ライフ

仙台女子アナ日記【6】 「プロ野球批判」の声伝えられず後悔

早坂牧子アナ

早坂牧子(はやさか・まきこ)さんは、1981年東京生まれ。2005年、仙台放送にアナウンサーとして入社。スポーツ、情報番組で活躍する。3月11日、仙台で東日本大震災に直面した彼女は、どのように仕事し、何を悩み、そして考えたのか。以下は、早坂さんによる、全7編のリポートである。(早坂さんは2011年4月、同社を退職、フリーアナウンサーとして再出発した)

* * *
沿岸部の現実を直にこの目で見て、私の取材姿勢は変わりました。

避難所で気軽にマイクを向けてはいけない。私はなにか厳かなものを背負った。背負いすぎてはいけないんでしょうが、でもこれは地元メディアで働く者として背負わなければならない。

沿岸部の避難所で暮らしている方から「あなたは家も家族も失っていないでしょう」と言われるかもしれない。家族を失った人の気持ちに寄り添うことは出来ても、その人の気持ちにはなれない。いくら私が涙を流してもその人は喜ばない。なに泣いているの、あなたはなにを失ったのかと言われたら何も返せない。

でも私のリポートを見て、他の地域の人がなにかを感じてくれるかもしれない。もしかしたら支援に立ち上がってくれるかもしれない。その気持ちを分かち合うことで少しでも負担を軽減できるかもしれない。それが私の取材だと思いました。

震災の取材中、ずっと私は「苦しんでいる被災者にマイクを向けるのはどういう意味があるのか」「地元メディアの私はなにが出来るのか」、自分に問いかけてきました。

その「答え」がひとつ見つかったのは、4月12日、プロ野球開幕試合を観戦している避難民の方を取材したときです。あの日は地元プロ野球団の楽天イーグルスの千葉での開幕試合を、避難所である若林体育館のテレビで観戦している人たちを取材しました。そこへ試合の結果だけ見に来たおじいちゃんが、こう漏らしたのです。

「プロ野球をまた見られるのは嬉しいけれど、瓦礫の撤去作業している人や遺体安置所に自分の家族を確認しに行く人もいるから、その人たちの気持ちを思うと、3時間もテレビの前にどっかり座って観戦する気分になれないんだよね」

その夜のスポーツ番組で、私は開幕試合の特集の後に20秒だけ自分のコメントを話す時間を与えられていました。通称「後コメ」と言われるものです。そこで

「岩隈投手が見事開幕戦で勝利を挙げました。勝ったことで被災者の方たちを野球で応援しようという気持ちが伝わったと思います」

みたいなことをコメントしたんです。でも、それは実は最後まで悩んでいたんですね。応援されたという声は避難所で確かに聞いていたので間違いではないのですが、私にはあのおじいさんのつぶやきがずっと残っていた。番組終了後も録画してある自分の後コメを見直していたら、そこへ先輩のアナウンサーがひょっこり顔を出しました。

「早坂さ、今日の『後コメ』は自分で考えたの?」
「はい、そうです」
「そうか……。取材したときに他に得たことが無かった?」
それでそのおじいさんのことを話したら
「それだよ! なぜそれを言わなかったんだ!」

その指摘で初めて、私はプロ野球開幕を見る被災者さんたちの気持ちの一部分しか伝えていなかったことに気づいたのです。

よく「支援の輪が広がっています」とか「復興に向かってみんな頑張ってます」という報道があります。たしかに全体の雰囲気、方向としては間違ってはいない。だけど、今だに家族を失った衝撃から立ち上がれない人もいる。復興という言葉の前に呆然と立ち尽くしている人もいる。そんな人たちに「がんばろう」と笑顔で肩を抱くことなど出来無い。

全体の雰囲気の中でうずくまり背を向けている「小さな声」を拾って伝えることこそが、地元放送局で働く私の意義ではなかったのか。「後コメ」の20秒の中の10秒でも5秒でも使って、あのおじいさんのつぶやきを伝えるべきだった。その日の夜、私は一睡も出来なかった。(つづく)



関連記事

トピックス

中村芝翫の実家で、「別れた」はずのAさんの「誕生日会」が今年も開催された
「夜更けまで嬌声が…」中村芝翫、「別れた」愛人Aさんと“実家で誕生日パーティー”を開催…三田寛子をハラハラさせる「またくっついた疑惑」の実情
NEWSポストセブン
ロシアのプーチン大統領と面会した安倍昭恵夫人(時事通信/EPA=時事)
安倍昭恵夫人に「出馬待望論」が浮上するワケ 背景にある地元・山口と国政での「旧安倍派」の苦境
NEWSポストセブン
遠野なぎこ(本人のインスタグラムより)
《秘話》遠野なぎこさんの自宅に届いていた「たくさんのファンレター」元所属事務所の関係者はその光景に胸を痛め…45年の生涯を貫いた“信念”
週刊ポスト
政府備蓄米で作ったおにぎりを試食する江藤拓農林水産相(時事通信フォト)
《進次郎氏のほうが不評だった》江藤前農水相の地元で自民大敗の“本当の元凶”「小泉進次郎さんに比べたら、江藤さんの『コメ買ったことない』失言なんてかわいいもん」
週刊ポスト
出廷した水原被告(右は妻とともに住んでいたニューポートビーチの自宅)
水原一平の賭博スキャンダルを描くドラマが「実現間近」…大谷翔平サイドが恐れる「実名での映像化」、注目される「日本での公開可能性」
週刊ポスト
川崎、阿部、浅井、小林
女子ゴルフ「トリプルボギー不倫」に重大新局面 浅井咲希がレギュラーツアーに今季初出場で懸念される“ニアミス” 前年優勝者・川崎春花の出場判断にも注目集まる
NEWSポストセブン
6年ぶりに須崎御用邸を訪問された天皇ご一家(2025年8月、静岡県・下田市。撮影/JMPA)
天皇皇后両陛下と愛子さま、爽やかコーデの23年 6年ぶりの須崎御用邸はブルー&ホワイトの装い ご静養先の駅でのお姿から愛子さまのご成長をたどる 
女性セブン
「最高の総理」ランキング1位に選ばれた吉田茂氏(時事通信フォト)
《戦後80年》政治家・官僚・評論家が選ぶ「最高の総理」「最低の総理」ランキング 圧倒的に評価が高かったのは吉田茂氏、2位は田中角栄氏
週刊ポスト
コンサートでは歌唱当時の衣装、振り付けを再現
南野陽子デビュー40周年記念ツアー初日に密着 当時の衣装と振り付けを再現「初めて曲を聞いた当時の思い出を重ねながら見ていただけると嬉しいです」
週刊ポスト
”薬物密輸”の疑いで逮捕された君島かれん容疑者(本人SNSより)
《28歳ギャルダンサーに“ケタミン密輸”疑い》SNSフォロワー10万人超えの君島かれん容疑者が逮捕 吐露していた“過去の過ち”「ガンジャで捕まりたかったな…」
NEWSポストセブン
中居正広氏の近況は(時事通信フォト)
反論を続ける中居正広氏に“体調不良説” 関係者が「確認事項などで連絡してもなかなか反応が得られない」と明かす
週刊ポスト
スーパー「ライフ」製品が回収の騒動に発展(左は「ライフ」ホームページより、みぎはSNSより)
《全店舗で販売中止》「カビだらけで絶句…」スーパー「ライフ」自社ブランドのレトルトご飯「開封動画」が物議、本社が回答「念のため当該商品の販売を中止し、撤去いたしました」
NEWSポストセブン