当時のメニューを見ると、なんとコース料理まであるではないか。一流レストランの味とサービスを、当代随一の乗り物で実現しようとした意気込みが伝わってくる。狭い厨房でどこまで乗客の舌を満足させられるか。シェフたちにとっても、食堂車は挑戦しがいのある仕事場だったに違いない。0系時代はアメリカっぽいインテリアでコンパクトにまとめられていた内装が、100系になるとヨーロッパ風の落ち着いた色調になるのは高級志向の表れだろうか。食堂車も時代に合わせて変わっていたことを改めて発見した。
広い館内を巡っていると、「復刻昭和39年新幹線開業弁当」が販売されていた。時代を背負って立った車両を眺めながら駅弁を食べるのは不思議な気分だ。
少年少女に憧れを、大人にはくつろぎの時間を提供し、0系、100系とともに20世紀を駆け抜けた食堂車が姿を消したのは、2000年のダイヤ改正時だった。ぼくはすでにいい歳になっていたけれど、とうとう最後まで、あの初老の紳士のような粋な客にはなれなかった気がする。
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