昨今「ブラック企業」という言葉が各所で取り沙汰されている。長時間低賃金労働やパワハラが横行するような企業のことで、ベンチャー企業などがヤリ玉に挙げられることが多い。だが、作家で元外務省主任分析官の佐藤優氏によれば、「ブラック企業」の要素は、新興企業のみならず、大企業や大新聞社、霞が関(中央官庁)にもあるという。佐藤氏が述懐する。
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ブラック企業の手法は粗野なものから洗練されたものまでさまざまだ。受話器と左手をガムテープで結びつけて1日100件以上の営業電話をかけさせる、マニュアルをあえて手書きで写させる、過剰な営業ノルマを課すなどというのは粗野な手法だが、筆者が外務省(モスクワの日本大使館)で経験したのは、それを通り越して、犯罪行為といじめに近い内容だった。
2つほど実例を記しておきたい。第1はこれまでにも拙著などで告発し、国会審議でも問題となった、大使館で扱う闇ルーブルの管理だ。KGB(国家保安委員会=秘密警察)は、アフリカ、中東諸国の在モスクワ大使館に大量の闇ルーブル(公式レートの3分の1から10分の1)を流していた。
これらの外交官に、日本大使館員は中古車を購入価格の数倍で販売し、私的蓄財をしていた。さらに中古車販売で得たルーブルを大使館内で闇レートでスウェーデン・クローネに替えることなどが組織的にシステム化されていたのだ。
もっとも筆者が露骨に嫌な顔をすると、2日後に上司から「君はこの仕事をしなくていいよ」と言われた。この仕事は筆者の1年後輩の専門職員(ノンキャリア)が担当したが、汚れ仕事に嫌気がさして数年後に外務省を辞めた。昨年、筆者は十数年ぶりにこの後輩と会ったが、思い出話をするうちに「外務省は恐ろしいブラック官庁ですね」と2人で溜息をついた。
モスクワの日本大使館では「根性をつける」系統の仕事もあった。筆者が勤務していた政務班は3階にあり、職員は男性ばかりだった。そのために部屋は汚く、便所からは悪臭がした。気持ち悪いので、筆者はこの便所を使ったことは一度もなかった。
ある時、陰険な2年上のキャリア職員に便所掃除を命じられた。便器には糞がこびりつき、アンモニアで目が痛くなる。それと、トイレで自慰行為をしている職員がいるせいか、陰毛とちり紙のかけらが大量に落ちている。公園の公衆便所よりも酷い状態だった。
筆者が便所掃除をしていることについて、当時、駐ソ日本大使館の特命全権公使を務めていた川上隆朗氏(その後、インドネシア大使)にさりげなく話すと川上氏は「だからロシアスクール(外務省でロシア語を研修し、対露外交に従事することの多い語学閥)はダメなんだ。佐藤君に迷惑がかからないように僕がうまくやる」と言って、大使館に清掃を担当するロシア人を雇い、若手の職員がそのロシア人を監視しながら3階の便所を掃除することにした。それ以外にも、筆者がロシア語から訳した文書を、起案者の名前を自分に書き換え、公電(外務省の公務で用いる電報)にする上司もいた。
ここで挙げたうち、闇ルーブルの扱いは、“ヤバイ仕事”と思ったが、便所掃除、公電の成果横取りなどは、どの官庁や企業でも平気で行なわれていることと思っていた。ちなみに外務本省に帰ってからの筆者の超勤時間は月平均250~300時間だった。
職業作家になってから外務省以外の官庁や民間企業の人と話すと、異口同音に「佐藤さん、他の役所や民間企業ではそんな酷い仕事はさせませんよ。モスクワの日本大使館は、まるで一昔前のタコ部屋じゃないですか」と言われ、外務省がいかに特殊な職場文化を持っていたかについて自覚した。
※SAPIO2013年6月号