芸能

夏八木勲さん 五社監督と「刀を当てる」殺陣の流儀を貫いた

 5月11日、家族に見守られながら神奈川県内の自宅で息をひきとった夏八木勲さん(享年73)。膵臓がんを患っていたという。慶応大中退後、劇団俳優座の養成所を経て芸能界入りを果たした夏八木さんにとって、デビュー作での五社英雄監督との出会いは、その後の役者人生においても大きな影響を与えた。映画史・時代劇研究家の春日太一氏が振り返る。

 * * *
 俳優座養成所を卒業し、六六年に東映の『骨までしゃぶる』で映画デビューした夏八木勲は、続く主演映画『牙狼之介』二部作で、当時はフジテレビに在籍していた五社英雄監督と出会う。


 今でこそテレビ出身の映画監督は多くいるが、テレビが軽視されていたかつての映画界では、それは珍しいことだった。その道なき道を切り開いていった男が五社だ。六三年のテレビシリーズ『三匹の侍』で刀が合わさったり、人が斬られたりする時の効果音を開発するなど、独自のアクション表現を追求し続ける五社は、低迷する当時の映画界にあって貴重な存在となっていた。『牙狼之介』も五社らしく、野性的な賞金稼ぎを主人公にした、西部劇タッチのアクション時代劇に仕上がっている。

 そして本作以降、夏八木は『御用金』『鬼龍院花子の生涯』などの五社による大作映画のほとんどに起用されるようになる。

「僕は千住の生まれで五社さんは浅草。同じベランメエ喋りで当初から親しみを覚えました。互いの距離感が近いんです。まだ脚本のできていない段階から、五社さんには『牙狼之介』を一緒にやろうというお話をいただきました。ただそのためには立ち回りができないとだめですからね。歩き方、刀の持ち方、着物の着方、全て身につけなくちゃしょうがない。そこで五社さんにお願いして、河田町にあったフジテレビの屋上で空いた時間に稽古をつけてもらうことになったんです。

 五社さんは殺陣で鉄身を使います。刃引きはしてありますが重量は真剣と同じで。それを差してフジテレビの屋上を行ったり来たりしたり、殺陣師の人に教わって素振りをしたり。『腰を落として』とか、全て丁寧に指導をしてくれたお陰で、あとになって時代劇をやる時も腰が自然と落ちるようになりました」

 一方、『牙狼之介』を撮ることになる時代劇の聖地・東映京都撮影所は、殺しのリアル感を重視する五社とは対極的な、様式美的な型を大切にする殺陣を専らとしてきた。そして、絡み(=斬られ役)は、東映京都の伝統を身につけた大部屋俳優たちを使わざるをえないため、現場で五社の流儀を知るのは五社自身と殺陣師の湯浅謙太郎、そして夏八木の三人だけだった。

「東映京都撮影所は五社さんと流儀が違うんです。京都では殺陣に竹光を使います。五社さんの場合は鉄身ですから、刀と刀がぶつかると『パシャーン』といい音がして、火花が散ることもありました。僕も鉄身で稽古したものですから、そのつもりで刀を合わせると今度は竹光だから折れてしまう。京都は京都なりの上手い合わせ方があるんですが、あの時は五社さんにも僕にも、それは関係なかった。それで何度も折れて、相手の頭の上に飛んだこともありました。

 五社さんは『刀は本当に当てろ。当てないと噓になるからな』と指示してくる。でも東映京都には、お腹すれすれで斬ったように見せる流儀がありました。それを全く無視してやったものですから、絡みの人には怪我をさせてしまって。そこはとても反省しています」

※週刊ポスト2013年4月26日号

関連記事

トピックス

11月24日0時半ごろ、東京都足立区梅島の国道でひき逃げ事故が発生した(右/読者提供)
【足立区11人死傷】「ドーンという音で3メートル吹き飛んだ」“ブレーキ痕なき事故”の生々しい目撃談、28歳被害女性は「とても、とても親切な人だった」と同居人語る
NEWSポストセブン
愛子さま(写真/共同通信社)
《中国とASEAN諸国との関係に楔を打つ第一歩》愛子さま、初の海外公務「ラオス訪問」に秘められていた外交戦略
週刊ポスト
グラビア界の「きれいなお姉さん」として確固たる地位を固めた斉藤里奈
「グラビアに抵抗あり」でも初挑戦で「現場の熱量に驚愕」 元ミスマガ・斉藤里奈が努力でつかんだ「声のお仕事」
NEWSポストセブン
「アスレジャー」の服装でディズニーワールドを訪れた女性が物議に(時事通信フォト、TikTokより)
《米・ディズニーではトラブルに》公共の場で“タイトなレギンス”を普段使いする女性に賛否…“なぜ局部の形が丸見えな服を着るのか” 米セレブを中心にトレンド化する「アスレジャー」とは
NEWSポストセブン
日本体育大学は2026年正月2日・3日に78年連続78回目の箱根駅伝を走る(写真は2025年正月の復路ゴール。撮影/黒石あみ<小学館>)
箱根駅伝「78年連続」本戦出場を決めた日体大の“黄金期”を支えた名ランナー「大塚正美伝説」〈1〉「ちくしょう」と思った8区の区間記録は15年間破られなかった
週刊ポスト
「高市答弁」に関する大新聞の報じ方に疑問の声が噴出(時事通信フォト)
《消された「認定なら武力行使も」の文字》朝日新聞が高市首相答弁報道を“しれっと修正”疑惑 日中問題の火種になっても訂正記事を出さない姿勢に疑問噴出
週刊ポスト
地元コーヒーイベントで伊東市前市長・田久保真紀氏は何をしていたのか(時事通信フォト)
《シークレットゲストとして登場》伊東市前市長・田久保真紀氏、市長選出馬表明直後に地元コーヒーイベントで「田久保まきオリジナルブレンド」を“手売り”の思惑
週刊ポスト
ラオスへの公式訪問を終えた愛子さま(2025年11月、ラオス。撮影/横田紋子)
《愛子さまがラオスを訪問》熱心なご準備の成果が発揮された、国家主席への“とっさの回答” 自然体で飾らぬ姿は現地の人々の感動を呼んだ 
女性セブン
26日午後、香港の高層集合住宅で火災が発生した(時事通信フォト)
《日本のタワマンは大丈夫か?》香港・高層マンション大規模火災で80人超が死亡、住民からあがっていた「タバコの不始末」懸念する声【日本での発生リスクを専門家が解説】
NEWSポストセブン
山上徹也被告(共同通信社)
「金の無心をする時にのみ連絡」「断ると腕にしがみついて…」山上徹也被告の妹が証言した“母へのリアルな感情”と“家庭への絶望”【安倍元首相銃撃事件・公判】
NEWSポストセブン
被害者の女性と”関係のもつれ”があったのか...
《赤坂ライブハウス殺人未遂》「長男としてのプレッシャーもあったのかも」陸上自衛官・大津陽一郎容疑者の “恵まれた生育環境”、不倫が信じられない「家族仲のよさ」
NEWSポストセブン
「週刊ポスト」本日発売! 習近平をつけ上がらせた「12人の媚中政治家」ほか
「週刊ポスト」本日発売! 習近平をつけ上がらせた「12人の媚中政治家」ほか
NEWSポストセブン