国内

戦場ジャーナリスト山本美香さんへ作家・高山文彦氏の追悼文

2007年、アフガニスタン・カブール取材当時の山本美香さん

 8月20日、内戦が激化しているシリア北部で反政府武装組織を同行取材していた戦場ジャーナリスト・山本美香さん(45)は、政府軍の一団に銃撃され死亡した。2003年にはイラク戦争報道でボーン・上田記念国際記者賞特別賞を受賞するなど、世界でも知られるジャーナリストだった。

 山本さんと親交のあった作家・高山文彦氏が追悼文を寄せた。

 * * *
 知りあって二〇年近くになるだろうか。でも私たちは、深い話をしたことがない。著作のなかで彼女が「ボス」と呼ぶ佐藤和孝と私はポン友で、失礼ながら、彼女はいつも付属品みたいな存在だったのだ。

 一年に一度、会うかどうか。二年会わなかったこともある。だから会うたびに、彼女が成長していくのがわかるのだった。顔が引き締まり、きれいに目が澄んで、まっすぐにこちらを見る。

 こんな可愛らしい華奢な娘に戦場取材なんてできるのかと、はじめて会ったときからしばらくは、そう思っていたのである。ところがイラク戦争の取材から帰って来たとき、彼女はもう、むかしの彼女ではなかった。

 隣の部屋で、ロイターの記者が米軍の砲撃をあびて死んだ。彼女はカメラを手放してうろたえたが、そのときの弱い自分と、はらわたを出して横たわる記者の死体、「なぜ米軍が」という怒り、フセインの銅像が引き倒されたときの「多くの市民が喜んでいます」といったような、捏造と言ってよい恥知らずな報道の羅列――。

 不条理の現場から帰還した彼女は、自分の目で見、自分の耳で聞いたことにしか「事実」や「真実」はないと、思い切ったのだろう。

 世界は嘘八百の、おためごかしの「自由」と「平等」で成り立っている。田舎の優等生の心は破壊され、世界を根本から疑うようになった目と耳は、殺しあいの悲惨の底で、懸命に生きようとする女や子供たち――つまり、もっとも弱い者に向けられるようになった。

 そこになにを見ようとしたのか。

 美香ちゃん、きっとそうだよね。あなたは大地に腹をこすりつけて生きる人びとの、殺しあいから逃げまどい、泣きわめく女や子供らの、それでも時に青空のように顔を輝かせて笑い、歌い、踊る人びとの姿に、永遠を見ていたのだ。

 そして、美香ちゃん、あなたはちゃんと知っていた。人は自分たちのことをだれかにわかってもらいたい、殺す側の人たちとだってわかりあいたいのだ、ということを。それが最後に残された人間の、ぎりぎりの希望であるということを。

「だれが壊したのだ」と、ついにあなたは言わなかった。立派なジャーナリストであった。

 この世の別れ方として、こんなこともあるやもしれぬと思ってはいたが、もう会えないと思うと、美香ちゃん、悲しくてやりきれない。

撮影■佐藤和孝(ジャパンプレス代表)

※週刊ポスト2012年9月7日号

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