ひたすらバットと白球に向き合うプロ野球キャンプ――己を高め、ライバルを蹴落とす真剣勝負の場だからこそ、練習の合間に洩れる選手の一言一言は切実である。“流しのブルペンキャッチャー”として知られるスポーツジャーナリストの安倍昌彦氏は、そんなつぶやきを聞き逃さなかった。以下、安倍氏のレポートだ。
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「3番、サード、高橋周平」――午後から始まった紅白戦。アナウンスが、東海大甲府高からドラフト1位で入団したゴールデンルーキーを呼び上げる。
ネット裏に詰めかけたドラゴンズファンから拍手が沸く。もう、彼らの時代なのかな…。スライダーを打ち損じ、三塁手の頭上に力なく打球が上がる。
「4番、DH・山崎武司」
さっきの拍手が「喝采」に変わる。名古屋は彼の「帰郷」を待っていた。43歳の再出発。山崎武司はその地を自身のルーツ・名古屋に定めた。力んで左方向へのファウルが続いた6球目。カシッと乾いた音が残る。
二塁手・荒木雅博がジャンプした頭上を伸びたライナーは右中間へさらに伸び、そのままスタンドに突き刺さった。ため息と驚嘆の拍手。スーパールーキー・高橋周平が右中間に視線を向けたまま、丸太でも飲み込んだように動かない。
悪いものを見てしまった…。横顔にそう書いてあった。感触を味わうように、ゆっくりとダイヤモンドを回った山崎武司。
「まだ、3年、いけるな…」
ひきつったような笑顔で、誰にともなくつぶやいた。
※週刊ポスト2012年3月23日号