ライフ

【著者に訊け】デビット・ゾペティ 感動作『旅立ちの季節』

スイス生まれのデビット・ゾペティ氏

【著者に訊け】デビット・ゾペティ氏/『旅立ちの季節』/講談社/1400円+税

 初小説『いちげんさん』から20年、来日からは30年が経ち、もはや押しも押されもせぬ、日本の小説家だ。言葉や文化の違いを軽やかに越境するかに見えて、何がその人や国をそうあらしめているかを冷徹に観察するデビット・ゾペティ氏(54)が、約4年ぶりの新作『旅立ちの季節』で題材に選んだのは、なんと〈終活〉。確かに私たち生者にとって死ほど未知の領域もなく、その越境は誰しも避けられない最大の難関ではある。

 主人公は最近海上保安庁の航海士を正式に退官した〈楠木健太〉、64歳。唯一の肉親である姪の〈理沙〉や、フィンランド人の父と日本人の母を持つその夫〈ペッカ〉からも、立場に関係なく〈ボースン〉(甲板長)と親しまれる、海の男だ。

 60で定年を迎えたものの腑抜け同然になり、再任用制度で再び海に出た矢先、最愛の妻〈百合子〉が急死した。体力的な衰えもあり、今度こそ思い残すことなく船を下りた彼は、新婚旅行がてら小樽を訪れた姪夫婦に、おもむろに終活の相談を持ちかけるのである。小樽~北極圏のオーロラ観測村へと、生きる目的を見失ってさすらう男が胸に秘めた「ある計画」とは?

「少し気が早いかもしれませんが、僕が50になる頃です。もし小説が書けなくなったら一体何が残るのかと、現役を退いた後のことが、急に不安になったんですね。

 日本人は家庭も顧みずに仕事に打ち込んだり、几帳面なわりに先のことを想定するのが得意じゃない。ヨーロッパではもっと先々のことを考えて会社にいる時間をいかに少なくするかに重きを置くんです。まあ小説が人生の全てだと思う僕も十分、日本人的と言えるかもしれませんが(笑い)」

 創作は常にイメージありきだというゾペティ氏は、本作でもまず、理沙たちが冬の日和山灯台をめざすシーンが浮かんだという。

「空は晴れているのに、地表には地吹雪の舞う中を、日本人女性と北欧人らしき男性が歩いていて、そこに電話がかかってくる。電話の主は巡視船で最後の航海に就く船乗りで、甲板で銀髪をなびかせる渋くてカッコイイ男なんです。

 もうその時点で主人公は海上保安庁の船員でしたし、あとはその絵をどう小説にするかでした。2009年頃に終活なるものが流行り始めてから、楠木の終活とそれを見守る姪夫婦、そして彼らが新生活を始めるオーロラ観測村へと、一気にイメージが広がっていきました」

 きっかけは〈峯苫〉という先輩ボースンの孤独死だった。妻をくも膜下出血で亡くし、子供もいない楠木は、海外に嫁いだ理沙に迷惑をかけないためにも今後の身の処し方を決めておきたくなったのだ。

 同じく小樽海上保安部の灯台守の娘だった理沙は、幼い頃に両親を事故で亡くし、伯父夫婦に育てられた。旅行代理店に勤める傍ら、フィンランドでオーロラ観測兼観光施設を営む学者の息子ペッカと出会い、結婚。夫は父の死後、社長を継ぎ、今回の日本旅行が伯父と話す最後かもしれなかった。

 3人で各種説明会を周り、〈サ高住〉と呼ばれるサービス付き高齢者向け住宅や、〈安心いきいきの会〉という市民クラブも見学した。同会主催の〈葬送祭り〉では遺影撮影会や疑似葬儀の異様な盛り上がりに戸惑いもしたが、法律面の実務がクリアになるのは有難い。

「最近は死に装束や骨壺まで手作りしたり、違和感がないと言えば嘘になりますが、備えはあるに越したことはありません。ただこれだけは強調しておきたいんですが、本書はいわゆる終活小説ではなく、楠木が終活を契機として、その先の人生をどう生きるかを考える小説なんです。家族や居場所を失った人間が人生の引き際をどう考えるかは、実は誰にとっても切実な問題だと思う」

関連記事

トピックス

全米の注目を集めたドジャース・山本由伸と、愛犬のカルロス(左/時事通信フォト、右/Instagramより)
《ハイブラ好きとのギャップ》山本由伸の母・由美さん思いな素顔…愛犬・カルロスを「シェルターで一緒に購入」 大阪時代は2人で庶民派焼肉へ…「イライラしている姿を見たことがない “純粋”な人柄とは
NEWSポストセブン
各地でクマの被害が相次いでいる
JR東日本はクマとの衝突で71件の輸送障害 保線作業員はクマ撃退スプレーを携行、出没状況を踏まえて忌避剤を散布 貨物列車と衝突すれば首都圏の生活に大きな影響出るか
NEWSポストセブン
真美子さんの帰国予定は(時事通信フォト)
《年末か来春か…大谷翔平の帰国タイミング予測》真美子さんを日本で待つ「大切な存在」、WBCで久々の帰省の可能性も 
NEWSポストセブン
(写真/イメージマート)
《全国で被害多発》クマ騒動とコロナ騒動の共通点 “新しい恐怖”にどう立ち向かえばいいのか【石原壮一郎氏が解説】
NEWSポストセブン
シェントーン寺院を訪問された天皇皇后両陛下の長女・愛子さま(2025年11月21日、撮影/横田紋子)
《ラオスご訪問で“お似合い”と絶賛の声》「すてきで何回もみちゃう」愛子さま、メンズライクなパンツスーツから一転 “定番色”ピンクの民族衣装をお召しに
NEWSポストセブン
ことし“冬眠しないクマ”は増えるのか? 熊研究の権威・坪田敏男教授が語る“リアルなクマ分析”「エサが足りずイライラ状態になっている」
ことし“冬眠しないクマ”は増えるのか? 熊研究の権威・坪田敏男教授が語る“リアルなクマ分析”「エサが足りずイライラ状態になっている」
NEWSポストセブン
“ポケットイン”で話題になった劉勁松アジア局長(時事通信フォト)
“両手ポケットイン”中国外交官が「ニコニコ笑顔」で「握手のため自ら手を差し伸べた」“意外な相手”とは【日中局長会議の動画がアジアで波紋】
NEWSポストセブン
11月10日、金屏風の前で婚約会見を行った歌舞伎俳優の中村橋之助と元乃木坂46で女優の能條愛未
《中村橋之助&能條愛未が歌舞伎界で12年9か月ぶりの金屏風会見》三田寛子、藤原紀香、前田愛…一家を支える完璧で最強な“梨園の妻”たち
女性セブン
土曜プレミアムで放送される映画『テルマエ・ロマエ』
《一連の騒動の影響は?》フジテレビ特番枠『土曜プレミアム』に異変 かつての映画枠『ゴールデン洋画劇場』に回帰か、それとも苦渋の選択か 
NEWSポストセブン
インドネシア人のレインハルト・シナガ受刑者(グレーター・マンチェスター警察HPより)
「2年間で136人の被害者」「犯行中の映像が3TB押収」イギリス史上最悪の“レイプ犯”、 地獄の刑務所生活で暴力に遭い「本国送還」求める【殺人以外で異例の“終身刑”】
NEWSポストセブン
“マエケン”こと前田健太投手(Instagramより)
“関東球団は諦めた”去就が注目される前田健太投手が“心変わり”か…元女子アナ妻との「家族愛」と「活躍の機会」の狭間で
NEWSポストセブン
ラオスを公式訪問されている天皇皇后両陛下の長女・愛子さまラオス訪問(2025年11月18日、撮影/横田紋子)
《何もかもが美しく素晴らしい》愛子さま、ラオスでの晩餐会で魅せた着物姿に上がる絶賛の声 「菊」「橘」など縁起の良い柄で示された“親善”のお気持ち
NEWSポストセブン