つまり、いま企業が設備投資をしないのは法人税率が高いからではなく、人口減少や超高齢化、さらに私が何度も指摘している「低欲望社会」の広がりによって今後の国内市場に成長機会が見えず、経営者として投資を正当化する事業計画が書けないからである。
2014年度の内部留保は約354兆円と過去最高を更新したが、その最大の理由は企業が海外での投資やM&A(企業買収)に備えて内部留保を蓄えざるを得なくなっていることだ。これは結局、国内に成長機会を生み出すことができない政治家と役人の責任である。
また、政府からの圧力で非正規社員を大量に正社員にしたり、ベア(ベースアップ)の形で一律に賃上げしたりするのは、企業にとっては自殺行為に等しく、株主側から見たら最も危険なことである。なぜなら、正社員を増やして賃金を上げると固定費が膨らんで構造的にフレキシビリティがなくなり、調整メカニズムを失ってしまうからだ。
最低賃金については、かつての民主党政権も全国平均1000円を目指すという公約を掲げたことがあった。その時、私はすぐ旧知の民主党国会議員に電話をかけて「そんなことをしたら、地方の企業は経営が成り立たず倒産する。失業を増やしたいのか?」と警告した。
人手が足りない業種や労働者の供給が需要に追いつかない現場などで時給が上がっていくのは当然である。先進国で最低賃金の全国加重平均額が時給798円というのも、実は異常に低い。欧米先進国では時給1200円以上のところが多いのだ。その代わり日本では20年間続いたデフレによってコンビニなどの弁当、惣菜類やファストフードの価格が下がり、地域によっては単身なら時給700円程度でも暮らしていけるようになっている。
時給は生活費との関数なのである。そういう実態を、安倍政権は全く理解していない。
もちろん、最低賃金を引き上げるのは良いことだ。しかし、それは政府が“上から目線”で人為的・強制的にやることではない。賃金が安くて人材が集まらない会社はつぶれるだけの話だから、そこは市場原理に任せればよいのである。
※週刊ポスト2016年1月15・22日号