国際情報

金正日葬儀パレード中継 写してはならぬ場面放送されていた

 金正日の死により急遽立ち上げられた金正恩新体制。ジャーナリスト・惠谷治氏が刻々と変化する北朝鮮の内情を様々な映像資料から分析する。

  * * *
 世界中が注目した昨年12月28日の金正日の国葬では、市民が整然と列をなし、悲しみ泣き叫ぶ姿が強調された。だが、実はこの中継の最中に「映ってはならないシーン」が混じり込んでいたのだ。

 そもそも、北朝鮮で初めて実況中継(生放送)が行なわれたのは、2008年の東平壌大劇場でのニューヨーク・フィルハーモニック・オーケストラの公演だった。翌年6月、平壌で開催されたワールドカップ(W杯)南アフリカ大会アジア最終予選B組の対イラン戦、さらに翌2010年6月のW杯本大会の対ポルトガル戦、同年10月10日の金日成広場での朝鮮労働党創建65周年閲兵式が実況中継されたが、それだけだ。

 つまり、北朝鮮における実況中継は、今回の金正日国葬がたったの5回目。技術的に不慣れなため、画面が一瞬真っ黒になるなどの切り替えミスが、計4回もあった。そして、日頃の計算ずくの映像では混じり込みようのない“実像”が映し出されたのである。

  午後2時46分、金正日の霊柩車は普通門を通過した。同50分、忠誠橋の北側にある高層ビルに設置された中継地点から、千里馬通りの画面に切り替わった。しかし、車列がなかなか到着しない。沿道で慟哭する市民の姿などを繰り返し放送した。

「異変」が映し出されたのは午後3時2分。

 突然切り替わった画面には、沿道の群衆が統制線を破り、肖像画運搬車輛に群がる映像が流れた。その間約30秒。群衆が制止を無視して車に駆け寄る場面が流れた後、画面には黒筋が入り、ブルーバックとなった。

 このシーンについては、韓国の東亜日報(2011年12月29日付)が〈放送事故が発生したものと見られる〉と報じたのみだったが、異変の重大性を見逃している。

 画面がブルーバックになる直前の部分を丁寧に見ると、その画面左上には録画を示す〈REC1〉の文字。下部には業務用の略号が並んでおり、そもそも切り替えミスであることは明らかだ。そのミスによって流れた「不適切な映像」が、検閲官によってブルーバックに切り替えられたと思われる。現場は、平川区域鳳池洞(北緯39度00分30.87秒、東経125度43分27.99秒)だった。

 その日の朝鮮中央テレビは、夜11時に金正日国葬のダイジェスト番組を放映した。実況中継時にはなかった移動撮影用の車輛からの映像もあった。鳳池洞の騒乱はカットされていたが、興味深いのは平壌体育館前や統一通りでの同じような場面を映し出していることだ。

 もちろん番組では「騒乱」ではなく、「将軍様は人民を置いて絶対に逝ってはいけない、とむせび泣きながら霊柩車を取り囲む涙ぐましい場面」と紹介された。しかし、それは録画放送で後付けされた都合のいい説明に過ぎない。

 住民統制が厳しい北朝鮮において、金正日国葬の場で住民がコントロール不能になったことは非常に重要だ。これはつまり、何らかのきっかけで住民暴動が始まれば、北朝鮮の党、軍、政府にそれを制御するだけの力がないことを示唆している。

 これらのシーンは、金正恩新体制の不安定さを象徴しているのだ。

 ※SAPIO2012年2月22日号

関連記事

トピックス

鮮やかなロイヤルブルーのワンピースで登場された佳子さま(写真/共同通信社)
佳子さま、国スポ閉会式での「クッキリ服」 皇室のドレスコードでは、どう位置づけられるのか? 皇室解説者は「ご自身がお考えになって選ばれたと思います」と分析
週刊ポスト
松田烈被告
「テレビ通話をつなげて…」性的暴行を“実行役”に指示した松田烈被告(27)、元交際相手への卑劣すぎる一連の犯行内容「下水の点検を装って侵入」【初公判】
NEWSポストセブン
Aさんの左手に彫られたタトゥー。
《10歳女児の身体中に刺青が…》「14歳の女子中学生に彫られた」ある児童養護施設で起きた“子供同士のトラブル” 職員は気づかず2ヶ月放置か
NEWSポストセブン
会談に臨む自民党の高市早苗総裁(時事通信フォト)
《高市早苗総裁と参政党の接近》自民党が重視すべきは本当に「岩盤保守層」か? 亡くなった“神奈川のドン”の憂い
NEWSポストセブン
知床半島でヒグマが大量出没(時事通信フォト)
《現地ルポ》知床半島でヒグマを駆除するレンジャーたちが見た「壮絶現場」 市街地各所に大量出没、1年に185頭を処分…「人間の世界がクマに制圧されかけている」
週刊ポスト
連覇を狙う大の里に黄信号か(時事通信フォト)
《大相撲ロンドン公演で大の里がピンチ?》ロンドン巡業の翌場所に東西横綱や若貴&曙が散々な成績になった“34年前の悪夢”「人気力士の疲労は相当なもの」との指摘も
週刊ポスト
お騒がせインフルエンサーのボニー・ブルー(インスタグラムより)
「バスの車体が不自然に揺れ続ける」“タダで行為できます”金髪美女インフルエンサー(26)が乱倫バスツアーにかけた巨額の費用「価値は十分あった」
NEWSポストセブン
イベント出演辞退を連発している米倉涼子。
《長引く捜査》「ネットドラマでさえ扱いに困る」“マトリガサ入れ報道”米倉涼子はこの先どうなる? 元東京地検公安部長が指摘する「宙ぶらりんがずっと続く可能性」
アドヴァ・ラヴィ容疑者(Instagramより)
「性的被害を告発するとの脅しも…」アメリカ美女モデル(27)がマッチングアプリで高齢男性に“ロマンス”装い窃盗、高級住宅街で10件超の被害【LA保安局が異例の投稿】
NEWSポストセブン
部下と“ラブホ密会”が報じられた前橋市の小川晶市長(時事通信フォト・目撃者提供)
《ラブホ通い詰め問題でも続投》キリッとした目元と蠱惑的な口元…卒アル写真で見えた小川晶市長の“平成の女子高生”時代、同級生が明かす「市長のルーツ」も
NEWSポストセブン
韓国の人気女性ライバー(24)が50代男性のファンから殺害される事件が起きた(Instagramより)
「車に強引に引きずり込んで…」「遺体には多数のアザと首を絞められた痕」韓国・人気女性ライバー(24)殺害、50代男性“VIPファン”による配信30分後の凶行
NEWSポストセブン
本拠地で大活躍を見せた大谷翔平と、妻の真美子さん
《真美子さんと娘が待つスイートルームに直行》大谷翔平が試合後に見せた満面の笑み、アップ中も「スタンドに笑顔で手を振って…」本拠地で見られる“家族の絆”
NEWSポストセブン