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神足裕司氏の復活原稿「話せないはずのボクが、歌っていた」

地元・広島への「帰省」を果たした神足裕司氏

 2011年9月にくも膜下出血で倒れた人気コラムニスト・神足裕司氏。1か月半、意識は戻らなかったが、同年10月中旬頃から徐々に意識が回復していった。長いリハビリ生活を経て退院し、自宅へ戻ったが、そのときの要介護度認定は5段階で要介護度5。

 そうした中で、動かない身体をもてあまして“諦めモード”だったが、氏が親しくしていた広島のテレビ局のプロデューサーとアナウンサーが見舞いにやって来たのをきっかけに、自身の出身地である広島への「帰省」を決意した。

 2013年9月15日、広島に向かうその道中、神足氏は何を考えたのか。以下〈〉内は、神足氏による、復活の直筆エッセイの一部だ。

〈当日の朝は台風が近づいていて、大雨。最悪のコンディションだった。介護タクシーで新横浜駅まで出る。

 座席に座ったと同時に車内アナウンス。暴風雨のため、新横浜・小田原間で新幹線は止まってしまった。

 ボクは広島行きが近づくと、子供が遠足を楽しみにしているように、ワクワクした。まるで広島に行けばすべて自分が元どおりの身体になれるんじゃないかと、そんな想像すらした。

 そんなわけないのにね。

 けれど、自分の立てた小さな目標がいままさに、実現する。何でもないことのように思えるかもしれないが、ボクは先になにかがあるような気がしてワクワクしていた。これは目標の終点でなく、何かの扉を開けるんだってね。

 その広島に向かう新幹線が、スタート地点で止まってしまっている。

 もはや、ここまでか?

 いや、いつまででも待つよ、ようやくここまで来たんだから……。

 新幹線は無事動きだし、1時間半遅れで、広島駅に着いた。ついに、着いたのだ。〉

 広島へ帰ることは、望郷の思いだけではなかった。倒れる前と同じような場所に行き、友人や仕事仲間と会い、食事をして、酒を飲み、カラオケを歌う……もうひとつの日常を、取り戻すことでもあった。

〈2日目の夜、ボクはカラオケスナックに気のおけない仲間といた。

 いつもの声が聞こえてくる。

 いつもの歌声、笑い声が聞こえる。

『Eタウン』の戦友、岡佳奈アナウンサーが「ハナミズキ」を歌い始める。

 ボクにもマイクが回ってきた。

 デュエットだ。

 話せないはずのボクが、歌っていた。

 ボクの声が、マイクに伝わる。

 一瞬、みんなが静かになって、ボクを見た。けれど、すぐに大騒ぎのいつものコール。周りで踊るヤツもいる。

 長い夢を見ていたようだ。

 ボクはいま、歌っている。

 奥さんが、泣いている。

 息子と娘が、笑っている。

 みんなが、笑っている。

 ようやく、ボクは何かの扉を開けた。〉

●こうたり・ゆうじ:1957年8月10日、広島県広島市生まれ。コラムニスト。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。学生時代からライター活動を開始、渡辺和博との共著『金魂巻』、西原理恵子とコンビを組んだ『恨ミシュラン』はベストセラーに。その後、テレビ、ラジオなど、幅広い分野で活躍。本格的なコラムニスト復帰への第一弾となるエッセイ集『一度、死んでみましたが』(集英社)を年内に刊行予定。

※週刊ポスト2013年10月11日号

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