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SM小説の大家・団鬼六氏 実際は不器用で緊縛できなかった

【著者に訊け】大崎善生氏・著/『赦す人』/新潮社/1995円

『花と蛇』をはじめとするSM文学の第一人者にして、『真剣師 小池重明』など将棋関係の著作も多かった作家・団鬼六(2011年5月6日没・享年79)。『将棋世界』の編集長時代から親交があり、このほど本格評伝『赦す人』を上梓した大崎善生氏(55)は、「ノンフィクションの取材対象としては、最悪でした」と、苦笑いする。

「例えば団さんの後期代表作の一つ『不貞の季節』は三枝子・前夫人との離婚の顛末を〈虚実の入り混じった一枚のタペストリー〉に織り上げた傑作で、本当の話も“作り話”も全部同じ筆圧で書ける団さんを僕は作家として凄いと思う。

 ただ事実関係を確かめようにも訊く度に話が変わるというか、要は〈この方がおもろいやろう〉と言って、事実より何よりも、面白いかどうかを優先しちゃうんです。そのサービス精神って評伝を書く側からすると、最高に最悪でしょ(笑い)」

 それもこれも読者を喜ばせるため。私生活も含めて遊びに徹したプロの仮面を、大崎氏があえて剥いでゆくのも、人間・団鬼六を愛するが故だ。病を得た老作家と波瀾の足跡を辿る旅は常に笑いに満ち、エロを生業にする人は、どこか優しい。

 関西学院大学在学中から将棋道場や雀荘に入り浸り、上京後もストリップ劇場の演出係など職を転々とした本名・黒岩幸彦が、初著書『宿命の壁』を発表したのは27歳の時。その書き出しは意外にも〈孤独の考察〉に始まり、〈虚飾のない真実の自己〉に直面した際の戦慄と失望が綴られていく。

「時代性もあると思いますが、完全な純文学ですよね。団さんはたまたま書いたら書けただけで、こんな辛い小説は二度と書きたくないと言っていましたが、20代で孤独を書けてしまうこと自体、僕には衝撃でした。

 僕は書けなかったんです。小学生の頃から作家を志し、本も計画的に読んできたのに、いざ書こうとすると何も書けることがなく、結局小説を書けたのは40を過ぎてから。かたや下書きなんて一切したことがなく、天性の〈絶対小説感〉みたいなものを感じさせるのが作家・団鬼六。彼を生んだ原風景に、僕自身が立ち会いたかったんです」

 続く相場小説『大穴』の成功と、事業の失敗。東京を追われ、神奈川県三崎で英語教師をしていた前夫人と結婚した彼は自らも教職に就き、その傍らSM雑誌に投稿を続ける。〈これからは誰にも遠慮せずに鬼のようにエロ小説を書きまくったる〉と、生徒に自習を命じて教壇の下でペニスを勃起させながら貴婦人や美少女の痴態を書き耽る、作家・団鬼六の誕生である。

「専業になってからも畳の上にうつ伏せになり、一物を擦りながら月500枚もの原稿を量産した団さんは、エロは理屈じゃない、勃たせてナンボだと。以前対談した時は〈僕は自殺の話なんかよう書きません〉とも言っていて、自分がエロに興味があるからエロを書き、三崎時代に書いた『花と蛇』のように現実に鬱屈すればするほど筆が冴える団さんは作家として正直なんです。

 もっとも本人は性的にはノーマルで、緊縛どころか、ネクタイも締められないくらい不器用でした。愛人がいるにはいても性豪伝説の半分はたぶん作り話、とは二番目の奥さん・安紀子夫人の弁です(笑い)」

※週刊ポスト2013年1月18日号

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