ライフ

【書評】不景気な文芸誌を「文学の神」が見棄てなかった理由

【書評】『「文藝」戦後文学史』佐久間文子・著/河出書房新社/2400円+税

【評者】平山周吉(雑文家)

 創刊以来八十有余年、紆余曲折をへてきた雑誌の歴史が、一人の人生でも見るかのように鮮やかに描かれている。

 純文学雑誌「文藝」は昭和八年に改造社から創刊された。戦時中に改造社は強制解散させられ、河出書房が十万円で権利を入手し、現在にいたる。高橋和巳、中上健次、山田詠美、田中康夫、綿矢りさ、羽田圭介などが「文藝」から鮮烈にデビューした。

 と要約すると、頼もしくて優良な媒体ではないかと勘違いしてしまうが、その間に河出は二回の倒産と一回の経営危機を経験している。大量の退職者をその都度に出している(そのために、多くの作家や編集者の供給元になる)。他の文芸雑誌が大手出版社の余裕の産物であるのに引き替え、「文藝」は世間の風を正面から浴びてきたのだった。

 さいわいなことに、「文藝」に吹き荒れたのは不景気風だけではなかった。ミリオンセラーという神風が一度ならず訪れる。「文学の神様」が見棄てないのだ。本書を読むと、その理由がわかってくる。

 河出孝雄という義理人情には篤いが、滅茶苦茶な要求をする「本好き、女好き」なオーナー社長の存在感。彼は戦後派作家たちの雑誌「近代文学」の発行元を、赤字が膨らんでも引き受け続けた。経営者の無理難題の要求をかわしながら、悪戦苦闘する現場の編集者たち。意気に感じる執筆者たち。

 社員採用の偶然や、人事異動の無茶ぶりも読みどころだ。戦後の河出を代表する編集者・坂本一亀(坂本龍一の父)は河出邸に押しかけて住み込み、ようやく入社を許された。昭和四十年代の編集長・寺田博は採用予定者が辞退したので繰り上がって入社できた(辞退者は種村季弘)。一年弱で更迭される杉山正樹は編集後記に「四月は残酷な月」とエリオットの『荒地』を引き、悲哀を噛みしめた。

 著者の佐久間文子は登場人物たちの悲喜交々を拾い上げる。メジャーな作家だけでなく、中村昌義、阿波根宏夫といったマイナーを誌面に発見して筆を割く。隅々まで目配りされた文学史である。

※週刊ポスト2016年11月4日号

関連記事

トピックス

雅子さまが三重県をご訪問(共同通信社)
《お洒落とは》フェラガモ歴30年の雅子さま、三重県ご訪問でお持ちの愛用バッグに込められた“美学” 愛子さまにも受け継がれる「サステナブルの心」
NEWSポストセブン
大相撲九州場所
九州場所「17年連続15日皆勤」の溜席の博多美人はなぜ通い続けられるのか 身支度は大変だが「江戸時代にタイムトリップしているような気持ちになれる」と語る
NEWSポストセブン
一般女性との不倫が報じられた中村芝翫
《芝翫と愛人の半同棲にモヤモヤ》中村橋之助、婚約発表のウラで周囲に相談していた「父の不倫状況」…関係者が明かした「現在」とは
NEWSポストセブン
山本由伸選手とモデルのNiki(共同通信/Instagramより)
《噂のパートナーNiki》この1年で変化していた山本由伸との“関係性”「今年は球場で彼女の姿を見なかった」プライバシー警戒を強めるきっかけになった出来事
NEWSポストセブン
送検のため奈良西署を出る山上徹也容疑者(写真/時事通信フォト)
「とにかく献金しなければと…」「ここに安倍首相が来ているかも」山上徹也被告の母親の証言に見られた“統一教会の色濃い影響”、本人は「時折、眉間にシワを寄せて…」【安倍元首相銃撃事件・公判】
NEWSポストセブン
マレーシアのマルチタレント「Namewee(ネームウィー)」(時事通信フォト)
人気ラッパー・ネームウィーが“ナースの女神”殺人事件関与疑惑で当局が拘束、過去には日本人セクシー女優との過激MVも制作《エクスタシー所持で逮捕も》
NEWSポストセブン
デコピンを抱えて試合を観戦する真美子さん(時事通信フォト)
《真美子さんが“晴れ舞台”に選んだハイブラワンピ》大谷翔平、MVP受賞を見届けた“TPOわきまえファッション”【デコピンコーデが話題】
NEWSポストセブン
指定暴力団六代目山口組の司忍組長(時事通信フォト)
《六代目山口組・司忍組長2月引退》“竹内七代目”誕生の分岐点は「司組長の誕生日」か 抗争終結宣言後も飛び交う「情報戦」 
NEWSポストセブン
部下と“ホテル密会”が報じられた前橋市の小川晶市長(時事通信フォト/目撃者提供)
《前橋・小川市長が出直し選挙での「出馬」を明言》「ベッドは使ってはいないですけど…」「これは許していただきたい」市長が市民対話会で釈明、市議らは辞職を勧告も 
NEWSポストセブン
活動を再開する河下楽
《独占告白》元関西ジュニア・河下楽、アルバイト掛け持ち生活のなか活動再開へ…退所きっかけとなった騒動については「本当に申し訳ないです」
NEWSポストセブン
ハワイ別荘の裁判が長期化している
《MVP受賞のウラで》大谷翔平、ハワイ別荘泥沼訴訟は長期化か…“真美子さんの誕生日直前に審問”が決定、大谷側は「カウンター訴訟」可能性を明記
NEWSポストセブン
11月1日、学習院大学の学園祭に足を運ばれた愛子さま(時事通信フォト)
《ひっきりなしにイケメンたちが》愛子さま、スマホとパンフを手にテンション爆アゲ…母校の学祭で“メンズアイドル”のパフォーマンスをご観覧
NEWSポストセブン