ライフ

吉田修一が描くダークヒーロー 大阪・幼児遺棄事件から着想

【著者に訊け】吉田修一さん/『森は知っている』/幻冬舎/1620円

【内容】沖縄県の孤島で知子ばあさんと暮らす高校生の鷹野一彦は、実は産業スパイの訓練を受けていた。東京からの転校 生・詩織に淡い恋心を抱く純朴さも持つ鷹野に、初めての任務が与えられる。同じく訓練生だった親友・柳勇次の失踪事件に動揺しながらも、香港、九州、東京、韓国…と諜報活動に奔走する鷹野の行く末は──。

『森は知っている』は、宇宙太陽光発電をめぐる国際諜報戦を描いた『太陽は動かない』の続編にあたる。

「三部作にするというのは初めから決めていたんです。ふつうに時系列で書くかなと思っていたんですけど、編集者と話すと、『じゃあ二作目はエピソード・ゼロですね』と言われて。そうか、そういうやり方もあるなあと、『森は~』では時間を遡りました」

 シリーズを書くとき念頭にあったのは、2010年に大阪で起きた、若い母親による2幼児遺棄事件だ。マンションの1室に置き去りにされ、餓死した幼児が実は生き延びていたとしたら。前作ではほとんど描かれなかった鷹野の壮絶な過去が、この本では明らかにされる。

「亡くなった子供のことを外側から見て書きあぐねていたんですけど、ある日ふっと、自分も同じ部屋の中に入っていたんです。部屋の中から外を見る感覚を味わった瞬間に、違う景色が見えてきて。子供たちが置かれていたのは確かに悲惨な状況ですけど、彼らとしては外に出て 遊びたい一心だっただろうなと気づいたとき、ぼんっと爆発するみたいに出てきたのがこの本の世界です。飛行機でもヘリコプターでも船でも、いろんなものに乗って、この子たちを世界中飛び回らせたいな、と思ったんですね」

 かわいそうだ、という気持ちはもちろん前提としてあるが、運命に翻弄される彼らに寄り添いすぎないよう心がけた。作中の鷹野が、人に言われたこととして口にする「一日だけなら生きられる」という言葉は、作家である吉田さんがつらい経験をしてきた作中人物から教えられるようにして出てきたものだという。

 スパイ映画は好きでよく見ていたが、「まさか自分が書くことになるとは」、と吉田さん。情報戦の対象となるエネルギー問題や水資源といった国際情勢をめぐる最先端のテーマは、ずっと関心を持っていたそうだ。シリーズものを書くのも初めてで、「『エピソード・ゼロ』から読み始める読者にもわかるようにしなきゃいけなくて、細部を調整するのに、編集者に手取り足取り指導してもらいました」と苦笑する。

 第三作目は今秋ごろ連載がスタートする予定。再び、水資源をめぐる話になるそうだ。鷹野の所属組織の定年は35才。ぶじ自由を手に入れるのか、いまから気になる。

(取材・文/佐久間文子)

※女性セブン2015年6月4日号

関連記事

トピックス

現地取材でわかった容疑者の素顔とは──(勤務先ホームページ/共同通信)
【伊万里市強盗殺人事件】同僚が証言するダム・ズイ・カン容疑者の素顔「無口でかなり大人しく、勤務態度はマジメ」「勤務外では釣りや家庭菜園の活動も」
NEWSポストセブン
中村七之助の熱愛が発覚
《元人気芸妓とゴールイン》中村七之助、“結婚しない”宣言のルーツに「ケンカで肋骨にヒビ」「1日に何度もキス」全力で愛し合う両親の姿
NEWSポストセブン
週刊ポストの名物企画でもあった「ONK座談会」2003年開催時のスリーショット(撮影/山崎力夫)
《巨人V9の真実》400勝投手・金田正一氏が語っていた「長嶋茂雄のすごいところ」 国鉄から移籍当初は「体の硬さ」に驚くも、トレーニングもケアも「やり始めたら半端じゃない」
NEWSポストセブン
詐称疑惑の渦中にある静岡県伊東市の田久保眞紀市長(HP/Xより)
《まさかの“続投”表明》田久保眞紀市長の実母が語った娘の“正義感”「中国人のペンションに単身乗り込んでいって…」
NEWSポストセブン
大谷が購入したハワイの別荘の広告が消えた(共同通信)
【スクープ】大谷翔平「25億円ハワイ別荘」HPから本人が消えた! 今年夏完成予定の工期は大幅な遅れ…今年1月には「真美子さん写真流出騒動」も
NEWSポストセブン
フランクリン・D・ルーズベルト元大統領(写真中央)
【佐藤優氏×片山杜秀氏・知の巨人対談「昭和100年史」】戦後の日米関係を形作った「占領軍による統治」と「安保闘争」を振り返る
NEWSポストセブン
運転席に座る広末涼子容疑者
《追突事故から4ヶ月》広末涼子(45)撮影中だった「復帰主演映画」の共演者が困惑「降板か代役か、今も結論が出ていない…」
NEWSポストセブン
江夏豊氏(右)と工藤公康氏のサウスポー師弟対談(撮影/藤岡雅樹)
《サウスポー師弟対談》江夏豊氏×工藤公康氏「坊やと初めて会ったのはいつやった?」「『坊や』と呼ぶのは江夏さんだけですよ」…現役時代のキャンプでは工藤氏が“起床係”を担当
週刊ポスト
殺害された二コーリさん(Facebookより)
《湖の底から15歳少女の遺体発見》両腕両脚が切断、背中には麻薬・武装組織の頭文字“PCC”が刻まれ…身柄を確保された“意外な犯人”【ブラジル・サンパウロ州】
NEWSポストセブン
山本由伸の自宅で強盗未遂事件があったと報じられた(左は共同、右はbackgrid/アフロ)
「31億円豪邸の窓ガラスが破壊され…」山本由伸の自宅で強盗未遂事件、昨年11月には付近で「彼女とツーショット報道」も
NEWSポストセブン
佳子さまも被害にあった「ディープフェイク」問題(時事通信フォト)
《佳子さまも標的にされる“ディープフェイク動画”》各国では対策が強化されるなか、日本国内では直接取り締まる法律がない現状 宮内庁に問う「どう対応するのか」
週刊ポスト
『あんぱん』の「朝田三姉妹」を起用するCMが激増
今田美桜、河合優実、原菜乃華『あんぱん』朝田三姉妹が席巻中 CM界の優等生として活躍する朝ドラヒロインたち
女性セブン