国内

「孫正義氏の日本への愛はアメリカ留学が端緒」と作家分析

週刊ポスト連載中から轟々たる反響を集めていた『あんぽん 孫正義伝』(佐野眞一著)は、発売即日に大重版し、早くも累計10万部を突破した。ノンフィクション界の巨人、佐野氏が“本人も見られない背中や内臓から描いた孫正義論”と語る本書は、大きな波紋を広げている。ノンフィクション作家の石井光太氏はどう読んだか。

* * *
本書の随所で、孫正義は日本に対する愛国心をむき出しにする。

孫が愛国心を語るのは、彼の在日三世という出自に基づく劣等感のあらわれといってよい。彼は幼少期に外国人差別を受けて苦しみ、福岡の高校を中退して単身アメリカへと渡る。

だが、世界へ出るということは、逆にそれだけ自分の出自を意識せざるをえなくなるということだ。グローバリズムの波の中では、自分の生まれた国をアイデンティティとしてしがみつくことでしか生きていけない。孫はそれを体験して以来、これまでとは態度を変えて日本への愛を叫ぶようになったのだろう。

佐野眞一はそうした孫の心を見透かし、彼の中の「昭和の闇」をえぐり出そうとする。差別と暴力と貧困に満ちた暗い時代をつかみ出そうとしたのである。

佐野はこれまで昭和という時代を核にして様々な評伝を書いてきたノンフィクション界の怪物だ。佐野が孫の中から「昭和の闇」を掘り起こそうとするのは彼の作家としてのアイデンティティといってもいい。孫が「白戸家の愛に満ちた家庭」をCMでつくりだせば、佐野は彼の家庭内暴力に満ちた子供時代を引っ張り出してきて、白戸家の姿は暗い幼少時代の反動だと叫ぶ。

しかし、孫もまた経済界の怪物であり、一筋縄ではいかない。佐野が掘り当てた昭和をはるかに上回る大言壮語で煙に巻く。たとえば佐野が福岡の山野炭鉱で起きたガス爆発事故で在日の叔父が死亡した過去を見つけ、そこに彼の脱原発活動の源があるのではないかと指摘する。すると、孫は「俺はそんな小さな過去に縛られた人間じゃない」とでも言わんばかりに、原発後の自然エネルギーに対する壮大な夢物語を声高に語る。

本書を読んでいると、両者の話があまりに乱暴で大きすぎて目がくらみそうになる。頭のカタイ評論家は、それをもって本作を評伝と呼ぶには荒すぎるというかもしれない。しかし、そもそもこれは評伝ではない。

佐野眞一という昭和に拘泥するノンフィクション界の怪物と、孫正義というバラ色の未来を自らの手でつくりだそうとする経済界の怪物の〈昭和をめぐる戦い〉なのだ。小津安二郎的で緻密な映画ではなく、ゴジラ対ガメラの戦いなのだ。そこには破壊力に満ちた衝突もあれば、大きな空振りもある。

そういう読み方をすれば、本書はスリリングなエンターテインメントとしてこれ以上ないほどの面白さに満ちた本だといえる。

※週刊ポスト2012年2月3日号

トピックス

大谷翔平と妻の真美子さん(時事通信フォト、ドジャースのインスタグラムより)
《真美子さんの献身》大谷翔平が進めていた「水原離れ」 描いていた“新生活”と変化したファッションセンス
NEWSポストセブン
羽生結弦の元妻・末延麻裕子がテレビ出演
《離婚後初めて》羽生結弦の元妻・末延麻裕子さんがTV生出演 饒舌なトークを披露も唯一口を閉ざした話題
女性セブン
古手川祐子
《独占》事実上の“引退状態”にある古手川祐子、娘が語る“意外な今”「気力も体力も衰えてしまったみたいで…」
女性セブン
「What's up? Coachella!」約7分間、圧巻のパフォーマンスで観客を魅了(写真/GettyImages)
Number_iが世界最大級の野外フェス「コーチェラ」で海外初公演を実現 約7分間、圧巻のパフォーマンスで観客を魅了
女性セブン
《家族と歩んだ優しき元横綱》曙太郎さん、人生最大の転機は格闘家転身ではなく、結婚だった 今際の言葉は妻への「アイラブユー」
《家族と歩んだ優しき元横綱》曙太郎さん、人生最大の転機は格闘家転身ではなく、結婚だった 今際の言葉は妻への「アイラブユー」
女性セブン
天皇皇后両陛下、震災後2度目の石川県ご訪問 被災者に寄り添う温かいまなざしに涙を浮かべる住民も
天皇皇后両陛下、震災後2度目の石川県ご訪問 被災者に寄り添う温かいまなざしに涙を浮かべる住民も
女性セブン
今年の1月に50歳を迎えた高橋由美子
《高橋由美子が“抱えられて大泥酔”した歌舞伎町の夜》元正統派アイドルがしなだれ「はしご酒場放浪11時間」介抱する男
NEWSポストセブン
ドジャース・大谷翔平選手、元通訳の水原一平容疑者
《真美子さんを守る》水原一平氏の“最後の悪あがき”を拒否した大谷翔平 直前に見せていた「ホテルでの覚悟溢れる行動」
NEWSポストセブン
STAP細胞騒動から10年
【全文公開】STAP細胞騒動の小保方晴子さん、昨年ひそかに結婚していた お相手は同い年の「最大の理解者」
女性セブン
年商25億円の宮崎麗果さん。1台のパソコンからスタート。  きっかけはシングルマザーになって「この子達を食べさせなくちゃ」
年商25億円の宮崎麗果さん。1台のパソコンからスタート。 きっかけはシングルマザーになって「この子達を食べさせなくちゃ」
NEWSポストセブン
大谷翔平を待ち受ける試練(Getty Images)
【全文公開】大谷翔平、ハワイで計画する25億円リゾート別荘は“規格外” 不動産売買を目的とした会社「デコピン社」の役員欄には真美子さんの名前なし
女性セブン
逮捕された十枝内容疑者
《青森県七戸町で死体遺棄》愛車は「赤いチェイサー」逮捕の運送会社代表、親戚で愛人関係にある女性らと元従業員を……近隣住民が感じた「殺意」
NEWSポストセブン