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大阪二児遺棄事件 育児放棄母の父親らから事件の深淵聞く

 1年半前の夏――3歳の桜子ちゃんと1歳9か月の楓くんが、大量のゴミに埋もれた大阪市内のマンションの部屋で発見された。大阪二児遺棄事件。メディアは僅かな食物を与えただけで我が子を50日余り放置した下村早苗被告を「鬼母」と、その咎を育児放棄=ネグレクト殺人と騒ぎたてた。だが、そこで報じられたのは被告の風俗勤務や男性遍歴ばかりだった。

 なぜ幼い2人は命を落とさなければならなかったのか。それは被告1人の罪なのか。3月5日に始まった初公判と並行しながら、ノンフィクションライター・杉山春氏が「事件の深淵」を父親や関係者への丹念な取材から明らかにしていく。

 * * *
 DVDの画面で少し若い福澤朗がスタジオから中継先に叫んでいる。

「素晴らしいお父さんをもつ早苗ちゃん、あなた幸せだぜ、な。これからも家族仲良く。ちゃんと家に帰るんだぜ」

 肩に掛かる茶髪。くっきりとアイラインを入れた目。ふっくらした頬。中学の制服を着た「早苗ちゃん」が緊張した不安げな顔でうなずく。傍らの父が照れくさそうに笑う。10年前に朝のニュースショーで作られた20分番組だ。

 40代初めの男盛りの下村大介さんが、ラガーシャツの襟を立て、きれいに髪を撫で付け、夜の盛り場で家出をした中3の娘、早苗さんを探す。プリクラの機械のカーテンの下を覗き込み、カラオケ店の受付でモニターの画面にわが子の名前を見つけ出す。番組の筋立てはおおよそ次の通りだ。

……3人の娘を抱えるバツ2でシングルファーザーの高校教師が、19年前に不良の巣だったラグビー部を熱血指導で更生させた。全国高校ラグビーの花園出場常連校となり、子育ても頑張った。だが、中学生の長女は暴走族に入り家出を繰り返す。猛練習で今年も花園出場を果たし、ベスト16に進出。試合を観戦した娘は涙を流し、父を祝福した……

 私はこのDVDを見ながら落ち着かない。まさにこの時、誰かが早苗さんを親身にケアしていたらあの事件は起きなかった。問題は家出ではなく、家出先で何をしているのか、その心のありかだ。父親の大介さんも番組制作のスタッフも真剣に探った形跡がない。それは早苗さんへの「ネグレクト」ではないか――。

「早苗ちゃん」は、8年半後の夏、3歳と1歳9か月のわが子を餓死させ、殺人罪で逮捕された。大阪ミナミの繁華街で働く風俗嬢だった。羽木桜子ちゃんと楓ちゃん。子どもたちの傍らに僅かな食べ物を残し、寮だった単身者用マンションには50日余り帰らなかった。

 大量のゴミに埋もれた部屋の中で、子どもたちは一部白骨化していた。冷蔵庫には、飲み物や食べ物を求めた、小さな手の跡が残されていた。早苗さんは逮捕されるまで、近くのホテルで男性と過ごし、出身地の四日市や大阪市内で遊び回り、オシャレに気を配り、その様子をSNSに写真や文章で投稿した。風俗嬢のドレスで男性を誘う営業用の映像も流れた。遊びはしゃぐ母親と、猛暑のなかで餓死する子ども。その対比はメディアを興奮させた。

 事件発覚から1年7か月が過ぎ、3月5日、公判が始まった。私はこの間、断続的に取材を続けてきた。どうすれば子どもたちを死なせずにすんだのか。その答えを知りたかった。

 当時の非行仲間の話から浮かび上がる、早苗さんの中学時代は過酷だ。14歳で初体験をした。その後、相手を次々に変え、家出のお金を稼ぐために援交もした。中3では「回され」た。性の相談を受けた中学の担任が妊娠の有無の確認を手伝ったこともある。

 性暴力は剥き出しの自分を相手の力の誇示に利用される恐怖の体験だ。惨めさ。恥ずかしさ。心に負う傷は深い。自分が信じられなくなり、価値観の方向感覚が失われる。そんなことをまだ自我が出来上がらないうちに体験する。

 非行に走る子が皆手当たりセックスをすることはない。それは“愛情飢餓”だ。子どもは無償の愛で自信や安定感を身につける。それが得られないまま親になると、依存欲求が残り、わが子の依存を引き受けられない。ネグレクトにつながる可能性が高くなる。

 父親の大介さんは既に他誌で、6歳ごろの早苗さんが、2人の妹とともに、浮気をして家を出た実母からネグレクトを受けていたと証言している。早苗さんの非行や子どもへのネグレクトは、それが原因だと考えているようだった。

 だが、たとえ幼いときに虐待を受けても、その後十分に愛され、人が信じられるようになれば、愛情飢餓を抜け出すことはできる。早苗さんはその後、どのように育てられたのか。どうしても父親に会いたかった。公判期日が決まった今年の1月、手紙を書き、電話をした。電話口の大介さんは逡巡の末、会うことを承知した。

 取材の場所に現れた大介さんは、練習を抜けて来たといい、ジャージ姿だった。丁寧に遅刻の詫びをいい、礼儀ただしい教師然とした人だった。私が何より聞きたかったのは「娘の中学時代の生活がどのようなものか知っていたか」ということだった。だが、インタビューは最初から噛み合わなかった。

――早苗さんが強姦されたことを知っていましたか。
「当時は、知りませんでした」
 大介さんはあっさり言った。

――早苗さんが学校に相談したことは。
「学校からは聞いた覚えはありません」

――学校は当時、もっと早苗さんの話を聞いて欲しいと、下村さんを呼んだこともあったようですが。
「呼ばれて行かなかったことはないと思います。あの学校は荒れていた。生徒がむちゃくちゃしているのに、教員は叱らない。先生に嘗められているんです。いうことをきかんかったら、しっかり指導して、きかすんが教員でしょう。同業者として、あり得ないと思ったので、親として話を聞くところまでいきませんでした」

 大介さんとの関係作りに困った学校は実母に頼った。中学2年で不登校が始まった。理由を尋ねられた早苗さんは「上級生20名に囲まれて、殴る、蹴るのいじめを受けている。先生はその後ろを見て見ぬ振りで通って行く」と話した。大介さんはすぐさま学校に抗議をする。中学側はその事実を認めなかった。

「先生らはホンマにやる気がないと腹が立ちました」

 首謀者の生徒を呼んでもらい中学の教員の前で、自分の生徒指導のように話をした。その生徒は泣き出した。ただ、私は「20人の生徒が1人の生徒を袋叩きにする。その後ろを先生が逃げるように通って行く」という状況が書割りのようで不自然に感じる。

 取材で繰り返し出たのが早苗さんの嘘だ。虐待を受けた子が嘘をつく例は多い。変わり身を早くして、叱られないようにするためだ。しかし、父は娘を信じた。早苗さんは中学の教師との信頼関係が作れなかった。教師側が親しくなったと感じても、翌日には「死ね!」と罵声を浴びせて、学校を飛び出した。

 繁華街でたむろして、夜はカラオケや非行仲間の家に行く。バイクを乗り回して補導された。当時の仲間の一人は言う。

「早苗はテンション高かったから、おったら楽しかった。でも、よく嘘をついたから、仲間からは信用されていなかった。人の恋人を取ることもあったし。何でもしゃべるけど、大事なことや、助けのいることは何もしゃべらんかった」

 トラブルになるとすぐに姿を消した。そんなとき仲間たちは「早苗が飛んだ」と言った。

※週刊ポスト2012年3月16日号

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