家族の一員が血なまぐさい死に方に終わったことと、望んでいた安楽死が叶わなかったこと、あるいは、叶えてあげられなかったことを、2人は心底、嘆いた。エディットのような精神疾患を持つ人々には、何が大切であるかを、父と息子は痛いほど学んだという。グレゴワールが、その思いを語る。
「安楽死は、私たちが勧めるものではない。ただし、(安楽死は)拒否するべきものでもない。それは本人が決めればいいのです。ドン・キホーテの風車(*3)のように、主人公から風車を取り除いてはならないのです」
【*3:主人公は、風車のことを「巨人」だと錯覚していた。同時に風車との戦いに対して、正義の戦いという生き甲斐を持っていた】
テーブル上には、数枚の絵画が用意されていた。ピエールが保管しているエディットの作品だ。1枚の絵の裏には、精神科の病棟でもがき続けてきたエディットの生々しい叫びが、力の入らない文字で次のように記されている。
あとどれだけ続くの? 苦しいよ。もし選択できるんだったら、自由意志と責任は避けたいな。
最高なこと:安楽死。でも、それって違法だからな。
取材後、1階の広間をちらりと覗いた。そこには、マディーとソファに座る孫2人の姿があった。一家が写るアフリカ時代のアルバム写真を、孫たちに広げて見せているようだった。
「わー、可愛いこれ。何やっているの?」
「これエディット?」
無邪気で素直な子供たちの質問と笑いが飛び交った。今は亡きエディットの人生を、マディーは、孫たちにどのように伝えているのか。
一歩離れた場所から、時々、私をじろりと見つめるマディーが、美しい当時の思い出を記憶に残し、苦い過去から何とか立ち直ってくれるよう、私は端から見守った。
【PROFILE】みやしたよういち/1976年、長野県生まれ。米ウエスト・バージニア州立大学外国語学部を卒業。スペイン・バルセロナ大学大学院で国際論とジャーナリズム修士号を取得。主な著書に『卵子探しています 世界の不妊・生殖医療現場を訪ねて』など。
※SAPIO2016年9月号