──なぞなぞみたいですね。
「つまり人間は人ではなく“間”。人と人との関係が人格を作るんです。でもいまは子どもと関係を築けない親が多いと感じます。だから畜生のまま……いや餓鬼に落ちる人もいる。イヌ、ネコは畜生として生まれて畜生のまま死ぬ。畜生なら食べれば食欲はなくなるし、性欲も出せばおさまる。けれど人間は畜生よりも劣る餓鬼にもなる」
──餓鬼ですか。
「株価を気にするイヌやネコなんて聞いたことがありますか? けど“ヒト”の欲には切りがない。餓鬼の欲望には際限がありません。いまは世界中が餓鬼になりはじめている気がします。日本の教育もそうです。欲望に忠実な経済優先主義、儲け主義の教育で、餓鬼を育てているような気がします」
──何が問題なのでしょう。
「国の政策の問題はもちろんですが、教師にも責任がある。人間とは一体何か。畜生とは、餓鬼とは何か。突き詰める教師が減ったからではないかと思います。なぜ教師になったか。その理由を自分でも分かっていない人が多い。
月給をもらうだけなら教師じゃなくてもいいわけです。子どもに何かを伝えたいから教師になるわけでしょう。教師自身が疑問を持たなくなってしまっているのだから、子どもの質問がつまらなくなるのも当然です。そう、いつの頃からか子どもたちの質問がつまらなくなった……」
無着が『全国子ども電話相談室』の回答者を務めたのは1964年から1997年。子どもの生活スタイルが激変した時期だ。塾や習い事に通う子供が増えた。外で遊ぶ子どもが減り、子どもたちはテレビゲームに熱中した。子どもから疑問を持つ余裕を奪った時代だった。
──質問がつまらなくなったのはいつごろからでしょうか。
「昭和が終わって平成になったころからでしょうかね……。いえ、子どもの質問がつまらなくなったというより、質問自体をしなくなったと言った方がいいかもしれません。疑問を持たなくなったらヒトは人間ではなくなります。質問しないイヌやネコと同じです」
──ネットの影響も大きそうですね。
「それもあるでしょうね。血の通った生身の人間に聞くよりも機械に聞いた方が早くて正確みたいな風潮がありますからね。人と人の関係性が壊れているから、子どもの質問をうるさがる大人が増えた。
大人が答えてくれないから子どもだって質問しなくなります。分からないことを子どもはパソコンやインターネットでパパッと調べる。すると大人との会話もなくなる。関係性が築けない。悪循環です。この地盤沈下が続けば、日本はそのうち滅びてしまうんじゃないでしょうか」
──どうすればいいのでしょう。
「まずは型を学ばなければなりません。私は禅宗の寺で育てられたから、箸の置き方からはじまり、お膳の上の食器の並べ方、箸の使い方を徹底的に躾けられました。身体を美しくすると書いて躾。そこが基本だと思います」
文■山川徹(ノンフィクションライター)
※SAPIO2016年3月号