猪木のハワイ滞在の目的は、3月25日から開幕する『第8回ワールド大リーグ戦』に向けての最終調整。馬場は、猪木よりも早く3月9日にホノルル入りし、ベテランの吉村道明も同13日に現地に到着した。
13日から15日までの3日間は、馬場、猪木、吉村に沖レフェリーを加えた4人がワイキキ・ビーチで合同トレーニングを行ない、この様子は東京スポーツ新聞に写真付きで報じられた。
そして、16日夜、ホノルル市内のレストランでミーティングを兼ねた食事会が開かれ、ここで猪木は日本プロレス協会の幹部である吉村と“今後”についての会談をもったとされる。
馬場、吉村、猪木の3人は19日夕方の便で帰国する予定だったが、同日午後、猪木から吉村に「急用ができたため、今日は帰れません」との電話が入った。同日早朝、豊登が日本からハワイにやって来て、猪木に連絡を取ってきた。
豊登の宿泊先のホテルに足を運んだ猪木は、ほんの数時間の話し合いで豊登と行動をともにすることを決断した。1日でもタイミングがズレていたら、猪木のその後の運命もまた、違ったものになっていた可能性も否定できない。
後年明らかになったところでは、豊登は「日本に帰っても、お前は永久に馬場の下だ」と猪木を説得したとされる。猪木は日本プロレス協会からは「必要とされていない」と感じ、豊登からは「必要とされている」と感じたのかもしれない。
■斎藤文彦(さいとう ふみひこ)/1962年東京都生まれ。早稲田大学大学院スポーツ科学学術院スポーツ科学研究科修了。コラムニスト、プロレス・ライター。専修大学などで非常勤講師を務める。『みんなのプロレス』『ボーイズはボーイズ――とっておきのプロレスリング・コラム』など著作多数。
※週刊ポスト2015年7月31日号