小林よしのりは「あとがき」でこうも書いている。
〈普通の若者が極限状況で卑怯と勇気の劇的な葛藤の中、戦う姿を書きたかったのだ〉
比して、水木しげるは『総員玉砕せよ!』の文庫版「あとがき」でこのように書いている。
〈軍隊で兵隊と靴下は消耗品といわれ、兵隊は〝猫〟位にしか考えられていないのです〉
非常に対照的なのである。『総員玉砕せよ!』も極限状況を描いているのだが、登場人物たちは人並みの葛藤すらほとんど見せない。「腹減ったー」「疲れたー」「女がほしいー」といった愚痴や軽口をしょっちゅう吐いているぐらいが兵隊たちの平均値で、だけどあっけなく死んだり殺されたりしていく。大半は葛藤する間もなく命を落としてしまう。
読んでいて、怖くなるのは、私からすると『総員玉砕せよ!』のほうだ。だから、水木しげるは反戦活動家でもなんでもないが、左翼、リベラル傾向の読者が彼の戦記マンガをよく支持しているのだろう。その支持者が、小林よしのりの『卑怯者の島』を読んだら、「なんかタカ派だよね」と感じるかもしれない。
しかし、『卑怯者の島』はさほどに単純な作品でもない。南島での戦闘の描き方は、大先輩のマンガ家である水木しげるへの挑戦状のようにも読めなくないのだが、私が「このマンガも怖いや」と思ったのは、戦後に主人公が日本に戻ってからである。
南島でのドロドロとしたシーンの連続から一転、帰国後の描写は実に淡々としている。でも、それが却って怖い。日本のために絶望的な殺し合いに明け暮れて帰ってきた主人公が、ひとりぼっちでこういうセリフを呟いていく。
〈驚くのは人々の変わりようだ。バンザイバンザイと言って、我々を送り出した連中が、我々に敬意も払わない〉
〈新聞は占領軍に媚を売り、ラジオも雑誌もこれからは民主主義の時代と言っ
ている〉
〈女も占領軍に媚を売り、戦争ごっこで鬼畜米英と憎んでいたはずの子供たちも奴らに群がっている〉
〈どうやら戦地に行った我々は悪者になったらしい〉
中身を知らなくても気づいた人は多いと思うが、書名の『卑怯者の島』は日本列島を指しているのだ。私にはそうとしか読めないし、実際、変わり身の早い、卑怯な日本人はいっぱいいたのだと思う。それじゃ戦死者が浮かばれないよ、という変節を、この国の人たちは平気でしてきた部分があったと思う。
ということも知っておいて損はない、というか、知っておかなきゃ歴史が歪む。そんな意味で、夏休みの課題図書として『総員玉砕せよ!』を推した私だが、『卑怯者の島』の併読も薦めたい。戦争の記憶は各種仕入れておいたほうがいい。
小林よしのりは、戦記マンガの傑作と評されている『総員玉砕せよ!』を読んでいないわけがない。水木しげるも、小林よしのりの存在を気にしていると、どこかのエッセイで書いていた。二人の対談があったら、ぜひとも読んでみたいものだ。大先輩の水木しげるがやりたいと言えば、小林よしのりは断れないだろう。ゲゲゲの先生、その気になってくれないだろうか。