スポーツ

携帯電話 セパ12球団で最初に使ったのは南海ホークスだった

 今でこそ誰もが持つようになった携帯電話だが、かつては“携帯”とは言いながらも巨大な代物で、大変な高級品だった。そんな携帯電話にまつわるエピソードを、スポーツライターの永谷脩氏が綴る。

 * * *
 私は鈴木正の顔をじっと見て、「だよネ」と言った。鈴木もしばらくしてから、「だよネ」と返してきた。1999年に横浜に入団した、古木克明の激励会の時だった。

 南海の内野手だった鈴木は、引退後マネージャーとなり、ダイエーのスカウトなどを担当。2002年に60歳で亡くなるが、晩年は故郷の三重県でボーイズリーグを指導していた。古木(三重出身)はその時の教え子だった。

 古木は打力の評価が高く、あの長嶋茂雄も「必ず全日本の4番になる」と明言していた。そのためアテネ五輪(04年)の長嶋ジャパンの選手選考では大いに期待されたが、長嶋が病魔に倒れると結局落選。指導者が替わると状況はこうも変わるものかと思ったものである。冒頭の会話は、古木が“将来、日本を背負う大砲として活躍する”ことを、師である鈴木に確認したものだった。

 鈴木は生真面目な男であった。思い出すのは南海の東京遠征時、食事に誘った時のこと。南海は後楽園球場の前にある「ホテルサトー」を定宿にしていた(といっても、主力たちはほとんど自宅か女性の家に泊まっており、着替えるためだけにホテルに戻ってくるのが実情だった)。

 球団が泊まるとほぼ満室だったが、私も校了が重なった時などは、関係者に混ぜて泊まらせてもらった。そのお礼に、東京で一番うまいラーメンを食べようと、当時は屋台だった『ホープ軒』(現在は千駄ヶ谷に店舗が存在)に行くことにしたのだ。

 だが鈴木が部屋から出てこない。連絡すると、「ちょっと待っていてくれ。どうしても3円合わない」と言う。その日のうちに仕事をすべて終えないと気が済まない鈴木は、収支表をつけていたのだ。結局、1時間半後に降りてきた。硬貨は財布の縫い目に引っかかっていたという。

 1銭たりとも間違いの許されないマネージャー稼業。ある意味、鈴木の天職だったのかもしれない。ちなみに似た者同士で相性が合ったのか、『あぶさん』の漫画家・水島新司とは妙に仲が良かったのを覚えている。

 鈴木はいつもジュラルミンケースを抱えていた。そこには常に現金100万円に加え、マネージャー業に必要な道具が入っていた。大型時刻表、南海のレターヘッドつき便せん、ソロバン、小切手、領収証、金銭収支表、そして当時流行し始めていた、弁当箱のような巨大な携帯電話。12球団で最初に使い始めたのは南海だったという。

 用途はもっぱらホテルへの連絡。経費の厳しい南海球団ではキャンセル料もバカにならず、試合前に電話しておく必要があったのだ。弱小球団故の悲哀でもあった。

※週刊ポスト2014年5月9・16日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

《愛子さま、単身で初の伊勢訪問》三重と奈良で訪れた2日間の足跡をたどる
《愛子さま、単身で初の伊勢訪問》三重と奈良で訪れた2日間の足跡をたどる
女性セブン
水原一平氏と大谷翔平(時事通信フォト)
「学歴詐称」疑惑、「怪しげな副業」情報も浮上…違法賭博の水原一平氏“ウソと流浪の経歴” 現在は「妻と一緒に姿を消した」
女性セブン
『志村けんのだいじょうぶだぁ』に出演していた松本典子(左・オフィシャルHPより)、志村けん(右・時事通信フォト)
《松本典子が芸能界復帰》志村けんさんへの感謝と後悔を語る “変顔コント”でファン離れも「あのとき断っていたらアイドルも続いていなかった」
NEWSポストセブン
大阪桐蔭野球部・西谷浩一監督(時事通信フォト)
【甲子園歴代最多勝】西谷浩一監督率いる大阪桐蔭野球部「退部者」が極度に少ないワケ
NEWSポストセブン
がんの種類やステージなど詳細は明かされていない(時事通信フォト)
キャサリン妃、がん公表までに時間を要した背景に「3人の子供を悲しませたくない」という葛藤 ダイアナ妃早逝の過去も影響か
女性セブン
創作キャラのアユミを演じたのは、吉柳咲良(右。画像は公式インスタグラムより)
『ブギウギ』最後まで考察合戦 キーマンの“アユミ”のモデルは「美空ひばり」か「江利チエミ」か、複数の人物像がミックスされた理由
女性セブン
30年来の親友・ヒロミが語る木梨憲武「ノリちゃんはスターっていう自覚がない。そこは昔もいまも変わらない」
30年来の親友・ヒロミが語る木梨憲武「ノリちゃんはスターっていう自覚がない。そこは昔もいまも変わらない」
女性セブン
水原氏の騒動発覚直前のタイミングの大谷と結婚相手・真美子さんの姿をキャッチ
【発覚直前の姿】結婚相手・真美子さんは大谷翔平のもとに駆け寄って…水原一平氏解雇騒動前、大谷夫妻の神対応
NEWSポストセブン
大谷翔平の通訳・水原一平氏以外にもメジャーリーグ周りでは過去に賭博関連の騒動も
M・ジョーダン、P・ローズ、琴光喜、バド桃田…アスリートはなぜ賭博にハマるのか 元巨人・笠原将生氏が語る「勝負事でしか得られない快楽を求めた」」
女性セブン
”令和の百恵ちゃん”とも呼ばれている河合優実
『不適切にもほどがある!』河合優実は「偏差値68」「父は医師」のエリート 喫煙シーンが自然すぎた理由
NEWSポストセブン
大谷翔平に責任論も噴出(写真/USA TODAY Sports/Aflo)
《会見後も止まらぬ米国内の“大谷責任論”》開幕当日に“急襲”したFBIの狙い、次々と記録を塗り替えるアジア人へのやっかみも
女性セブン
違法賭博に関与したと報じられた水原一平氏
《大谷翔平が声明》水原一平氏「ギリギリの生活」で模索していた“ドッグフードビジネス” 現在は紹介文を変更
NEWSポストセブン