ライフ

【書評】川上弘美ワールドが一気に脳の皮膜をぶちやぶった!

【書評】『大きな鳥にさらわれないよう』川上弘美・著/講談社/1500円+税

【評者】嵐山光三郎(作家)

 未来という「向こうの里」からふりかえった神話ファンタジー。全十四話は語り手の視点が「わたし」「私」「あたし」「俺」と変化しつつ連鎖していく。わくわくしながら第一話を読むと、クローン人間製造工場が出てきて、まっさかさまに落し穴にはまった。

 第二話で、「私より若い頃の私」が尋ねてきて私は私と暮らしはじめる。その前は三人の私がいて、私たちは三人で一緒に眠った。

 タイトルの「大きな鳥にさらわれないよう」は五話に出てくる。診療所のロペス先生一家に伝わる魔除けのおまじないである。あたし(エマ)は町を出て世界のどこかへ行こうとしている。第六話では、すでに多くの国はほろびている。地区ごとに見守りが配置され、生殖の禁忌はすべて解放されて、宗教も哲学も思想も、人類はほとんどを失ってしまった。

 七話の「みずうみ」のあたしの名前は15の8。15番の家の8番目の子だから15の8。村の人の寿命はだいたい四〇年。あたしは、みずうみのすぐ近くにすんでいる30の19と恋をして、岸辺の草に横たわり、生まれてはじめてのセックスをした。ポポポポ、という鳴き声と草の折れる音がする。

 滅びゆく世界を漂泊する旅行記「絶滅のほそ道」ともいうべき未来古典は、英訳されて各国の読者を驚嘆させるだろう。第六話「Remember」、第九話「Interview」は英語のタイトルである。

 川上弘美は空漠の未来へ耳をすまして書き放題である。登場するのは人の心を走査する天才。森の中で踊る子供。リエンという名のあたし。アダムの林檎。水仙。町の回転木馬の係員。庭に葬られて分解される死体。薬草。せせらぎの音。化石燃料型のスクールバス。数千年以上前に発現したクローン人間の個体。暴走する人工知能。

 登場する装置や人物や風景は、これでもかと盛りだくさんだ。川上ワールドに蓄積された物語が一気に脳の皮膜をぶちやぶって宙にとび出した。川上弘美さん、そのうちノーベル文学賞をとりそうな予感がする。

※週刊ポスト2016年7月1日号

関連記事

トピックス

高市早苗首相(時事通信フォト)
《日中外交で露呈》安倍元首相にあって高市首相になかったもの…親中派不在で盛り上がる自民党内「支持率はもっと上がる」
NEWSポストセブン
阿部なつき(C)Go Nagai/Dynamic Planning‐DMM
“令和の峰不二子”こと9頭身グラドル・阿部なつき「リアル・キューティーハニー」に挑戦の心境語る 「明るくて素直でポジティブなところと、お尻が小さめなところが似てるかも」
週刊ポスト
高市早苗首相の「台湾有事」発言以降、日中関係の悪化が止まらない(時事通信フォト)
「現地の中国人たちは冷めて見ている人がほとんど」日中関係に緊張高まるも…日本人駐在員が明かしたリアルな反応
NEWSポストセブン
大谷翔平が次のWBC出場へ 真美子さんの帰国は実現するのか(左・時事通信フォト)
《大谷翔平選手交えたLINEグループでやりとりも》真美子さん、産後対面できていないラガーマン兄は九州に…日本帰国のタイミングは
NEWSポストセブン
11月24日0時半ごろ、東京都足立区梅島の国道でひき逃げ事故が発生した(現場写真/読者提供)
【“分厚い黒ジャケット男” の映像入手】「AED持ってきて!」2人死亡・足立暴走男が犯行直前に見せた“奇妙な”行動
NEWSポストセブン
10月22日、殺人未遂の疑いで東京都練馬区の国家公務員・大津陽一郎容疑者(43)が逮捕された(時事通信フォト/共同通信)
《赤坂ライブハウス刺傷》「2~3日帰らないときもあったみたいだけど…」家族思いの妻子もち自衛官がなぜ”待ち伏せ犯行”…、親族が語る容疑者の人物像とは
NEWSポストセブン
ミセス・若井(左、Xより)との“通い愛”を報じられたNiziUのNINA(右、Instagramより)
《ミセス若井と“通い愛”》「嫌なことや、聞きたくないことも入ってきた」NiziU・NINAが涙ながらに吐露した“苦悩”、前向きに披露した「きっかけになったギター演奏」
NEWSポストセブン
「ラオ・シルク・レジデンス」を訪問された天皇皇后両陛下の長女・愛子さま(2025年11月21日、撮影/横田紋子)
「華やかさと品の良さが絶妙」愛子さま、淡いラベンダーのワンピにピンクのボレロでフェミニンなコーデ
NEWSポストセブン
クマ被害で亡くなった笹崎勝巳さん(左・撮影/山口比佐夫、右・AFP=時事)
《笹崎勝巳レフェリー追悼》プロレス仲間たちと家族で送った葬儀「奥さんやお子さんも気丈に対応されていました」、クマ襲撃の現場となった温泉施設は営業再開
NEWSポストセブン
役者でタレントの山口良一さん
《笑福亭笑瓶さんらいなくなりリポーターが2人に激減》30年以上続く長寿番組『噂の!東京マガジン』存続危機を乗り越えた“楽屋会議”「全員でBSに行きましょう」
NEWSポストセブン
11月16日にチャリティーイベントを開催した前田健太投手(Instagramより)
《いろんな裏切りもありました…》前田健太投手の妻・早穂夫人が明かした「交渉に同席」、氷室京介、B’z松本孝弘の妻との華麗なる交友関係
NEWSポストセブン
イギリス出身のインフルエンサー、ボニー・ブルー(Instagramより)
《1日で1000人以上と関係を持った》金髪美女インフルエンサーが予告した過激ファンサービス… “唾液の入った大量の小瓶”を配るプランも【オーストラリアで抗議活動】
NEWSポストセブン