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水嶋ヒロ処女作を嘲笑する業界人 自分はまともと主張したい

【書評】『KAGEROU』(齋藤智裕著/ポプラ社/1470円)
評者:大塚英志(まんが原作者)

 * * *
 前にこの欄で、堀江貴文が小説って内面や情景描写は邪魔、会話と役に立つ情報があればいいと放言して、近代小説を「秒殺」してしまったことに触れたことがあったけれど、水嶋ヒロの小説はつまりはホリエモンの予見した小説だった。会話しかなく楽に読め、休業中の奥さんを髣髴させるキャラクターこそがファンが知りたい「情報」なのだろう。
 
 まあ、新人賞受賞が仮に仕込みだとしても、文壇に山ほどいる二世小説家が新人賞を受賞した時、全員が素性を一切伏せてガチの受賞だったなんて誰も信じていないし、タレントに小説を書かせ「文学」と言い繕う商法も普通すぎるだけなのに、水嶋ヒロが妙に叩かれるのは、つまり今の小説やら文学ってだいたいこんなもんでしょ、というあり方の典型を、無邪気に何の皮肉も批評もなく投げ出したその無防備さだけが問題だったのだろうな、と思う。
 
 だいたい慶應のSFC(湘南藤沢キャンパス)とか出身で文学以外の一芸に秀でている文学賞受賞者なんて山程いるわけで、その文学業界のAO入試枠っぽいデビューに絡みたいなら別の奴にも絡めよ。
 
 江藤淳がもうこれから文学なんか一切読まない奴が文学を書く時代なのだから、とやかくいっても仕方ないと言ってからもう30年間。その時々のサブカルや話題の人物を取り込んで延命してきた「文学」を引き合いに出して何かを嘆くより、水嶋ヒロの小説をもう少しホリエモン的な意味でブラッシュアップできなかったのか。編集の側の中途半端な姿勢が、業界人だけを喜ばせた誤植事件の原因にもなっているのだろう。

 それにしても水嶋ヒロを嘲笑することで、自分の方はまだまともな「文学」や「書物」に関わっているって無理矢理に主張しているように思える出版界周りの人たちが、今回すごく多いが、文学者が社会やら「日本人」の良識を代表してエロまんが潰しにかかるこの国では水嶋ヒロの人畜無害な作品こそが「文学」にふさわしいってことでしょうが。

※週刊ポスト2011年2月11日号

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