──国家と戦ってきた人間にそう言わせる天皇とはどういう存在なのか。

富岡:歴史的に天皇は、世俗の権力を超えた聖なる権威として存在してきました。だから、水俣病患者にせよ、ハンセン病患者にせよ、原発事故の避難民にせよ、世俗の権力に見捨てられた民を慰藉し、その魂の救済に関わることができるんですね。それは政治家には絶対にできないことです。

 そのことについて著者は〈貴いお方と打ち捨てられた最下層民とのあいだには、権力段階と庶民段階の膨大な地層が横たわる。貴いお方がそのようにされてしまった民に慰藉の言葉をかけたとき、これらの地層は断罪されたも同然〉と書いていますが、その通りだと思います。

 みな実は今の天皇は、皇太子時代から天皇の役割を明確に意識しています。昭和61年5月26日付読売新聞で、皇室と国民の関係の理想的なあり方を質問され、文書でこう回答しているんです〈天皇は政治を動かす立場にはなく、伝統的に国民と苦楽をともにするという精神的立場に立っています〉と。さらに続けて〈このことは、疫病の流行や飢饉にあたって、民生の安定を祈念する嵯峨天皇以来の天皇の写経の精神(中略)などによっても表されている〉と述べています。そうした歴史的なあり方を水俣でも示したのです。

●インタビュー・文/鈴木洋史

※SAPIO2016年1月号

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