ライフ

「錯覚使うミステリーは過去の名作超えられない」を覆す新刊

【書評】『僕の光輝く世界』山本弘/講談社/1620円

【評者】末國善巳(文芸評論家)

 * * *
 目の錯覚や視覚の盲点をトリックに使ったミステリーは少なくない。そのため、過去の名作を乗り越えるのは難しいと考えていた。その思い込みを覆してくれたのが本作だ。

 マンガが好きな高1の光輝は中学でいじめを受け、知人のいない高校に進学した。漫画研究部に入るなど楽しい毎日を送っていた光輝だが、なぜかいじめが再開し、黄金仮面を被った犯人に橋から突き落とされてしまう。後頭部を強打してアントン症候群になった光輝が、病院でもいじめられる不可解な状況から犯人を推理する第1話『黄金仮面は笑う』は、伏線が一気にまとまる終盤に圧倒された。

 光輝は入院中に、いじめっ子の妹ながら、美少女で心優しい夕と出会う。姉の留守中に自宅で遊んでいた夕が、密室状態の部屋から消える第2話『少女は壁に消える』、地震が起きた時に1人で家にいた光輝のところへ帰って来た姉が、奇妙な言動を取る第3話『世界は夏の朝に終わる』は、アントン症候群を踏まえたトリックが秀逸だ。

 そして最終話『幽霊はわらべ歌をささやく』では、ミステリー作家を目指すことになった光輝と夕が、アドバイスを求めたミステリー作家から、新作の謎を解くようにいわれる。やがて光輝は、1人で作家のマンションに呼び出されるが、同じ時間に殺人事件が発生。しかも光輝は、犯人とエレベーターに乗っていたこともわかってくるのである。

 古今東西の名作に言及しながら進む最終話は、ミステリー論としても興味深く、動機の意外性も際立っていた。

 見えているのに、見えていないアントン症候群は、本当は誰もが気づいているのに、無意識に見ないふりをしている真実に重ねられている。それだけに光輝は、謎解きを通して、クラスメートがないと証言することの多いいじめ、正義が行きすぎると悪意に転じる現実、障がい者を見下す健常者の優越感といった人間が隠す心の闇も暴いてしまう。どんでん返しと共に、読者の物の見方も揺さぶられるので、謎解き場面の衝撃がより大きくなっているのである。

 だが光輝は、障がいや社会の闇に負けず、思春期らしくエッチな妄想をしたり、夕との恋を深めたりして真っ直ぐに成長するので、暗いだけでなく青春小説の輝きがある。続編を暗示するラストだけにシリーズ化を期待したい。

※女性セブン2014年7月24日号

関連記事

トピックス

世界中でセレブら感度の高い人たちに流行中のアスレジャーファッション(左・日本のアスレジャーブランド「RUELLE」のInstagramより、右・Backgrid/アフロ)
《広瀬すずもピッタリスパッツを普段着で…》「カタチが見える服」と賛否両論の“アスレジャー”が日本でも流行の兆し、専門家は「新しいラグジュアリーという捉え方も」と解説
NEWSポストセブン
浅香さんの自宅から姿を消した内縁の夫・世志凡太氏
《長女が追悼コメント》「父と過ごした日々を誇りに…」老衰で死去の世志凡太さん(享年91)、同居するスリランカ人が自宅で発見
取締役の辞任を発表したフジ・メディア・ホールディングスとフジテレビ(共同通信社)
《辞任したフジ女性役員に「不適切経費問題」を直撃》社員からは疑問の声が噴出、フジは「ガバナンスの強化を図ってまいります」と回答
NEWSポストセブン
子宮体がんだったことを明かしたタレントの山瀬まみ
《“もう言葉を話すことはない”と医師が宣告》山瀬まみ「子宮体がん」「脳梗塞」からの復帰を支えた俳優・中上雅巳との夫婦同伴姿
NEWSポストセブン
愛子さま(写真/共同通信社)
《12月1日がお誕生日》愛子さま、愛に包まれた24年 お宮参り、運動会、木登り、演奏会、運動会…これまでの歩み 
女性セブン
海外セレブの間では「アスレジャー
というファッションジャンルが流行(画像は日本のアスレジャーブランド、RUELLEのInstagramより)
《ぴったりレギンスで街歩き》外国人旅行者の“アスレジャー”ファッションに注意喚起〈多くの国では日常着として定着しているが、日本はそうではない〉
NEWSポストセブン
虐待があった田川市・松原保育園
《保育士10人が幼児を虐待》「麗奈は家で毎日泣いてた。追い詰められて…」逮捕された女性保育士(25)の夫が訴えた“園の職場環境”「ベテランがみんな辞めて頼れる人がおらんくなった」【福岡県田川市】
NEWSポストセブン
【複雑極まりない事情】元・貴景勝の湊川親方が常盤山部屋を継承へ 「複数の裏方が別の部屋へ移る」のはなぜ? 力士・スタッフに複数のルーツが混在…出羽海一門による裏方囲い込み説も
【複雑極まりない事情】元・貴景勝の湊川親方が常盤山部屋を継承へ 「複数の裏方が別の部屋へ移る」のはなぜ? 力士・スタッフに複数のルーツが混在…出羽海一門による裏方囲い込み説も
NEWSポストセブン
アスレジャースタイルで渋谷を歩く女性に街頭インタビュー(左はGettyImages、右はインタビューに応じた現役女子大生のユウコさん提供)
「同級生に笑われたこともある」現役女子大生(19)が「全身レギンス姿」で大学に通う理由…「海外ではだらしないとされる体型でも隠すことはない」日本に「アスレジャー」は定着するのか【海外で議論も】
NEWSポストセブン
中山美穂さんが亡くなってから1周忌が経とうとしている
《逝去から1年…いまだに叶わない墓参り》中山美穂さんが苦手にしていた意外な仕事「収録後に泣いて落ち込んでいました…」元事務所社長が明かした素顔
NEWSポストセブン
イギリス出身のインフルエンサー、ボニー・ブルー(Instagramより)(Instagramより)
《俺のカラダにサインして!》お騒がせ金髪美女インフルエンサー(26)のバスが若い男性グループから襲撃被害、本人不在でも“警備員追加”の大混乱に
NEWSポストセブン
(左から)中畑清氏、江本孟紀氏、達川光男氏の人気座談会(撮影/山崎力夫)
【江本孟紀・中畑清・達川光男座談会1】阪神・日本シリーズ敗退の原因を分析 「2戦目の先発起用が勝敗を分けた」 中畑氏は絶不調だった大山悠輔に厳しい一言
週刊ポスト