テキ屋一覧

【テキ屋】に関するニュースを集めたページです。

正月飾りは暴力団にとってシノギの機会だという(イメージ)
正月飾りは暴力団の独占利権 Xマスツリーや熊手もシノギに
 正月は、一般人にもヤクザにも等しくやってくる。ただ、ヤクザにとっての正月は重要なシノギ(資金獲得の手段)でもあるのだという。暴力団取材に精通するジャーナリスト、鈴木智彦氏(フリーライター)と溝口敦氏(ノンフィクション作家)が、ヤクザの正月について徹底解説する。溝口:ヤクザにとって正月はシノギの機会でもあります。一番大きいのは正月飾り。門松なんかを飲食店や一般人に買わせるわけです。鈴木:10月に渋谷で正月飾りを「みかじめ料」代わりに売りつけたとして稲川会系組員が逮捕されたし、2019年は北海道のススキノで、警察が暴力団から買わないようにと先にしめ縄を飲食店に配っていました。あまり指摘されることがないけど、正月飾りは暴力団の独占利権ですからね。溝口:クリスマスツリーも実はそうです。クラブや飲食店に飾っているツリーは、暴力団が絡んでいることが多い。鈴木:別に強制的に買わせているわけでなくても、付き合いもあるし、揉めたら面倒臭いというので買ってしまう。溝口:縁起物だからってのもあります。11月の酉の市で売っている熊手もそうですね。かつて新宿の神社で熊手を売っていたヤクザは、テキ屋としては姉ヶ崎会(テキ屋系暴力団)に所属していて、そのほかに博徒として後藤組(山口組系)にも入っていた。熊手を売るのには姉ヶ崎会の名前を使い、そのほかのシノギでは後藤組の名に頼っていたみたいです。テキ屋系は真面目に出店をやるけど、暴力的な行動はあまりしないから。鈴木:珍しいケースではありますが。溝口:面白いのは、同じ暴力団でもテキ屋系と博徒系では、拝む神様が違うんです。祭壇に博徒系が天照皇大神と春日大明神、そして八幡大菩薩を掲げるのに対して、テキ屋系は天照皇大神、今上天皇、もう一つ神農黄帝という農業などの神様を掲げる。だから博徒系からはテキ屋は「神農さん」と呼ばれたりする。鈴木:テキ屋系としては極東会(新宿に拠点を置く暴力団)なんかが有名です。酉の市の出店の前に「極東」って書かれたデカい提灯をぶら下げて熊手を売ってましたから。溝口:そもそも祭りを仕切るのはテキ屋、つまりヤクザです。初詣をはじめ、お祭りというのはほとんどが神社の境内で行なわれるものだけど、境内の敷地の地割りは伝統的にテキ屋が担ってきた。鈴木:「あなたはここに店を出していいよ」、とショバ割りをする権利ですね。場所によって売り上げが全然違いますから。溝口:一番利益率がいいのが“粉もの”。小麦粉を使った焼きそばやお好み焼きの類いです。鈴木:あと、綿菓子はめちゃくちゃ売れるうえに材料は砂糖代だけだから、“親分ネタ”、つまり組長しかやれないと言われていました。本当に組長が作るわけじゃないけれど。溝口:テキ屋は博徒と並ぶ伝統的なヤクザなんだけど、今は暴排条例で神社の境内からテキ屋が外されつつあるし、コロナでそもそも初詣に出店が出ることもないでしょう。鈴木:最近は写真を撮りに行くと、暴力団系列のテキ屋は顔を隠しますからね。警察にバレるから撮らないでくれと。【プロフィール】溝口敦(みぞぐち・あつし)/ノンフィクション作家。1942年、東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業。『食肉の帝王』で2004年に講談社ノンフィクション賞を受賞。主な著書に『暴力団』『山口組三国志 織田絆誠という男』など。鈴木智彦(すずき・ともひこ)/フリーライター。1966年、北海道生まれ。日本大学芸術学部写真学科除籍。ヤクザ専門誌『実話時代』編集部に入社。『実話時代BULL』編集長を務めた後、フリーに。主な著書に『サカナとヤクザ』『ヤクザときどきピアノ』など。※週刊ポスト2021年1月1・8日号
2021.01.02 07:00
週刊ポスト
正月飾りは「地域がヤクザを養う」時代には特別な意味があった(pixta)
溝口敦x鈴木智彦「正月飾りもお祭りもヤクザの仕事だった」
 柳田國男は日本人の伝統的な世界観には「ハレとケ」があると論じた。ハレは非日常を、ケは日常を表し、儀礼や祭り、年中行事など「ハレ」の日には、晴れ着をまとって酒肴を楽しみ、歌舞音曲を愛でるのが日本人のならわしである。その「ハレ」と切っても切れない関係にあったのが、日本社会に深く根を張る「ヤクザ」だった。『週刊ポスト』(2020年12月21日発売号)では、「ヤクザと正月」と題して、ともにヤクザ社会に造詣が深いノンフィクション作家の溝口敦氏とフリーライターの鈴木智彦氏が対談している。正月にまつわるヤクザの伝統や独特の風習を語り合い、近年の暴力団取り締まりの強化によって、そうした行事も縮小されている現状を明らかにした。 正月はもちろん「ハレ」の代表格だが、ヤクザは「ハレ」をシノギ(金儲け)にしてきた集団である。地域社会に根付いた祭りや神事、年中行事には必ずヤクザが絡んでいた。対談では、ヤクザが「ハレ」に食い込んでいった歴史も語られたが、本誌では収録しきれなかった。その興味深いくだりをNEWSポストセブン読者にお届けする。 * * *溝口 江戸末期には、ひとつの町で6~7人の火消しを抱えなくちゃいけなくて、そこで集めた若い衆、町奴(町人出身の侠客)みたいな連中をまとめる人がいて、それを「親分」と呼んだわけです。そして親分には、若い衆を抱えていれば町から補助金が出た。親分は火消しだけやっていたわけじゃなくて、町のあちこちに目を光らせて、工事がありそうだと思えばそれを請け負い、解体とか鳶なんかを若い衆にやらせて日銭をピンハネしていた。それと同時に、浅草のような盛り場では、店に正月飾りを販売して、今で言う「みかじめ料」を取ったわけです。それとは別に、若い衆も屋台で……鈴木 正月飾り売りの小屋! ありましたね。最近までスーパーの前とか敷地の中でもやっていました。個人でも買うし、もちろん付近のお店にもセールスに行ってたでしょう。誰も言わないけど、正月飾りというのは地域の独占利権なんですよね。今でこそスーパーやコンビニが安い飾りを売るようになったけど、少し前まではヤクザの独占だった。溝口 火消しの親分が出てきた江戸時代には、町屋は町屋、侍や旗本もそれぞれ火消し人足を抱えていたでしょう。それぞれ対立したりもしたけど、ほとんどの町では、そこに住む富豪が町奴を支配することが多かった。だけど浅草だけは新門辰五郎(しんもんたつごろう)という親分が仕切っていた。新門一家というのは今もある。鈴木 ありましたね、新門一家。溝口 その新門辰五郎が浅草寺に露店も立てるし、猿回しとか薬売りからカネを取るから経済力があって、商人に頭を下げなかった。それが原型になって、ヤクザ独自のシノギの目処がついてきたんじゃないのかな。鈴木 そうですね。正月飾りはテキ屋が始めたかもしれないし、それらが戦後はみんな暴力団のシノギになっていったのでしょう。戦前までは、地域によっては江戸と同じように町奴とか火消しの系統が仕切っていたかもしれませんね。溝口 みかじめ料というと、ヤクザがカネを脅し取るみたいに軽く考えられているけど、実は、みかじめ料を地域の人が払うというのがヤクザを成り立たせていた基本構造なんです。正月飾りはその同じ地平にある。それが今は取り締まりが厳しくなって、地域が養っていたヤクザが地域から切り離されてギブアップ状態になっている。鈴木 もともと地域のお祭りと言えば、ヤクザががっちりつかんでいたわけです。「飲む」「博打」「興行」それから「フリーセックス」、そんな話でしょう?溝口 お祭りっていうのは、多くが神社に由来する。神社の境内というのは伝統的にテキ屋が差配権を持つのが普通でした。それもなくなってきて、一般の人からは「寅さんはヤクザなんですか」なんて質問が出てくる。鈴木 ヤクザじゃなかったらなんなのよ(笑い)。昔は年が明けるちょうど夜中の12時に神社にお参りする人たちの先頭には、地元のヤクザがずらりと並んでいた。それだけ地元の顔だったということなんです。
2020.12.28 07:00
NEWSポストセブン
高田文夫、『男はつらいよ』最新作と猫ひろしをどう見たか
高田文夫、『男はつらいよ』最新作と猫ひろしをどう見たか
 放送作家、タレント、演芸評論家で立川流の「立川藤志楼」として高座にもあがる高田文夫が『週刊ポスト』で連載するエッセイ「笑刊ポスト」。今回は、「ただいま」の一言が泣かせるトラと走る姿を「お帰り」と応援したいネコについてお送りする。 * * * 今回は久しぶりに会ったトラとネコの話。なんと『男はつらいよ50 お帰り寅さん』と題して新作ができたのだ。映画版の第1作から50年、私なぞその前のテレビ版からずっと見ていたのだ。 世は学園闘争、深夜映画でヤクザ(高倉健・鶴田浩二)を見て、テレビではテキ屋(渥美清)に夢中という心の中まで皆やさぐれていた時代だ。大学生だった私も旅から旅へと流れてみるかなぞ思っていたら、最終回、いきなり寅さんはハブに噛まれて死んじゃった。「ふざけんなこの野郎。寅を殺すバカがどこにいる」酔っ払った私のフジテレビへの抗議の電話ラッシュで、急遽あわてて映画化することとなる。寅さんが我々の前からふと姿を消して20年以上の時が経つ。会いたい。寅にもさくらにも満男にも……。「行く寅や昭和は遠くなりにけり」 こんな心境のところへこんな泣かせるコピーが。「ただいま。このひと言のために、旅に出る」試写を見る前から心の中のハンカチで瞼を押さえていた。「相変わらずバカか」寅さんの声がきこえた。 ネタバレしないように書くと、小説家になった満男は中3の娘と二人暮らし。今日は亡くなった妻の七回忌で柴又の実家にみんな集まるのだ。母のさくらも父の博も老いたけどすこぶる元気だ。仏壇の中のおいちゃんとおばちゃんの写真が時の流れを感じさせる。初恋の人、イズミちゃんとも再会。なんとあのリリーがジャズ喫茶のママとして格好よく登場。 ああもうたまらないでしょ。早く見たい?「それを言っちゃァおしまいよ」。お正月映画としていよいよ第50作が公開される。これはやっぱり50年かけてつくられた1本の映画なのだ。 そしてネコである。心臓が止まったことのある者同士、松村邦洋と仲間達と健康のため歩いている「さんぽ会」。今回は深川・木場方面。相当つかれて「お茶一杯」と入った喫茶店、一同でワーワー雑談20分。ちょいと途切れてふと横を見れば、あっちからも「あっ」という声。まさかの意表をつくこの場で会うとは。取材を受ける猫ひろし、「ニャーッ」である。「お前カンボジアにいるんじゃないのか?」「住まいはここなんです。家族もいます。今も2時間トレーニングで走ってきました」きけばこのあたりは坂がなくて平地なので、ランナーにはいいらしい。今のところ1人枠の五輪カンボジア代表で候補らしい。東京五輪で、東京の街を変なカンボジア人として故郷に錦のように駆けぬける姿を「お帰り」と応援したい。※週刊ポスト2019年11月1日号
2019.10.26 07:00
週刊ポスト
盛岡を想うきっかけをつくりたい――「盛岡という星で」プロジェクトが目指す、街と人のつながり方
盛岡を想うきっかけをつくりたい――「盛岡という星で」プロジェクトが目指す、街と人のつながり方
東京から東北新幹線で2時間13分。料金1万5010円。京都に行くのとほぼ同じ時間、同じ運賃で行ける岩手県盛岡市。宮沢賢治と石川啄木を生んだ文化の街(人口比の演劇の劇団数が日本一)であり、じゃじゃ麺と冷麺がしのぎをけずる麺の街であり、一家庭当たりのビール購入量が最も多い街となったこともある、お酒の街でもある。寿司もうまい。そんな盛岡市が運営するInstagramアカウント「盛岡という星で」がおもしろい。味のある写真にロゴが丹念に配置されていて、適度にポエミーなテキストが添えられている。雪国らしさも感じる、きれいなたたずまいだ。昨年12月に開設され、フォロワー数は6000人(2019年10月現在)を超える。このアカウントの特徴は他にもある。「マリオス」、「ベルフ山岸」、「梨木町」など、盛岡に詳しくない人にはてんで見当がつかないが、盛岡に住んだことのある人なら誰でも分かる(らしい)スポット・ことばが頻出するのだ。つまり、外向けではなく内向け。これから盛岡に行こうという人、観光客に向けたものではなく、市内に住む人や、かつて市民だった人、盛岡に馴染みのある人たちに向けて投稿がされている。なんとも不可解だ。いったい狙いはなんなのか。どのような想いをもって運営されているのか。市の担当職員である佐藤俊治さんと、制作を請け負うクリエイティブディレクターの清水真介さんにお話を伺った。日常を映したいから、街いちばんのお祭りをあえて載せない――「盛岡という星で」のアカウントを拝見していちばん面白いなと思ったのが、この投稿でした。街いちばんのお祭り、しかも市が推しに推している「さんさ踊り」を「疲れるもの」として自治体運営のアカウントが発信していて、すごいなと。さんさ踊り当日の投稿。テキストには「エスケープゾーン」とある清水真介さん(以下、清水):一応さんさ踊りの画は撮っているんですけど、今年は敢えて触れないようにしてみました。ハレとケでいうと「ケ」。日常を映そうというのが「盛岡という星で」のコンセプトなので、ネガティブなことも入れるようにしています。お祭りもあれば死だってあるし、恋もあれば別れもある。その方がリアルな暮らしが見えてくると思ってネガティブなものも隠さず表現しようと試みてます。行政がやるインスタグラムってとにかくポジティブなものが多いんですけど、暮らしってそれだけではないので。デザイン事務所 homesickdesign 代表の清水真介さん「盛岡という星で」ではクリエイティブディレクターとして、プロジェクト全体のデザインやコピーライティングなどに携わる。(写真撮影/菅原茉莉)佐藤俊治さん(以下、佐藤):さんさ踊りを正面から取り上げることはないだろうなと思ってましたが……投稿を見たら、案の定でしたねえ(笑)。――更新されてから知ったんですか?佐藤:行政の言葉や表現では届かなかった情報があって、それを伝えてもらうためにお願いしているわけなので。わたしたちがあれこれ口を出して、感性を損なってしまっては意味がありませんし、投稿のタイミングなどもあるため、そういった形でお願いしています。清水さん自身が盛岡にずっとお住まいだっていうこともあって、何にどう触れるとよくないか把握してくださってるんですよね。投稿内容で気になるときには事前に確認の連絡がありますし、安心してお願いしています。盛岡市都市戦略室の佐藤俊治さん。「盛岡という星で」では、市の事業担当者として、プロジェクト全体のディレクションに携わる(写真撮影/菅原茉莉)盛岡のことを想うきっかけをつくりたい。「盛岡という星で」がはじまるまで――そもそもどうして、観光情報などではなく「日常」を発信していく「盛岡という星で」がはじまったのでしょうか?清水:市から「関係人口(※)を増やしてください」というお題で公募があって、そこにぼくらが持って行ったのがこの図でした。※「『関係人口』とは、移住した『定住人口』でもなく、観光に来た『交流人口』でもない、地域や地域の人々と多様に関わる者」総務省発行「関係人口の創出に向けて」資料より清水さんが盛岡市に提案した資料(写真撮影/菅原茉莉)普通はこういうとき「関係人口づくり、俺たちがやってみせるぜ!」って提案をするんですけど、うちは「関係人口? いきなりは無理です。もっと手前を目指します」としか言いませんでした。佐藤:市としては盛岡に関わる人が増えるという関係人口創出そのものをやってほしいっていうオーダーだったので、清水さんの提案は衝撃的でした。普通の人が、思い通りに関係人口になって、そして移住、って、そんな単純なものじゃないでしょと言われて。清水:もっとグラデーションがあると考えたんです。まずは0から1。インスタグラムを定期的に更新することで、かつて盛岡に住んでいた人や、一度来たことのある人が、ほんの少しでも盛岡のことを想うことが大事なんじゃないかと。佐藤:それが、友だちと盛岡の話をするとか旧友・家族に連絡を取るとか、そういうささやかな行動につながっていく。それこそが、この図の段階を上がっていく、関係人口を増やす下地になるんだと、その考え方がすごくしっくりきました。イベントの目的や雰囲気のベースにもなっています。東京で行われたイベントの告知も、移住を促すような内容ではない――短期で成果が出るわけではないし、手法も特殊なこの案、佐藤さんがいいと思っても市役所内で説明するのが大変だったのでは?清水:大変だったと思います(笑)。佐藤:清水さんの提案も外部の審査員が入った公募で選ばれていますし、幸いにして理解ある組織や上司に恵まれていたので、言うほどの苦労はなかったです。今日もこうして、立ち会ってくれていますし。取材中ずっと笑顔の盛岡市都市戦略室 室長 高橋宏英さん。「盛岡という星で」では、プロジェクトの責任者(写真撮影/菅原茉莉)――佐藤さん、ぜんぜん顔色うかがってらっしゃらないですもんね。信頼関係を感じます。佐藤:あんまり気にしないのも部下としてどうかと思いますけどね(笑)できれば盛岡と「1枚目の名刺」で関わってもらいたい――いま、「盛岡という星で」のインスタグラムを見て盛岡のことを想う人が少しずつ増えていると思います。この気持ちを、どう育てていく予定ですか?佐藤:清水さんの図でいう第一段階「盛岡を考える人を増やす」にもっと時間がかかると思ったんですけど、デザインのよさもあって、スムーズに進みました。鉄は熱いうちに……といきたいところですが、急に「さあさあ! 盛岡いかがですか!?」となると、「やっぱり移住しないとダメなの……」となる気がしていて(笑)。清水:インスタグラムであるかはともかくSNSの投稿は、このまま続けていくのが大事だと思っています。「若い人たち」に向けてやっていますが、3年経てば高校生は大学生に、大学生は社会人になり、ごそっと入れ替わってしまいます。盛岡への気持ちを0から1にするこの活動を停めてしまうと、いずれ「関係人口」になってくれるかもしれない人の供給源が断たれてしまうので。(写真撮影/菅原茉莉)佐藤:継続は前提とした上で次の段階、実際にどう盛岡と関わってもらうかが課題ですね。今、各地域で進められている「関係人口」の取組はすごくキレイなんです。東京をはじめとした都市圏には、ボランティアでもいいから地方に関わりたい、地元に貢献したいって人がたくさんいるとされてるんですけど、ハードルが高いかなと思ってて。だってみんな忙しいじゃないですか。ほかのプロジェクトメンバーと話してて、ボランティアや副業、いわゆる「2枚目の名刺」じゃなくて、本業としてガッツリと「1枚目の名刺」で関わってもらうのが近道なのではないかと。本業なら新たに時間をつくらなくても、既存の時間で置き換えることも可能ですし。ありがたいことに、どこか地方と何かやるなら盛岡がいいと言ってくださる方もいらっしゃるので。そういう人たちと実際に仕事をして、関係を深めていって、その先でもし気に入ったら盛岡どうですかと。インスタグラムでつながっている若い人たちとも、いずれそういう形でつながっていけたらいいなと思います。――盛岡市のその「受け身」の姿勢が、心地よく感じる方も多いのではないかと思います。清水:佐藤さんはじめ、盛岡の人たちはほんとうに盛岡が好きで自信があるので、押しつけないんですよ。盛岡を選ぶか選ばないかは、その人の判断なのでどっちでもいいとおっしゃいます。佐藤:関わってもらったうえで、やっぱりダメな街だとおっしゃるなら、それはそれでわたしたちが考えて改善していけばいいですから。けれど、後で良さに気付いて「盛岡がよかったな」っていうのだけは避けたいんですよね。東京からどこかに移住された方があとで知ってそう言われるのもイヤだし、盛岡出身の方が長い間離れ過ぎたがために「本当は戻りたかった」とおっしゃるのも悲しい。18歳で盛岡を出て、何も接点がないまま40歳超えてから戻るっていうのは、やっぱり難しいんです。20代、30代の間に、戻らなくてもいいから接点をつくっておくことが大事で。そのきっかけのひとつとして、「盛岡という星で」が機能するといいなと思います。(写真撮影/菅原茉莉)取材の翌日、「よ市」へと出かけた。4月~11月の毎週土曜日の午後に開催される、盛岡市で40年以上続くマーケットイベントだ。よ市の「よ」は「余」、つまり「あまりもの」という意味だそうだが、とんでもない。盛岡市のクラフトビールメーカーであるベアレンビールの生中が300円で飲めて、三陸の海でぶくぶくと太った牡蠣が100円で食べられる。幅20M、全長400Mほどの道路が、そんな市内の商店による屋台(いわゆる「テキ屋」はひとつもない)で埋め尽くされるのだ。自転車で小学生、市内の美大に通う若者、白髪で入れ歯の老紳士。市民たちは約束するでもなくこのマーケットに集まり、それぞれ食べたいものを買い、めいめい輪になって宴会がはじまる。筆者には、盛岡の豊かさが凝縮された風景のように見えた。よ市に象徴されるこの「余裕」がこの街の自信の源であり、「盛岡という星で」のちょうどいい距離感の理由なのかもしれない。(今井雄紀(ツドイ))
2019.10.10 08:00
SUUMOジャーナル
言葉の解釈から例文までさまざまな辞典
「個性派辞典」が大ブーム、SNS隆盛の今の時代にマッチ
 分厚くて、重くて、堅苦しい──そんな従来の辞典が持つ常識を大きく覆す新手が登場し、注目を浴びている。とりあげる分野はニッチで語彙も少なめだが、そこに記された言葉から広がるインスピレーションは果てしない。薄くてお手軽な1冊を、この秋、読んでみる?《【かわいい】主に若い女子によって「これをかわいいって言う私ってかわいいでしょ」と周囲にアピールするために使われる言葉。対象が実際にかわいいかどうかは定かではない》 アンブローズ・ビアス『新編 悪魔の辞典』(岩波文庫)から着想を得たという『悪魔の辞典』。この辞典における【かわいい】の定義は、ブラックきわまりない。一方、『ロマンスの辞典』(ともに遊泳舎)の定義は《【かわいい】君のこと》ときた。なんともキザである。 今、斬新な切り口の“個性派辞典”が脚光を浴びている。『ことば選び実用辞典』(学研プラス)を発端とする「ことば選び辞典シリーズ」は、2019年9月9日時点で累計75万部を突破。このほか、書店にはずらりと多種多様な辞典が並んでいる。なぜ今、個性派辞典がうけているのか。 これまで計16種の辞典類を編集してきたカリスマ辞典編集者の神永曉さんは、「数年おきに日本語ブームが到来している」と話す。 確かに、1999年には大野晋さんの『日本語練習帳』(岩波新書)が、2001年には齋藤孝さんの『声に出して読みたい日本語』(草思社)がベストセラーとなった。「辞典という形態そのものが今の時代に合っている」と語るのは、遊泳舎代表・中村徹さんだ。「辞典の特性は、言葉の意味を簡潔に説明していて、頭から順番に読んでいく必要がないところ。長文が得意でない人が増える中、短くまとまっていて、どこから読んでもいい辞典というものは、今向きといえます」 長文が嫌われ、短文がうける理由の1つに、SNSの発展がある。紀伊國屋書店新宿本店(東京・新宿)の辞典売り場を担当する米山さんは、これこそが、個性派辞典のブームに直結していると考えている。「SNSで“言葉”を発信する人が増えました。表現がかぶるのを避けたがる発信者は、自分ならではの言葉を持とうとする。そこで、目新しい言葉や類語を扱う辞典が重宝されているのではないでしょうか」 SNS上でのバズりがヒットにつながった『感情ことば選び辞典』(学研プラス)の帯には“気持ちを言語化できずじたばたするあなたに!”というメッセージが添えられている。例えば、「愛」。自分の思うニュアンスの「愛」が、伝わらないこともある。この辞典を使えば、しっくりくる表現を探せるというわけだ。ちなみにこの辞典で愛のバリエーションは、熟語だけで33種におよぶ。◆辞典好きの日本人 その始まりは平安時代「そもそも日本人には言葉を大切にする国民性がある」と神永さんは言う。「辞典の原型は平安時代から存在します。今あるような近代国語辞典のはしりは、国語学者の大槻文彦さんが明治時代に編纂した『言海』。その頃、難しい漢語だけを並べた辞典も登場しています。 大正時代になると、新語辞典、隠語辞典なども作られました。前者は、現代における『イミダス』のように、新しい言葉がわからない人向けの辞典です。後者は、泥棒やテキ屋が使っている言葉を集めたもので、編纂者は当時の警察や警察OB。捕まえた人がどういう輩なのか把握するために作られたようです」(神永さん) 意外にも、時代に合わせて脈々と続いてきた個性派辞典の歴史。現代ではどのようなものが売れているのだろう。「売れ筋商品に共通する特徴は“薄い&安い”です。その中でも、もともと表現者向けの『ことば選び実用辞典』は幅広いお客様にうけています。方言の辞典も人気で、特に関西弁とアイヌ語の売れ行きがいいです。また、今年発売されたばかりのエッジの効いた『妄想国語辞典』(扶桑社)は、一時品切れになるほど爆発的に売れました」(米山さん)『妄想~』では《[極めて遺憾]を【意味】なんの解決にもなっていないこと》など、世相を反映した皮肉たっぷりの語釈が躍る。 また、『美しい日本語の辞典』(小学館)は発売から13年たつが、現在も根強い人気があるという。そこには「星霜」や「顔に紅葉を散らす」など、味わい深い日本語が並ぶほか、朽葉色や鴇色など、日本独自の色彩見本帳、雨、風、雲、雪、空といった自然現象の表現がまとめられており、評価が高い。 米山さんの一押しは『トラウマ類語辞典』(フィルムアート社)。「失敗や間違いによるトラウマ、社会の不正や人生の苦難によるトラウマなど、トラウマの状況が分野別で大量に記述されているのが面白い。本棚に置いた時に映える装丁もいい」(米山さん) マルノウチリーディングスタイル(東京・千代田)の書籍スーパーバイザー・柳下博幸さんは、遊泳舎の辞典シリーズにハマったという。「フレーズやニュアンスから未知の言葉に出合えるのが魅力。装丁も凝っていて、入荷直後から若い女性に人気がある。ギフト用に購入するかたも多いですね」(柳下さん) 出版元には、クリエーターから「創作意欲が刺激された」というメッセージが届いたり、中学校、高校の図書館から注文が入ったりしているそうだ。◆個性派辞典のアイディアは正統派辞典の編集中に こうしてみると、時代が個性派辞典を求めたともいえるが、作り手側からすると「作りたいから作った、に尽きる」と言う。「私たち辞典編集者はオーソドックスな辞典を編集する時、7万語を“あ”から“ん”まで何回も読みます。すると、言葉の美しさや日本語の奥深さにはっとさせられ、心に引っかかるものが絶対に出てくるんです。その言葉単体は、分厚い辞典の中にあると目立たない。だから、光を当てて輝かせてあげたくて。つまりは、オーソドックスな辞典を編集していると、ついつい個性派辞典を作りたくなってしまうんです」(神永さん) 無数の言葉から、どの言葉を引き出して、どう編集するか。個性派辞典こそ、辞典編集者としての力量が問われるという。「分厚い辞典から独立した、詳しくて“読んで楽しい”辞典を作りたいと常々考えてきました。だから、私が手がけた『美しい日本語の辞典』を読んだ小学6年生が、読書感想文コンクールで賞を取った時(2007年)は本当に感激でした」(神永さん) その小学生も今はもう20代。個性派辞典を片手に活躍する個性派作家らが現れる時代は、そう遠くなさそうだ。※女性セブン2019年9月26日・10月3日号
2019.09.16 16:00
女性セブン
朝日新聞編集委員が辿る“裏昭和史”【香山リカ氏書評】
朝日新聞編集委員が辿る“裏昭和史”【香山リカ氏書評】
【書評】『裏昭和史探検 風俗、未確認生物、UFO…』/小泉信一・著/朝日新聞出版/1300円+税【評者】香山リカ(精神科医) ストリップ劇場、ロマンポルノ、ビニール本、のぞき部屋に愛人バンク。昭和生まれの男性ならどこかで目にしたり、あるいはそっと触れたこともある性風俗文化の数々も、いまはすっかり消えてしまった。 いや、性に対する興味がなくなったわけでは決してないとは思うが、いまはネットをのぞけば無料でリアルな動画が見られたり、出会い系アプリで恋愛相手が見つかったりする時代なのだ。また一方で世の中の規範意識も変わり、セクハラや性の搾取につながりやすい性風俗産業は急激に消えつつある。 それが時代の流れなのだと言えばそれまでだが、「いやちょっと待って。往時をなつかしむくらいはいいだろう」というオジサンたちも今や少数派ながら生息している。本書の著者もそのひとり。しかも、朝日新聞大衆文化担当編集委員という肩書で、仕事として消えゆく昭和の大衆史を追っているというのだから驚きだ。 私自身は女性だが、ケレン味たっぷりのテキ屋やエロスと笑いが入り混じるピンク看板の写真などどれも興味深くながめた。そして、おおっぴらには性が抑圧されているからこそ、それを求めようとする人と商売にしようとする人との飽くなき欲望に圧倒された。 ただ、そのあとの感じ方には若干の男女差があるようだ。文末、著者と末井昭氏の対談でふたりは「(対象となる女性に)無理やりというのはまったくなかった」「たぶん昭和のエロは愛があった」と意気投合しているが、それには「ホントかな?」と疑問を持つ。夜の風俗で働く女性たちの中には、高いプロ意識を持ちながらも暴力や蔑視で泣いた人もいるだろう。 いやいや、こういう読み方をすることじたい野暮であり、ここはただこのアヤシくも人間くさいこのウラ文化にあたたかい視線を送ればよいのかもしれない。そして世の女性たちには、夫が本書を買って家に持ち帰っても決して怒らないであげてほしい、ともお願いしたいのである。※週刊ポスト2019年5月17・24日号『裏昭和史探検』風俗、未確認生物、UFO・・・
2019.05.17 16:00
週刊ポスト
カワウソが大人気、今や密輸するヤクザの資金源に
カワウソが大人気、今や密輸するヤクザの資金源に
 最近になって相次ぐ「暴力団の新たな資金源」に関するニュースに接するたび、驚かされる。いったい彼らはどのようにしてさまざまなサイドビジネスに手を伸ばしているのか。「ヤクザ取材」のエキスパート溝口敦氏(ジャーナリスト)と、同じくヤクザ取材のエキスパートで著書『サカナとヤクザ』が話題の鈴木智彦氏(フリーライター)が明かす──。◆仮想通貨で40億円鈴木:「暴力団の資金源」という言葉は、警察がシノギを潰すのに都合のいい言葉なんです。テキ屋は古くからヤクザのシノギでしたが、先日、代々木公園で屋台を出す7店舗が極東会のものだと警視庁が報告し、都が出店許可を取り消す方針と報じられました。溝口:三代目山口組の田岡一雄組長は、組員たちに「正業を持て」と繰り返しました。正業とは、飲食店なり風俗店なり建設会社なり、一般人が営むような仕事のことで、かつてはヤクザが正業を持つことが許されていた。ところが、暴排条例によって、正業を持つことすら許されなくなった。鈴木:先日、身元を隠して郵便局でバイトしていたヤクザが、報酬を騙し取ったという詐欺容疑で逮捕されましたが、普通に働くこと自体がダメってことなんですよね、もはや。溝口:だから、規制の網を縫ってバレないようにやるしかない。最近、ネット通販が拡大して宅配業務が追いつかないということで、政府が白ナンバーの宅配を一部認めるようになったんだけど、あれにもヤクザが入り込んでいるし、今後流行りそうな予感がします。鈴木:こんなものがシノギに、っていうのが今後はますます増えそうです。俺が取材していたウナギやナマコの密漁もそうですが、最近ではカワウソがペットとして人気で、東南アジアから密輸することがシノギになっているらしいですからね。溝口:ヤクザは“誰でも獲っていいよ”というものを獲るわけではなく、絶滅危惧種のような希少価値のものを獲って、より多額を稼ぐ。公共性の考えが飛ぶわけです。鈴木:皮肉なことに、警察がヤクザを取り締まることで、シノギがより地下に潜って、見えなくなってしまったわけです。個人でやっていた会社を親族がやったり仲のいいカタギがやったり。実質的には暴力団の企業でも、登記を調べても出てこない。ますます実態が分からなくなってしまった。溝口:仮想通貨なんかが典型で、警察が手を突っ込みにくい事業はやりやすい。ビットコインに続いてリップルやNEMといった仮想通貨が暴落しましたが、取引所を経由しない「相対取引」などで破綻を防いだ反社がいる。鈴木:この前、仮想通貨を使ってヤクザたちから40億円を集めてトンズラしようとしたやつが、追っかけられる現場を取材したんですよ。面白いのは、その取り立てをやるのがヤクザと繋がっている半グレの不良連中なんですよね。昔なら絶対ヤクザが取り立てていたのに、今はどんな理由であれ「暴力団が悪い」となって逮捕されてしまうから。溝口:半グレを「準暴力団」に警察が指定したといったって、実際の扱いは全然違う。ヤクザがやったらダメなことも、彼らなら問題にならない。ただ、反社グループのなかで一番偉いのはやっぱりヤクザなんですよ。半グレだろうと総会屋だろうと右翼だろうと、ヒエラルキーのトップは絶対にヤクザ、これは変わらない。【PROFILE】◆鈴木智彦(フリーライター)すずき・ともひこ/1966年北海道札幌生まれ。『実話時代』の編集を経てフリーへ。『サカナとヤクザ』(小学館)が話題に。最新刊は『昭和のヤバいヤクザ』(講談社+α文庫)。◆溝口敦(ジャーナリスト)みぞぐち・あつし/1942年東京浅草生まれ。早稲田大学政経学部卒。『食肉の帝王』で講談社ノンフィクション賞を受賞。『暴力団』『続・暴力団』(ともに新潮社)、『山口組三国志 織田絆誠という男』(講談社+α文庫)など著書多数。※週刊ポスト2019年2月15・22日号
2019.02.11 16:00
週刊ポスト
長年のヤクザ取材の経験から語りつくした溝口氏
溝口敦・鈴木智彦対談「粉もの・水・サカナとヤクザ」
 豊洲などの魚市場に密漁魚が出回り、それが暴力団の資金源になっている──話題書『サカナとヤクザ』でフリーライターの鈴木智彦氏は両者の知られざる関係に迫った。今から15年前、同じく食肉とヤクザの関係性を暴いたのがジャーナリスト・溝口敦氏の『食肉の帝王』である。私たちは“食べる”という行為で反社会勢力に協力しているのかもしれない──タブーに迫る特別対談。鈴木:面白いのは、漁業出身の組長は多いけど(*注)食肉業界出身の組長っていないんですよね。【*注:六代目山口組の司忍組長は大分水産高校を卒業した後、下関で大洋漁業の漁船に乗っていたという】溝口:それはヤクザになるより食肉業界にいたほうが儲かるからですよ。そういえば、米や野菜もヤクザが関与するとは聞かない。鈴木:農協の力が強すぎるからですかね。今は飲食店からのみかじめ料も取れなくなってますしね。溝口:商店主がヤクザをバカにしてますからね。一方で、いまだに変わらないのがテキ屋ですね。テキ屋をシノギにする小さな組だけでなく、テキ屋系でない大暴力団にも加入する者がいるなど、切っても切れない関係にある。鈴木:祭りのテキ屋には今でも組員がいるんだけど、警察がうるさいからとりあえず暴力団とは伏せている。俺たちが取材に行って「写真を撮りたいんですけど」って言うと、「僕らテキ屋ですから」って写ろうとしない。あくまで建前ですがね。 ヤクザとテキ屋の関係性をツッコまれて困るのは、警察も一緒です。警察は分かっていて、それでも「町の活気作りのためにテキ屋が必要だ」という意見に乗って排除していないわけだから。溝口:祭りに関して町の声で最も大きいのは、「町内会や自治会のおばさんがつくった焼きそばは食いたくない、テキ屋がつくるものとは味が違う」と。テキ屋が出ることによって祭りの雰囲気が出てくるとみんな思っている。 それと最近、焼きそばやたこ焼きとかを“粉もの”と言いますよね。あれはもともと、見てくれのわりに原価はものすごく安いということで、テキ屋用語の一種だったんじゃないか。それが今や一般的に使われるようになった。鈴木:確かにそうですね。あと原価が安いといえば、溝口さんが指摘してきた“山口組と水”の関係に触れないわけにはいかない。溝口:六代目山口組が、直系組長にミネラルウォーターを半ば強制的に買わせているんですよね。もともとは互助会的に刑務所に行っている組員の家族にカネを渡すためのものだったらしいけど。500ミリリットルで1ケース24本、1本あたり130円で売る。今ケース買いなら原価は1本30円程度ですから、とてつもない儲けになる。 買わされた二次団体も、それを転売したり傘下団体に売りつけたところで儲けが出るわけないから、事務所にどんどんケースが積み上がっていく。鈴木:よく見ましたよね、その光景。溝口:近所に配ったりしても余ってしまうそうです。鈴木:他にもコーヒーとか歯ブラシとか洗剤とか、日用品を買わせるのは結構あるんですよね。そのなかでもっとも原価率が低く利益が上がるのが水でしょうね。溝口:2015年8月の分裂前にはカネのある組は月に1000万円分くらい買っていた。上納金と別にですよ。山口組が分裂した背景には、このことへの反発もあったんです。 山口組の事務所に置かれる水とは違って、ヤクザが関与するサカナの密漁品は当たり前のように消費者の口に入っているわけですよね。鈴木:私は築地市場の仲卸業者で4か月働きましたが、そこの役員も「密漁アワビは築地で売られている」と認めていた。豊洲市場もそこは「業者に任せている」というだけで、結局市場ぐるみとしかいいようがない。溝口:ヤクザが密漁にかかわって、業者もそれに加担して、それが築地、今は豊洲を通じて流通する。一般消費者も結果的にヤクザ産業を支えている。しかもそれがなくては中央卸売市場が成り立たない規模だというのだから、驚きました。しかし、消費者の根底にあるのは、密漁品でも食べたら同じという感覚でしょう。鈴木:その通りだと思います。消費者がサカナを求め続ける限り、密漁もヤクザの関与もなくならないんです。※週刊ポスト2018年11月9日号
2018.11.04 16:00
週刊ポスト
クスリを止められないというのはウソ?
元組長、中国人犯罪の実態明かす「やつらとは組めない」
 警察の内部事情に詳しい人物が関係者の証言から得た、警官の日常や刑事の捜査活動などにおける驚くべき真実を明かすシリーズ。今回は、日本国内における中国人犯罪の実情を、元暴力団組長が明かす。 * * *「ゴミタメの中から金を拾う方法を探すんだよ。手口はどれもどんどん巧妙になっているし、次から次に新しいやり口が出てくるから、頭を使わないとダメだね。考えないヤツはどの世界でも使えねぇってことだ。その点、外国のやつらは目ざとくて悪いヤツも多いからね」 前回、祭りのテキ屋の屋台が国際化している理由について、元暴力団組長から聞いた話をお伝えした。外国人の増加に伴い、彼らのおかれた環境も変化していると耳にしていたので、その場で外国人犯罪との関係についても突っ込んで聞いてみた。「マリフアナとかコカインを南米から持ってきていたのは、数年前までは全部、中国人だ。やつら、キャリーバッグで普通に2~3キロは持ってきてたね」 オフホワイトのリネンシャツにストレートジーンズとシンプルな服装だが、そこは元組長で、腕にはダイヤ入りの超高級腕時計、小指には大きなダイヤ入りの指輪が光る。両手にはきちんと小指が揃っているのだから、大きなドジは踏んでこなかったのだろう。一見しただけではスジ者とはわからないが、顔付きや醸し出す雰囲気は到底、堅気には見えない。「今現在は?」と聞くと、隣に座る若い衆の目がこちらをギロッと睨んだ。元組長も口の端をちょっと上げたが、過去の手口ならと話してくれた。「昔のレコード盤があるだろう。LPのアナログ盤。あのアルバムのジャケットの両面に50グラムずつ、コカインを薄く薄く伸ばして入れて、赤外線を通さないシートを貼り、きれいにテーピング。その上にセロハンみたいなものを貼って、アルバムのジャケットをピタッと貼る。これで出来上がり。レコードを入れれば、普通にDJが使うレコードと同じさ。1枚につき、100グラムのコカイン入りだからね。香港のやつらがベネズエラから持ってきていた。30枚持ってくれば3キロだから、大変な稼ぎになる」 今はもうこの手口は使えないという。警察に摘発されたのだろう。「クスリは今や中国か北朝鮮。いや、北朝鮮より中国のほうが多くなってきたかな。何百キロ単位でゴミ袋に入れてGPSを付け、中国の港から船で沖に出て、この辺あたりかと睨んで投げ入れるのさ。潮の流れを読むんだが、たまに違う港に着いてしまうこともある。回収は警察にわかるように、大がかりに3艘ぐらい船を出してそのゴミ袋を引き上げるんだ。警察に対する囮だよ。中身は別物さ。本物は全く違うGPSを付け、別の船が回収に行く。国内に持ち込めれば、捌くルートはすでにできているからね」「捌くルートとは?」という問いに、元組長は顎をスルリとなでた。「テレビで見たことあるだろう? 路上の車で売買しているシーン。あれだよ、あれ。路上よりエレベーターの中のほうが取引しやすいけどね。防犯カメラさえクリアしてしまえば、エレベーターは密室だからさ」 確かにエレベーターの中なら、防犯カメラの死角も探しやすいのだろう。 では、そんな中国人と仕事することが多くなったのかと質問すると、元組長はのけぞって笑い出し、若い衆も「そりゃ、ないない」と顔の前で手を振って否定した。「やつらと一緒に仕事をするって感覚はないね。ヤクザというと警察にすぐ捕まるから、ダミーとして中国人を使うことはある。残留孤児や日本に帰化している連中でも、中国のパスポートを持ったままのやつがいるからね。ヤバくなればすぐに逃げ帰るのさ。やつらは一度もらったものを返しはしないからね。偽造するやつもいるが、偽造も難しくない」 若い衆も、「中国ならわざわざ偽造しなくても、役所や役人が金をもらって、所定の紙やカードを使ってきちんと作るんだ。書いてあることは嘘だけど、あれを偽造というのかねぇ。日本はきちんとした偽造だよ」 そう言って胸を張るのが、妙におかしい。そして、こう続けた。「自分らの間でも、今は中国人をヤバイ仕事で使うということはない。一時期は人殺しを金で…というのもあったけど、今は聞かないっすね」 怒羅権(ドラゴン)や関東連合といった半グレ集団が世間を騒がせていた頃、20万~30万円で殺しをやる中国人がいるという噂を聞いたことがあるが、確かに最近では聞かなくなった。 元組長は言う。「喫茶店なんかで中国人を呼んで、ちょっと人を殺せるヤツを連れてきてって言えば、やつらは適当なヤツを連れてくる。金に困っているヤツをさ。拳銃はこっちで用意するから、ここにいって3発撃ってきてと言えば、バンバンバン。翌日、成田で金を渡して、それでチケットを買って、国に帰っちゃえば犯人はわからない。 オレたちから誰も逮捕されないのがベストで、やったのがオレたちだと相手にわかればいいんだよ。ただ中国人ってやつは捕まった場合、罪を逃れようとぺらぺらしゃべるんだ。それで捕まった者もいる。だから今は誰も頼まない」 だが、こんな話を耳にしたこともある。「密入国で入れた中国人にやらせて、仕事が終わればそのまま殺す。密入国者なら、日本に足跡は残っていない」…と。どれが真実かはわからない。「まあ、ヤクザと中国人マフィアが組んで仕事をすることはほとんどないね。振り込め詐欺的な集団でも、中国人が頭なら幹部連も中国人。ヤクザが頭なら幹部連も日本人。使われているのが日本人だったり中国人だったり、そんなところだ」 ヤクザにはルールがたくさんある。それを破れば破門になり、破門となれば誰も見向きもしない。半端者に枠をはめているのがヤクザだが、中国人には枠組みも縛りもない。だから何でもアリで、コントロールできないやつらとは組めない、というのが元組長の言い分だ。「何でも金、金、金のやつらとは無理。やつら、簡単に手のひらを返すし、裏切るからね。ヤクザは信用、信頼が第一なんでね」
2018.09.07 16:00
NEWSポストセブン
元組長が明かす、祭りのテキ屋屋台が国際化している理由
元組長が明かす、祭りのテキ屋屋台が国際化している理由
 警察の内部事情に詳しい人物が関係者の証言から得た、警官の日常や刑事の捜査活動などにおける驚くべき真実を明かすシリーズ。今回は、お祭りの屋台が国際色豊かになってきている背景を、元暴力団組長の話から解き明かす。 * * * ここ数年、夏祭りの景色が変化していることに気付いてはいた。立ち並ぶ屋台が国際色豊かになってきているのだ。プルコギ、チャプチェ、チヂミにホットク、大連餃子に焼小龍包、トルコアイスにケバブ…。外国人観光客の増加に伴ってということかと思っていたら、その内情はどうやら違うらしい。「暴排条例が日本の文化を損ねているんだよ」 追われる側の話も聞こうと、焼き肉を食べながら今は引退している元暴力団組長に取材している最中、こんな言葉が元組長の口から飛び出てきた。興味があるので、それはどういうことなのか?と突っ込んで聞いてみた。「それは屋台、テキ屋のことだよ」 暴力団排除条例の施行で、そのスジのテキ屋組織では解散するところも出たが、多くのテキ屋は暴力団とは関係がないはずだ。 元組長の隣で、若い衆がカルビを焼き始めた。ジューッという音とともに肉の焼けるいい香りが鼻をくすぐる。部屋はもちろん個室だ。「テキ屋もテキ屋組織として昔からの名前があるんだけど、暴力団が強い時期に、いじめられたり脅かされたりするのが嫌で、こっちに入ってきたのがけっこういてね。そうすると、警察からは暴力団組員と認定されてしまう。指がないとか入れ墨を入れるとか、前科があるとなると、テキ屋として商売をするための道路許可証は取れないんだ」 暴排条例以前は、元組長の組織もテキ屋を稼業の1つとしてやっていたという。今はもう手を引いたのかと聞いてみると、意味あり気に口の端を上げて笑った。若い衆は知らんぷりだ。「神社内のことは神社が決めるんだが、神社外の敷地は自治会が関係するし、道路が引っかかってくると、警察の道路許可証と営業許可が必要になる。提出書類は指定があって、住民票と写真、過去5年間に犯罪歴がないかどうかの証明書が必要だ。これは警察で取ってくる。犯罪歴があれば許可は下りないし、暴力団組員と認定されていれば許可証は取れない。今では身内が取るのも難しいね」 いい加減に焼けたカルビを、若い衆が元組長の皿にのせていく。たっぷりとタレをつけた肉を、うまそうにほお張る元組長。「さて、そこでどうするかだ」 ウーロン茶を一口飲むと、手にしたグラスをテーブルに置いた。グラスの中の氷がカチンと鳴った。元組長は酒を飲まない。「テキ屋は間口三寸といってね。誰も許可証が取れないとなると、おのずとテキ屋の場所が余ってくる。余ったといって、普通の人がやれるかといえば、テキ屋は技術屋だからそう簡単にできるもんじゃない。綿菓子作るにも何年もやっていないと、あんなにきれいな綿菓子はできない。たこ焼きもそうだよな?」 そう言って、箸でキムチをつまみながら若い衆の顔をのぞき込む。「…ですね。素人の作ったたこ焼きなんて、あんなもん、まずくて食えたもんじゃないですよ」 すかさず頷いた若い衆だが、まずいたこ焼きを思い出したのか、吐き捨てるよう言って、焼いていたカルビを網にジュッと押さえつけた。 確かに先日、近所の夏祭りで買ったたこ焼きは1パック500円。6個しか入っていないのにタコはやたらと小さく、生地は生煮えで粉っぽく、まずいどころか食えない代物だった。だが別の屋台で買ったチヂミのほうは焼き加減も味も抜群だった。「ここで自分の出番だ。売上の2割は渡すから、その場所をよこせと話をつける。すると相手は、自分らはたこ焼き屋と焼きそば屋をやるから、それとかぶらないならと注文をつけてくる。そんなのはOK、いくらでもできる話だ。探せばいいんだから」 探せばいい? 名義を借りてテキ屋の場所を借り、代理人でも使ってやるという話なのか…?「先にやっているやつらと、かぶらないものをやらないといけない。でも技術のないものはできない。綿菓子はどれだけ少ないザラメで、どれだけ大きくてフワフワした綿菓子を作るかに技術がいるわけよ。だけど韓国人のおばちゃんをつかまえて、チャプチェ作って、プルコギ作ってといえばできちゃう。だから韓国人や中国人、インド人やトルコ人、外国人の屋台が増えるんだ」 元組長が自分の箸で網からカルビをつまみ上げようとすると、若い衆が慌ててトングで肉を挟んで皿にのせた。「外国人は自分たちみたいのから話をふられ、テキ屋をやって儲けるんだよ。もちろん、全部が全部そうではないよ。彼らは一般人で暴力団ではないからね。それにやつらは悪さはしない。俺たちが面倒を見ているからね」 元組長はサンチュの葉でカルビを巻くと、口の中に放り込んだ。 そういうからくりがあったのか…。では、テキ屋の儲けというのはどれくらいなのだろうか?「プルコギならコストコで1キロ400円の肉を買ってきて炒めて、1皿500円で売れば儲かりますよ」 若い衆が満面の笑顔を見せて答えてくれた。「5倍ですよ、5倍! こんなにボロい商売はありません」 実際に餃子、焼き肉、チヂミの屋台を出したというが、それがどこの祭りだったかは、ここでは明かせない。 そこですかさず元組長が口を挟む。「まあ残念なことに、そうやって日本の昔ながらの祭りの風景が壊されていくってことですよ」 あくまでこれは彼らの論理。壊されているのか、壊しているのか、立場が変われば見方も変わる。それでも、日本の昔ながらの祭りの風景を懐かしく大切に思う気持ちは皆同じだ。 徳島市では一方的に市を中心とする実行委員会が阿波踊りの総踊り中止を発表し、それに反発した踊り手団体が総踊りを決行、市長が遺憾の意を表明した。今や、あちこちで昔ながらの祭りの風景が変わっていく。
2018.08.21 07:00
NEWSポストセブン
DMM.com亀山会長 露天商から年商2000億円の経営術
DMM.com亀山会長 露天商から年商2000億円の経営術
 何をやっているか分からない。いや、分からないからこそ強いのだ。動画配信やFX、ロボット事業まで展開する「DMM.com」亀山敬司会長(55)に話を聞くと、そんな気になってくる。年商2000億円ながら一切素性を公開しない経営者。ノンフィクションライターの山川徹氏が、その異端マネジメントの真髄に迫る。 * * * 勢いを象徴する風景である。東京・恵比寿ガーデンプレイスタワーのDMM.com受付フロア。様々な人種の人たちがひっきりなしに出入りしていた。サラリーマン風の人に、パーカーにリュックといった学生らしい若者たち。アーティストっぽい出で立ちの女性も公務員のようなスーツ姿のグループもいる。なかには杖をついた高齢者もいた。 人種と書いたのは比喩じゃない。ソファで順番を待つのは白人の男女で、オフィスから出てきたのはダウンジャケットを着た黒人青年だった。 ガラス張りの会議室で会長の亀山敬司は、拍子抜けするほど肩の力が抜けた口ぶりで、飾らずに語った。「昔は人前で語るのがイヤだったんです。語るぐらいならやってみろと思っていたから。でも、いろんな事業で目立ちはじめると『DMMはやくざだ』とか根拠がないことを書かれるし、若い連中が悔しいから説明してくださいよと言うし。それで、しゃべるだけなら、とメディアなどに出はじめたのが2、3年前かな」 亀山は謎の経営者と呼ばれる。いまもメディアに顔をさらしていない。有名タレントを起用したCMなどでDMM.comの知名度はうなぎ登りだが、創業者である亀山については一般的にはまだあまり知られていない。 謎が憶測を呼ぶのか。検索エンジンに〈亀山敬司〉と入力すると〈年収〉〈顔〉などという関連キーワードとともに〈やくざ〉〈山口組〉〈北朝鮮〉という不穏な単語が根拠なく並ぶ。DMM.comの躍進と亀山の歩みを合わせて知れば、そんな邪推をしたくなる気持ちも分かる気がする。 亀山は1961年、石川県加賀市で生まれた。19歳ではじめた露天商を皮切りに、石川県でのレンタルビデオ店の経営、アダルトビデオ販売を経て、インターネットでの動画配信などをはじめる。その後、手がけたFX事業では口座数業界1位にまで上り詰める。さらにオンラインゲーム開発、英会話、3Dプリンターを使った物作りや太陽光発電事業、水族館事業などを幅広く手がける。そしていまグループ全体の売上高は2000億円に達する。 なんでも取り入れてしまう器の大きさに、無節操さを感じてしまう人も多いのではないか。しかしだからといってビジネスが成功するわけでは、もちろんない。亀山は言う。「子どものころから家の商売を手伝っていたせいか、お金が欲しいというよりも、稼ぐことに面白さを感じていた。だから露天だろうが、アダルトだろうが、太陽光だろうがなんでもいいと思っているところはあるかもしれない」──実家はどんな商売を?「呉服屋やカメラ屋、うどん屋、海の家、そしてキャバレー。いろいろやってましたね。一滴も酒が飲めないオヤジがキャバレーやっていたわけだから、ビジネスに対してこだわりがなかったんだろうね。商売をやりたいと思ったのはオヤジの影響が大きいかな」 農家出身の亀山の母は、呉服屋に嫁にきたはずが、いつの間にかキャバレーのママにおさまっていた。「オレは『母ちゃん』って呼んでいたけど、周りは『ママ』でしたね。子どものころは住み込みで働く訳ありの女の子たちにかわいがられていました」 高校を卒業した亀山は、税理士を志して上京。大原簿記専門学校に入学するが、教師に「これから税理士は儲からないよ」と言われて中退する。居酒屋やホストクラブでアルバイトをしていた時期に六本木で露天商の女性と出会った。御徒町で鎖や皮を仕入れてアクセサリーを作り、原宿や代々木で売りはじめた。初日の売り上げは1000円だった。「専門学校を辞めたのは勢いで、露天商をはじめたのは成りゆきだった」と振り返る。露店を出して警察に怒られたり、やくざに「誰に断ってやってんだ」と凄まれたりもしたが、そのたびに新たな場所で店を出した。稼げると分かると仙台の七夕祭りや青森のねぶた祭りなどにも遠征した。「寅さんみたいなもんです。当時は怖いものなしで、人通りが多い道があったら取りあえず露店を出しちゃえ、と。ゲリラのような感じでしたね」──ゲリラですか(笑)。「当時もテキ屋はあったんだけど、アクセサリー屋だけはそこに入らなくてもやらしてくれたんです。一番端っこにチョークとか引かれてスペースをもうけてね。資本と組織があれば王道の商売ができるけど、小さいのが生き残るためにはアイディアやオリジナル性が必要。真田丸じゃないけど、戦術で勝っていかないといけない」◆“エロ”は叩かれる 1980年代半ば、姉の妊娠を機に家業を手伝うため帰郷した亀山は、レンタルビデオ店を立ち上げる。店舗は順調に増えた。しかし『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を見た亀山は映画を電波で送れる時代の到来を予感して「ビデオ屋はダメになる」と、AV業界に参入する。神出鬼没のゲリラらしいエピソードだ。──すごい先見の明ですね。「でも、みんなが見ているものしか見てないですよ。映画とマンガ、あとは『NHKスペシャル』。これからは太陽光だとか、アフリカが熱いとか。偉い人たちが未来を教えてくれるんです。やらなきゃと思うでしょう」──それにしても、なぜアダルトに参入したんですか?「これからはコンテンツだと考えていたから映画を作りたかった。でも、映画は金がかかりすぎる。じゃあ、アダルトか、と。エロに思い入れがあるわけじゃなかったけど、売るための仕組み作りが面白かった」  仕組み作りとは、卸売業を通さない直販ルートの開拓や、レンタルされたジャンル、女優などのデータから2年後にどのタイトルでどれくらい稼げるかを予測するシステム開発である。これがAV界に革新をもたらした。 アダルトで貯えた資産を元手に、1998年に動画配信をスタート。そして2009年にはFX事業に乗り出す。以後の多様な事業展開は前述の通り。しかし最近、アダルト制作会社の株はすべて手放してしまったと語る。「名前が知られるようになるとそこが叩かれる。エロで稼いでいると面白く思わない人もいますから」 数年前、転職活動をしていた私の弟がDMM.comグループの採用試験を受けた。他社に内定をもらったこともあり、辞退したのだが、周囲からの反対も少なからずあったと言う。エロを売りにする企業なんていつまで続くのか分からない、と。 そのことを亀山に会って思い出した。エロで食うのは倫理的に許せないというのなら話は分かる。けれど、いつまで続くかという観点だけで見れば、形態を絶えず変え続けるDMM.comほど生き残り戦略に長けたベンチャー企業はないのではないか。さらに亀山の話を聞くうち、弟は惜しいチャンスを逃したなという思いが強くなった。──エロに厳しいのは世間ですか?「オレは世間からいろいろ言われるのを覚悟の上でアダルトを選んだわけです。当時は世間の偏見以上に稼がなきゃという気持ちでした。商売は続けていきたかったし、社員も食わせなければ、と思っていましたから」◆「アフリカに移り住めばいい」 2011年からはアイディアと行動力を持つ人間を業務委託的に雇って、資金と実働チームを託して働いてもらう「亀チョク」という仕組みを作った。「亀チョク」から実現したのが、オンライン英会話事業などだ。「実現した事業の3倍は失敗している」と亀山は語るが、チャンスがありそうな事業に資金を惜しみなく投じる姿勢の証左である。自社が得意とする事業分野に集中的に投資する「選択と集中」とは、真逆の経営戦略といえる。組織が大きくなっても“人通りが多い道があったら取りあえず露店を出す”ゲリラ的な商売は変わらない。「商売を続け、家族や社員を路頭に迷わせないためには、お金を貯め込まず、あるうちに新しいことをやった方が楽なんですよ。商売がダメになってから新しいことをはじめては遅い。レンタルビデオ屋にずっとこだわっていたら滅びるしかなかったはずですから」 DMM.comのゲーム開発の責任者はレンタルビデオ店を経営していた時期に店長だった人物だという。「努力してスキルを磨けば、レンタルビデオ屋もゲーム業界で生き残れるんです。インターネットだって、あと10年先どうなるか分からない。だから結果的に新たな商売を次々に手がける形態にならざるをえなかった。いまの業種がダメになっても、次の業種にみんなで移り住めばいいわけだから」──次の業種に移り住む、ですか。面白い表現ですね。次はどんな事業を?「昔は自分のことで手一杯だったけど、最近はゆとりができて社会的なことも考えるようになってきた。いま学校をはじめようと考えているんです」──学校ですか?「うん。たとえば、頭はいいんだけど家が貧乏で大学に行けないような連中を社員として雇って、うちの仕事をさせて給料を払いながらビジネスを教えるような仕組みを作るとか」──戦後、中卒の子を雇って夜間高校に通わせながら働かせる企業も多かったですね。「ただね、昔の日本では単純作業の効率性を高めるような教育だったわけでしょう。いや、いまもそうかもしれないけど……。効率性を高めてもロボットには敵わないし、作業の価格もどんどん安くなっている。会計士の仕事だって、パソコンやロボットにとって代わられていくんだから。必要なのは、自分で考える能力やビジネスの発想だと思うんですよ。それを教えるような学校ができれば、と」──「亀チョク」でアフリカ進出を目指すDMM.Africaという事業も進めているそうですね。「手を上げた社員にアフリカ行きのチケットと100万円をわたして、なんでもいいから稼げそうなビジネスを探してこい、と。はじめに渡航したのは、10人くらい。日本人なんて来ないから珍しがられて、大統領にまで会ったヤツもいるんですよ。 いまはルワンダとザンビアで、電子マネーのビジネスとアプリを使った農業支援事業が進んでいます。2017年から本格的にスタートできそうです。5年後くらいに芽が出れば、いまの業種がダメになってもアフリカに移り住めばいいから(笑)」 亀山は会長になったいまも2、3年に一度、1か月ほどの休暇を取ってバックパッカーとして海外を放浪する。南米大陸、インド、アフリカ大陸、内戦中のボスニアでは軍に拘束された経験もある。DMM.Africaもアフリカの勢いを肌で感じたから、生まれたアイディアである。──中国ではなかったんですね。「国や地域はどこでもよかったんですが、なるべく人が行かないところに行った方が面白いですからね」 DMM.Africaにはアフリカ人だけでなく、アメリカ人やフランス人、中国人も携わる。よく宗教や国際問題で言い争っているという。でも、それが面白い、と亀山は続ける。「日本は多様化しにくい社会だと思う。だったら会社のなかが多様化していけばいい。外国人だけじゃなくて、ゲイなどLGBTの人も含めていろんな人を会社に入れて『ああだ』『こうだ』とやっていきたい。いろんな価値観や考え方のなかから、面白いもの、新しいものが生まれてくれば、と」 これからDMM.comがどんな事業を展開するのか、まったく予想がつかない。それは、そうだ。次の行動がバレたらゲリラはやっていられない。だからDMM.comは面白いのだ。【PROFILE】19歳で露天商に師事し、様々な地域でアクセサリー販売を手掛ける。その後、24歳の時に家族が経営する飲食店を手伝って欲しいと請われ石川に帰郷。雀荘やバーなどの経営を経て、1980年代後半レンタルビデオ店を開業。その後、卸売を通さないDVDの販売ルートの確保や、販売時点情報管理(POS)の開発/無料配布により事業を拡大。インターネット黎明期であった1998年には他社に先駆けてネット配信事業(現DMM.com)を開始し、動画配信、通販、レンタル、オンラインゲーム、英会話、FX、ソーラーパネル、3Dプリンターと多岐にわたり事業を手がけ現在に至る。※SAPIO2017年2月号
2017.01.05 16:00
SAPIO
山口組分裂 対立暴発の舞台として危惧されるのが初詣の屋台
山口組分裂 対立暴発の舞台として危惧されるのが初詣の屋台
 ヤクザ社会の新年行事である12月13日の「事始め」。例年、「直参」と呼ばれる直系組長が勢揃いし、盛大な宴会が開かれる山口組の「事始め」だが、2015年は様相が違った。「分裂騒動の結果、72人いた直参が55人に減ってしまい、宴会も開かれなかった。離脱騒動のあったナンバー3、橋本弘文統括委員長の去就に注目が集まりましたが、これ以上の動揺を抑えるため、当面は人事を動かすことができない。 一方、同日に神戸山口組が開いた納会には、12月に山口組から移籍したばかりの古川組組長が姿を見せるなど、直参が20人集まった。数の上では山口組が優勢とは言え、勢いは神戸側にある。山口組は焦っているはずです」(警察関係者) そうした焦りが山口組を動かした。ジャーナリストの伊藤博敏氏が解説する。「分裂後しばらくは表立った動きを控えていた山口組が最近、『神戸山口組の切り崩し手法と実例』と題したマニュアルを内部で配り、『直参及び、その枝の組長は、この情報操作に踊らされることなく、(中略)動揺を防ぐ必要が早急に求められている』と呼びかけました。 情報戦で劣勢の現状を認め、反転攻勢に出るという決意の表われでしょう。上層部は当面、情報戦での巻き返しを図っているが、司忍組長の出身団体で、現山口組の主体となっている弘道会は相手のタマを取ることで勢力を伸ばしてきた組織。年明け以降、反転攻勢のタイミングで実力行使に出る組員が出る可能性はある」 本誌前号では、山口組関係者が、「刑務所に行かせてくれと懇願する組員はあちこちにいる。これ以上(神戸山口組の)好き勝手にはさせない」と不穏な言葉を口にした。両陣営の対立は、危険水域に達しつつある。その暴発の舞台として危惧されるのが、一般参拝客で賑わう「初詣」である。「警察がマークしているのは、神社やお寺に出る縁日の屋台です。暴力団と繋がっている一部のテキ屋の揉め事が抗争に発展する可能性がある。初詣の屋台は、地元ヤクザが仕切り、この区画は山口組系、この区画は住吉会系などと分かれていることが多い。が、今回の分裂で、山口組に割り当てられていた区画がややこしくなっている。 テキ屋をめぐる対立が末端ヤクザ同士の小競り合いになり、そこから本体同士の抗争に発展する流れを危惧し、警察は神社やお寺の警備を強化する方針です」(マル暴担当の社会部記者) 両陣営のなかには、小競り合いを口実に抗争に持ち込もうと考える過激派もいるという。当然、一般市民が集まる初詣の場で抗争が勃発すれば、かつての山一抗争や宅見組長殺害事件のように一般人が巻き込まれる事態は避けられない。年初から緊張感が漲っている。※週刊ポスト2016年1月1・8日号
2015.12.21 07:00
週刊ポスト
五輪対談「選手団ユニフォームにメイド服」と森永卓郎氏提案
五輪対談「選手団ユニフォームにメイド服」と森永卓郎氏提案
 IOCの調査によると五輪開催に賛成する都民は70%で、候補3都市のなかで最低。巨額の税金が投入され、都民の生活にも大きな影響を与えるイベントなので、賛否は当然だ。 そこで本誌は、ともに東京出身で前回の五輪を知る2人に登場願った。片や五輪開催に慎重な立場を取るコラムニストの小田嶋隆氏(56)。片や待望派の経済アナリスト森永卓郎氏(56)。2人のバトルやいかに。森永:当時、僕は目黒区の都営アパートに住んでいたんですけど、直前に東京から父の仕事の都合でアメリカに引っ越してしまったんです(苦笑)。だから予行演習は生で見たんですが、本番だけ見てない。小田嶋:僕が住んでいた北区は、東京といっても周縁部で、五輪を機にドラスティックな区画整理が進んだ。貧乏アパートの密集地域が一掃されて人が減りました。小学1年生の時、学年に150人いたのに、卒業時には100人いるかいないか。五輪のおかげで友達が減った(苦笑)。もちろん、いずれ開発は進むので五輪だけが理由じゃありませんが。森永:すごい盛り上がりだったなァ。記念切手が出たり、グリコのおまけに五輪のワッペンがついたり。 1964年の日本って、海外渡航が自由化された年。それまではいわば鎖国状態で、ほとんどの日本人は生で外国人を見たことがなかった。だから子供は、五輪を見に来た外国人を見たら駆け寄って、サインをもらってた。小田嶋:1970年の大阪万博の時でさえそうだった。僕、カナダ館の人にサインもらったもの(笑い)。森永:今回も五輪が東京にくれば、絶対に盛り上がると思うんです。日本人のマインドが明るくなる。それが、私が積極的に開催を支持する大きな理由です。小田嶋:とくに小中学生あたりまでの子供はすごく盛り上がるでしょうね。僕もあれほどのワクワク感を味わったのは、これまでの人生で東京五輪だけでした。 でも、その一方で、区画整理で追い出されたりとか、迷惑をこうむる人もいた。今回だって、割を食う人はいるはずなんですよ。森永:たしかに、全員がOKというわけにはいかないでしょうけど……。小田嶋:とくに僕が嫌なのは招致キャンペーンの雰囲気。2016年の招致活動の時は賛否の両論併記だったのに、とくに今年に入ってからは、メディアが総乗りで「招致バンザイ」をやっている。その気分の作り方が気持ち悪い。お祭りに反対するテキ屋がいないのと同じで、メディアは五輪がくれば儲かるから招致したいのは当然です。税金を使って招致・開催して、儲けは彼らが山分けする。そうした問題点を誰も指摘しないのはおかしい。 正直いえば、僕も心の底から五輪反対ってわけじゃないんだけど、誰も声を上げられない雰囲気だからあえて“反対派”をやっているんです。森永:なるほど。小田嶋さんが“あえて反対”というのはわかります。ただ、デフレでずっと暗くなっていた日本人のマインドが、ようやく明るくなりつつある。招致に失敗したら、またガクっと落ち込んでしまうかもしれない。 僕は、1964年の東京五輪が「日本が世界に出会う」ステージだったとしたら、今度の東京五輪は「日本の文化を世界に発信する」チャンスだと思う。今度の五輪を機に、日本のサブカルチャー、オタク文化を思い切り世界に売り出すべきだと。小田嶋:そういえば、森永さんは、五輪招致に成功したら、メイド服を着て応援すると公約しているとか。森永:そうなんです。僕のメイド服姿の「招致広告ポスター」を駅や街角に貼ってほしいっていってるんですけど、一緒に公約を出した吉田沙保里さんやテリー伊藤さんはポスターになってるのに、僕だけ外されちゃって(苦笑)。 たぶん、今度の五輪で一番盛り上がるのは秋葉原なんです。アキバ文化はアジアは席巻してるけど、欧米はまだ。五輪はその壁を一気にぶち破る起爆剤になると思う。いっそ、日本選手団の入場行進のユニフォームもメイド服にすればいい。小田嶋:ハハハ。メイド服は用意してあるんですか?森永:もちろん。もう準備万端ですよ。※週刊ポスト2013年9月13日号
2013.09.04 16:00
週刊ポスト
暴排条例で海外に拠点移す組織増えると山口組系企業舎弟証言
暴排条例で海外に拠点移す組織増えると山口組系企業舎弟証言
警察組織と暴力団のせめぎ合いは水面下で激化している。ジャーナリスト・伊藤博敏氏が、暴力団排除条例の全国施行から1か月が経とうとする中で暴力団はどのような対策を取ろうしているのか、その最前線を報告する。* * * 暴排条例は、暴力団社会を変質させる。なかでも、その影響をモロに受けるのは、縁日などの露天商、「テキ屋の世界」である。山口組系直系組織の小車誠会が、10月までに山口組を除籍となり、解散したことが明らかになった。テキ屋の最大手で、全国の様々な縁日に関与、仕切ってきた。暴排条例は、暴力団の影が少しでもチラつけば、露店を認めないというのだから存亡の危機であり、暴力団を離れるしかない。もちろん「偽装解散」の疑いは消えないわけだが、暴力団周辺者ではない露天商自身の意識が変わってきている。千葉県では、9月27日、「反社会的勢力との関係を一切、持たない」と宣言した露天商が集まって、千葉県街商協同組合を設立した。持ちつ持たれつの関係にあった暴力団だが、その存在が生活を脅かすとなれば、バー・クラブなどのサービス業や一般事業会社と同様、関係遮断の覚悟を決めねばならない。暴力団の敵は、国家権力を背景にした市民になった。「カタギの衆に迷惑をかけちゃいけない」という“不文律”がある限り、暴力団が市民と面と向かってぶつかり合うことはできない。まして、六代目山口組の篠田建市(通称・司忍)組長は、そうした“伝統”を大事にする気質だという。憂色は濃い。そうした気持ちの表われか、篠田組長は、『産経新聞』のインタビューに応じ、その内容が10月1日にウェブに掲載された。マスコミとの接触を禁じた山口組のトップが自ら語るなど極めて異例。そのやむにやまれぬ気持ちが、冒頭に凝縮されていた。〈異様な時代が来たと感じている。やくざといえども、われわれもこの国の住民であり、社会の一員。(中略)われわれにも親がいれば子供もいる、親戚もいる、幼なじみもいる。こうした人たちとお茶を飲んだり、歓談したりするというだけでも周辺者とみなされかねないというのは、やくざは人ではないということなのだろう〉まさにそうだ。住民サービスも行なわない。借家を追い出し、銀行口座を閉じ、とことん追い詰める。行き着く先は、改姓改名、正体を隠したうえでの「マフィア化」である。しかも銀行口座を開けないからビジネス活動ができず、もし“偽装”で口座を開いても、バレたら封鎖される。そのリスク回避のために、運用本部やビジネスの拠点を海外に置く事例が増えている。「山口組と“親戚関係”にある指定暴力団で、マカオに事業総本部を置いたところがあります。語学が達者で各国の税法、刑法、会社法などに強いのがいれば、海外進出はどうとでもなります。まして日本に新たな“ビジネスチャンス”はなく、中国と東南アジアがこれから伸びる。拠点を海外に移す組織が増えるでしょう」(山口組系企業舎弟)暴排条例の帰結が「暴力団の輸出」というのであれば、諸外国に予想外のハレーションを今後、広げることになるかもしれない。※SAPIO2011年11月16日号
2011.11.11 07:00
SAPIO

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