ライフ

知的に乳幼児レベルとされた重度障害者が言葉を理解していた

【書評】『最重度の障害児たちが語りはじめるとき』中村尚樹著/草思社/2310円(税込)

【評者】鈴木洋史(ノンフィクションライター)

 * * *
 記された事実の数々に深い感銘を覚えると同時に、人間とは何かという根源的な問いを突きつけられるノンフィクションである。

 遺伝性疾患や誕生前後に発症した脳性麻痺などにより、身体にも脳にも重い障害を負った人たちは、自分が言葉を喋れないばかりか、他人の言葉を理解できず、知的には乳幼児レベルと考えられてきた。

 本書が最初に取り上げる八巻緩名(かんな)さんもその一人だ。ところが、2004年、9歳のとき、障害児教育の専門家である國學院大學教授・柴田保之氏の指導と介助により、生まれて初めて言葉によって自分の思いを表現した。平仮名の50音図から一文字ずつ選択する音声ガイド付きのワープロソフトと、身体のわずかな動きを利用して入力するスイッチを備えたパソコンをいじらせたところ、明らかに自らの意思で文字を選び始めたのだ。

 やがて完成した文字列は〈かんなかあさんがすきめいわくばかり〉だった。母への思慕と申し訳なさを表現したその言葉を、著者は〈愛のメッセージ〉〈生まれてこのかたの思いをすべて込めた、至上の一文〉と評するが、まさにその通りである。

 言葉を持たないはずなのに言葉を紡ぎ出す従来の医学や教育の常識を覆す現象に驚いた柴田氏が、同様の障害のある他の子供たちにも同じ方法を試したところ、今度は14歳の三瓶はるなさんが〈はるななのはな〉と打った。

 母親は「菜の花」の意味を込めて「はるな」と命名し、そのことを繰り返し聞かせてきたが、それを理解していたのだ。表現手段を獲得したはるなさんは、溜まっていたマグマのように次々と言葉を迸らせ、詩まで作るようになる。

 近年、同様の試みは他の専門家によっても行なわれ、成果を上げている。いずれも介助者を必要とするが、表現手段や方法はパソコンだけでなく、文字盤、筆談、指談(障害のある人のわずかな指の動きを介助者が掌で感じ取り、文字にする)など様々だ。そうした成果に対し、一般メディアを巻き込んで真贋論争が起こったこともあり、完全に決着がついたわけではないが、従来の常識が鉄壁でなくなりつつあることは確かだ。

※SAPIO2013年12月号

関連記事

トピックス

まだ重要な問題が残されている(中居正広氏/時事通信フォト)
中居正広氏と被害女性Aさんの“事案後のメール”に「フジ幹部B氏」が繰り返し登場する動かぬ証拠 「業務の延長線上」だったのか、残された最後の問題
週刊ポスト
生徒のスマホ使用を注意しても……(写真提供/イメージマート)
《教員の性犯罪事件続発》過去に教員による盗撮事件あった高校で「教員への態度が明らかに変わった」 スマホ使用の注意に生徒から「先生、盗撮しないで」
NEWSポストセブン
(写真/イメージマート)
《ロマンス詐欺だけじゃない》減らない“セレブ詐欺”、ターゲットは独り身の年配男性 セレブ女性と会って“いい思い”をして5万円もらえるが…性的欲求を利用した驚くべき手口 
NEWSポストセブン
遠野なぎこ(本人のインスタグラムより)
《ブログが主な収入源…》女優・遠野なぎこ、レギュラー番組“全滅”で悩んでいた「金銭苦」、1週間前に公表した「診断結果」「薬の処方」
NEWSポストセブン
京都祇園で横行するYouTuberによる“ビジネス”とは(左/YouTubeより、右/時事通信フォト)
《芸舞妓を自宅前までつきまとって動画を回して…》京都祇園で横行するYouTuberによる“ビジネス”「防犯ブザーを携帯する人も」複数の被害報告
NEWSポストセブン
由莉は愛子さまの自然体の笑顔を引き出していた(2021年11月、東京・千代田区/宮内庁提供)
愛子さま、愛犬「由莉」との別れ 7才から連れ添った“妹のような存在は登校困難時の良きサポート役、セラピー犬として小児病棟でも活動
女性セブン
インフルエンサーのアニー・ナイト(Instagramより)
海外の20代女性インフルエンサー「6時間で583人の男性と関係を持つ」企画で8600万円ゲット…ついに夢のマイホームを購入
NEWSポストセブン
ホストクラブや風俗店、飲食店のネオン看板がひしめく新宿歌舞伎町(イメージ、時事通信フォト)
《「歌舞伎町弁護士」のもとにやって来た相談者は「女風」のセラピスト》3か月でホストを諦めた男性に声を掛けた「紫色の靴を履いた男」
NEWSポストセブン
『帰れマンデー presents 全国大衆食堂グランプリ 豪華2時間SP』が月曜ではなく日曜に放送される(番組公式HPより)
番組表に異変?『帰れマンデー』『どうなの会』『バス旅』…曜日をまたいで“越境放送”が相次ぐ背景 
NEWSポストセブン
遠野なぎこ(本人のインスタグラムより)
《自宅から遺体見つかる》遠野なぎこ、近隣住民が明かす「部屋からなんとも言えない臭いが…」ヘルパーの訪問がきっかけで発見
NEWSポストセブン
2014年に結婚した2人(左・時事通信フォト)
《仲間由紀恵「妊活中の不倫報道」乗り越えた8年》双子の母となった妻の手料理に夫・田中哲司は“幸せ太り”、「子どもたちがうるさくてすみません」の家族旅行
NEWSポストセブン
詐称疑惑の渦中にある静岡県伊東市の田久保眞紀市長(左/Xより)
《大学時代は自由奔放》学歴詐称疑惑の田久保市長、地元住民が語る素顔「裏表がなくて、ひょうきんな方」「お母さんは『自由気ままな放蕩娘』と…」
NEWSポストセブン