2人の出会いは2002年、新宿2丁目のゲイバーだった。そのときのことをリネハン氏は、〈彼が笑った顔に目が釘付けになりました〉〈生涯の伴侶となるべき人を見つけた〉と振り返る。そうした記述に最初は面食らい、苦笑したが、2人の愛情についての、あけすけで率直な語りの連続に次第に微笑ましさを感じるようになる。
恋人となった直後、リネハン氏はカネグスケ氏を東京の米国大使館に連れて行った。国務省の職員は、特に外交官として他国に赴任したとき、アメリカ人以外と「重要な関係」になったら、大使館に報告し、関係を継続する許可を得る必要があるからだ。すでにゲイに対する国務省の姿勢は寛容になっており、関係は認められた。
実は日本は歴史的、文化的に「男色」に寛容だが、公的な権利の整備は遅れている。その点、同性愛を公的に認めていこうと努力するところはアメリカという国の長所だと思う。
もうひとつ印象的なのは、2人が「自分たちがゲイであることの自然さ」を繰り返し述べていることだ。ゲイになる理由はない。選んでなるわけでもない。それは異性愛者が異性愛者になる理由がなく、選んでそうなるわけではないのと同じだ。ゲイはゲイになるのではなく、ゲイとして生まれるだけだ。同性愛のカップルが結婚を望む理由も、異性愛のカップルと同じであり、同性愛者は異性愛者と同じように幸福で充実した人生を望んでいる……。
本書を最後まで読むと、同性愛者はマイノリティでもなく、異端者でもなく、異常者でもなく、自然な存在であると感じるようになる。自然と異性愛者の意識を変えてくれる本である。
※SAPIO2014年9月号