渡さんが店を継いだのは21歳のとき。その頃、周囲は大きな工場が建ち並び、フル稼働していたという。
「夕方5時を過ぎると、そこからお客さんがぞろぞろ店に入って来て、活気に溢れてました。さすがに今は工場も減っちゃいましたから、入りきれないなんてことはなくなりましたが」と語る渡さんの傍らで、敏子夫人がいたずらっぽく笑う。
「私がお嫁に来た頃は、信じられないほどのお客さんの数で、それは恐ろしいくらいでしたね。正直なところ、早く帰ってくれないかなあ、なんて毎日思っていました(笑い)。今はそんなことないですよ。楽しいお客さんばっかりで大歓迎。でも、年をとっちゃった方が多いんでね、たまには、座ってゆっくり飲んだら、なんて言ってます」(敏子夫人)
「高齢だけど、わしは座らん」と毅然とした態度なのは、やはり40年来の常連という70代。
「ここの全部が気に入ってますが、特筆すべきは、社長(渡さん)が、野球の達人だということですよ。早実高校出身で王さんの2年後輩。甲子園では背番号1をつけて、ベスト8まで行ってる。プロからも誘いがあったそうだよ。ちなみに弟さんは日大三高出身。八木沢のいた作新学院に負けちゃったけど、準優勝しているんですよ。だから当時の話を聞いたりするのが楽しくてね。乾き物や缶詰以上に、野球話はこの上ない角打ちの肴ですよ」(建築業)
野球つながりで、草野球の現役もいれば、箱根駅伝で1区を走ったランナーなども集うこの店で、人々は皆、うまそうに焼酎ハイボールを飲む。
「甘くないのがめちゃめちゃ気に入っててさ。この酒は言ってみれば角打ちのエースでしょ。ここへ来ると口癖のように、今日から酒をちょっと控えようと思うって、みんなに宣言するんだけど(笑い)、結局そう言いながらこれを飲む。きっと明日も同じこと言いながらこれ飲んでるんじゃないかな」(40代、製造業)
陽はとっぷりと暮れたが、店の前を顔見知りが通るたびに、誰かが声をかけ、帰るどころか客の姿は逆に増えていく。
「私が店を継いで50年。まだまだお客さんには楽しんでもらうつもりでいます」(渡さん)