◆旅や移動を通じて何かに気づく図式
クラカワー『荒野へ』やマルケス『百年の孤独』を彷彿とさせる壮大で疾走感溢れる黙示録は、海外文学や映画好きを常々公言する東山氏の真骨頂と言える。
「元々『ブラックライダー』の世界観は僕自身大好きな西部劇の焼き直しですし、本書の文体はユダヤ人虐殺の立案者をチェコのヒットマンが暗殺に行く実話ベースの小説、ローラン・ビネ『HHhH』に刺激された。
太宰治の『人間失格』が現状を実は肯定し、変わりたくても変われない読者を救ってきたとすれば、僕は現状を否定して新しい自分を獲得していく物語の方が好きなんです。物事を垂直に掘り下げるより旅や移動を通じて何かに気づくという図式が、本書にも反映されているとは思う」
ナサニエルが白聖書派との対比から黒騎士と呼ばれたように両者を分けるのは教義ではなく、生存を保障される線の内か外かという状況でしかない。また、彼に救いを見た人々にとっても罪というよりは罪の意識が問題で、結局求めているのは救いの物語だけだ。
だからこそナサニエルが六・一六以前の世界で母親や兄の〈ウディ〉、友人たちとどう生きたのかを、〈歴史は時間を凝縮する〉と認識するネイサンは丹念に取材した。歴史によって凝縮されない、生々しい些事の一つ一つを愛しむように。