内容が濃いでしょ? でもこれ、横浜高校野球部に入ったら、覚えなきゃいけないんですよ。今年、1、2年生のレギュラークラスの選手を取材していて、「横浜に入っていちばん驚いたことはなに?」と質問すると、異口同音に、
「覚えることがたくさんあることです」
と答えていた。練習量の多さ・厳しさではなく、覚えること。その一端に触れることができる本である。
最後に取り上げたいのが小説『雲は湧き、光あふれて』(須賀しのぶ著、集英社オレンジ文庫)である。
おもに10代の若い読者を中心に人気を集めている「ライトノベル」「ライト文芸」といわれる小説のジャンルがある。設定がユニークで登場人物に感情移入しやすく、難しい言い回しや言葉が出てこないので、手軽に楽しめる。この小説もそういうジャンルの小説だ。
普段は私はそういうジャンルの小説は手に取らないのだが(想定読者ではないので)、タイトルになんとなく惹かれるものがあり、手に取った。「雲は湧き、光あふれて」というのは私が好きな夏の甲子園の大会歌の出だしである。
3つの中編小説からなる。
最初の『ピンチランナー』は、足だけが速くてベンチ入りぎりぎりの主人公と故障で試合出場できなくなった元スラッガーの同級生の物語である。スラッガーが「代打屋」として復活し、主人公がその専門のピンチランナーとして起用されることになるが……という筋立ては新鮮で面白かった。
2作目の『甲子園の道』は、新人女性スポーツ紙記者の話だ。喋りの上手い生意気な高校生が出てきて読者はリアリティを疑うかも知れないが、「こういう奴はたまにいる」と私が断言する(笑)
この2作は主人公の滑らかな語り口で一気に読まされてしまう。ライト文芸の魅力を教えてくれた。
だが表題作ともなっている最後の『雲は湧き、光あふれて』は一転して描写が変わる。漢字が多用されて、ページが黒く、重い。
息を詰めるように読んでいって、本を閉じたとき、私はこの中編を若い読者に届けようと考えた作者の想いを想像した。そして強く共感した。
私はいつも甲子園の取材席で8月15日の終戦記念日のサイレンを黙祷し、目を開けた瞬間、目の前に広がる光景に「平和」という想いを強くする。今年は開会式で流れる「雲は流れて」にも、この小説を想い出し、「平和」を感じ取るだろう。開会式の見方が変わる小説である。