実は、お釈迦様よりも数百年前からインド哲学では、死ぬ存在としての「私」は「これではない、これでもない」と否定でしか表現できないとされてきました。古代ギリシャの哲学でも同様でした。「私」はイグジステンス(外にあるという意味。実存と訳される)という在り方です。プラトンは絶対他であると説明しました。他は他自身の他でもあるというのです。
このように、死ぬ存在としての「私」は、古代のインドやギリシャの時代から現代の実存哲学まで、仏教も含めて「否定でしか表現できない」という点で共通しています。私が行なっている瞑想法「阿字観」も、否定を意味する「ア」という文字に精神を集中し、苦を総括した五取蘊を空っぽにするヨーガ(心の働きの制御)です。
●たなか・まさひろ/1946年、栃木県益子町の西明寺に生まれる。東京慈恵医科大学卒業後、国立がんセンターで研究所室長・病院内科医として勤務。1990年に西明寺境内に入院・緩和ケアも行なう普門院診療所を建設、内科医、僧侶として患者と向き合う。2014年10月に最も進んだステージのすい臓がんが発見され、余命数か月と自覚している。
※週刊ポスト2016年5月27日号