代ゆう子※女性セブン2022年3月17日号
2022.03.07 16:00
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ペットが呼吸をしなくなったら… 覚えておくべき心臓マッサージ&人工呼吸の方法
 もしペットが、突然意識を失い、目の前で倒れたら──。あなたは何をしてあげられるだろうか。飼い主なら知っておくべき、ペットの救命救急法を紹介する。心臓マッサージ/胸が3分の1程度沈むぐらいの力加減で押す 心臓マッサージを行う際は、飼い主の利き手と反対側(右利きなら左)にペットの頭がくるようにし、ペットの背中側からアプローチする。日本国際動物救命救急協会代表理事のサニーカミヤさんが解説する。「口腔内に異物がないか確認し、気道を確保したら、ペットの背中(短頭犬は横腹)に両膝を付けて、つま先を立てて座ります。肘は伸ばし、利き手の手のひらを胸郭のいちばん高い部分に置き、猫・小型犬は片手で、中・大型犬は両手で垂直方向に押します。超小型犬・子猫は胸郭を指で揉むようにします。鼻の短い短頭犬は仰向けにし、胸のいちばん膨らんでいる部分を押します。押す深さは、元の胸の高さの3分の1程度沈むぐらい。1分間に100回のペースで押します」人工呼吸/肺の大きさに応じた量を吹き込む 心臓マッサージを30回行ったら、人工呼吸を2回行う。これを獣医師に引き渡すまで繰り返す。「ペットの舌を布などでつまんで、斜め下に引き出します。両手で口を軽く閉じ、ペットの鼻を口で覆って、気道を確保し、胸を見ながら、肺の容量に応じた呼気をゆっくりと1秒かけて、2回吹き込みます。呼気を吹き込むとき、ペットの首を立てると気道が狭くなるので、息を吹き込む人が床と平行になるくらい低い姿勢で行うのがポイント」(サニーカミヤさん・以下同) 肺の大きさよりも多く吹き込みすぎないよう注意。「吹き込む量が適量かどうかは、胸の膨らみで判断するしかありません。普段からペットが寝ているときの胸部を観察し、どの程度膨らむのか、呼吸のペースはどれくらいか把握しておきましょう」救命処置開始と同時に病院に連絡を 名前を呼んでも反応しないなど、明らかにいつもと様子が違ったら、救命処置を行うと同時に、すぐにかかりつけの動物病院へ電話しよう。あくまで飼い主ができる処置は、獣医師にバトンタッチするまでの“つなぎ”である。「動物病院には、“のどにものを詰まらせた”“呼吸をしていない”などの症状と、いまから連れていく旨を伝えます。そうすると病院側も、受け入れの準備ができるので、スムーズに引き継げます」 万が一に備え、かかりつけの動物病院のほか、別の動物病院や夜間対応の動物病院など、最低3か所以上をリストアップしておくといい。家族で共有しておくと安心だ。取材・文/鳥居優美 イラスト/尾代ゆう子※女性セブン2022年3月17日号
2022.03.06 11:00
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ペットがのどにものをつまらせたら…身につけておきたい異物除去の方法
「ペットに何かあったときは、飼い主が動物病院に連れていかなければなりませんが、搬送する間、何もしないでいては、救える命も救えません。獣医師に引き継ぐまで、できる限りの救命処置を施すことで助かる確率が上がります」と話すのは、日本国際動物救命救急協会代表理事で、ペットの救命救急法の指導・講習を行うサニーカミヤさん(「」内、以下同)だ。「おもちゃを誤飲し、苦しんでいる愛犬を見て動転した飼い主が、何もできずそのまま死なせてしまったり、詰まったものが出ないなら飲み込ませようと奥に押し込み、自らの手で窒息死させてしまった例もありました。このように、初動のミスや無知からくる悲しい事故を防ぐため、飼い主はペットの救命救急法を身につけることが大切です」 とはいえ突然の出来事に気が動転してしまうのもわかる。「ペットの異変に際し、迅速に対処するためには、飼い主が落ち着くことが大切です。直立のまま深呼吸するより、両手を上げて深呼吸する方が、早く冷静になれます」 平常心を取り戻したら、すぐに救命処置を。吐き出そうとするタイミングで叩く ペットの事故として多いのが「異物誤飲」とそれによる窒息だ。そのとき必要な処置は、ほかの病気の救命にも役立つ。「詰まらせるものは、おもちゃや犬のガム、りんご、ジャーキー、靴下、食べ物が包まれていた包装紙などさまざまです。のどにものが詰まって吐き出せないと、苦しくて目は見開き、口は紫色になって意識がなくなり、倒れます。 救急の現場でよく見かけるのが、出ないからと異物を指や箸で奥に押し込んだり、両方の後ろ足を持って逆さまに振る人。奥に押し込めば窒息を早めますし、逆さまにして落下させると頸椎骨折の危険があるので、やってはいけません」 コツは自力で吐き出そうとするタイミングで叩くこと。異物除去の具体的な方法を見て行こう。■背部叩打法 肩甲骨の間を叩いて異物を除去する方法。手順は、中型犬の場合、(1)利き手と反対側の手を前足と後ろ足の間から入れて、軽くあごを支える。(2)ペットの口をのぞき込みながら、肩甲骨の間を叩く。猫・小型犬の場合、腕に前足と後ろ足をまたがらせるように乗せて行う。■チェストトラスト法 胸部を両側から同時に圧迫して吐き出させる方法。手順は、(1)両手の指を上に向け、ペットの背後から覆いかぶさる。(2)ペットが吐き出そうとするタイミングに合わせ、ペットの口を見ながら手のひら全体で胸部を両側から同時に押す。猫・小型犬には効果的だが、中・大型犬には不向き。■腹部突き上げ法(ハイムリック法) 上腹部(剣状突起の下)を斜め上方に圧迫し、吐き出させる方法。手順は、(1)利き手と逆の手で拳を作り、親指と人差し指を上腹部にあてる。(2)反対の手で拳を覆い、ペットの背中と飼い主の腹部を付けた姿勢で、吐き出すタイミングに合わせて斜め上方に突き上げる。中・大型犬向け。■咽頭反射法(ボミティングリアクション) のどの付け根を横から指で軽く押して吐き出させる方法。手順は、(1)ペットを支えながら、利き手を咽頭部に添える。(2)咽頭のいちばん下あたりを軽く押す。 散歩中に拾い食いをしたときの飲み込み防止や、噛みついたときに引き離す場合などにも使える。取材・文/鳥居優美 イラスト/尾世ゆう子※女性セブン2022年3月17日号
2022.03.05 07:00
女性セブン
かわいいペキニーズを愛する平和なコミュニティだった(イメージ、EPA=時事)
FB愛犬家コミュニティの悲しき分断 ロシアのウクライナ侵攻で代理戦争状態に
 SNSの醍醐味の一つに、同じ趣味や関心を持つ人たちが世代や国境を越えて集えることがある。今では自動翻訳機能が向上したこともあり、言葉の壁も越えてさらに交流を広めやすくなった。Facebookで愛犬をきっかけに交流を持つ人たちが、ロシアのウクライナ侵攻をめぐってSNSでも争うようになってしまった。その怒りと戸惑いと混乱を、俳人で著作家の日野百草氏がレポートする。 * * * ずっとのどかなFacebookだった。愛犬を語り合い、褒め合い、その良さを語る。筆者のFacebookはもう何年も前、愛犬であるペキニーズ(犬種)のためにつながったものだった。1200人ほどいるフレンドの大半は海外のペキニーズ飼いやブリーダーといった愛犬家である。Facebookにありがちなマウントをとることもなく、「好き」を語り合う場所だった。 しかし2月25日、その平穏なコミュニティは一転した。「迅速な対応ありがとう友達! 一緒に勝利へ!」 2月25日、筆者のFacebookでも戦争は始まっていた。Messengerにはこうした感謝のメッセージがウクライナから次々に届いた。キエフのオレクサンドル・パノフからは英語で「ご支援に感謝!」とコメントがついた。「迅速な対応」「ご支援」というのは筆者が愛犬とのプロフィールにウクライナ旗を掲げたことに対してだ。「ようこそ出口へ、話しましょう!」 筆者のプロフィール写真のウクライナ旗を見たのだろう、Messengerにはロシア人ペキニーズ飼いからのメッセージも届き始めた。こちらはベラルーシの首都ミンスクから。筆者がウクライナ国旗を掲げて以降、ロシア本国はもちろんモルドバに住むロシア人からも「ロシアは平和のために戦う、悪いのはゼレンスキー、誤解しないで」と送られてくる。聞けば「出口」とは「ロシアを悪者にする陰謀から目覚めるための出口」とのこと。 ところでこのペキニーズという犬種の愛好家、なぜかウクライナ人が多い。ウクライナ人はペキニーズ好きが多いのかわからないが圧倒的に多い。負けずにロシアのペキニーズ飼いも多い。本当にたまたまだが、ペキニーズ友達にウクライナ人とロシア人が多かったがために、筆者のFacebook上もまたペキニーズ飼いを中心とした愛犬家たちによる代理戦争の戦場と化していた。本稿の翻訳はあえて原文を直訳した形をとる。意訳するとありのままが伝わらないとの考えである。「ウクライナに栄光を、侵略者に地獄を」 キエフのマリア・アルフェロワもまたウクライナ国旗を模したハートのスタンプを送ってきた。プーチンをシュレッダーにかけるバンクシー風の風刺画とともに。筆者がタイトル写真としたウクライナの象徴、聖アンドリーイ教会にも「いいね」がつきはじめた。動物も家族、ともに国境を越えられるのか? こうした意思表明自体は人種、宗教、戦争含め海外のFacebookユーザーには珍しくもないし、筆者はパリの同時多発テロの時もフランス国旗を一時的に掲げたことがある。この明確な意思表示が好まれるポリティカルな面が実名制同様、一部の日本人になじまない理由なのだろうが、筆者はほとんどが海外の趣味友達なこともあり彼ら同様の行動をとってきた。当然、今回もタイムラインのあちこちでウクライナ側、ロシア側双方の意思の表明とそれにともなうSNS戦争が始まった。しかし今回は現在進行系の戦争当事者、戦場となっている都市の住民もいるだけに苛烈を極めた。「すべてのロシア人が今日、何百万人ものウクライナ人が経験したことを肌で体験してほしい。 今日午前5時、平和なウクライナの都市に降ったロシアのミサイルと爆弾によって、10歳にも満たない未成年の子供たちが経験したことを、そしてウクライナの若い兵士と民間人がどのように殺されたかを体験するために」 ごく一部の抜粋だがこの引用はロシアに実効支配されているクリミア半島のケールチュ出身でキエフ在住の政治アナリストによる投稿で、多くのウクライナのペキニーズ飼いがシェアしていた。もちろん筆者にも送られてきた。キエフのペキニーズ飼いは生活に関してのシェアもしている。「親愛なる皆さん、どうか、私たちは本当にあなたの助けが必要です。水なし、食べ物なし。緊急の医療ニーズはこちら」 これはキエフのインターネットポータルとエネルギー関連ニュースの専門エージェンシーEnkorrに勤めるキエフ出身ウクライナ人の情報で、この後に医療品や食料、バッテリー、毛布などの物資のリストが列挙されている。また軍事病院の案内もあった。かつて日本の東日本大震災発生時、それほどメジャーでなかったTwitterが一斉に活用されだしたのと同様に、ウクライナではFacebookが貴重な情報交換の場所になっている。あの時の日本人と同様の、生存のためのシェアだ。「ウクライナ国防軍はロシアの攻撃者の進出を阻止している。チェルニーヒウで敵は止められた。ハルキウ方向と加盟軍作戦の地域で戦いが進んでいる。 ハルキウバイパスで4人の乗った戦車が焼けた。我々の軍隊はマリウポリとシュチャスティヤの町を全面管理下に戻した。 少なくともヘリコプター2機と数十機の装甲車が破壊された。ヘルソンの状況は複雑ですが、ウクライナ国防軍は攻撃者と戦っています」 これはドニプロに住むブリーダー、リリア・ルブチクの投稿である。この情報の真偽は定かではないが、かわいいペキニーズたちと微笑むリリアが戦火の中にあることには違いない。ドニプロ(ドニエプロペトロフスク)はキエフ、ハルキウとともに侵攻を受けている。リリア、数週間前まで生まれたばかりのペキニーズの写真を上げていたはずなのに。 ペキニーズも含め、犬や猫と飼い主の脱出についての情報もシェアされていた。要旨のみ抜粋。「ウクライナ情勢に関連して、今日ポーランド中央獣類検査局に提訴しました。戦争地帯から移動するウクライナの市民が家族、犬、猫を連れてポーランドの領土への入国できるように求めました。すぐ回答していただき、軍事紛争の際に避難した動物は検査なく入国できるとのことです。理解と迅速な対応をありがとうございました!」 これはポーランドのウッチに住む動物ジャーナリストの情報で、ウクライナからの避難民が動物を連れて行くときに狂犬病などの検査を特別に免除することをポーランド検査局が認めたという内容である。こちらも真偽のほどは確かめられていないが、有名YouTuberがペットとともにポーランドへ避難できたことが確認されていることを考えると手続きが簡略化されているのは間違いなさそうだ。ウクライナとポーランドの関係は密接なので大量の避難民が押し寄せる。ポーランドはそれに備えていち早く対応している。ペットは家族、飼い主からすれば捨てて逃げられるわけもない。また以下のような都市攻撃に対する心構えを書いている人の情報もシェアされていた。「どんなに深くても救われる手立てはあります。走って、深みを探して落ちてください。2~5秒の判断です。どんな穴でもあなたを救う! 大事! 砲撃の後の破片には触るな!」 これは砲撃に遭った際どうすべきかを指している。とにかく穴があったら飛び込め、直撃を受けるよりはマシ、ということだ。もっとも「正直、チャンスは低い…… でも! あなたの命を救う可能性のある2つのこと、そして横になること!!! 神様、皆さんをお救いください!」ともあり、当たり前だが都市に集中砲火を浴びてはどうにもならない事態になることも書かれている。友だちリストから消えろ! もちろん、侵攻したロシアや指導者のプーチン大統領に対する怨嗟も書き込まれている。それまで、このコミュニティでそんなものは見たことがない。論争はあっても最後はペキニーズが解決してきた、そんな場所だ。「ウクライナと共に。プーチンはヒトラー」 ロシアのリャザン出身のペキニーズ飼いの女性はオランダから戦争反対、反プーチンを表明していた。ロシア首脳はともかく、ロシア人の多くも戦争なんかしたくない。プーチンを選んだ云々も不正まみれの選挙の結果である。別の女性は、「ウクライナ戦争反対デモの最中、ロシアのいくつかの都市で木曜日に1400人近くが逮捕された。世界文明の危機、サイコパシーの独裁者プーチン=スターリンに届け」 と悪魔のスタンプつきで批判していた。この時点から事態はさらにすすみ、ロシアの人権団体の発表によれば2月27日までに5000人超が拘束されたという。またペキニーズのコミュニティなので、ニジニ・ノヴゴロド在住のロシア人は「ペキニーズは政治の外だ! 世界中にPekingese for the world!!!!!」と書いている。それぞれに立場と考え方がある。ただ彼の書き込みももっともな部分があり、実際、平和だったはずのペキニーズコミュニティで対立者の排除を訴え始めた愛好家が出始めた。ウクライナ西部、リヴィウのペキニーズ愛好家は、「私の国で戦争が起きた! ロシア軍がウクライナのすべての都市を攻撃している! 子供を苦しめる平和軍たち! 私の友達リストに載っていて、ウクライナに対する攻撃性を支持している人全員に訴えます。リストから消えろ! 共通点は持てない!」 と訴えた。ついにロシアとウクライナ、同じペキニーズ飼いとしてつながっていた者同士も対立、批難合戦を始めた。かつては互いの愛犬の写真を見せあって「ミーラヤ」(ロシア語で「かわいい」)、「ジャークユ」(ウクライナ語で「ありがとう」)と交わしていたはずなのに。 「ロシアと真実のために! 偽の挑発を支持するウクライナ人やその他の国の連中を友達から削除しましょう! キエフ当局による嘘と偽物と文字通りのゾンビがいる!」 ロシア南部、カスピ海に面したキャビアの産地としても知られるアストラハン在住、ペキニーズブリーダーのロシア人男性もまたこう訴え始めた。これに対してミンスク在住のペキニーズ愛好家のロシア人女性が「ロシアに乾杯!」とスタンプを送り、ウラル地方の首都でありロシア最後の皇帝ニコライ2世一家が銃殺された場所でもあるエカテリンブルクに住むペキニーズ飼いのロシア人女性もまた「全面的にあなたを支持します!!! ロシアとその大統領(プーチン)を誇りに思う!!!」とロシア人同士で称賛しあった。カザフスタンのテミルタウに住むロシア人愛犬家に至っては「プーチンは平和的に紛争を解決する機会を与えたが、ゼレンスキーはそれを無視した」とウクライナ大統領が悪いと批難している。 しかしモスクワのペキニーズ飼い、スヴェトラーナはこのやりとりに対して勇気をもって諌めている。「お互いを大切にすることが大切です。決して自分と他人を分断しないことです。私と家族は心から、みなさんの平和を願っています。私は自分の考えを表した、追加するものは何もない」 ウクライナは間違いなく侵略を受けている被害者だが、ロシア人の多くもまた政治体制が問題なだけで、決してすべてのロシア人が侵略者に加担しているわけではない。「私のFacebookとMessengerは終わります。(ロシア)政府が禁止にする。私との連絡はメールで!」 やがてこのような書き込みがロシア側の愛犬家たちから寄せられ始めた。実際にロシア当局は26日、Facebookへのアクセス制限を正式に発表した。またFacebookを運営するメタ社もその事実を認めた。戦争が激しくなるウクライナの愛犬家同様に、情報統制でロシアの愛犬家も一人、一人と消えてゆく。 戦争という現実が、なんの変哲もなかった愛犬家コミュニティを崩壊させようとしている――。「味方になってくれ」「お前はどちらだ」とメッセージが来る悲しさ。それまで「うちのペキニーズを見て!」と他愛もない愛犬自慢をしあっていただけなのに。繰り返すがそれまでも政治的な意見交換はあっても、ペキニーズがすべてを解決し、みなを笑顔にしていた場だ。それがいまや排除と批難の戦場になっている。ましてや筆者とつながっているウクライナ人の多くはキエフを始めウクライナ各地で、愛犬とともにリアルな戦場で生命の危機にある。26日になると「シェルターに避難します」「祈りと覚悟を決めました」こんな書き込みが写真とともにタイムラインを流れはじめた。 そして27日、ついにヘルソーンスィカ(ヘルソン)に住むブリーダー、アレクサンドラが砲撃により家を焼かれ、亡くなったとの知らせがFacebookフレンドからもたらされた。彼女はこれまで「家の上を戦闘機」「静けさは終わった、また爆弾」と伝えてくれていた。これが戦争か。筆者はあまりに知らなすぎた。 戦争は、何もかもを分断する。 みんな、愛する犬と微笑んでいたはずなのに――。※申し出たユーザーのテキストは可能な限りの名前を載せた上で原文重視の翻訳の上で使用したが、内容によっては政治的な配慮のため一部のユーザー名は割愛した。また一部のユーザーは目的の範囲内においての引用、抜粋にとどめた。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)ジャーナリスト、著述家、俳人。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。社会問題、生命倫理のルポルタージュを手掛ける。
2022.03.01 16:00
NEWSポストセブン
集合住宅のペットトラブルに悩まされる人たち「飼育不可だから選んだ物件なのに…」
集合住宅のペットトラブルに悩まされる人たち「飼育不可だから選んだ物件なのに…」
 かけがえのない家族の一員であるペット。コロナ禍で在宅時間が長くなり、ペットで孤独やストレスを癒そうと飼い始めた人もいるかもしれない。一方で、集合住宅ではペット飼育をめぐるトラブルも頻繁に起きている。実際にあったトラブルの実例を紹介しよう。隠れて飼っている人がいる?大家に訴えたら…「私はアレルギー体質なので、その引き金になりかねない動物を避けていました。住まいもわざわざ『ペット不可』の物件を選んだのに、まさか飼っている人がいるとは思いもしませんでした」 そう嘆くのは、IT企業で働く30代女性・Aさんだ。共有部の廊下で、出会うはずのない小型犬と遭遇したことを振り返る。「ある日、廊下を小型犬が歩いていて、目を疑いました。最初は野良犬が迷い込んだのかなと思いましたが、首輪が付いていたので飼い犬のようでした」(Aさん) その後、同じフロアで犬の鳴き声が聞こえてきたことから、ペットを飼っている住人がいるのではないかと怪しむようになったAさん。ある出来事をきっかけに、マンション内で飼われていることを確信することになった。「共有廊下を歩いていると、時々犬の声が聞こえてくることがありましたが、近所で散歩させている犬の声が聴こえてくるのかなと思っていました。でも、ある時、同じフロアの廊下で抱っこして廊下を歩き、エレベーターに堂々と乗っている住人を目撃したんです」(Aさん) Aさんは、ペット不可の物件にもかかわらず、住人のふてぶてしい態度に怒りを覚え、大家にその事実を訴えた。だが、返ってきたのは意外な答えだった。「大家さん曰く、その住人は長年住んでいる人で、小型犬を飼いたいと懇願されたため、敷金を追加2か月分払うことと、他の住人から苦情が来たら退去するか飼育をやめるという条件で、許可を出したとのこと。 だったら私の申し出を聞き入れてくれるかと思いきや、『マンションの空室が目立ち出したから、ペット可にしようと思っている』と言い出したんです。ペット不可だから入居したのに……。結局、更新が近かったので違うマンションに引っ越しすることにしましたが、そういうこともあるんだなと勉強になりました」(Aさん)犬や猫はダメだけど小さい鳥はOK? 鳥を飼う隣人に悩まされているというのは、メーカーで働く20代男性・Bさんだ。ある時から鳥の声を良く聞くようになり、不思議に思っていたという。「早朝に鳥の鳴き声が聞こえるようになりました。ハトとスズメがよくベランダに来ていたので、知らない野鳥も来るようになったのかもしれないと思っていましたが、どうやら違う。もしかしたら音の主は隣なのではないかと思い、外からベランダを見てみると、鳥かごがあったんです」(Bさん) 鳴き声が改善されることがなかったため、管理会社に連絡し対応してもらったというBさん。「ペット云々ではなくて、騒音に関するマナーですよね……」とぼやく。「僕の住んでいるマンションは、もともとペット不可だったんですが、ある時誰かが交渉して、犬猫はダメだけど、小さい鳥ならOKになったらしいんです。それはそれで管理会社と大家さんの判断だから仕方ないし、僕だってもしかしたら音がうるさい時があるだろうから、ある程度はお互い様だと思いますが、避けられるものは避けたい。鳥は少なくとも部屋のなかで飼ってほしいなあ、というのが個人的な思いです」(Bさん)「ペット可」の物件でもマナーの問題 ここまで紹介してきたのは、基本的に「ペット不可」の物件でのトラブルだが、「ペット可」の物件でも、ルールやマナーが守られないと、他の住人たちの居心地が悪くなる。広告代理店に勤める30代女性・Cさんは、自身が住むマンションの現状に辟易としている。「1階に猫を2匹飼っている人が住んでいるんですが、その人は猫を外に自由に出すんですよね。共用廊下に普通に猫がいてびっくりしますし、駐輪場がフンまみれになっていたことも。『ペット可』だから飼うなとは言えないけど、飼い主の質はさまざまだということを実感しました。管理できないものは飼わないでほしいなというのが本音です」(Cさん) ペットをめぐるトラブルは少なくない様子。集合住宅に住んでペットを飼うのであれば、周囲の住人たちに迷惑がかからないよう心がけてほしい。
2022.03.01 15:00
マネーポストWEB
カプセルトイ最前線 くすっと笑える「オモ写」をSNSに上げる楽しみ方
カプセルトイ最前線 くすっと笑える「オモ写」をSNSに上げる楽しみ方
 昨今、大人気となっているのがカプセルトイだ。新型コロナウイルスの影響でテナントが撤退した商業施設の空きスペースに、電源も店員も必要ないカプセルトイマシンを置くケースも多いという。日本ガチャガチャ協会の小野尾勝彦さんは、こう話す。「現在、カプセルトイの市場規模は過去最大の450億円以上に急成長しています」 かつては子供向けだったカプセルトイだが、1995年頃から大人の女性向けの商品も増加した。では、大人の女性たちはカプセルトイをどのように楽しんでいるのだろうか? カプセルトイは、集めて撮影して、SNSに上げるまでが“大人の遊び方”──とまでは言わないけれど、集めたトイでオリジナルの世界を創造し、楽しむ人が増えている。くすっと笑えるワンシーンを作って撮影した写真は「オモ写」と呼ばれ、インスタグラムなどで拡散中。なかでも名作の一部を紹介しよう。「ディズニーのキャラクターが大好きなので、カプセルトイやオーナメントくじのフィギュアを見つけると即買い! 自宅に陳列して楽しんでいます」@tigatoni3557「『バンザーイ!ペンギン』(エール)のペンギンたちを使って、“孫が来たので張り切るジジババ”をテーマに撮影しました。ごちそうは、『今日は贅沢お寿司の日〜ぷちサンプル入門セット〜』(リーメント)のミニチュアお寿司を使っています」@gacha.sommelier「『コップのフチ子』(キタンクラブ)が、コーヒーを運んでいる最中に転んでしまったワンシーンをすべてカプセルトイで作ってみました。左の猫は、『仕事猫ミニフィギュアコレクション』(トイズキャビン)。自動販売機(※)を並べて、会社の休憩室っぽい雰囲気に」@hidjmgptp ※『ザ・ミニチュア自動販売機コレクション』、『ミニチュアファミレスマスコット』(ともにJ・ドリーム)など。「アニメ『トイ・ストーリー』シリーズの主人公・ウッディが、新しい猫ちゃんをお迎えして喜ぶワンシーンを表現。ウッディがテーブルの上でさばいているのは『ぷちサンプルシリーズ「ふるさと産地直送便」』(リーメント)の『北海道産 新巻鮭』です」@akubino_style「『ノラネコぐんだんミニチュアフィギュア』(ケンエレファント)のノラネコたちと『鬼滅の刃』の嘴平伊之助が、テーブルを囲んでいるシーンを表現。初めて食べるチョコレートがおいしすぎて、伊之助が独り占めしている設定です。『きのこの山』と『たけのこの里』のミニチュア菓子は、『明治のチョコで至福のおうち時間』(リーメント)のものです」@oyatsunojikan2019「『ノラネコぐんだんミニチュアフィギュア』(ケンエレファント)のノラネコたちと『鬼滅の刃』の嘴平伊之助が、テーブルを囲んでいるシーンを表現。初めて食べるチョコレートがおいしすぎて、伊之助が独り占めしている設定です。『きのこの山』と『たけのこの里』のミニチュア菓子は、『明治のチョコで至福のおうち時間』(リーメント)のものです」@oyatsunojikan2019女性が気軽に入れる! 日本初の専門店が登場!! 空きスペースで無人販売が一般的なカプセルトイだが、専門店が登場した。それが、「ガチャガチャの森」だ。2017年にオープンし、いまや全国52店舗に拡大している。「店の人気を支えているのは、大人の女性です」 とは、店舗を運営するルルアーク社ゼネラルマネジャーの松井一平さん(以下「」内同)。「大人の女性には、カプセルトイに興味があっても、恥ずかしくて買えないという人が多かったんです。そこで、おしゃれなインテリアの売り場にしました。そしてスタッフを常駐させ、商品が詰まったなどのトラブルにも対応できる専門店を作ったんです」 2月には東京・原宿にも新規店がオープン。盛り上がりを見せるカプセルトイの世界を牽引する存在になりそうだ。ガチャガチャの森 原宿アルタ店 【住所】東京都渋谷区神宮前1−16−4 原宿アルタ2階【営業時間】10時30分〜20時 取材・文/前川亜紀※女性セブン2022年3月10日号
2022.03.01 11:00
女性セブン
原作者に聞いた『ミステリと言う勿れ』
『ミステリと言う勿れ』原作者が選んだ「特に思い入れの強いセリフ」3選
 今クール最大の話題作と呼び声高いドラマ『ミステリと言う勿れ』(フジテレビ系、毎週月曜午後9時~)。毎話放送後に話題となるのは、菅田将暉演じる主人公の久能整が淡々と語る数々の言葉だ。同作は『月刊フラワーズ』で連載中の漫画が原作。そこで原作者の田村由美さんに名ぜりふの秘密などをインタビューしました!「自分の作品がドラマ化されることは初めてで、しかも主演が菅田将暉さんと聞いたときは、彼以上の久能整は考えられないと、本当にワクワクしました。菅田さんは、原作の整の雰囲気をなぞるだけではなく、『何のために演じるのか、何を伝える話なのか』まで深く掘り下げて考えてくださり、“人間・久能整”を作り上げてくださいました。なので、毎週放送を見るのが本当に楽しいです」 そう語る田村先生。この作品は、整が淡々と語るせりふが大きな魅力のひとつだ。「キャラたちの会話は、実際に口に出しながら描くことが多いです。特に整の言葉には、自分が普段から考えていることや、映画やドラマ、ニュースを見て疑問に感じたこと、ツッコミを入れたくなったことが入っていたりします。こうあってほしいという願望もです。ただそれは自分の思いであって、読んでくださる方にお話を楽しんでもらえるのがいちばん大事だと思っています。 整のモデルは特にいないのですが、友人からは『いままでの主役の中でいちばんあなたに近い』と言われて驚いています。自分は無口な方なんですが……(笑い)」 整には、田村先生の思いや願いが込められているのかもしれない。なかでも田村先生が特に印象深いせりふを厳選してくれました! あなたの心に響くせりふは?■1巻「猫は、あなたに死ぬところを見せたくなかったんです」(4話) 刑事の風呂光聖子(伊藤沙莉)が猫の死に目に会えず悲しんでいたと、同僚の池本優人(尾上松也)に言われたときの言葉。「これは友人から聞いた言葉です。その後、別の近しい人が愛猫を亡くして悲しんでいたとき、この言葉を伝えると『そう考えれば少し気が楽になるわ』と。同じ思いをしている人がいると思って描きました」(田村先生・以下同)。■4巻「僕、ずっと思ってました。どうして“闘病”って言うんだろう……。(中略)……人は病に負けたから死ぬんじゃないです」(5話) 検査入院した整が、隣のベッドの年老いた元刑事(小日向文世)にかけた言葉。「私は著名人の訃報が出るたび、『病には勝てず力尽きて…』などの文言が嫌だなとずっと思っていました。整のせりふにあるように、どうして亡くなった人に鞭打つ言葉を使うんだろう、と。私ならそう言われたくないです」。■9巻「“お姉ちゃん”て呼んでくれる人はもう決して出て来ないの」 老舗社長宅に家政婦として働く畑中詩に、整が「(子供たちを)名前で呼んであげてほしい」と言うのに対して詩が言った言葉。「私も若い頃は、整くんのようにお子さんは名前で呼んでほしいと思っていましたが、年月を経たいまは詩さんのように思ったりもするんです。自分の中の新しい視点に気づき、興味深かったです」。 そのほかにも作品のなかに数々の名言がちりばめられている。■1巻エピソード1「真実は人の数だけあるんですよ」「昔からあちこちで『真実は一つ』といわれるのに違和感がありました。同じ事象も、立場によって見え方が違って当然ではないかと思っています」■1巻エピソード2「どうして人を殺しちゃいけないんだ」 実は整のせりふにはこのようにドキッとするものも少なくない。「このくだりはずっとずっと考えてきていたので、思い入れがあります」と田村先生。■1巻エピソード2「メジャーリーガーは子供の成長に立ち会うことを父親の権利だと思い、日本側の解説者たちは義務だと思っている」 池本刑事の妻が出産し、「子育てに参加している」という池本に整は、「お子さんを奥さんの付属物だと考えないですか。だから“参加する”とか“手伝う”なんて言葉が出るんです」と述べる。「うんうん」と共感した読者も多いのでは。 最後に、田村先生からのメッセージを。「いつも応援ありがとうございます。マンガだけ読んでいただけるのは最高にうれしいですし、ドラマだけ見ていただけるのもとてもうれしいです。両方を見ていただけたら、持ち味の違いが面白いかもしれません。これからもよろしくお願いいたします」写真/(C)田中由美/小学館 (C)フジテレビジョン 文/別所礼子※女性セブン2022年3月10日号
2022.02.28 07:00
女性セブン
カプセルトイがコロナ禍で人気 在庫リスク小さく、商品開発の冒険も可能
カプセルトイがコロナ禍で人気 在庫リスク小さく、商品開発の冒険も可能
 硬貨を入れ、レバーを回し、ポンと出てきたカプセルを、「何が出るかな?」とワクワクしながら開けては一喜一憂する──このカプセルトイが、非接触で楽しめる手軽なエンターテインメントとして、コロナ禍で大ブームになっている。登場から57年、中身のおもちゃは進化し、大人も楽しめるようになったカプセルトイの、オモシロかわいい“いま”に迫る。市場規模は過去、最大の450億円超「コロナ禍で商業施設内の飲食店やアパレル関連のテナントが撤退。その空きスペースを有効活用しようと、電源要らず・店員要らずのカプセルトイマシンが多数置かれました。これが、いまのブームを後押ししています」 とは、日本ガチャガチャ協会の小野尾勝彦さんだ(以下「」内同)。コロナ禍で旅行が難しくなり、外出といえば、スーパーマーケットや商業施設での買い出しくらい。そこにカプセルトイマシンがあれば、回してみたくなるというわけだ。「現在、カプセルトイの市場規模は過去最大の450億円以上に急成長しています」子供から大人の女性へ客層が変わりヒット 日本にカプセルトイが登場したのは、いまから57年前。ペニイ商会がアメリカからマシンを輸入し、子供を対象に1個10円で販売し始めた。中身はキーホルダーや小さな人形が多く、レバーを回す楽しさ、何が出てくるかわからないワクワク感から、人気を博した。「中のおもちゃは改良が重ねられ、1970~1980年代には『ウルトラマン』や『キン肉マン』などの特撮・アニメ作品の“ゴム人形”などが登場しました。この頃は小学生男子をターゲットにしていましたが、少子化の影響で、マーケットが縮小。これを打開しようと1995年頃から、大人の女性向けおもちゃが登場しました」 それまでは、大人の女性がカプセルトイマシンを回すのは「恥ずかしい」という意識が強かったが、ディズニーキャラクターなどのかわいらしいフィギュアがカプセルトイに登場し、客層が広がった。「なかでも爆発的にヒットしたのが、『コップのフチ子』シリーズ。コップなどのふちに引っ掛けられるようにデザインされたOLのフィギュアで、そのユニークさは、大人たちを魅了しました」 その後の商品開発は、子供も大人も楽しめるものへと幅を広げ、いまでは毎月300種類以上の新作カプセルトイが発売されているという。「カプセルトイは、完全受注生産で、売り切れると、基本的には再販しません」 だからこそ、いまあるうちに手に入れたいというコレクター魂をくすぐるのだろう。また、集めたカプセルトイの写真をSNSに投稿する人も増えた。奇抜なアイディアと高技術の結晶 カプセルトイは受注生産のため、在庫リスクが小さい。そのため、商品開発をするうえで冒険がしやすいと、前出の小野尾さんは言う。「多人数に売るだけでなく、“40代主婦・2児の母向け”など、ターゲットを細かく設定し、その層にピンポイントで届けられる商品開発が可能なんです」(小野尾さん) たとえば昨年は、機内食がプリントされたランチョンマットがヒット。これはコロナ禍でも飛行機旅行の気分を味わってもらおうと開発された。 直径65mmのカプセルに入ったおもちゃには、日本の“モノづくりの粋”が詰まっている。たとえば、カプセルトイメーカー・海洋堂のこだわりも目を見張るものがある。「原型制作から彩色まで、そのジャンルのエキスパートが手掛けています。どれも緻密な仕上がりで、“作品”ともいえるため、作家名をクレジットしています」(海洋堂・広報担当) 高い技術で作られた海洋堂のカプセルトイを具体的に見ていこう。職人技がさえる本格派「海洋堂」・カプセルQミュージアム『ニャンズ・ライフ』人気造形師・松村しのぶさんが、日本猫をモデルに、首・脚・尻尾が動くフィギュアを制作。猫のしなやかなシルエットが特徴的。オプションパーツとしてキャットタワーが付属している。(全5種/400円)・カプセルQミュージアム『リサ・ラーソン ミニチュアファブリカ Vol.3』スウェーデンを代表する人気陶芸作家リサ・ラーソンのミニチュアフィギュアシリーズ。陶器の質感を再現しており、なかでも猫のルドルフは、リサ・ラーソンが手びねりで制作した原型を基に制作。(全6種/500円)・カプセルQミュージアム 『佐藤邦雄の動物たち「トイレの時間2」』動物を擬人化した作品が人気のイラストレーター・佐藤邦雄さんの作品をフィギュア化。トイレットペーパー付きの壁も付属しており、複数個並べると個室のように見える。(全4種/400円)※掲載商品は、売り切れ次第終売です。表記価格は1回ごとの金額です。取材・文/前川亜紀※女性セブン2022年3月10日号
2022.02.27 11:00
女性セブン
【動画】元ミスキャングランプリ告白「マトリに逮捕された瞬間」
【動画】元ミスキャングランプリ告白「マトリに逮捕された瞬間」
 都内の有名私立大学でミスキャンパスのグランプリを受賞し、大学卒業後にセクシー女優としてデビューした結城るみなさん。昨年9月20日、マトリに逮捕されたときの記憶を赤裸々に語りました。 逮捕された瞬間、「親や仕事関係者に申し訳ない気持ちと『今後どうなるだろう』『猫への餌やりはどうしよう』と焦りや申し訳なさで泣きじゃくっていた」という結城さん。 捜査員たちが「僕たちは君を助けるために来たから」と言い、猫に餌を足すなど優しい対応をしてくれたため、少し気持ちが楽になったと明かしています。
2022.02.22 07:00
NEWSポストセブン
逮捕の瞬間から現在に至るまでの生活を赤裸々に明かした結城るみな
覚醒剤に溺れた元ミスキャングランプリ告白「きっかけと逮捕の瞬間」
 都内の有名私立大学でミスキャンパスのグランプリを受賞し、大学卒業後にセクシー女優としてデビューしたことで話題を呼んだ結城るみな(26)。昨年9月20日に覚醒剤取締法違反の疑いで逮捕され、その後に懲役2年執行猶予3年の判決が下った。 結城は2020年3月に『週刊ポスト』誌上でのグラビア撮影で芸能界デビュー。しかし、すでに当時から薬物に手を染めていたという。なぜキャンパスのアイドルは薬物に手を染め、アダルトの世界に進んだのか──。これまでの経緯について結城本人が初めて口を開いた。 * * *──昨年9月20日の逮捕当日の様子を教えてください。結城るみな(以下、結城):午後1時頃、当時住んでいた新宿区の自宅マンションに帰ったところで、入口付近で男性から本名で呼びかけられました。最初は警戒して「なんですか?」という態度を取ってしまったのですが、すぐに別の男性と女性が駆けつけてきて関東信越厚生局・麻薬取締部の手帳を見せられ「ああ……ついにこの時がきた」と観念しました。──「ついにこの時がきた」とは、何か予感があったのですか。結城:逮捕されるまでの2か月間ほどの暮らしは部屋も荒れ果て生活リズムも狂って、仕事関係の方にも迷惑をかけていた。ぼんやりした頭で「そろそろ捜査が入ってもおかしくない」と思って部屋を片付けていたほどでしたし、逮捕当日は朝からなんとなく悪い予感もしていたのです。──その後、どんな流れで逮捕に至ったのですか?結城:私は抵抗することなく家宅捜索に応じ、正直に「ここに薬を使う道具があって、使っていた」と打ち明けたので、そのまま逮捕となりました。──その時、どんな気持ちでしたか。結城:親や仕事関係者に申し訳ない気持ちと「どうしよう」「今後どうなるだろう」「猫への餌やりはどうしよう」と焦りや申し訳なさで泣きじゃくっていたら、捜査員の方が「僕たちは君を助けるために来たから」と言って猫の餌を足してくれるなど優しい対応をしてくださったので、少し気持ちが楽になりました。最初は、マッチングアプリで知り合った男性から……──どのような経緯で薬物に手を染めてしまったのですか。結城:2019年春頃、ちょうど大学を卒業して芸能事務所に所属するも仕事を得られず、彼氏とも別れて“迷走”していたんです。自暴自棄になって気まぐれに始めたマッチングアプリでやり取りした男性と出会った時に大麻を勧められました。タバコのような形状をしていて、煙を吸い込んで吐くと、世界が変わってしまったんです。──世界が変わったとは?結城:頭が錯乱し、その男性から何か脅しのような言葉を言われ、それを信じ込んでワーワー泣き叫んだかと思えば、男性から「結婚しよっか」と言われて嬉しくなったり、感情の起伏が激しくなった。初めて会った日から4日間ほどその人の家に入り浸り、性行為をしては寝て起きて……とまともじゃなかった。とくに気持ちが沈んだ時の感覚は今もはっきりと覚えていて、ベッドに横たわると、ズーンと地の底まで沈んでしまうような感覚でした。それは恐怖の時間でした。──恐怖の時間だったのに、なぜその後も薬物に手を染めたのですか。結城:恐怖なんですけど、その時間を再び欲してしまう自分がいて、それはなぜだかわかりません。そこから男性とは1年間ほど付き合っていましたが、彼から誘ってきたり自分から誘ったりして、彼の自宅に入り浸って大麻をしていました。その後、その彼は更生施設に自ら入ってやめていった。彼とは別れたのですが、私はむしろ自ら薬物を買うようになりました。──どこで手に入れたのでしょうか。結城:繁華街の街頭に立つ外国の方から、隠語で「アイス(覚醒剤)」を売ってもらっていました。小分けのチャック付きポリ袋に入った物を「炙り」という方法で使用していた。注射は使いませんでしたが、注射をしていたらもっとおかしくなってたと思います。主に自宅で1人で使っていました。覚醒剤の使用中はとにかく何かに一点集中できる。お恥ずかしい話、とくに多かったのは自慰行為です。時間の感覚もおかしくなるので、それこそ1日中、それに耽っている時もあったように思います。──グラビア撮影に挑戦した2020年2月頃はどのくらいの使用頻度だったのですか。結城:あの時はまだ最初に出会った男性の家に週に1回程度行って大麻を吸っていたくらいでした。その後、去年春頃から捕まるまでの3~4か月間は本当に生活のリズムが乱れ、部屋も荒れ果て、食事すら億劫になるほどのめり込み、空白の時間を過ごしていました。見えない未来に落ち込み、殻に篭った状態になってしまった。今にして思えば逮捕され留置所での約1か月半の生活で更生する良い機会にはなりました。──留置所の暮らしは精神的にキツかったのではないですか。結城:実はそれまでの暮らしが酷すぎたので、むしろよく眠れてよく食べる生活を取り戻す良いきっかけになりました。5人部屋でいろんな年代の方がいましたが「カレー食べたいね」とか「あそこの化粧品が良い」と他愛ない話をしてコミュニケーション力もずいぶん回復しました。お昼のご飯の時に流れるポケモンの歌やクラシックを聞いていたら、やけに歌詞やメロディが耳に入って勇気づけられました。両親も面会に来てくれて周りの支えもあって、意外と元気になりました。──ご両親との面会時はどのようなお話をされましたか。結城:会う前まではどんなに怒られるかと思ったけど、両親は叱らず励ましの言葉をくれ「とにかく焦るな」と。とにかく本当に申し訳ないと思った。今はカラオケ店でアルバイトを──その後、裁判が行なわれ「懲役2年執行猶予3年」の判決を受けた時の気持ちはどうでしたか。結城:法律に詳しい方によれば量刑としては長めだとは言われましたが、私としては受け止めました。なにより情状証人として以前から親しくしてくださっていた漫画『闇金ウシジマくん』『九条の大罪』の作者の真鍋昌平先生が「生活はご両親が支えてくださると思うので、僕は仕事のほうでサポートします」と言ってくださったことが心強かった。──最近はどんな暮らしをしているのですか?結城:実家で朝起きて夜寝る健康的な仕事をしています。逮捕前は10kgほど痩せてしまった体も、今は戻りました。昨年末からカラオケ店でアルバイトを始め、働く喜びも実感しています。──もう二度と薬物を使うことはないでしょうか?結城:「使ってみたい気持ちがゼロだ」というと嘘になります。やはり気持ちが不安定になってしまったり高揚した時には欲が出てきますね。──使用しないためにどんな努力をしているのですか。結城:精神科は2週に1回、カウンセリングは月2回通って、気持ちを落ち着ける薬や睡眠薬などの処方薬を飲んでいます。そして気持ちが不安定になった時は真鍋先生や麻薬取締部の方に電話して、なんとかやり過ごしています。最近は飲みすぎない程度にお酒を飲んで気分転換することもあります。──今後の目標はなんですか?結城:やはり望みが叶うなら、今年中に芸能活動を再開できればと思うばかりです。そして私に発信できることがあれば、なんでも言っていきたいです。今まさに苦しんでる女の子たちに勇気づける言葉を贈りたい。 * * * 薬物に手を染めたことは許されることではない。しかし、更生を口にした元ミスキャンパスは輝くばかりの笑顔を見せていた。この平穏な日々を続けてほしい。■取材・文/河合桃子
2022.02.15 07:00
NEWSポストセブン
ビカクシダだらけ!? デザイナー夫妻が猫と暮らすインダストリアルな賃貸
ビカクシダだらけ!? デザイナー夫妻が猫と暮らすインダストリアルな賃貸
インダストリアルな室内に、ビカクシダ(コウモリラン)や自然のオブジェなどが置かれ、白とグレーの猫が悠々とたたずむ。そんな自然物が似合う「博物館」をテーマにした部屋で暮らす森田賢吾さん・仁美さん夫婦に、ライフスタイルとリンクする「ステキなお部屋づくり」について伺いました。「ペット可・バイク駐車可・変わった物件」を条件に部屋探しクリエイティブディレクターでグラフィックデザイナーの森田賢吾さんと、クリエイティブディレクターでテキスタイルデザイナー、イラストレーターの森田仁美さん。多摩美術大学の同級生のご夫妻は、お互いに好きなものを集めているうちに部屋が狭くなり、2019年に今の住まいに引っ越しました。Twitter(@Hi__MoriMori)で、普通ではないお住まいとジャングルのような植物、カッコイイ家具、2匹の猫の美しさに興味をひかれ、訪問させていただきました。この賃貸物件を見つけたのは、夫の賢吾さん。「東京周辺で、猫が飼えて、バイクが置ける場所があって、おしゃれなデザイナーズ物件」の4つを条件に、お部屋探しのアプリを5、6個ダウンロードして時間があれば見ていました。不動産会社に行って、「コンクリートの箱みたいな部屋でいいので、変わった物件はないですか」とイメージに近い写真を見せて相談しましたが、東京都内はペット可物件が少なく、条件やイメージに合う部屋はなかなか巡り合えませんでした。「不動産屋さんが紹介してくれるのは、ほとんどが一般的な普通の部屋でした。これはと思う物件はスピード勝負ですぐに内定していたり、なかなか条件が合わなかったり。この物件はポータルサイトで見つけて、内見して即決しました」(賢吾さん)「部屋自体に個性やスタイルがあるより、ニュートラルな部屋で、自分たちが好きで集めてきたものを置いてスタイルができ上がるような物件がいいと思っていました」と話す仁美さん。夫婦の趣味が合うので、決断はスムーズでした。コンセプトを「博物館&インダストリアル」に決めてぶれない部屋づくり住まいはインテリアや家具、暮らし方で表情が変わるもの。ブランディングの仕事をしている森田さん夫妻は、コンセプトから始めました。「まずこの部屋をどういう世界観にしたいか、お互いに意見を出してコンセプトを決めました。『木や石、植物などの自然物が映える、博物館のような家』をコンセプトにプランニングしたことで、想像どおりの家になりました。持っている家具をリストアップして、サイズを測って間取図に落とし込んだり、世界観資料のようなものをつくって、仕事でやっていることを部屋でもやりました」(賢吾さん)住まいのメインステージは、窓が大きいリビングです。天井と壁の一部はコンクリートの打ちっぱなしで、床は黒いストロングフロアに壁は黒やグレー。モノクロがベースですが、陽当たりが良く明るい雰囲気。デザイン書やレコードなどを収納している本棚は、アメリカでガレージに置くようなものを、キッチンの棚はお店の厨房などで使用されているものを買って、無骨さを生かした部屋づくりを目指したそうです。リビングのテーブルは恵比寿にある人気のインテリアショップ「パシフィック・ファニチャー・サービス」で購入。使うほどに色が濃くなり味が出てくる無垢材の寄せ木の天板が特徴的です。対面式キッチンは吊り戸棚もキャビネットもなく、圧迫感も生活感も感じられず、キッチンというよりお店のカウンターのよう。キッチンとダイニング・リビングの間の段差が空間を仕切らずに分けています。家具は、キッチンの前壁のステンレスと木の色とできるだけ合わせるなど、マテリアルやカラーを統一しています。家具はアメリカ系のインテリアショップや業務用の家具屋さんで買ったものがほとんど。「私たちは好みが似ていて、デザインされすぎているものより、インダストリアル感がある武骨なものが好きなんです。自然物、木のモノ、植物沢山が映えるように主張し過ぎる家具は置かないし、可愛い家具や小物に惹かれても、コンセプトのインダストリアルから外れるなら選びません」(仁美さん)また、浴室もコンクリートの壁に囲まれていて19世紀後半のアメリカで流行した猫脚の浴槽が設置されています。浴室とトイレ、洗面台が同じ空間にあるため、来客時に水まわりが丸見えにならないよう内装屋さんに頼んでガラスドアにカッティングシートを貼ったそうです。自慢のコレクションを飾り、生活感があるものは徹底的に隠す両親が水産大学出身であったことから、子どもの頃から魚の造形に興味をもち、釣りや魚の絵を描いて過ごし、たくさんの魚や昆虫を捕ってきて飼育をしていたという賢吾さん。自然が豊かな環境で、動物たちが多くいる実家で育ち、よく昆虫を捕ったりしていた仁美さん。森田さん夫婦は、そんな原体験をベースに、自然や動物、生き物に興味をもち続け、自分たちの目線を通した「博物館」を居住空間で表現しています。家具と同様、コレクションも厳選された美しいモノばかり。テレビ台の隣にある六面体のオブジェは、イタリアのデザインデュオ、alcarol(アルカロール)が製作したもので、世界遺産のドロミテ山の低層で眠っていた”むした苔をまとった木材”を使用したスツール。「池をそのままくりぬいて形にしたような、水の中に入っているような気持ちになれる不思議なオブジェです」と仁美さん。すっきりと暮らす秘訣を聞くと、「植物、石、アートなどのコレクションやデザイン書、レコード、DJの機材などは出しっぱなしだし、収集癖があるのでモノはたくさんあります。ただ生活感があるもの、例えば商品としてデザインされたパッケージなどがあると生活空間がごちゃごちゃしてしまうので、見えない所に隠しています」と賢吾さん。キッチンは食器棚の代わりに、飲食店の厨房にあるようなステンレス製の収納台を設置。家電もステンレスや黒で統一。流しの下の空洞には、サイズを測ってコンテナボックスやダストボックスを収めています。「調味料や油や鍋などは、キッチンに出しておいた方が使いやすいかもしれませんが、夫が生活感のあるものを出しておくのが嫌いなので、使うときに出して、出したらすぐしまうことが習慣になりました」(仁美さん)細かいものや日常品は収納グッズを利用。アメリカのバンカーズや無印良品の収納ボックスなどの、同じ形のフタ付きのツールボックスをいくつか重ねたり並べたりしてモノを隠しています。猫と両立する「スッキリきれいなインテリア」森田家には2匹の猫がいます。仁美さんは、実家で10匹~15匹くらいの保護猫と暮らしていましたが、賢吾さんは結婚して初めて触れあった猫の人懐っこさに驚いたそうです。「最初の頃は、机の上にあるものを片っ端から落とすので、お気に入りガラスの置物を壊されたこともありましたが、『猫はモノを落とす生き物だから、しまっておかない人間が悪い』と夫に話して理解してもらいました。おかげで、モノを出しておかないきっかけになったかもしれません。猫のおもちゃも、夜寝る前にはしまいます。出しっぱなしより、時々出した方が喜んで遊んだりしますね。植物にいたずらするのは、かまってほしいときなので、猫草で気をそらすようにしています」(仁美さん)自然と向き合うこと、ビカクシダを育てることもクリエイティブ仁美さんは、この部屋に越して急激に植物への興味が出てきたそうです。最初は多肉植物や大きい花瓶に枝ものを刺したりしていましたが、コケ玉に着生したビカクシダ(コウモリラン)をひとつ買って、調べるうちに、植物の概念を覆すような生態やインテリアとしての面白さに惹かれたそうです。植物は種類により猫との共生に気をつける必要がありますが、森田さんは猫たちが、多肉植物やビカクシダなどに反応しないことをテスト済みの上、増やしています。自然界では地面に生えるのではなく木に寄生して生きるビカクシダ。板に貼り付ける人もいますが、仁美さんは、「室内に自然物があるような感じにしたい」と、コルクの木の樹皮にくくりつけています。「同じフォーマットでも少しずつデザインや色が違うものを集めたくなるコレクター魂が刺激されて、今は20株ほどあります。部屋の陽当たりがいいので、すごい早さで植物が育つんです。全部大きくなると大変なので、これ以上は増やせないと思っています」お手入れは「陽当たりが良く、常にサーキュレーターをつけて、風がそよそよと吹く状態を作っておくこと。水苔が乾いたら浴室でコルクの樹皮と植物の間にある水苔にたっぷりと水をあげて、水を切って部屋に戻します。数が多いので手はかかりますが、ビカクシダを育てて約2年、一度も枯らしたことがありませんし、最近はホームセンターなどに育てやすく品種改良されたものも売っているので、初めての人もトライしやすいと思います」と仁美さん。Twitterを始めたのも、愛好家がビカクシダをどう育てているのか、情報を収集するためだそう。「ビカクシダはS缶やフックを使って天井や突っ張り棒に吊るしたり、ハンガーラックにかけるなど、壁に掛けて飾れるので生活面積を邪魔しません。床が広いまま増やせるのも魅力です」希少性の高いビカクシダは金額が高いので、胞子から育て始めた仁美さん。「時間をかけて育てられた達成感もあり、愛着が違うので、興味がある人は育ててみるのもいいかもしれません。ちょこちょこ手を加えて見ていると、一気に大きくなったり変化が分かりやすく、自然と向き合うことが楽しい。植物を育てるのはクリエイティブな作業です」ビカクシダは仁美さんの趣味ですが、賢吾さんは、最近渓流でのテンカラ釣りに凝っていて、イワナなど川魚のはく製や毛鉤(けばり)を作るための素材(鳥の羽など)を少しずつ集めているそう。「お互いに好きなものは認めて応援しています。これからも、まだまだ興味が広がって変化するかもしれません」と仁美さん。独自の世界観をつくり上げている森田夫妻。「植物が沢山ある自然と向き合う暮らし。日常生活でありながら非日常に住むスペシャル感というか、非日常が日常になっていて、居心地がとてもいい」と仁美さん。「好きなモノを自分の身のまわりに置いて、好きを感じられる趣味部屋のような家。趣味、ライフスタイルイコール部屋みたいな感じはします」と賢吾さん。好きなことを優先し、コンセプトを決めて、しっかりプランニングして統一感をもたせることで完成した、オリジナリティあふれる「博物館のような住まい」。夫妻のような特別なセンスがなくても、取り入れたり試せるヒントがあるのではないでしょうか。●森田賢吾さんクリエイティブディレクター・グラフィックデザイナー多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒業。大貫デザイン、博報堂デザインを経て2016年デザインユニットknotを設立。JAGDA正会員。ハイクオリティなビジュアルコミュニケーションを軸としたブランディングデザインを多数手がける。NY ADC賞、 D&AD賞、 ONE SHOW、TOPAWARDS ASIA、グッドデザイン賞、亀倉雄策賞・JAGDA賞ノミネートなど国内外の賞を多数受賞。HPInstagram●森田仁美さんクリエイティブディレクター・ テキスタイルデザイナー・イラストレーター。多摩美術大学テキスタイルデザイン学科卒業。アパレル小物の企画デザインや生産に携わった後に独立。国内の靴下工場のCDO(チーフデザインオフィサー)としてものづくりの現場のブランディングを行う傍ら、イラストの仕事も手がける。Twitter (モリヒト)(佐藤 由紀子)
2022.02.14 07:00
SUUMOジャーナル
レストランデートに訪れた前澤と梅村
前澤友作氏、新恋人ひなんちゅ(30)とラブラブ銀座ツーショット現場
 正月休みが終わり、街も普段の賑わいを取り戻してきた東京・銀座に、年末に大注目を浴びた男が戻ってきた。国際宇宙ステーションで12日間の宇宙の旅を楽しんだ実業家の前澤友作氏(46才)が1月上旬の夕方、銀座のある高級和食店に入っていった。その“時の人”の隣にいるのは、細身でスラッとした美女──。 この女性は、12月いっぱいで活動を休止した4人組ガールズバンド「SILENT SIREN(サイレントサイレン)」の、元リーダーでドラマーのひなんちゅこと梅村妃奈子(30才)だ。 2人の知人は「半年以上前から2人は交際しています。実は、梅村さんも前澤社長が飛び立ったカザフスタンのバイコヌール宇宙基地に同行し、彼の宇宙行きをサポートしていたのです。前澤さんはいつもそうですが、今回も同様に交際を隠すことはありませんね」と明かした。 梅村が所属していた「SILENT SIREN」は、ファンの間では“サイサイ”の愛称で知られ、テレビの歌番組の常連ではないものの、日本武道館で単独ライブ経験もあるほどの人気を誇っていた。10周年となる昨年9月、梅村が「新たな道を選択してみたい」と脱退。現在はモデルや声優のほか、犬猫の保護活動に力を入れるなどマルチに活動している。 前澤氏と梅村の出会いは、昨年3月ごろ、知人の紹介だったという。「前澤社長も、早稲田実業に通っていた高校時代から『Switch Style』というハードコアバンドで、YOU X SUCKの名でドラムを担当。メジャーデビューするほどの実力の持ち主でした。同じドラマーという共通点があって、意気投合。梅村さんは2011年にミス中央大学のファイナリストに残ったほどで、前澤さんが好きな細身のモデル系美女です。交際に発展するまでにそんなに時間はかからなかった」(前出・2人の知人) 前澤氏といえば、女優の剛力彩芽(29才)との長い交際が世間を賑わせていた。しかし、最大の夢は「恋人とともに月旅行すること」と言われ、剛力とは何度かの復縁を経て、昨年春に完全に破局した。その際には、剛力が「やっぱり月には一緒に行けない」と断ったとも報じられていた。 そんな剛力も、1月14日「FRIDAY」に、新恋人の国際派ミュージカル俳優の丘山晴己(37才)とのデートが撮られたばかり。それぞれ新しい幸せを見つけて、再出発を果たしたといえるだろう。「剛力さんとの破局後、前澤さんは合コンに明け暮れていたと言われていますが、恋人を探していた時期はあったものの梅村さんと出会ってからは“活動”も抑えていたようですよ(笑い)。バンド脱退後、まとまった時間が取れるようになった梅村さんは、前澤社長の宇宙旅行などのプロジェクトを積極的にサポートできる状態にあります。実際にカザフスタンに同行し、献身的に動いてくれたことを前澤社長も喜んでいました。梅村さんも犬猫の保護活動などは本気で取り組んでいるし、自宅には保護猫を7匹も飼っていることも話題になったほど。梅村さんとはお互いを尊重し、リラックスした大人の交際をされています」(前出・2人を知る関係者) 前澤氏の次の夢は月旅行。今度こそ「恋人と月へ」の願いは叶うか。
2022.01.18 19:45
NEWSポストセブン

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