その他、洋食屋の帰り道、〈すみれ、タンポポ、れんげ草〉と、見事に飲み屋が3軒並んだ建物を見つけた2人の男が驚くべき体験をする「エリザベス・リードを追憶する」。3人の男と、かつて彼らが売り出した女性歌手の再会を描く「ある編集部からの手紙」など、日常が非日常へと昇華する瞬間を堪能できる1冊だ。
「僕は下北沢の鈴なり横丁で面白いスナックの看板を見かけたり、仲間と飲んだ時にたまたま花柄のシャツを着た女性を誰かが褒めるのを聞いて『花柄を脱がす』を書いたり、小さなところに物語を見つけるからね。その小さな物語の蓄積が、40年前は1円玉の大きさとすれば、今は10円玉くらいになった気はする。40年と言ってもその程度の変化で、今後も500円玉になることは、おそらくないんです」
その間、私たちはといえば、片岡作品を彩る洒落た固有名詞やアメリカ文化にばかり目を奪われがちだった気もする。が、隣り合う過去・現在・未来のあらゆる瞬間を肯定するリアリストは、どんな関係も寛容に抱きとめるヒューマニストでもあったと今ならわかる。実に40年がかりの小さくも確かな、私たち読者の変化である。
【著者プロフィール】片岡義男(かたおか・よしお):1939年東京生まれ。周防大島出身の祖父は元ハワイ移民で、父は日系二世。氏自身、疎開先の岩国で少年期を祖父と過ごす。早稲田大学在学中にコラム執筆や翻訳を始め、1974年「白い波の荒野へ」で小説デビュー。翌年発表の「スローなブギにしてくれ」で野性時代新人文学賞を受賞以来ヒット作を続々発表し、映画化作品多数。評論、エッセイ、写真家としても活躍。近著に『真夜中のセロリの茎』『ミッキーは谷中で六時三十分』等。
(構成/橋本紀子)
※週刊ポスト2014年7月11日号