国内

マスコミ キーボード早く打てれば優秀な記者という評価基準

 安倍政権、霞が関官僚の言論統制の動きに最も敏感でなければならないのはメディアのはずだ。しかし、国民の知る権利を守るために戦うべき大新聞・テレビの反応は鈍い。それはなぜか。ジャーナリストの長谷川幸洋氏が解説する。

 * * *
 端的に言えば、記者クラブ・メディアは「発表されたものを書く」ことが仕事になってしまった。政府から関係資料が配付され、官僚のレクチャーを受けて記事を書く。記者たちは、そんな作業の繰り返ししかできなくなってしまったのではないか。
 
 秘密保護法案は内容自体が秘密にされてきた。パブコメ募集開始の時点で公表されたのは、「法律案の概要」という簡単なペーパーだけだ。法案を所管するのは内閣官房の内閣情報調査室で、そこに記者が常駐するクラブはない。
 
 詳しい資料がなくレクチャーも受けられないので、法案の内容が具体的にどのようなものになりそうか、何が問題となるのかを記者が自分で調べ、考えなければならない。普通の発表モノと違って記事化するのは手間がかかり面倒な作業になる。その結果、なかなか記事にならない。

 問題の核心はまさにこの点にある。報じるべきものは何か、批判すべき点はどこかを自分の頭で考えるという、ジャーナリズムの根幹を支える思考と作業がクラブの記者たちから失われつつあるのだ。

 それは取材現場を見ればまったく明らかである。会見で記者たちは発言内容をひたすらパソコンに打ち込んでいる。ソフトバンクの孫正義社長は「会見で大手メディアは誰も質問しない」と呆れていたそうだ。鋭い質問をするのはフリーランスのジャーナリストばかり。大メディアの記者たちはただ「キーパンチャー」となってパソコン画面を見るのに忙しい。だから、発表された内容の「何がニュースなのか」についてさえ、考える暇がない。

 これは現場の記者だけが悪いのではない。メディアのシステム、組織の体質にこそ問題がある。会見での発言をメモに起こす作業を「トリテキ」と呼ぶそうだが(「テキストを取る」という意味なのだろうか)、現場の記者が「トリテキ」に没頭するのは、上司のデスクや同僚にメモを送ることが最優先の仕事になっているからだ。

 デスクはメモをいち早く、大量に送ってくる記者を、仕事のできる使いやすい部下だと評価する。「速く打てるキーパンチャーが立派な記者」という、とんでもない評価基準が確立されつつある。

 少なくとも私が現場の取材記者だった20年前に、このような習慣はなかった。メモはあくまで自分が記事を書くためのものであり、仲間や上司と情報共有するかどうかは状況に応じて判断していた。皮肉なことに、技術の進歩によってメモがすぐにメールで送れるようになったと思ったら、自分の頭で考える記者がどんどん現場から消えている。

 秘密保護法案を巡る報道(あるいは報道がないこと)は典型例の一つに過ぎない。本来はメディアが国民に警鐘を鳴らしたり、議論を喚起したりしなければならない問題がどんどん紙面からこぼれ落ちてしまっているのだ。

※SAPIO2013年11月号

関連キーワード

関連記事

トピックス

(EPA=時事)
《2025の秋篠宮家・佳子さまは“ビジュ重視”》「クッキリ服」「寝顔騒動」…SNSの中心にいつづけた1年間 紀子さまが望む「彼女らしい生き方」とは
NEWSポストセブン
イギリス出身のお騒がせ女性インフルエンサーであるボニー・ブルー(AFP=時事)
《大胆オフショルの金髪美女が小瓶に唾液をたらり…》世界的お騒がせインフルエンサー(26)が来日する可能性は? ついに編み出した“遠隔ファンサ”の手法
NEWSポストセブン
初公判は9月9日に大阪地裁で開かれた
「全裸で浴槽の中にしゃがみ…」「拒否ったら鼻の骨を折ります」コスプレイヤー・佐藤沙希被告の被害男性が明かした“エグい暴行”「警察が『今しかないよ』と言ってくれて…」
NEWSポストセブン
指名手配中の八田與一容疑者(提供:大分県警)
《ひき逃げ手配犯・八田與一の母を直撃》「警察にはもう話したので…」“アクセルベタ踏み”で2人死傷から3年半、“女手ひとつで一生懸命育てた実母”が記者に語ったこと
NEWSポストセブン
初公判では、証拠取調べにおいて、弁護人はその大半の証拠の取調べに対し不同意としている
《交際相手の乳首と左薬指を切断》「切っても再生するから」「生活保護受けろ」コスプレイヤー・佐藤沙希被告の被害男性が語った“おぞましいほどの恐怖支配”と交際の実態
NEWSポストセブン
国分太一の素顔を知る『ガチンコ!』で共演の武道家・大和龍門氏が激白(左/時事通信フォト)
「あなたは日テレに捨てられたんだよっ!」国分太一の素顔を知る『ガチンコ!』で共演の武道家・大和龍門氏が激白「今の状態で戻っても…」「スパッと見切りを」
NEWSポストセブン
2009年8月6日に世田谷区の自宅で亡くなった大原麗子
《私は絶対にやらない》大原麗子さんが孤独な最期を迎えたベッドルーム「女優だから信念を曲げたくない」金銭苦のなかで断り続けた“意外な仕事” 
NEWSポストセブン
ドラフト1位の大谷に次いでドラフト2位で入団した森本龍弥さん(時事通信)
「二次会には絶対来なかった」大谷翔平に次ぐドラフト2位だった森本龍弥さんが明かす野球人生と“大谷の素顔”…「グラウンドに誰もいなくなってから1人で黙々と練習」
NEWSポストセブン
小説「ロリータ」からの引用か(Aでメイン、民主党資料より)
《女性たちの胸元、足、腰に書き込まれた文字の不気味…》10代少女らが被害を受けた闇深い人身売買事件で写真公開 米・心理学者が分析する“嫌悪される理由”とは
NEWSポストセブン
国宝級イケメンとして女性ファンが多い八木(本人のInstagramより)
「国宝級イケメン」FANTASTICS・八木勇征(28)が“韓国系カリスマギャル”と破局していた 原因となった“価値感の違い”
NEWSポストセブン
今回公開された資料には若い女性と見られる人物がクリントン氏の肩に手を回している写真などが含まれていた
「君は年を取りすぎている」「マッサージの仕事名目で…」当時16歳の性的虐待の被害者女性が訴え “エプスタインファイル”公開で見える人身売買事件のリアル
NEWSポストセブン
タレントでプロレスラーの上原わかな
「この体型ってプロレス的にはプラスなのかな?」ウエスト58センチ、太もも59センチの上原わかながムチムチボディを肯定できるようになった理由【2023年リングデビュー】
NEWSポストセブン