ライフ

【著者に訊け】桐野夏生氏 ダークロマン『バラカ』を語る

【著者に訊け】桐野夏生氏/『バラカ』/集英社/1850円+税

 人気作家・桐野夏生氏が、震災直後から4年がかりで連載してきた渾身の問題作『バラカ』。表題は北関東の警戒区域で発見され、後に〈薔薇香〉と命名される当時1歳半の少女が口にした謎の言葉〈「ばらか」〉に由来し、アラビア語で〈神の恩寵〉を意味する。

 実は彼女はドバイの人身売買市場〈ベビー・スーク〉で取引され、2万ドルで出版社勤務の独身女性〈木下沙羅〉に買われた、日系ブラジル人夫婦の一人娘〈ミカ〉だった。それがなぜ被災地に放置され、〈爺さん決死隊〉と呼ばれる犬猫救出ボランティアの〈豊田〉に保護されたのか──。

 本書では彼女が辿る数奇な運命を軸に、福島第一原発の4号機までが全て爆発し、東京を含む東日本全域が放射能に汚染された、究極のディストピアを描く。そこでは生易しい救いなど通用せず、人がただ生きて死ぬことの現代的困難を、否が応でも突き付けられる。

「今は情報処理のスピードが物凄く速いし、時代って言葉自体、死語でしょう? どんなニュースも世界同時的に消費拡散され、ネット上のタイムラインから落ちていく中、その重力に負けない能力が必要だと思うんですね。前を向くのはいいんです。今なお仮設に住み、各地を転々とする人を常に忘れるなと言う方が無理ですし、私はせめて書くことで、重力に抗おうとした」

 桐野氏は当初「ドバイ」という人工楽園を舞台に、父親が生き別れた娘を探す長編を連載予定で、取材も済ませていたという。だがその打ち合わせ当日、大震災が日本を襲い、構想変更を余儀なくされる。

「これだけの震災を無視はできないと思い、父親が娘を探す骨格は残し、その娘が震災後の日本で翻弄される話を同時進行で書こうと決めました。被害に関しては、本当のことが後で分かったときに困らないよう、あえて最悪な設定にしましたが、一つ間違えば十分あり得た事態だと思う。困ったのはオリンピックで、バラカが10歳になる2019年はまさに前年。そこで新首都・大阪での開催に、変更しました」

 物語は、バラカと豊田の出会いを描く序章を経て、第一部「震災前」に遡る。

 15年前に来日し、群馬県内の工場で働く〈佐藤隆司パウロ〉と、祖国ブラジルに本部を持つ教会〈聖霊の声〉に心酔する妻〈ロザ〉。2人の仲は飲酒や暴力等々、〈失敗のサイクル〉を断てと説く神父〈ヨシザキ〉のせいでギクシャクし、工場の閉鎖が相次ぐ日本に見切りを付けたパウロは一家でドバイに渡る。建設現場を転々とし、妻は娘共々住み込みで働ける家政婦の職を得るが、出稼ぎ先から戻ると妻子の姿はなかった。

 一方、20年前に大学以来の親友〈田島優子〉の恋人〈川島雄祐〉と過ちを犯し、子供を堕した沙羅は、今になって子供だけが欲しい。ある時、テレビ局に勤める優子や最近離婚したらしい川島と会うと、広告代理店から葬儀屋に転職した川島は瞼を醜く整形し、離婚原因は〈無精子症〉だと厭な嘘を言う。あまりの不気味さに沙羅は席を立つが、〈悪魔的な知恵〉が働くと自任する川島の魔の手は、後に彼女たちやバラカをも搦め取ってゆくのである。

関連記事

トピックス

ネックレスを着けた大谷がハワイの不動産関係者の投稿に(共同通信)
《ハワイでネックレスを合わせて》大谷翔平の“垢抜け”は「真美子さんとの出会い」以降に…オフシーズンに目撃された「さりげないオシャレ」
NEWSポストセブン
今の巨人に必要なのは?(阿部慎之助・監督)
巨人・阿部慎之助監督「契約最終年」の険しい道 坂本や丸の復活よりも「脅かす若手の覚醒がないとAクラスの上位争いは厳しい」とOBが指摘
週刊ポスト
大谷翔平(写真/アフロ)
大谷翔平、不動産業者のSNSに短パン&サンダル姿で登場、ハワイの高級リゾードをめぐる訴訟は泥沼化でも余裕の笑み「それでもハワイがいい」 
女性セブン
中居正広氏の近況は(時事通信フォト)
《再スタート準備》中居正広氏が進める「違約金返済」、今も売却せず所有し続ける「亡き父にプレゼントしたマンション」…長兄は直撃に言葉少な
NEWSポストセブン
不倫報道の渦中にいる永野芽郁
《ベリーショートのフェミニスト役で復活》永野芽郁が演じる「性に開放的な女性ヒロイン役」で清純派脱却か…本人がこだわった“女優としての復帰”と“ケジメ”
NEWSポストセブン
指定暴力団六代目山口組の司忍組長(時事通信フォト)
《六代目山口組の一足早い「お正月」》司組長が盃を飲み干した「組長8人との盃儀式」の全貌 50名以上の警察が日の出前から熱視線
NEWSポストセブン
垂秀夫・前駐中国大使へ「中国の盗聴工作」が発覚(時事通信フォト)
《スクープ》前駐中国大使に仕掛けた中国の盗聴工作 舞台となった北京の日本料理店経営者が証言 機密指定の情報のはずが当の大使が暴露、大騒動の一部始終
週刊ポスト
タレントとして、さまざまなジャンルで活躍をするギャル曽根
芸人もアイドルも“食う”ギャル曽根の凄み なぜ大食い女王から「最強の女性タレント」に進化できたのか
NEWSポストセブン
新恋人A氏と交際していることがわかった安達祐実
安達祐実、NHK敏腕プロデューサーと「ファミリー向けマンション」半同棲で描く“将来設計” 局内で広がりつつある新恋人の「呼び名」
NEWSポストセブン
還暦を迎えられた秋篠宮さま(時事通信フォト)
《車の中でモクモクと…》秋篠宮さまの“ルール違反”疑う声に宮内庁が回答 紀子さまが心配した「夫のタバコ事情」
NEWSポストセブン
熱愛が報じられた長谷川京子
《磨きがかかる胸元》長谷川京子(47)、熱愛報道の“イケメン紳士”は「7歳下の慶應ボーイ」でアパレル会社を経営 タクシー内キスのカレとは破局か
NEWSポストセブン
「週刊ポスト」新年特大号発売! 紅白激震!未成年アイドルの深夜密会ほか
「週刊ポスト」新年特大号発売! 紅白激震!未成年アイドルの深夜密会ほか
NEWSポストセブン