でも田んぼは農薬を撒いているから飲んだら下痢をするし、川の水は時間によっては塩水が満ちてきていて飲むのが本当に辛い。それでも飲んでいました。
こんな状況ですからどんどん部員が辞めます。僕も2回退部届を出しました。主将が退部届を出すんだから異常ですよ。練習がしんどかったのもあるが、僕は教師になりたくて、勉強の時間が欲しかったんです。もちろん受理されず、1回目の時は朝9時から15時まで、炎天下のなかひたすら立たされるという罰を受けましたけどね。
ただそんな状態だからとにかく回数は投げられた。この年の春の四国大会、僕は準決勝(vs高知商)で延長16回、決勝(vs高松商)で延長25回を投げ抜いています。決勝は25回表に2点取られて負けて監督から怒られました。41回も投げたら1点くらい取られますって(笑い)。
でもこれがきっかけで、「いくらなんでも投げすぎや」と、高野連が直後の夏の大会から延長を18回までにする規定を作った。その適用第一号になったのが僕だったんですけどね。
■板東英二(ばんどう・えいじ)/1940年、満州国生まれ。徳島商3年時にエースとして甲子園に出場、決勝に進出するが柳井(山口)に敗れ準優勝。中日に入団、引退後はタレントとして活躍。
※週刊ポスト2015年8月14日号