プロ野球オフシーズン最大行事・契約更改の季節がやってきた。密室ではどのような交渉が行なわれているのか。選手、コーチ、フロントなど各方面の球団関係者の証言を元にした再現ドラマ形式でお届けしよう。
* * *
優勝は逃したものの、Aクラス入りを果たした「小学ポストズ」。先発を務めた5年目投手Sは8勝7敗(防御率2.23)。勝利数は満足いく数字ではないが、救援陣に何度か勝ちを消されたのも事実。クオリティ・スタート(QS=先発投手が6回以上を自責点3以内に抑えること)には自信があった。
11月某日、Sは球団事務所を訪れた。現在は年俸2000万円。大幅アップは難しいだろうが、チームの成績も良かったし、少なくとも3000万円の大台には乗るだろう。
事務の女性が日本茶を出してくれた。何気ないことだが、選手はこういう細かいことが気になる。
(お茶かコーヒー、どちらにしますか? なんて聞かれるようになれば、俺も一人前なんだろうけどな)
球団本部長と査定担当者がやってきた。査定担当者の手にはパソコンと書類がある。担当者が作成したS投手の1年分の査定資料だ。最近は専用のソフトがあり、それに成績などを入力して管理されていることが多い。本部長が口を開いた。
「1年間ご苦労様。活躍は見せてもらっていたよ」
Sが頭を下げる。金額はいきなり告げられた。
「さて本題だが、来年は500万円アップでどうかな。活躍は評価しているが、144イニングという投球回数は規定回ギリギリだ。それに勝ち数をもう少し改善してほしい。期待している」
それだけ? Sは動揺の色を隠せない。そんな時、選手は大体こう口にする。
「正直、もっと上がると思っていたんですけど……」
そしてSはおもむろに持参したメモと、新聞の切り抜きをカバンから取り出す。メモには登板内容を示す細かい数字が書かれている。
「あの、勝ちが少ないとおっしゃいますが、僕が先発で6回まで投げ、チームがリードしていた試合はこの通り6回もあったんです」