ライフ

【著者に訊け】白石一文氏 圧倒的長編『記憶の渚にて』

白石一文氏が自著『記憶の渚にて』を語る

【著者に訊け】白石一文氏/『記憶の渚にて』/KADOKAWA/1700円+税

 世界的ベストセラー作家の兄壮一(筆名手塚迅)が一人暮らしのアパートで自殺を図る。連絡を受けて、弟の純一が郷里の地方都市から上京するが、発見者の女性は姿を消していた。兄が雑誌に書いた「ターナーの心」というエッセイに、純一は奇妙な記述を発見する。そこに書かれている事実は出鱈目で、自分の記憶とは大きく異なる。これは何かのメッセージなのか。純一は、兄の死の真相を探ろうと動き始める。

 記憶をテーマにした三部構成の小説は、第一部で驚愕の展開をたどり、その後も息をつかせず九百枚を一気に読ませる。

 タイトルからもわかるように、人間の記憶の謎に迫る小説である。たとえば壮一には〈記憶が見える〉し、純一は、人や動植物や物質が存在した痕跡を〈記憶の匂い〉として感じ取ることができる。

「もともと、記憶っていうのは、自分の中だけに存在するのではなく、外部にもあるんじゃないか、という漠然としたイメージを小さいときから持っていたんです。自分の外側にある何かと交信することで、自分という像が結ばれる感じというんでしょうか。それを小説として面白く書いてみたい、という気持ちがありました」

 長年あたためてきた記憶にまつわる仮説が小説をダイナミックに動かし、やがては、〈生命とは記憶〉、自分自身を〈「私という人生」を記憶する装置(ないしは容器)〉と見なす思考へとたどりつく。初出は新聞連載だが、細かなプロットはつくらず、大まかなイメージだけで書きすすめていったという。

「スキーのスラロームで旗門ってあるじゃないですか。通らなくちゃいけない旗門はだいたい見えてるんですよね。通らなくていい旗門もあるし、旗をなぎ倒していってもいい。そんなイメージで書いていきました。最後のほうはもう旗門だらけで、自分で滑りをコントロールできる状態ではなくなってくるんですけど、絶対に辻褄は合う、という確信はありました」

 偽名を使い、姿を消した発見者の女。純一にあてた兄の遺書。〈ホホジロザメ〉なる人物から兄に送られてきたメール。謎が新たな謎を呼び、小説は波乱万丈の展開をたどるが、この作品をミステリーとして書いたつもりはないそうだ。

「ぼくには小理屈を書きたいって欲求がどうしてもありまして(笑い)。ミステリーばかり求められる小説の状況ってどうなの、という思いもあり、一方で、そういうものならいつでもできる、って気持ちもあったんです。

 自分も年をとってきて、そんなことを言うなら書けないことには始まらないので、今回は、この人はいったいどうなるんだろうという興味で読者を引っ張っていく話のつくりかたを徹底してみました。でもやっぱり、この起承転結はミステリーではないですね」

 兄弟、兄妹、姉弟、姉妹など、さまざまな血のつながりが小説の中で明らかになり、見えなかった運命の糸が結ばれていく。

〈「お姉ちゃんは、もう来年の桜は見られへんなあ」〉。幼いときに、桜の木の下で何者かの〈声〉を聞くという神秘的な体験でつながっている壮一と純一兄弟のように、白石さん自身、双子の弟(作家の白石文郎さん)との間で、もしかしたらそうした体験を共有したことがあるのだろうか。

「以心伝心的なものなら全然なかったです。弟はぼくとは違っていて、大学受験の前でも、ぼくが一生懸命、鉢巻しめて頑張ってる横で、彼は小説を読んでいました。そういう意味で、この小説に出てくる兄弟でいうなら、ぼくは兄貴(壮一)のほう、なにごとにも過剰なタイプですね」

関連記事

トピックス

憔悴した様子の永野芽郁
《憔悴の近影》永野芽郁、頬がこけ、目元を腫らして…移動時には“厳戒態勢”「事務所車までダッシュ」【田中圭との不倫報道】
NEWSポストセブン
現行犯逮捕された戸田容疑者と、血痕が残っていた犯行直後の現場(左・時事通信社)
【東大前駅・無差別殺人未遂】「この辺りはみんなエリート。ご近所の親は大学教授、子供は旧帝大…」“教育虐待”訴える戸田佳孝容疑者(43)が育った“インテリ住宅街”
NEWSポストセブン
近況について語った渡邊渚さん(撮影/西條彰仁)
【エッセイ連載再開】元フジテレビアナ・渡邊渚さんが綴る近況「目に見えない恐怖と戦う日々」「夢と現実の区別がつかなくなる」
NEWSポストセブン
大阪・関西万博を訪問された愛子さま(2025年5月8日、撮影/JMPA)
《初の万博ご視察》愛子さま、親しみやすさとフォーマルをミックスしたホワイトコーデ
NEWSポストセブン
『続・続・最後から二番目の恋』が放送中
ドラマ『続・続・最後から二番目の恋』も大好評 いつまでのその言動に注目が集まる小泉今日子のカッコよさ
女性セブン
事務所独立と妊娠を発表した中川翔子。
【独占・中川翔子】妊娠・独立発表後初インタビュー 今の本音を直撃! そして“整形疑惑”も出た「最近やめた2つのこと」
NEWSポストセブン
名物企画ENT座談会を開催(左から中畑清氏、江本孟紀氏、達川光男氏/撮影=山崎力夫)
【江本孟紀氏×中畑清氏×達川光男氏】解説者3人が阿部巨人の課題を指摘「マー君は二軍で当然」「二軍の年俸が10億円」「マルティネスは明らかに練習不足」
週刊ポスト
田中圭
《田中圭が永野芽郁を招き入れた“別宅”》奥さんや子どもに迷惑かけられない…深酒後は元タレント妻に配慮して自宅回避の“家庭事情”
NEWSポストセブン
ニセコアンヌプリは世界的なスキー場のある山としても知られている(時事通信フォト)
《じわじわ広がる中国バブル崩壊》建設費用踏み倒し、訪日観光客大量キャンセルに「泣くしかない」人たち「日本の話なんかどうでもいいと言われて唖然とした」
NEWSポストセブン
ラッパーとして活動する時期も(YouTubeより。現在は削除済み)
《川崎ストーカー死体遺棄事件》警察の対応に高まる批判 Googleマップに「臨港クズ警察署」、署の前で抗議の声があがり、機動隊が待機する事態に
NEWSポストセブン
北海道札幌市にある建設会社「花井組」SNSでは社長が従業員に暴力を振るう動画が拡散されている(HPより、現在は削除済み)
《暴力動画拡散の花井組》 上半身裸で入れ墨を見せつけ、アウトロー漫画のLINEスタンプ…元従業員が明かした「ヤクザに強烈な憧れがある」 加害社長の素顔
NEWSポストセブン
趣里と父親である水谷豊
《趣里が結婚発表へ》父の水谷豊は“一切干渉しない”スタンス、愛情溢れる娘と設立した「新会社」の存在
NEWSポストセブン