ライフ

角田光代氏のボクシング小説 485ページの半分が格闘シーン

【書評】『空の拳』角田光代/日本経済新聞出版社/1680円

【評者】嵐山光三郎(作家)

 * * *
 読む者がボカスカと殴りつけられるボクシング小説。右ボディ左アッパー右ストレート、文章が側腹をえぐってゴスンと響く。身ぶるいするうち、左フックが唸りをあげてこめかみにぶちあたる。ガツーン。バッティングして眉の上から血が流れてきた。ステップバックする余裕もない。

 全485ページのうち、ほぼ半分が格闘シーンである。KOだけが勝負ではない。微妙な判定があり、バッティングによる試合中断があり、はてしない殴りあいがつづく。闘う道具としての肉体。

 主人公は「少年院出」のタイガー立花というヒールボクサー。そこに空也というボクシング雑誌の編集者がからむ、とだけ解説しておこう。話の展開は読んでのおたのしみだが、空前絶後の肉弾格闘小説で、ボクシングの見方が違ってくる。「あしたのジョー」だけがボクシングの物語ではない。

 嵐山は二十代のころは、酒に酔ってストリートバトルをくりかえし、警察に三回連行された。殴り倒した相手の弁護士に訴えられて謝罪した。しかし後楽園ホールのボクシング試合を見てからは、恐ろしくなって、ぴたりと喧嘩をしなくなった。プロのボクサーを見て震えあがった。

 ライトにあたって飛び散る汗や血が目にしみる。猛練習をくりかえしても勝負は一瞬で終わる。一見すると地味な試合のなかに語りつくせないドラマがある。そのリアル感を書きつくした角田光代さんの剛腕に感服した。

 聞くところによると、角田さんは学生時代からボクシングをはじめて、いまは輪島功一スポーツジムに通っているらしい。古本通の文学少女、とばかり思っていた嵐山がオロカであった。

 強いボクサーはマゾヒストである、と嵐山は考えている。なぜなら、殴られることが快感だから、いくらやられても怖くない。強い者が勝つとは限らない。勝つ者が強いのである。紙一重の差で勝っていく者が強くなる。ボクサーの栄光と悲惨と孤独と虚栄と狂気がリアルに活写された傑作。

※週刊ポスト2013年1月18日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

足を止め、取材に答える大野
【活動休止後初!独占告白】大野智、「嵐」再始動に「必ず5人で集まって話をします」、自動車教習所通いには「免許はあともう少しかな」
女性セブン
大谷翔平選手(時事通信フォト)と妻・真美子さん(富士通レッドウェーブ公式ブログより)
《水原一平ショック》大谷翔平は「真美子なら安心してボケられる」妻の同級生が明かした「女神様キャラ」な一面
NEWSポストセブン
裏金問題を受けて辞職した宮澤博行・衆院議員
【パパ活辞職】宮澤博行議員、夜の繁華街でキャバクラ嬢に破顔 今井絵理子議員が食べた後の骨をむさぼり食う芸も
NEWSポストセブン
大谷翔平の伝記絵本から水谷一平氏が消えた(写真/Aflo)
《大谷翔平の伝記絵本》水原一平容疑者の姿が消失、出版社は「協議のうえ修正」 大谷はトラブル再発防止のため“側近再編”を検討中
女性セブン
被害者の宝島龍太郎さん。上野で飲食店などを経営していた
《那須・2遺体》被害者は中国人オーナーが爆増した上野の繁華街で有名人「監禁や暴力は日常」「悪口がトラブルのもと」トラブル相次ぐ上野エリアの今
NEWSポストセブン
海外向けビジネスでは契約書とにらめっこの日々だという
フジ元アナ・秋元優里氏、竹林騒動から6年を経て再婚 現在はビジネス推進局で海外担当、お相手は総合商社の幹部クラス
女性セブン
運送会社社長の大川さんを殺害した内田洋輔被告
【埼玉・会社社長メッタ刺し事件】「骨折していたのに何度も…」被害者の親友が語った29歳容疑者の事件後の“不可解な動き”
NEWSポストセブン
二宮和也が『光る君へ』で大河ドラマ初出演へ
《独立後相次ぐオファー》二宮和也が『光る君へ』で大河ドラマ初出演へ 「終盤に出てくる重要な役」か
女性セブン
真剣交際していることがわかった斉藤ちはると姫野和樹(各写真は本人のインスタグラムより)
《匂わせインスタ連続投稿》テレ朝・斎藤ちはるアナ、“姫野和樹となら世間に知られてもいい”の真剣愛「彼のレクサス運転」「お揃いヴィトンのブレスレット」
NEWSポストセブン
破局した大倉忠義と広瀬アリス
《スクープ》広瀬アリスと大倉忠義が破局!2年交際も「仕事が順調すぎて」すれ違い、アリスはすでに引っ越し
女性セブン
交際中のテレ朝斎藤アナとラグビー日本代表姫野選手
《名古屋お泊りデート写真》テレ朝・斎藤ちはるアナが乗り込んだラグビー姫野和樹の愛車助手席「無防備なジャージ姿のお忍び愛」
NEWSポストセブン
大谷の妻・真美子さん(写真:西村尚己/アフロスポーツ)と水原一平容疑者(時事通信)
《水原一平ショックの影響》大谷翔平 真美子さんのポニーテール観戦で見えた「私も一緒に戦うという覚悟」と夫婦の結束
NEWSポストセブン